「このインタビューで言っていることは、自分が20年間やってきた仕事を否定していますね。でも、もう「転職」だけでは、日本企業も人も幸せにならないんです」

そう語るのは、転職および副業の人材紹介サービスを運営する株式会社ホールハート代表取締役CEOの小野進一氏だ。

20年近く「転職ビジネスのプロ」として、次々と人材事業を成功させてきた。しかし今、彼は自分が長年やってきたことを否定してまで、日本の副業率を上げようとしている……それは、なぜなのか。小野氏の人生ストーリーから、その野望を紐解いてみた。

万年いじめられっ子が、トップセールスに登りつめるまで

今でこそ、人をつなげることを生業とする小野氏だが、意外な過去を語ってくれた。

「小学3年生の頃、転校したんですけど、そこから小中高とずっといじめられていて、友だちもほとんどいませんでした。家に引きこもって、朝から晩までゲームする毎日でしたね」

そんな小野氏に転機が訪れたのは、大学生のときだった。

 

「大学のサークルに入ったとき、メンバーが20人くらいで、自分たちの代はたった4人。そこで、誰が一番入会に持っていけるか競争しようとなって、朝から晩まで女子大の前で勧誘したり、車でバイトの迎えにいったり(笑)すると、80人近く入会が決まって、1年後には、約200人のサークルになっていました」

高校まで、ほとんどの時間を1人で過ごしてきた小野氏は、そのときはじめて「人とのつながり」に喜びを感じる。そして、サークルでの経験から、営業の面白さを知り、大手クレジットカード会社の営業職に就職。あっという間に、トップセールスへと登り詰める。

その後、大手データバンク会社に転職し、そこでも小野氏はトップ成績を叩きだす。しかし、その状況に20代の小野氏は満足していなかった。

 

「もっと本当にやりたいことを本気でしたいと、ずっと思っていました。大学時代のように、人と人をつなげることに関わりたかった」

そこで出会ったのが、宣伝会議が立ち上げようとしていた広告業界向けの人材事業。

当時の代表に声をかけられたのはちょうどインテリジェンス(現パーソルキャリア)ができた時期で、まさに人材紹介ビジネスの黎明期だった。

 

人材ビジネス黎明期と「ゼロ」からの挑戦

「人のつながり」を扱うビジネスに可能性を感じた小野氏は、宣伝会議に転職を決意。当時まだ存在しなかった「人材紹介の検索システム」をつくるところからスタートし、事業1期目にして驚きの成果をあげた。

新規事業での功績が認められ、2002年に事業は子会社化。小野氏は株式会社マスメディアンの代表取締役社長に就任する。

 

「そのときが、人生のなかで一番頑張っていましたね。あれほどの頑張りは二度とできない、と思えるくらい仕事に打ち込んでいた時期です。毎日4時半に起きて誰より早く出社して、夜11時半まで働いて、平均睡眠時間は3時間半。数年間ほぼ休むことなく、常に仕事のことを考えていました」

小野氏が率いたマスメディアンは年を追うごとに成長し、ついには宣伝会議の取締役に抜擢される。傍から見ると順風満帆な状況だったが、またもや小野氏は内心を異にしていた。

 

「いわゆる燃え尽き症候群だった。5年も仕事以外していなくて突然それをやめたら、燃え尽きてしまった」

そんな小野氏は、本気で生きていない自分を許せなかった。

 

「社会構造のひずみ」という敵

宣伝会議の取締役に就任してから1年で、小野氏は退任する。

 

「人生このまま、寂れていきたくなかった。自分がもう一回燃えられるもの、熱い気持ちになれる事業をやりたいと思っていました」

そして、同2009年に転職サービスを扱う株式会社ホールハートを設立。リーマンショックなどの荒波を乗り越えながら、設立3年目には経営を軌道にのせることができた。ホールハートは成長を続け、原宿の一等地に広大なオフィスを構えるまでになる。その矢先だった。

 

