くじらといえば、大海原では主(ぬし)のような存在だ。ちょっとした大きさの魚なら口を開けてひと飲みにしてしまう。そのような「くじら」の名を冠するファンドなのだから、いわゆるハゲタカファンドのように、どんな大企業をも丸飲みにして乗っ取ってしまうのではないかと想像される方もいるだろう。

しかし、実はくじらキャピタルはハゲタカファンドの真逆をいく異色の存在だ。それはいったいどういうことなのか。その真意について、代表取締役社長 竹内氏に話を聞いた。

 

中小企業をターゲットに成長支援を行う

くじらキャピタルは投資ファンドの中でも、いわゆるバイアウトファンドと呼ばれる部類に属する。一般的に、PEファンドというと、大企業に対して中長期的に投資をしてダイナミックに経営再建を図るファンドのことを指す。しかし、くじらキャピタルは中小企業をターゲットとしていることが特徴だ。

「収益だけを追うのであれば、売上1000億の会社を立て直すのも10億の会社を立て直すのも同じくらい工数がかかるので、売上規模の大きな会社をターゲットにしたほうが断然リターンが大きいんです。しかし、僕らがあえて中小企業をターゲットにしているのは、日本の会社の99.7%を占める中小企業の成長を下支えするファンドがなければ、日本の経済全体が停滞してしまうという危機感があるから。だから、効率も悪いし工数もかかる中小企業への成長支援にフォーカスしているんですね」

 

竹内氏によれば、世の中の中小企業には経営戦略に悩み、苦労している経営者が少なくない。そのために従業員やその家族までが苦労をかけ、取引先にも悪影響が及ぶケースが多いのだという。だからこそ、投資先の中小企業の経営に自ら参画して経営支援を行い、業績回復をさせることこそが日本の経済人としての責任であると感じているのだ。

しかし、意外なことに竹内氏はいわゆる「大企業を乗っ取るハゲタカファンド」を最初はやりたかったという。それはなぜなのか。

 

株主総会にセンセーションを巻き起こすハゲタカファンドに憧れた大学時代

幼少期のほとんどを海外で過ごした竹内氏は、アメリカ・カリフォルニアの大学に進学。その大学は、世界最大規模のバイアウトファンドKKRを立ち上げた3人のうち2人、ヘンリー・クラビス氏とジョージ・ロバーツ氏の母校だったのだ。

 

「大学でクラビスさんの講演を聴いて、バイアウトファンドの何たるかを知り、こんな世界があるのかと衝撃を受けました。あと、当時好きだった映画にもPEファンドのオーナーが巨万の富を築くさまが描かれていたこともあり、ファンドに興味を持ったんです」

 

こんな世界に入りたい。そう熱望し、金融業界最大手のひとつ、リーマン・ブラザーズの投資銀行本部に入社した。当時の同期、現神戸大学准教授でくじらキャピタルの社外アドバイザー 保田隆明氏から「なぜ投資銀行に行きたいと思ったか」ときかれたとき、「敵対的買収をするようなあくどいハゲタカファンドをやりたい」と語ったのだという。

 

「超大手企業に敵対的買収を仕掛けて、従業員や労働組合がピケを張っているようなところで、もみくちゃにされながら株主総会に乗り込み、役員を全員解任する、みたいなえげつないファンドをやりたかったんです。今から思えば幼い考えでしたね(笑)」と竹内氏は当時を振り返って苦笑する。

 

唯一無二の武器「デジタル×資本」の融合で経営再建を目指す

くじらキャピタルの特徴のひとつに、「デジタル」を使って停滞している会社の再成長を実現させることがある。デジタルと投資の組み合わせを思いついたのは、ある国内菓子メーカーを買収したグローバルファンドに乞われて、デジタルに関する施策を提案するように言われたのがきっかけだ。

2012年から2018年までの6年間、竹内氏は国内最大規模のデジタルマーケティング会社アイ・エム・ジェイ(IMJ)の経営再建に関わった。それまで、IMJは4期連続赤字、昇格や昇給も滞り、士気は低下し離職率は上がる一方。しかし、竹内氏はそんな経営状態に自らテコを入れ、業績を回復させ、人が増え、仕事も増え、賞与も給与も上がる仕組みを整えた。その傍らで、6年かけてデジタルがいかに経営再建にとって大事かということも学んだ。しかし、目の前にいる有名なグローバルファンドの担当者がそういう認識を持っていなかったのだ。

 

「これだけ世界的に有名なファンドであってもデジタルの重要性を全然認識していないのなら、きっと世の中の会社はもっとないんだろうと思いました。であれば、もともとやりたかった投資ファンドと6年かけて学んだデジタルを組み合わせれば、くじらキャピタルで今までにない最高にユニークなことができるんじゃないかと確信を持ったのです」と竹内氏は語る。

 

