株式会社タナベ経営代表取締役社長若松孝彦氏

株式会社タナベ経営代表取締役社長若松孝彦氏(画像提供:株式会社タナベ経営)

1957年の創業以来、グループ総コンサルティング社数は約10,000社を超える日本における経営コンサルティングのパイオニア、株式会社タナベ経営。北海道から沖縄まで全国10エリアに事業所を展開し、半世紀以上に亘って日本全国の企業経営に寄り添ってきた。今回は同社代表取締役社長若松孝彦氏から、その歴史の中で培われた「長く続く経営」の意義を、そして厳しいコロナ禍での舵取りを求められる経営者が何を志し、目指していくべきかをお伺いした。

企業が減ると日本の経済が危うくなる

「『企業を愛し、企業とともに歩み、企業繁栄に奉仕する』。弊社の経営理念の最初にはこう掲げてあります。まず自社を主語にして、動詞に愛を、目的語に企業を持ってくる。これだけの言葉を掲げている会社は他にはないと思います」
株式会社タナベ経営代表取締役社長若松孝彦氏は、自社の経営理念についてそう自信を示す。
若松氏は1989年に同社に入社し、以後1000社以上のコンサルティングを手がけてきた。そして2014年から代表取締役社長に就任し、全国を飛び回る多忙な日々を送っている。
「多い時には1年で日本を約20周分も回りました。弊社の特徴は札幌から那覇まで日本全国をくまなく網羅していること。仙台、新潟、金沢、広島といった各主要都市に拠点を置いています」
「だから日本の地域経済がどのような状況に置かれているかを半世紀以上ずっと間近に見つめることができた」と若松氏は続ける。
「地域創生が叫ばれる遥か以前から、弊社の目は常に地方に向けられてきました。その地域の有名企業の経営者や地方銀行の頭取から話を伺っていると、経済の実態が浮かび上がってくる。バブル経済の絶頂だった1989年、日本の企業数は約480万社でした。それがその後平成不況の25年間で約100万社減った。日本は開業率が低いため、人口が減少することより、雇用の受け皿になる企業が減少することのほうが遥かに深刻な問題です」
直近では企業数はさらに減り、約359万社になっている(総務省調べ、2016年)。企業が減ることで日本経済の土台が大きく揺らいでいることに、若松氏は危惧している。

今も生きる創業者の「企業を救いたい」という想い

なぜ若松氏は企業が淘汰され、減少していくことを、これほどまで憂慮しているのだろうか。
「それは創業者田辺昇一が弊社を興した志に由来しています。彼には『企業が倒産することは社会的罪悪だ』という強い信念がありました」と若松氏は応えてくれた。

株式会社タナベ経営の創業者田辺昇一が起業を決意したのには、彼自身のある実体験が元になっている。
彼は戦前、東北帝国大学で航空力学を学んでいたが終戦後、航空機の製造が禁止されたため金属加工の町工場に就職、工員として働いていた。その後退職するが、ある日、その町工場が倒産してしまう。
「会社が潰れると社員は路頭に迷い、取引先にも大きな迷惑をかける。この現実を目の当たりにした田辺昇一は『会社は潰れるようにできている』『この国には企業を救う仕事が必要だ』と思い至った。そして1957年に弊社の前身である田辺経営相談所を設立したのです」
当時はまだコンサルティングという言葉を知る人も少ない時代だった。そこで田辺昇一氏は自分の仕事を企業の医者、「ビジネスドクター」と名付ける。その後、彼は日本の経営コンサルタントの草分けとして数多の企業を救い、経営者を育てていくことになる。
「田辺昇一は日本のドラッカーとも呼ばれ、70冊以上の著作も残しています。弊社が全国に事業所を展開しているのも、各地の経営者から『経営を学ぶ場所を作ってもらいたい』と頼まれたからです。経営を勉強する学校として採算を取るつもりならこのような展開はしなかったはずです。東京に来てもらって話をしたほうが効率が良いのですから。しかし田辺昇一はそうは考えず、ただ地域の企業を救いたい、経営者を育てたいという一心だけでやり続けてきた。彼のその志が、今も私と弊社の原動力になっているのです」

