人の行く、裏に道あり“ビジネスチャンス”

 

おそらくユーザーの誰もが不便に思い、不条理を感じている。これはそこにニーズがあるということにほかならない。なのに業界は知らんぷりを決め込む。何故か。それに手を付けるのは割に合わない(または既成の概念や価値観をわざわざひっくり返すのは得策ではない)と思っているからだ。しかしユニクロやジャパネットタカタの例を挙げるまでもなく、先んずれば人を制す、という教えはそんな時のためにある。現にここで取り上げたトライク(三輪車)ハウス「Wing of Wind」(以下、Wing)も、それを見事なまでに体現した事業所の1つだ。詳しくリポートする。

 

国産車両による独立懸架式トライクのプロ集団      Wing of Wind 店長 衣川裕芳氏

僅か10カ月で100台超のビッグセールス

事業の立ち上げは3年前。最初の1年は部品調達のためのパイプづくりと、技術的な諸問題を解決するための研究と試作、テストに明け暮れ、試行錯誤の連続だったという。次の1年は個々の多様なニーズに応えるための豊富な〝品揃え〟と、販路、サービス体制を充実させるためのネットワークづくりに東奔西走している。本格的な販売モードに入ったのは昨年の夏以降だ。で、現在はどうなっているか。

 

結論から言おう。昨秋からこの6月末までの僅か10カ月間で、写真でお分かりのようなゴージャス感溢れるトライクをなんと100台以上もセールスしているのである。しかもこの夏場にきて、問い合わせや購入相談が連日、引きも切らないというのだ。これまで何百という事業所を取材してきた記者からすると、ワンオフィス・ワンファクトリーという事業規模でのこの実績と状況は、ほとんど奇跡と言って言い過ぎではない。店長の衣川裕芳氏(44歳)に、その理由を訊いた。

 

「一番に言えることは、ネットや様々なサークルの機会を通して、日本での認知が飛躍的に進んできたことですね。統計がないので正確には分かりませんが、トライク人口も5年前と比べたら10倍くらい違うんじゃないでしょうか。現にボクが確認しているツーリングクラブだけでも、全国で100は下りませんから」

 

しかしその分、参入する競合他社は増えているだろうし、老舗と呼ばれるトライク大手もシェア拡大には余念がない。それらと比較しても、1事業所という意味では伸び方がダンチなのである。そこでもう1歩踏み込んで訊いてみた。

 

──そもそもどういう目算があってWingを立ち上げることになったんですか?

 

他人が面倒臭がる仕事をむしろ喜んで

 

これもまた、結論から先に言おう。早い話が、〝人の行く、裏に道あり、花の山〟である。

 

何も相場の話をここで持ち出そうということではもちろんない。大方の同業者が行かない茨の道にこそ、往々にして切迫したユーザーのニーズが隠れていたり、大きなチャンスが埋もれていたりする、という話である。どういうことか。

 

「Wingを立ち上げる前は車の整備とか板金塗装の工場を経営する傍ら、トライクの修理販売もしていたんですが、正直、トライクには困っていました。故障ばかりして。デフがすぐに焼き付いたり、ベアリングが壊れたり、酷いのになるとシャフトが突然ポキッといったりですね。それでも直せればいいんですが、部品がなかなか手に入らないし、運良く手に入っても、純正じゃないからまた故障するんですよ」

 

ハッキリとは言わないが、おそらく俗に〝チューカ〟と呼ばれる、あの〝大国〟製トライクであろう。元々、今のトライクブームに先鞭をつけたのはチューカである。その意味ではチューカを抜きにしてトライクは語れない。しかし多くのユーザーの話を聞いたりネットの書き込みを覗いてみる限り、故障しやすいのはどうやら間違いなさそうだ。

 

ただし、安い。ちなみにWingの経営母体であるフリクェンシィ・インフラコム社社長のかつて乗っていたトライクが、やはりチューカで、購入価格は16万円だったそうだ。

 

「出会った頃に乗っていましてね、安く買ったはいいが、修理代がその10倍は高くついたと嘆いていました(笑)。しかしこれを社長は、大きなビジネスチャンスだと一方では見ていたんですね」

 

たまたま取材日が海外出張と重なったので直接には聞けなかったが、フリ社の社長は、光ファイバーなど各種ケーブルの配管や設計施工に長く携わってきた通信インフラのスペシャリストで、若い頃から人が面倒臭がってやらない仕事をむしろ喜んでやってきたようだと、衣川氏は言う。

 

目からウロコ!?先んずれば人を制す

 

「あるとき社長に呼ばれましてね。国産車両のトライク事業を立ち上げたいから、その責任者をやってくれと言うんです」

 

いきなりのヘッドハンティングである。社長の話はこうだ。

──日本には優秀なバイクメーカーが何社もある。それらの車両をベースに使えば故障は格段に減るし、部品も簡単に手に入るじゃないか。しかも作るのは従来型のホーシング式ではなく左右別々の独立懸架式だ。今はまだどこも作っていないが、いずれみんなそちらの方向にシフトし始めるだろう。先んずれば人を制すだ──。

 

