株式会社栄和産業 代表取締役伊藤正貴氏

いただいた名刺には「動物にたとえるとウシ」の言葉と共に牛の姿をした伊藤正貴代表取締役の似顔絵が。

「名刺はコミュニケーションの入口です。この名刺を手にした人は『なぜ牛なんだろう?』と気になる。それが会話のきっかけになると思ってこのイラストを入れました。全ての社員の名刺に各々の動物が描かれています」

「硬い工場のイメージを柔らかく」をコンセプトに始めたこの企画をはじめ、株式会社栄和産業は数々の新しい挑戦をしている。今、社員200名に満たないこの町工場が、各方面から注目を集めている。

名刺に記載されている「うし」の似顔絵

新ダイバーシティ経営企業100選に選定!

株式会社栄和産業は、神奈川県綾瀬市で1974年に創業、間もなく50周年を迎える。主な業務は鈑金加工。特にショベルカーのエンジンフードやバスのパネルフロントルーフといった大型部品のプレス加工で実績を誇り、国内に11ヶ所の拠点を持っている(年内に新たに1ヶ所新設予定)。

「大きな部品を扱うには大型の機械・スペースそして技術が必要になるのですが、弊社の特長はそんな大きな部品でも加工ができることです」

1枚の板から450ミリの深絞りもできます、と話すのは同社代表取締役伊藤正貴氏。

この高い技術力で業界内で評価を得ている株式会社栄和産業だが、近年は他の方面からも注目されている。

「弊社は『新ダイバーシティ経営企業100選』として2020年3月に経済産業省から選定を受けました。神奈川県で6社目、綾瀬市の企業としては始めての受賞です。また2019年には厚生労働省が認定する女性活躍推進企業『えるぼし』にも選ばれています」

「新ダイバーシティ経営企業100選」は2012年から始まったダイバーシティ経営、すなわち多様な人材を雇用し様々な働き方を受容した経営によって、企業価値を向上させた企業を表彰するものだ。同賞を株式会社栄和産業と同時に受賞した企業にはコカ・コーラボトラーズジャパン株式会社や味の素株式会社といった大企業の名前が並んでいる。

パネルフロント実機

なぜ一町工場が他の大企業と並んで選定されることができたのだろうか。

「まず1つは高齢者の雇用です。弊社では以前より老若ベテランをバランスよく雇用し、技術の継承を進めてきました。製造業、特に他にない技術をもつ企業は、その技術を持っている人が引退してしまうと製品が作れなくなってしまう問題がある。それでは継続して高水準の製品を提供することができないし、何よりお客様を安心させることができません。ですから各年代の人をまんべんなく雇用し、培った経験・技術が次世代に受け継がれていくように注意してきました。今でも80歳を最年長に65歳以上が13名、働いてくれています」

女性の雇用に関しても、女性活躍推進アドバイザーを招き、女性が働きやすい環境作りから始めた。現在は22名の女性社員が勤務しているが、これは中小規模の製造業では珍しい数字だ。

エンジンフード実機

外国人雇用が全社員の4分の1

現在158名の社員が働く株式会社栄和産業だが、その中には39名もの外国人社員を抱えている。全社員の4分の1にも及ぶ人数だ。その理由を伊藤代表が教えてくれた。

「綾瀬の隣り、大和市には1980年から定住促進センターが置かれ、東南アジアの難民を受け入れてきた歴史があります」

ベトナム戦争終結後、日本政府は政情不安に陥ったベトナム・ラオス・カンボジア三国からの避難民を受け入れることに決定し、公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部を設立した。まず1979年に兵庫県姫路市に、そして1980年に大和市に一時受け入れ先として定住促進センターを開設した。なかでも大和市の定住促進センターにはポル・ポト政権から逃れてきたカンボジア難民が多く、現在でも日本全体で登録されているカンボジア人居住者の56%が神奈川県で暮らしている(2011年、神奈川県国際課調べ)。

「今から30年ほど前になりますが、定住促進センターで暮らしていた2人の兄弟を雇ってもらえないか、という連絡がありました。その26歳と22歳のカンボジア人兄弟は、弟が僅かに英語を話せる程度で、ほとんど日本語ができなかった。

そんな彼らを受け入れることに決めたのは、先代社長である私の父です。ある日、その父が高校1年生だった私を呼びつけて『カンボジア人の兄弟を受け入れることにしたから通訳をしろ』と(笑い)。私だって高校1年生レベルの英語で通訳なんてできるわけがないのですが、向こうも同じレベルの英語でしたから、辞書を片手になんとかコミュニケーションをとることができました(笑い)」