「それまでは、企業への人材紹介はほとんど決まっていたんです。ただ、オフィス移転をした後ぐらいから決まらなくなっていきました」

2010年代から、各企業の求人率が急激に上昇していった。優れたスキルや経験を持った人材でも、高年収や年齢条件、転職回数の多さといったさまざまな理由で、マッチングが成立しないことが増えたのだ。小野氏が人材ビジネスを始めてから20年、「企業が望む人材」と「転職したい層」は、どんどん乖離していった。

少子高齢化、女性の社会復帰の難しさ、出生率の減少……。日本の社会構造の「ひずみ」は、人材市場にまで押し寄せていた。小野氏は、時代の変化によって「転職」という手段が限界を迎えつつあることを、身をもって感じた。

 

「労働力のシェアリング」は日本企業の必須課題となる

平成10年(1998年)、日本に20代、30代は合計で約3500万人いた。しかし、20年後の平成30年(2018年)には、約2700万人に変化。この20年で、日本の働き盛りの層は、約800万人も減っている。さらに予測では、20年後、その人口は現在の半分になる。(総務省統計局調べ)

事実、企業がもっとも求める20代の転職市場は、今やレッドオーシャンとなっている。確実に減っていく労働人口は、日本企業にどのような影響を及ぼすのか。

 

「人工知能やITで解決できる領域もあるとは思うんですけど、やっぱり「どうしようもない領域」もある。その「どうしようもない領域」をどうするかを本気で考えていかないと、1位や2位の会社だけが残っていって、そうじゃない会社は生き残れなくなる。まさしく広告業界がそうなりつつあります。そうなると、ほとんどの企業や個人は幸せになっていけないんです」

大企業だけが生き残る未来に、日本の幸福はないと言い切る小野氏。企業が求める「労働層の人口」は確実に減っていく。しかし、「労働力」は、実は余っているのではないかー小野氏は、まだ埋もれている労働力に可能性を見出した。

 

そして、その労働力を活かす手段こそ「副業」なのだ。

ホールハート社は過去にはJAPAN HEADHUNTER AWARDSでMVPを取得しているほど、人材業界に於いての評価が高い会社

日本にはまだ「大きな労働力」が埋もれている

小野氏は、優秀な人材や出産育児に励む女性たちなど、日本に埋もれた労働力について言及した。

 

「私がサラリーマン時代、他の人の半分くらいしか働いていませんでした。週2回は仕事を午前中で終わらせて、昼寝するか映画観るか、漫喫に行くか。週3回は定時上がり。それでも営業成績はずっとトップでした」

誰しも1日は24時間だが、仕事ができる人の1日は、実は長い。これまで10000人以上と面談してきた氏は「そもそも副業できる余裕がある人材は、パフォーマンスが相当高い」と語る。

 

「本当に仕事ができる人って、むしろ時間が余るんですよ。でも、実際は定時までいなきゃいけないから、ネットサーフィンしたり、余暇時間としてサボっている人は実は多い。面接をしていると、そうした人が一定数います。だから、その余った労働力を活かせないかと」

さらに小野氏は、埋もれた女性労働力の大きさについて語る。

 

「女性は、経験を積んで稼げるようになっても、結婚・出産を機にどうしても求職・退職せざるを得ない方が一定数います。そこからたとえ復帰できても、時短勤務になったりして、退職前の半分の収入になってしまう。せっかく20代のときに培った経験があるのに、活かせていない女性が何十万人といるわけです。その3割が家にいながら副業することで、何千人の転職分と同じだけのパワーが生まれるんです」

今回の新型コロナの影響により、リモートワークが一気に浸透した日本。小野氏が提案する労働力の活用は、より現実味をおびていくのではないだろうか。

 

副業だからできること、分かることがある。

さらに小野氏は、転職を熟知しているからこその副業のメリットを語る。

 

「転職って、互いに背伸びして、合わないケースがすごくある。入ったはいいけど、1年で辞めちゃう人が多いんです。でも、副業で半年とか雇ってみると、予想以上にその人の能力が高いことに気づけたり、逆に、大企業にいるからただ高収入だったと判明したりすることもある。副業期間を通して、お互いに選考、ふるい分けが可能なんです」

