株式会社ハッピーリス – 斬新な音響機器を次々に開発!バンド時代の経験を活かし多数の命を救う製品が生まれるまで
株式会社ハッピーリス代表取締役会長吉田理恵氏
電気・電子機器の開発を事業の柱とする、株式会社ハッピーリス。設立は2006年と、まだ年数は浅い。従業員数も10名未満で、パートのスタッフが手作業で製造を担当している。しかし特許を数点抱えており、国内各地から注文が寄せられている。近年は、海外でよく売れる製品も登場しているほどだ。成功の背景を探ると、創業者である吉田会長の特殊な個性と経歴が浮かび上がってくる。
華やかなバンド活動から一転して、実業界に飛び込むまで
吉田会長は最初から実業家を目指していたわけではない。今から30年近く前は、音楽活動に打ち込んでいた。平成の初期に日本中に大流行したヒット曲「それが大事」で有名な「大事MANブラザーズバンド」のメンバーとして、キーボードを弾いていたのだ。
「あの曲で『応援歌ブーム』のような社会現象が起こりましたね」と、吉田会長は当時を懐かしそうに振り返る。
当時はまだ、コンサート会場にバリアフリー設備は一般的ではなかった。それにもかかわらず、身体障碍者のファンが熱心に足を運んできた。
「最前列に車いすの方が来てくださることもあったんですね。スタッフさんがサポートしてくださったのもありますけど、ハンデがありながら私たちの曲を熱心に聞きに来ていただけるのは励みになりました」
そんな往時のバンド活動の中に、現在の仕事のきっかけが含まれていた。身体障碍者以外にも、さまざまな苦難を抱えているファンがいたのだが、
「難病に冒された子たちもいました。最後には治らずに亡くなってしまった方もいて、訃報を知った時はしばらくショックから立ち直れませんでした。」
音楽の力で、病気や障がいを抱えたファンを励ますことは可能だった。しかし、治療が可能なのは医療だけ。その事実に激しく打ちのめされた。
「そのときに思ったんです。私はキーボードやシンセサイザーをやっていましたが、その流れで音響工学も学んでいたんですね。その知識をいずれ活かして、病気の早期発見や治療に役立つ音響センサーを作りたいと思うようになりました」
ユニークかつニーズの高い音響機器はなぜ、立て続けに生まれたのか
生まれつき絶対音感に恵まれていたことは、吉田会長が今の仕事を開始する際に大きな武器となった。絶対音感と音響工学の基礎知識、その双方が備わっていたからこそ、医療をはじめ数多くの業界で役立つセンサーの開発が実現したといえる。
「新しい製品をつくるときは、現場に自ら足を運びます。不良品の検査に使うセンサーをつくるには、工場内の音を全部聞くんです。不良品が発する音や正常なときの音、それを妨げている周りの騒音などです。騒音には複雑な物理が含まれていますので、音響や振動の測定機器で測るのはかなり大掛かりになります。ですので、私は耳でそれぞれの周波数や振動の状態を確かめ、その場で数値化します。大手の音響メーカーさんにはない仕事ですね。」
吉田会長がセンサーづくりを決意したのは25歳。しかし、バンドを脱退したあともすぐに音楽業界から離れたわけではない。しばらくの間は作曲家またはプロデューサーとして活動を続けていた。
「起業するにはやはり、お金がいりますからね。音楽の仕事で貯金して、40歳になったときに希望通り、今の会社を立ち上げることができました」
その後も随時、材料工学のような製品開発に必要な学問を独学してきた吉田会長。その努力が見事に実を結んでいるといえるだろう。
「モノづくりに関しては、大田区で起業してよかったと思います。ここは工場の社長さん同士の横のつながりが発達してるんです」
吉田会長は創業当初、製造業での注文請書のやりとりもわからなかった。しかし周囲の工場の経営者にとても助けられたという。
「区の開発補助金を受けたんですが、この補助金は区内の工場に発注していると受けやすくなるんです。それで試作品を用意するときも、部品の発注は近くに出しました。すると、その工場ではできない技術のものだった場合、他で対応可能な工場や手が空いている工場を親切に教えてくださるんです。そういったご恩や信頼関係で、量産分も引き続きお願いしています。」
胎児の心臓から工場の不良品まで、あらゆる音を携帯電話で聞ける「ケアレコ」の完成
株式会社ハッピーリスの初期の目立った製品に「胎児心音音楽CD」がある。乳児期の子供は、ささいな理由から激しく泣き出してしまうのが常識だろう。しかしこのCDがあれば、スムーズに安眠を促すことができる。
「赤ちゃんおひとりおひとりの心音が必要でした。『定期検診で産婦人科へ行った時に赤ちゃんの心音を録音してきてください』とお願いしていました。」
この事業は次々と契約を取れて順調に進んだが、もちろんハプニングは避けられない。商品申込の直後に早産で誕生したため、胎児の時の心音を録音できなかったこともあったという。しかしこの経験が、また異なる製品の開発につながった。
「お客様が商品を申し込んでくださったら、産婦人科を待たずにお家でおなかの赤ちゃんの心音がとれないかなって考えたんです。そして出来上がったのが『ケアレコ』でした」
「ケアレコ」は体内の音を、聴診器を通して携帯電話で再生・取得できる製品。録音機能も備えている。最初は医者が主な顧客だったが、やがて状況は一変する。そのきっかけは、東京都から販路開拓支援を受けられるようになったときだった。
「『工場の不良品検査に使えるようにできませんか?』と相談されたんです。『やってみます』とお答えしたら、いろいろな大企業の生産管理部の方々をご紹介くださいました。」