「1番のコミュニケーションツールはファミコン。一緒にゲームをやって距離を縮めましたね」と伊藤代表は笑う。

このカンボジア人兄弟が熱心に働いてくれたおかげで、会社としても外国人雇用に偏見がなくなっていった。また当時、製造業への就職希望者が少なく人手が欲しい時期でもあった。

「その後、彼ら兄弟から『別の会社で勤めていたカンボジア人がリストラされてしまったのだけど、彼は溶接が上手いからここで雇ってあげて』と言われて。それで受け入れたことがあります。明日から働いて、と話したら『お金がないから今日から働かせてください』と(笑い)。紹介されて入社してくると一生懸命やってくれますし、紹介した方も一生懸命教える。それが上手くいって会社の戦力になってくれました。さらに兄弟の甥が母国からやってきて働くようになったり、近所の団地に住んでいる弊社の社員から噂が広まってうちで働きたい、という人がやってくるようになった。こうして外国人社員が増えていったのです」

日本語が苦手であっても、他の外国人先輩社員が母国語でしっかり教えてくれる。その安心感もあった。

現在では社内で日本語クラス「あやせ未来塾」を開講し、彼らに日常生活に必要な日本語教育を行うと共に、日本文化に親しんでもらうイベントも開催している。

「七夕、流しそうめん、お月見に餅つきなど。彼らが日本で1人の人間として成長し、生活していってもらうための活動をしています」

「ものづくり業界に障がい者が少ないことへの問題提起をしたい」

もう1つ、伊藤代表が力を注いでいるプロジェクトがある。その少女の姿を見て、伊藤代表は大きく考えを改める。

「製造業の現場ではチームワークやコミュニケーションが何よりも大事です。障がい者の雇用では、その点に不安があったのですが、彼女の仕事を見て何も問題が無いことに気がつかされました」

それから障がい者実習を受け入れるようになり、現在では延べ77名が2週間の実習プログラムを経験しさらにその後入社してきた者も多い。

「多くの障がいを持った子達を受け入れて分かったのは、障がいの大小・有無は問題ではないということです。彼らにも、充分に仕事を勤めてくれる者がいる。練習を何度も繰り返して少しずつ成長する、その努力を重ねることの大切さ、根気を持っている。

「ものづくり業界に障がい者が少ないことへの疑問提起をしているつもりです」と伊藤代表は話す。

「2週間の実習プログラムに、初日は不安一杯で来た子達が、最終日にはたくさんのことが経験できました、と自信をつけて帰る。自己肯定感が高まり、先生からも『学校のカリキュラムでは得られないことが得られる』と感謝されました。今は近隣8校から受け入れていますが、もっと裾野を広げていけたらいいと思っています」

 

誠心誠意誠実なものづくりを続けていく 

「本当は進学したかったのですが、高校3年生の時に父である先代社長から入社を命じられました。長男ですからいつか継ぐとは思っていたのですが、他を経験せずに真っ直ぐにここに就職しました」と、伊藤代表は入社当時を述懐する。

当時はバブル景気の残る頃で、朝も夜もなく働き詰めの毎日だった。両親と実家で同居しているので出勤から親と同時。給料をもらってもつかう時間がなく、給料袋の封を開けないまま翌月の給料をもらうこともしばしばだった。

「そういう大変な時代を経験しているから、ちょっとやそっとのことではへこたれなくなりましたね」と笑う伊藤代表。創業40年を機に父から代表職を引き継ぎ、2020年で7期目を数える。

「先代社長から引き継いだ弊社の方針は『ものづくりは誠心誠意誠実』。その気持ちをゆるがせにしないでやっていきたい。それと『失敗を評価する精神』。どんどん挑戦して、やってみることがものづくりには大事です。最初は弱みだと思っていることでも、長年仕事をして経験を積んでいくことで新たな強みに変わることがある。だから弱みは伸びしろです。常に挑戦できる、そういう会社の環境を作っていきたいですね」

高齢者、女性、外国人、そして障がい者……。多くの経営者が悩むこれらの問題に、常に挑戦し続けている伊藤代表。時代と地域に根ざした理想的な企業の姿がそこにある。

左上から時計回り:パネルフロント、カバー、エンジンフード、ドア

伊藤正貴

 工業高校を卒業後、父の興した株式会社栄和産業に入社。2014年に父を継いで代表取締役に就任。同社は2018年に経済産業省より地域未来牽引企業に選定、2019年に女性の活躍推進に寄与する企業に与えられる「えるぼし」3ツ星認定、2020年に新ダイバーシティ経営企業100選に選定。

株式会社栄和産業

〒252‐1125 神奈川県綾瀬市吉岡東4‐15‐5

0467‐77‐0878

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