専門医をそろえるコンサルティングファームを目指す

創業者の想いを引き継ぎ、2014年から代表取締役社長として陣頭指揮を執っている若松氏は2016年に東証一部上場を実現、さらなる飛躍を図っている。
「上場したのは目的ではありません。より多くの企業を救うための手段として上場すべきだと思ったからです」
上場することで本来あるべきコンサルティングファームとしての姿を確立したかった、と若松氏は話す。
「コンサルティングファームは、いうなれば企業の病院です。いみじくも創業者田辺昇一が命名したように、ビジネスドクターとして企業から頼られる存在でなくてはならない。そして患者として訪れた企業の病原を突き止め、最善の治療を施していける存在でなければならないのです」
現在、同社の大きな特徴となっているチームコンサルティングも、若松氏のその想いから生まれたスタイルだ。
「コンサルタントは個人でやるイメージを持たれることが多いのですが、弊社ではクライアントの業種・事業領域、経営機能、地域を鑑み、それぞれの特性に長けたコンサルタントをミックスしたチームを編成してアプローチしています」
このスタイルを始めたのは、若松氏自身の体験がきっかけになっている。
若松氏がまだ取締役で、現役コンサルタントであった頃、一度体調不良で倒れてしまったことがある。
「気がついたのは救急搬送された病院のベッドの上でした。目が覚めた時、私はたくさんの医者に囲まれていた。後から聞いたのですが、転倒したので脳に外傷がないか調べる脳外科医、心筋梗塞などの疑いがあるので循環器科、他にも外科や神経科などの医者が集まって私の体を一斉に調べていたのだそうです。その時に私は『企業も人体と同じと考えれば、様々な専門医が一斉に診ないと真の病原は分からないのでは』と感じたのです」
クライアントの抱える問題点に対し、多種多様な分野から診断してその解決策を見つけ出す。そうしなければクライアントの命を救うことはできないのではないか。
「弊社の掲げるスローガンの1つに『高度の専門化と高度の総合化』があります。これは創業者田辺昇一が掲げたものですが、私はこの言葉を『高度な専門家がチームになって高度な総合的コンサルティングをすること』と解釈しました。医者1人では診断できる範囲に限界があります。病原を見誤ってしまうと手遅れになることもある。だからチームを作り、トータルでクライアントを診なくてはならない。大事なのは患者の症状に合わせてチームを編成すること。そのためには専門家をそろえなければならない。私はその必要性から東証一部上場をしようと考えたのです。上場の結果、M&Aを積極的に行えるようになり、現在はグループ4社、プロフェッショナル約570人の体制でクライアントに対応できるようになっています」
若松氏はコンサルティングした会社を「臨床例」だと話す。どれだけの臨床例、患者を診たのかが医者の価値を決めるように、臨床例の数がコンサルタントの価値になるのだ、と語る若松氏の言葉から、これまでの実績に裏打ちされた自信が感じられる。

専門性と総合性を併せ持ったコンサルティンググループ

株式会社タナベ経営_本社エントランス

株式会社タナベ経営_本社エントランス(画像提供:株式会社タナベ経営)

株式会社タナベ経営は現在、タナベコンサルティンググループとして株式会社リーディング・ソリューションとグローウィン・パートナーズ株式会社を、そして2021年末には株式会社ジェイスリーの株式の過半数を取得し、傘下に収めている。
「株式会社リーディング・ソリューションはBtoBのデジタルマーケティングを主事業にしており、グローウィン・パートナーズ株式会社はクロスボーダーを含むM&A全般、そしてERPやRPAなどバックオフィスに対するDX(デジタルトランスフォーメーション)を支援できる会社です。彼らを加えることで多角的・機能的なコンサルティングを行い、より高度な専門性を獲得できると判断しました」
直近の株式会社ジェイスリーをグループに加えることについては異論もあったという。
「株式会社ジェイスリーはクリエイターやデザイナーを抱え、CX(カスタマーエクスペリエンス)を実現するデザイン・ブランディング・マーケティングDXの事業を行っている会社です。なぜクリエイティブ、デザイン系を?とも言われましたが、デザイン・ブランディング・マーケティングDXの領域で困っている企業が多く、そこに手を差し伸べないわけにはいかないと考えて決めました。その業界が分からなければ診断できませんし、同時にその業界だけを分かっていても診断はできない。外科医なら患部を切除すべきと言うかもしれません。内科医なら処方した薬を飲ませるでしょう。しかし、もしそれが部分最適にしかならないのであれば、本当の解決にはならない。ですから専門性と総合性を併せ持った治療が必要なのです」
「専門性と総合性は創業者田辺昇一による創業の原点。私はそれを組織としてデザインしているんです」と若松氏は語る。