副業のメリットは人材のスクリーニングだけではない。

 

「新型コロナが流行して、多くの企業が厳しい状況にあります。でも、これから先も、大地震や伝染病、未曾有の危機はまたやってくる。そうなったときに、企業は存続するために売上をたてないといけない。固定費を減らすために、社員はきれませんが、副業なら可能です。個人も、本業以外の収入源をつくることが大事だと思います」

2017年より、政府による「働き方改革」で、副業推進が始まった。しかし、副業を解禁している企業は約25%(エン・ジャパン調べ2019.9)と、いまだ少数派だ。小野氏率いるホールハートは、こうした日本企業の「副業慣れ」を促すために、新たなサービスを計画している。

 

「副業人材」を活かすために企業に求められること

「これからリリース予定なんですけど「プロの副業クラウド」というサービスを今、作っています。対象はグループ企業。社外からや、社外への副業はまだハードルが高くても、グループ内であれば、導入しやすいと考えました。グループ企業内の副業プラットフォームを提供する予定です」

これまで、会社員が収入を上げたいとなると、転職が主な選択肢だった。しかし、グループ内でそれが可能となると、優秀な人材を社内に保ち続けられるメリットもある。こうして、日本の副業率向上を図るホールハートだが、その試みは必ずしもサービス提供側だけでは完遂できない。

 

「もし、本気で副業人材を活かすなら、企業の理解が何より必要です。副業を取り入れる前提で、会社のビジネスを作っていく方針にならないといけない。『週に何回出社できますか』とか『何時から何時まで働けますか』とか、工場的な人事制度やパフォーマンスから脱しないといけない」

今、日本企業は、本気の改革を求められている。

 

本気のハートに、本気のエールを。

小野氏は熱くインタビューに答える最中、ふと我に返る。

「このインタビューで言っていることは、自分が20年間やってきたことを否定していますね(笑)副業が増えれば増えるほど、転職しなくなっていく。自分の過去を否定しているなとは思うんですけど、もう戻れない」

苦笑いしながらも、小野氏は自信に満ちた表情で、こう続けた。

 

「副業サービスをしているほとんどの企業は、「副業のサービス」しか、していないんですよ。グループ内でやっていても、会社はばらばら。我々は、転職サービスと副業サービスを一つの会社でやっています。転職サービスだけだと、転職した瞬間に関係が終わる。両方やっていれば、転職したあとも、副業を紹介することでずっとつながり続けることができる」

ホールハートはまさに、小野氏が大学生のころから大切にしてきた「人のつながり」を体現した企業に成長していた。

名誉でも、数字でもなく、ただ燃えていたいから。大好きな「人」をつなげることで、健やかな人生を送ってほしいから。何度、燃え尽きても、小野氏は立ち上がる。そうでないと、真の意味で「本気で生きる」ことにならないからだ。

 

転職ビジネスの栄華を味わい、そして、限界も知った20年間。転職黄金時代を支えた彼は今、幸せな日本を再興するために「副業ビジネス」の先陣をきっている。(構成:津山 理加)

<プロフィール>

小野進一

株式会社ホールハート 代表取締役CEO

日本大学卒業後、株式会社クレディセゾン入社。株式会社帝国データバンクへの転職を経て、2001年に株式会社宣伝会議へ入社。翌年、宣伝会議グループの株式会社マスメディアン代表取締役社長に就任。2008年、株式会社宣伝会議取締役。翌年、株式会社宣伝会議、株式会社マスメディアン両社の取締役を辞任して、株式会社ホールハートを設立し現職。

<企業概要>

株式会社ホールハート(HALLHEART Inc.)

https://www.hallheart.co.jp/

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目27−8

設立:2008年12月

「プロの副業」

https://profuku.com/

「プロの助っ人」

https://profuku.com/enterprise/prosuke/

広告・IT/Web業界の転職支援「プロの転職」

https://proten.jp/