旅行大手HISの創業者が「澤田経営道場」を開設。カリスマ経営者・澤田秀雄氏が次世代リーダーの育成にかける想いとは
2018年に経済産業省がスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」を開始、2019年には経済団体連合会(経団連)が「スタートアップ委員会」を開催するなど、グローバル時代の新しい価値を追求するスタートアップ企業への支援が広がりを見せている。
一方で、起業家が成人人口に占める割合では日本は5.4%で、米国、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、中国の6カ国中5位という結果に(みずほ情報総研株式会社「起業家精神に関する調査」より、2019年)。起業にあたっては機会を自ら創出するのみならず、そのビジネスプランを実現するための経営に関する知識やビジネス経験が欠かせないが、同調査によると日本は起業に必要な知識や経験の度合いを示す指数が他国を大きく下回っている。より実践的な知識や経験を身に付け、環境変化に強い起業家精神を醸成するためにどのような支援ができるのか。日本の将来を左右する大きな課題だ。
*参考 GSE2019_1.pdf (meti.go.jp) P10、P25
そのひとつの方策であり回答が、株式会社エイチ・アイ・エス(HIS)の創業者で代表取締役会長兼社長(CEO)の澤田秀雄氏が立ち上げた「澤田経営道場」だ。「人間力」にフォーカスし、起業家・次世代リーダーの育成を行う経営道場はいかにして誕生し、どのようなビジョンを描いているのか。澤田経営道場の事務局長を務める渡邉拓斗氏に聞いた。
日本を代表するベンチャー経営者が次世代を担うリーダー育成に乗り出す
澤田秀雄氏は、1970年代に旧西ドイツの大学に留学し、世界50カ国以上を旅した経験をもとに、29歳で旅行会社を起業。1980年創業のHISは、格安航空券を購入してフリープランで外国に旅行し、さまざまな体験を通して視野を広げる海外旅行の醍醐味を日本中に広げる嚆矢(こうし)となった。HISを旅行大手に成長させ、関連事業を拡大するだけではなく、スカイマークエアラインズ(スカイマーク株式会社)の設立、18年間赤字続きのハウステンボスを1年で黒字経営に転換するなど、その卓越した手腕と多大な業績は多くの人が知るところだ。
その澤田氏が経営者として学んだこと、経験したことを後進に伝え、世界で活躍できる起業家、リーダー、政治家を生み出すことを目的に設立したのが「澤田経営道場」だ。
「『澤田経営道場』の母体は、2013年6月に澤田が設立した『公益財団法人SAWADA FOUNDATION』です。文化や芸術、教育振興の支援からスタートした財団ですが、さまざまな個人や団体の支援を通し、社会的な使命感を強めていったことで、2015年4月の『澤田経営道場』の開設につながりました」
澤田氏自身は、かなり以前から後進の育成を自らの使命と考えていたという。それには、いずれも1980年前後に事業を興したソフトバンクの孫正義氏、パソナの南部靖之氏とともにベンチャー三銃士と称された澤田氏ならではの使命感、自身が起業した当時と異なり、長期にわたって停滞する日本の現状への危機感があったのだろうか。
「直接的なきっかけは、2010年にハウステンボス株式会社の社長に就任し、同社の再建に粉骨砕身したことです。当時、澤田自身はHISをいったん辞め、企業再建という大仕事に全精力を傾けました。その経験により、大きな志をもって社会課題の解決に取り組む人材育成の必要性を痛感したことで、より理想的な社会を実現するために自ら指導者育成に乗り出しました」
当初はHISの社員の中から道場生を選抜する形でスタートしたが、2017年の3期生から「HISという一企業にとらわれることなく、志を持っている人材を広く集めて、その人材に投資する」という考えのもと、社員以外からも道場生を募集。また、3期生に政治家志望者がいたことから(卒業後に市議会議員に当選)、起業家・経営者だけではなく政治家の育成にも取り組むことになる。2017年8月1日には、公益に資する目的をより明確にするため、財団を一般財団法人から公益財団法人に移行させている。
経営者目線での実施研修に臨むことで、リーダーに必要な力を養う
澤田経営道場の受講期間は2年間。「最初の半年間は座学研修で、講師を招いて起業や経営、政治などに必要な素養を身に付けていきます。次の1年間が実地研修で、道場が提携する企業などに出向き、経営者・リーダーの目線で現場経験を積んでいく。最後の5カ月は自主研究期間で、法人化や事業計画の策定など実務知識を学びながら道場生それぞれが起業などの準備をしていきます」。
座学研修では、新規事業創出の専門家でラスクル株式会社など複数の企業の取締役を務める守屋実氏による「経営シミュレーション」他、中国古典をテーマに執筆する作家の守屋淳氏による「中国古典と組織論」など、一流の講師による講座を受講する。内容も経営の分野だけではなく、政治や思想、安全保障、リーダーシップ論など幅広く、リーダーとして求められる教養や意識を醸成することができる。
カリキュラムの最大の特長で、白眉と言えるのが1年間の実地研修だ。澤田経営道場が協力を仰ぐ企業などでの実践トレーニングを通し、経営の要諦を学んでいくことになる。
「企業の社員研修とは異なり、経営者となるための学びに重きを置いた研修です。人材のマネジメントからマーケティング、売り上げをどうやって伸ばすかまで研修内容は多岐にわたります。具体的な例では、ハウステンボス内の飲食店で副店長のポジションにつき、自分が店舗を経営した時に活かすことができる研修を行います。その期間の経営数字も全て共有し、前年割れの場合は、人員を投入して売り上げを伸ばすのか、あるいはコストカットをするのかを考えて取り組み、結果までしっかりと追うことがミッションです」