「企業は人なり」。現場を知るコンサルタントを育てる

同社のもう1つの大きな特徴が「アカデミー」だ。
「これはコンサルタントを育てる企業内大学として開設したものです。弊社のコンサルタントにはあまりコンサルティング業界の出身者がいません。工場を立ち上げた者、店長をやっていた者、研究者としてメーカーで開発を担当していた者など色々な現場で実務を経験してきた人たちをコンサルタントとして育て、コンサルティングをしてもらいます。現場を知っている人たちにアカデミーでコンサルティングを学んでもらうことで、オリジナリティが生まれてくる。様々な分野からのインクルージョンの中にこそ弊社の価値があると考えているからです」
このアカデミーの仕組み作りは現在、「企業内大学設立コンサルティング」として全国の企業にも拡大しているという。
「企業の人材育成のための教育体系の構築からコンテンツの開発、講師のプロデュースを行っています。これも創業者田辺昇一の言葉ですが、『企業は人なり』だと。企業にとって人は財産です。だから学ばせ育てていかなくてはならない。今では130校ほどを開設しましたが、開校したクライアントに聞くと、その完成度の高さに、社外から学びたい人も集まってくるほどだそうです」

100年先も選ばれる企業でなければならない

「ファーストコールカンパニー」とは何か?と若松氏に尋ねると、それが今後の重要なテーマになると応えてくれた。
「ファーストコールカンパニーとは『100年先も一番に選ばれる会社』という意味です。私もコンサルタントとして数多くの経営者と話をしてきました。中には創業300、400年という会社もありましたが、コンサルティングをしていく中で『企業が存続すること』とは、そして『選ばれること』とは何かを、深く突き詰めて考えるようになったのです」
若松氏が京都の会社をコンサルティングしている時、こんな出来事があったという。

古都・京都は日本電産や任天堂、オムロンなど世界的な大企業が誕生した地であり、また創業数百年という歴史を誇る会社が多数存在している地でもある。
「京都でのコンサルティングでクライアントに教えてもらったのですが、京都には1つの業種に1つの企業しかないのだと。そうすることで必然的にその企業が選ばれるようになる。マーケットの食い合いになるのを防ぐためなのだそうです。1,200年も日本の中心だった京都には、企業を存続させるための分業制、ファーストコールカンパニーを作るための仕組みが形成されている」
京都では歴史的にそういう仕組みができたが、今後の日本でも「選ばれる」企業が残っていくようになるだろう、と若松氏は言う。
「100年先も残る企業ではなく、100年先にも一番先に選ばれる企業であることが肝心です。そしてそれには会社の規模ではなく価値が重要になる。私は全国の会社にファーストコールカンパニーになってもらいたい。そしてそうなりたいと願う経営者と共に手を携えてやっていきたいと願っているのです」

危機の時代だからこそ、志を定めてやるべきことをやる

若松氏は今後の事業展開についてどのようなビジョンを抱いているのだろうか。
「TCG Future Vision 2030として2030年に向けた中期経営計画を発表していますが、そこにOne & Only、世界で唯一無二のコンサルティンググループと掲げました。上流工程(戦略策定)から下流工程(実装オペレーション)までを一気通貫でできるコンサルティングファームになることを目指しています」
今後はプロフェッショナルDXサービスを拡大するためグループ会社をさらに2社加え、6社体制にすることも計画している。
「コングロマリットを形成することで、患者が受診できる診療科目を増やしていきたいのです。治療を求める患者が来ても、診療科目がなければ入院させることができませんから」と若松氏は求める自社の姿について語る。
「そしてLTV(ライフタイムバリュー)、コンサルティング契約更新率の上昇です。弊社は半世紀以上の歴史を有しており、中には40年来のお付き合いをしているクライアントもあります。この契約継続の長さは弊社の大きな特徴ですが、現在70%ほどのこの継続率をさらに上げていきたい」
ライフタイムバリューとは顧客生涯価値を示す。地域に貢献し、人々から選ばれる価値ある会社をともに創造していきたいと若松氏は考えている。
「地域創生と国は言いますが、実際に頑張っているのは地域の経営者やリーダーたちです。彼らは危機に直面しても、会社を放り出して逃げることはしません。彼らがどれだけ踏ん張っていけるかが日本の未来を決めるのです」
最後に、コロナ禍に苦しむ経営者の方々へのメッセージを伺った。
「危機の今だからこそ志を、何のために事業をしているのか、貢献しなければならないのかを今一度再定義してもらいたい。吉田松陰は『志定まれば、気盛んなり』と言いました。今後、企業は存在しているだけでは難しい時代になっていくでしょう。ですから創業の理念、志に立ち返り、もう一度それを定めて、やるべきことに邁進してほしい。そしてもし会社の健康に不安を感じたのなら、私たちを頼ってもらいたい。その治療法を私たちは用意することができますから」

若松孝彦氏プロフィール

1965年生まれ。関西学院大学大学院修了後、1989年株式会社タナベ経営に入社。タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、コンサルタントとして上場企業から中小企業まで1,000社以上を手がける。2014年より同社代表取締役社長。

株式会社タナベ経営

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