「いやあ、目からウロコでした。確かに社長の言う方式なら、これからトライク人口もますます増えるだろうし、絶対に成功すると確信しました。ただ、ボクも素人じゃないからこいつは簡単ではないぞ、とも思いましたけどね。事実、大手もそこまでは踏み込んでやってはいませんでしたから」

 

独立懸架式国産車両トライクのプロ集団が、この国に生まれた、これがその瞬間である。

 

とまれそもそもトライクとは何か。簡単に言うと二輪車の後輪の代わりに左右一対の二輪(トライク部)を新たに取り付けた三輪車である。といっても昔のダイハツミゼットのようなそれではない。写真を見れば一目瞭然だが、どちらかというとスポーツカーだ。

 

「欧米では早くから普及していますが、ちょっと贅沢な一種のステータス、大人のホビー(趣味・道楽)ですね。普通免許で乗れることと、転倒の危険性も少ないとあって、日本でもアッパーミドルを中心に、ここ数年急速に広がってきています」

 

ユーザーは思慮も分別もあり、生活基盤や社会的な立ち居地もきちんとした、

 

「中年以上の紳士淑女がほとんどです。皆さん、マナーもエチケットも頭が下がるほど心得ていらっしゃいますよ」

 

そのお一人、写真上の三輪の三太郎さん(仮名)はオーバーセブンティである。この秋には愛車に乗って四国のお遍路に出るそうだ。

 

乗り心地、操作性ともに抜群。低価格で国産車両では初めての独立懸架式

 

最後にWingのウリと特長について簡単にまとめておこう。

 

先述したように車両はヤマハ・ドラッグスター、スズキ・スカイウェブ、ホンダ・マグナなどすべて国産の人気7車種(トライク部は台湾の指定工場)で、いずれもアンダー250㏄である。排気量を小さくしたのは、初期費用を抑える(100万円前後~)ためと、ランニングコストを軽くするためだ(車検が不要で課税額も低い)。

 

そして何よりも一番のウリは、普通では考えられないほどの低価格で独立懸架式を実現した点にある。乗り心地、操作性とも、従来型のホーシング式より明らかに優れているのだ。とくに毎時60キロ以下の低速走行時やデコボコ道を走った時の差が顕著だという。

片方の車輪が石ころに乗り上げようがワダチに嵌ろうが、ハンドルへの負荷がほとんどない。これは左右のサスがそれぞれ独立して衝撃を吸収するためである。一方、ホーシング+スウィングアーム式ではそうはいかない。左右の車軸が固定されているから、右が上がれば左も上がろうとし、その分ハンドルに負荷がかかるのだ。

 

もう1つのウリはバックギアだ。このクラスにはまず付けないのが通例のようだが、独立懸架式と共にすべての車種に標準装備されている。車庫入れや狭い道での走行に、付いているのとそうでないのとでは大違いだろう。

 

他にカラーリングやペイント(絵)、ホイールメッキやLEDウィンカー内蔵ミラーなど、カスタムも思いのままでしかも驚くほどリーズナブルである。もちろん保証制度も充実している(トライク部は2年、または2万キロ走行まで無料修理など)。それもこれも、面倒臭いことをむしろ進んでやるという社長のポリシーの反映であることは言うまでもない。とりわけLEDはフリ社の得意とするところで、

 

「トライクだけでなく自動車内や屋内の照明ほか、様々な用途でのご注文がありますよ」

 

今や戦国乱世・玉石混交といわれるLEDだが、同社のそれは不具合の発生率も価格も国内〝最低〟レベルともっぱらの評判なのだ。

 

余談ながら衣川氏は、昨年も北海道から九州まで延べ6千キロ、走行テストを兼ねたお披露目行脚に勤しんでいる。併せて全国26の代理店・販売協力店との信頼関係をより強固にするため、という目的もあったそうだ。

 

「電話やメールだけとか、ネットで売ったり買ったりという無機質な関係は嫌なんですよ。お客さまや代理店さまと時間の許す限りお会いして、率直なお話を聴き、生きたニーズを吸い上げて製品に反映させたいと思っていますから」

 

この国のアッパーミドルの〝遊び心〟だけでなく、携わるすべての人、仲間の〝信頼〟までこの人は、どうやらガッチリと鷲掴みにしそうである。

 

 

 

衣川 裕芳氏(きぬがわ ひろよし)

1967年、静岡市生まれ。私立静岡北高校卒業後オートバックスに入社。これがきっかけで、それまでさほど興味があったとはいえない〝車〟の魅力に取りつかれる。同社を辞めてポリテクセンター(職業訓練開発センター)に通い整備士免許を取得。日産プリンス静岡販売に入社し、整備、フロント、板金塗装など幅広い業務に従事したあと、32歳で独立。車の修理整備、板金塗装、車検業務などのほか、ビンテージカーやトライクの販売修理も手掛ける。2008年、フリクェンシィ・インフラコムの社長と出会い、同社の車両部としてWing of Windを立ち上げる。

 

Wing of Wind(株式会社フリクェンシィ・インフラコム車両部)

〒425-0077 静岡県焼津市五ヶ堀の内566-1

TEL 054-902-3585