経営状況を把握し、課題が見えたら解決策を考えてアクションを起こし、うまくいかない場合はもう一度トライする。座学中に学んだマーケティングの手法を生かしながらPDCAサイクルを回し、前年比1.5倍、2倍の実績を出した受講生もいるそう。とはいえ、実地研修の主眼は利益率を高めるためのノウハウを身に付けることではない。
「あくまでも経営者として全体をしっかり見ることができる力を身に付けることが目的です。商品企画部門などで研修を受ける道場生もいて、その場合も限られた期間の中でも自ら課題を発見し、解決に向けて成果を残していきます。政治家志望の道場生は、議員事務所にお世話になり、支持者回りの同行やポスター貼りなども行いながら、政治家や秘書の仕事を実地で学んでいきますが、その中で政治家に求められる思考や行動を身に付けていきます」
経営者であれ、政治家であれ、リーダーに必要とされるのは小手先のスキルではなく、視野を広く持ち、課題に全力で向き合い、時には山や谷に阻まれながらも物事を進めていくことができる人間力だ。座学を通して学んだことを実地で「人、もの、こと」に対峙しながら練り上げることで、血肉にしていくことができる。
志高く、既成概念に捉われずに世界で活躍できるリーダーの育成こそがミッション
ここで改めて2年間という研修期間について考えてみたい。巷に数多くあるスキル中心の起業塾やビジネススクールは、数回から数カ月、長くても1年程度。澤田経営道場のカリキュラムの充実度・多様性、身に付けられる総合力はそれらと比較にならず、2年間の期間が必要なのは当然だが、その間道場生は研修に集中し、兼業は不可。道場から月額20~30万円の研修資金が支給される。仕事を退職して入門する道場生にとっても、それだけの投資をする道場にとっても、本気以上の取り組みだ。澤田経営道場、澤田氏がそこまでして次世代リーダーの育成に注力する想いを知りたくなる。
「やはり先行する世代として、企業人として、未来世代、後継世代に道筋を示し、彼らの可能性を花開かせてもらいたい、という強い想いです。20年以上も続いた長期的経済不振の中、チャレンジを避ける風潮が広く日本社会に蔓延していることを心配する気持ちは、人一倍強い。道場訓の『志高く、夢大きく、判断力と人間力を養い、経営者としての実務的な知識と見識を習得し、世界で活躍できる人材を目指す』には、澤田の想いが全て詰まっています。また、3期生から外部に門戸を開いた際には、志を持つ人材を広く集めて世界で活躍してもらうという、社会全体への貢献をより強く意識しました」
澤田経営道場の門を叩こうという人は、カリスマ経営者の澤田氏に直接薫陶を受けたいとの希望を持つ人も多いと思われる。そのような機会はあるのだろうか。
「実地研修中には、定期的に澤田への報告会を行います。それぞれの研修生が現状の課題や解決策などを2カ月に1回のペースで報告し、その報告に対して、澤田が個別にフィードバックを行います。2020年は、コロナ禍によって講義にオンラインを取り入れるなど道場生も少なからず影響を受けましたが、『つらい状況だとは思うが、しっかり前を向いていきなさい』といった励ましの言葉をかけています。コロナ禍で旅行業界が直撃され、HISも今大変厳しい状況ではありますが、その中にあっても澤田自身、オンラインツアーやそば屋など、これまで手掛けてこなかった領域で新規事業に取り組んでいます。困難な状況であっても前を向いてチャレンジしている姿も道場生には活かしてほしいです」
現在、4期生まで35名が卒業し、多彩な分野で経営者人生をスタートさせている。「たとえば、1期生が立ち上げたツーリズム領域における商事事業『へんな商社株式会社』は、4期目を迎えて売り上げを順調に伸ばし、社員も17名の規模に。2期生が始めた決済代行・売掛金保証サービスを行う『H.I.F. 株式会社』も注目企業で、金融機関からの評価も高い。3期生による農地を活用したソーラーシェアリングの『株式会社アグリツリー』も持続可能なエネルギーを生み出しながら農業の支援も行うユニークビジネスモデルです」
また、政治の分野では3期生が現役の市議会議員として活動するほか、現在2人が次回の選挙に向けて出馬を準備中とのことだ。
順調にすべり出した卒業生の経営者人生。閉塞した日本社会に風穴を開けていくような清々しさを感じさせる。だが、渡邉氏は、短期的にビジネスの成功者を出すことだけが道場の目的ではないと言う。
「この道場の最大の目的は、しっかりとした志を持ち、既成概念に捉われずに夢の実現や問題解決に向けて皆を引っ張っていけるリーダーの育成です。たとえ起業してうまくいかなかったとしても、もう一度やり直すことができるような力を身に付けること、そのための人間力を養うことこそが重要です。道場生の選抜でも、経験や経歴にこだわらず、その人がどんな想いや夢を持っているのか、高い志と熱い気持ちを秘めているかを重視し、ともに成長してくことを目指しています。ぜひ多くの志ある若者に澤田経営道場の門を叩いてほしいですね」
プロフィール
渡邉拓斗
澤田経営道場事務局長
株式会社HISにてインバウンド事業に従事。入社後12年目に社内公募に応募し、2020年9月より澤田経営道場事務局長として公益財団法人SAWADA FOUNDATIONに出向。
澤田経営道場
運営母体:公益財団法人SAWADA FOUNDATION
https://sawadadojo.com/
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