くじらキャピタルの社員は竹内氏含め5名だが、金融業界出身の竹内氏と共同代表の石川氏以外の3名はいずれもIT業界出身だ。ファンドには、このような構成員のチームはまずないと胸を張る。

 

「よく『そんなの外注すればいいじゃないか』と言われるんですが、外注すると、今デジタルで何ができるのか、この会社をデジタルで変革するとどういう可能性があるのかわからなくなるんです。我々のいうデジタル変革は、例えば「ECを立ち上げる」みたいな部分的な話では全くなく、全社横断でビジネスそのものを作り替える営みを指しますが、その際に実際に「作れる」人が社内にいないと技術の動向や選択肢、実装の可能性や業務へのインパクトが肌感覚でわからなくなります。

また、デジタルの本質は「すぐに作れる、すぐに直せる」ことにあるので、頭の中で戦略を立てて「ああでもない」「こうでもない」と机上で議論を繰り広げるより、まず実際のプロダクトやサービスのプロトタイプを創ってみて、使い勝手がいいかどうか、顧客価値があるかどうかを見て、悪ければ直す、というサイクルを高速で回していくことが価値創造に直結します。そうなると、自社で技術者を抱えていないとスピードが全く間に合わないのです。」

 

「リストラをしない」が信条

一般的なPEファンドでは、手っ取り早くコスト削減をするために、投資先の会社で早々にリストラを行うことは珍しくない。しかし、竹内氏は逆に「リストラをしない」ことを命懸けで守っている。それには、過去の苦い経験が背景にあるという。

2012年から経営再建を担った企業で、竹内氏は社員10数名のリストラを断行した。対象者の中には様々な家庭の事情を抱えている人も含まれており、竹内氏は彼らに対し、せめてもの想いで退職金を多めに支払い、徹底した再就職支援も行った。しかし、そうして残ったのは「次は誰がクビになる番なのか」と疑心暗鬼に満ちた社員たちと、「竹内は血も涙もない男だ」というレッテルだけだった。それで営業利益が改善したかというと、決してそうではなかった。人を減らすのではなく、逆に増やしてしっかり収益管理をした方が断然業績が向上したのだ。

「僕らが新しく投資した会社の人たちは、僕らが行くと『前のオーナーがこの会社を売っちゃった』『ファンドが来た』ってビクビクするんです。それは、ファンドが来たら誰かがリストラされることが目に見えているから。そこで本当にリストラをしてしまったら、『やっぱりリストラするんだな。じゃあ自分たちもクビにされる前に辞めよう』と思うわけです。でも、そうしてモラルも士気も低下させてしまうくらいだったら、全員いてほしいんですよ。その代わり、業務は劇的に変える。そうするほうが、はるかに価値を生み出せると思うんですよね」と竹内氏は断言する。

 

経営者のハッピーリタイアを支援したい

くじらキャピタルは中小企業の経営に自ら携わることで、経営再建を目指すファンドだが、やりたいこと、実現したいことは何なのだろうか。

「『高齢になってきたけれど後継者がいない』『体力的にも精神的にも経営を続けていくことに不安がある』という経営者の方がいたら、僕らにバトンを渡していただきたいんです。僕らのような経営のプロ、というとおこがましいかもしれませんが、経営手腕にそれなりの自負を持っている人間に経営をバトンタッチしていただければ、経営者はハッピーリタイアができるし、従業員には新たな成長機会の提供ができるし、デジタルに長けた新しい企業に生まれ変わることができます。また、従業員の雇用を守りきちんと納税を続けることで、地域経済の維持・発展にも貢献できる。その会社がそこにあり続けることで、多くの人をハッピーできるので、それを私達がバトンを引き継ぐことで実現したいと思っているんです。」と竹内氏は言う。

命懸けで経営してきたものの後継者がいなくて悩んでいるからといって、廃業してしまえば従業員にとっても地域経済にとっても大打撃になる。新しい事業承継の形として、ファンドに事業を売却し、自分の代わりに経営を担ってもらうことも、将来の選択肢のひとつに加えてみてはいかがだろうか。

 

【プロフィール】

竹内 真二(たけうち しんじ)

リーマン・ブラザーズ、モルガン・スタンレーなどを経て、2012年に実質1号となるファンドを設立。同年4期連続最終赤字に陥っていた上場デジタルマーケティング会社の代表に自ら就任し、非上場化と経営再建を行う。無事に成功をおさめ、2018年2月に同社の代表を退任し、同年4月くじらキャピタルを創業、代表取締役に就任。以後現職。

【会社概要】

社名:くじらキャピタル株式会社

設立:2018年4月

資本金:4,900万円(資本準備金含む)

本社所在地:〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1-3-9 ヒューリック渋谷一丁目ビル CROSSCOOP内

事業内容:

中堅中小企業を対象とした成長支援ファンドの運営(投資事業有限責任組合の自己募集・自己運用)

デジタル変革支援事業