こうして吉田会長は、初めて異音センサーの開発を経験する。これがうまくいったために、今では、製造検査に使われる製品に成長したという。自動車工場の製造検査や、家電メーカーのモーターの検査をはじめ、用途は多種多様だ。工場の環境に合わせてセンサーをカスタマイズするため、その都度新製品が誕生しているともいえるだろう。
たとえば、これらの異音センサーを開発時に蓄積したアイデアは、水道管の漏水検査にも応用されている。水道局の検査技師は「音聴棒」と呼ばれる特殊な器具を用いるが、この場面で大きな成果を出すことができた。
「本来は、熟練した技師でないと使いこなせない器具だったんですよ。でも異音センサーを作っている間に得た技術アイデアで新たに発明をし、経験の少ない技師でも検査しやすい製品ができました」
この依頼をしてきたのは、音聴棒の国内最大のシェアを握っている企業だった。開発に3年ほどかかったが、その甲斐あって特許も取得し満足度の高い製品が完成した。現在は中国でもよく売れているという。
国民病となった誤嚥性肺炎を診断できる「ごっくんチェッカー」誕生のいきさつ
ケアレコはもともと産婦人科を舞台として利用されてきた製品だったが、医療においては循環器・呼吸器でも使用されることがあった。高齢化が進行する現在、高齢者の死因の上位を占める疾患に「誤嚥性肺炎」がある。「がん」「心臓病」に比べると知名度ではやや劣るが、肺炎で命を落とす高齢者は昔から多かったものだ。
「ケアレコを、『のどの中の音を聞くのに使いたい』と望むお医者さんがいらっしゃいました。そこでケアレコをカスタマイズして、スピーカーで聞けるような製品に変えて納品しました」
実はこの医者は、嚥下機能の研究で第一人者だった。この医者が訪問診療に出るときは、全国の医者が同行して見学するのだが、その際にケアレコが注目を集めた。
「あちこちのお医者さんから、『電池式にできませんか?』『ハンズフリーにしてほしいんですけど?』などの相談を受けました。『誤嚥がわかるようになりませんか?』とも言われました」
要望が次々と舞い込む中、吉田会長は時間をかけて新製品の開発に地道に取り組んだ。もっとも、すんなりと進んだわけではない。首やのどに通常のマイクをあてがっても、嚥下以外の雑音も拾ってしまう。またマイクの場合、音にならない症状は感知できない。しかし誤嚥した際に音が出るわけではない。
「試行錯誤を繰り返しました。空気振動による音だけでなく、固体振動や圧力も一緒に感知できるセンサーを開発しました。『ごっくんチェッカー』と名付けました」
嚥下の測定方法として、医療の現場で認められている方法といえば内視鏡検査や造影検査くらいしかない。しかし『ごっくんチェッカー』なら、医者でなくても使える上に簡単に終わる。たとえば造影検査なら、バリウムを飲ませないといけないが、そのような作業は発生しない。首に当てるだけでわかるのだ。
類似する製品の研究を行っていた企業はほかにもあった。しかし、ノイズが思ったより発生してしまうなど製品としての完成度に欠けていた。現在は株式会社ハッピーリス以外に、嚥下機能を測定するための身体非侵襲センサーを製造している会社は存在しない。
同商品は、決して安価ではない。しかし発売以来各地の医療機関から問い合わせが相次いでいる。そして2018年の介護報酬制度の改定を皮切りに、介護施設からの注文も増加しているところだ。
誤嚥性肺炎の脅威から解放され、高齢者が健やかに活動できる社会に向けて
株式会社ハッピーリスは、2014年から4年ほど介護ロボットの開発のために、厚生労働省から補助金を受けている。その流れで吉田会長は、「介護ロボットメーカー連絡会議」のようなイベントにも出席するようになった。
「医療業界・介護業界で有名な方々や政治家の方々ともお話しするんですが、意見交換するたびに誤嚥性肺炎の危険性を思い知らされますよ。たとえば歌舞伎役者の中村勘三郎さんは、食道がんの切除手術を受けてましたね。手術は成功したそうですが、ICUから一般病棟にお移りになるときに嘔吐した胆汁がそのまま肺に入ってしまったそうです!」
しかし『ごっくんチェッカー』がこの時点でICUでバイタルの医療機器になっていれば、誤嚥しやすい状態であることは早めに判明したはず。そう思った吉田会長は、その後機器の医療認可を取得した。誤嚥性肺炎によるリスクは今後ますます増していくだろうとにらんでいる。
「マスコミも報道していますが、医療費を減らす必要があることはみなさんよくご存じでしょう。でも誤嚥性肺炎のせいで、莫大な医療費がかかっているはずです」
現在、誤嚥性肺炎の診断は医者でなければ難しい。このため、自覚症状がないままある日突然肺炎で死亡する……といった事例が絶えない。吉田会長の身近にも、誤嚥性肺炎で命を落とした方が何人もいたという。
「今は血圧計くらいならどんな家庭でも安く買えますよね? 誤嚥性肺炎になりそうな兆候発見と予防を各家庭で簡単にできるようにしていきたいです。今はまだ高額ですけど、誰でも買えるような値段に変えて、肺炎が日本人の死因の第3位から消えるようにしたいです」
高齢化が進む時代は、国民全員が自身の健康管理を大切に考えていかなくてはならない。この病気を患うと、食事も満足に取れなくなってしまう。「この問題の解決は、医療費の削減にも役立ちますし、誰もが末永く健康に活動できる社会を形成していく上でも役立ちます」と力強く語る吉田会長。いずれまた新たな製品の開発に成功する日が来ることだろう。
吉田理恵
1990年代に、伝説の音楽バンド「大事MANブラザーズバンド」でデビューして「それが大事」のような名曲を発表。バンド解散後は楽曲提供等で活躍。その後2006年に株式会社ハッピーリスを創業。
株式会社ハッピーリス
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