不況に強い体制づくりをISO取得で信頼をチャンスに

戦後から1985年ごろまでは、日本は新規創業の活発な国であった。しかしバブル崩壊を機にその数は減少。90年代半ばには廃業率が起業率を上回った。その原因の一つに中小企業の後継者問題がある。事業の継承は単に親のしていた仕事を引き継ぐだけではない。今、次代を担う者には新たに事業を組み立てて行くだけの創造性が問われているのだ。

 

日常的な努力の積み重ねが企業の信頼に繋がる

株式会社 大谷鉄工 専務  大谷正明氏

大谷鉄工は主に産業機器や建設機器など鉄工製品の製造を手掛け、特に溶接技術においては優れた技術を有し、各取引先からも高い信頼を得ている。

 

「わが社は創業者で現社長の父・誠が一人で始めた会社で、歴史としてはもう30年になります」

 

創業した当初は下請け企業として依頼されたものについて「出来ないとは決して言わない」という、いわゆる〝技術屋〟典型のような会社であった。

 

「社会全体の景気が良ければ、会社も景気が良く、バブル崩壊やリーマン・ショックなど、業界全体が落ち込めばもろに影響を受けるような、いわゆる時代に流されやすい面がありました。今回の震災については設備面などの影響はほとんどありませんでしたが、原発関係で突発的な仕事を受注できた程度で、これも一時的なものですから、追い風とまではいかないでしょう」

 

同社が手掛ける製品には小ロット、一点モノが多い。つまり、社員一人ひとりの技術力に大きく左右される。

 

「技術的にこれだ、と言えるような特化したものはないのですが、お客様からの依頼で『こういうものをつくってくれ』と言われたときに、納期までにどれだけ良いものを仕上げられるか。その課題を少しずつ乗り越えてきたところが、現在の信頼に繋がっているのだと思います」

「良い品物を、安く、早く」とは、よく言われるが、品質が良いのは当然として「安く、早く」をどう実現するか。そしてどう同業他社との差別化を図るかが大きなポイント。かといって価格競争に巻き込まれては、ほとんどの中小・零細の企業は体力が持たない。

 

しかも、リーマン・ショック後は価格競争に、より拍車がかかっている状態で、海外や関西圏に流れていく仕事にどう歯止めをかけるか、同社でも頭を悩ませている問題だという。

 

コストダウンの対象となるのはモノや情報だが、その課題を解決に導くのは、あくまで人の知恵や能力である。正明氏としても一つひとつの工程を精査し、品質管理のレベルを上げていく必要があった。

 

そこで取り組んだのが品質管理・保証の国際規格である「ISO9001」取得への挑戦だった。

 

逆境の中、ISO9001を取得

「今はスピードよりも値段の勝負になってきているので、自分がまずすべきことは、いかにコストを削減していけるかだと思いました。これは今も継続して取り組んでいるのですが、そのためにはISO9001の取得が何としても必要だったのです」

 

自社の技術に自信があるほど、ISO取得は不要と考えている企業は多い。しかし同社の場合は取引先の要望や社員全員が一丸となって協力したこともあり、2010年に、決定からわずか8カ月で取得することができた。

 

「社内でも一定の基準がない状態だと、いくらコスト削減といっても何から始めたらいいのかも手探りだったので、全員が向かっていける目標を設けたいというのは常に考えていました」

 

と、正明氏は語る。

 

「今はお客さまから『大谷鉄工は値段も安くてすぐに対応できる』ということで信頼を得ているところが大きいので、そこからどう次の展開に繋げていけるか。創業から培ってきたベースの技術を活かしつつ、その上で新たな価値を付加させるという意味ではISO取得は非常に有効だったといえます」

 

結果、不良品は減少し、コストも以前の3分の1にまで削減することができたという。

 

とはいえ業界全体の現状はいまだ厳しく、今はかつての半分ぐらいの価格でなければ、仕事が受注できない時もあるほどだという。まして国外にシフトしていく仕事にますます加速がついていくのではないかという懸念もある。

 

国内にある各種工場の海外移転が進めば業界全体の需要が減少するのは当然だ。そして産業が空洞化すれば海外進出はさらに加速していく。

 

「現在は価格が値崩れしている状態。同業が多いという面もありますが、今後はコスト削減に加えさらに品質を向上させて『大谷鉄工に任せておけばちょっと高くても任せられる』と思っていただくことが、海外や関西圏に流れていってしまった仕事を呼び戻すカギになるでしょう」

 

そのためにも国際規格のISOを取得することは同社にとって必要条件でもあったのだろう。なぜなら最近では、ISOを取得していなければ仕事を出せないと明確に言ってくる企業が増えてきたからだ。

 

「溶接に関しては、厳しいところは少しでも不良品がでると全部やり直しになることがあります。いい技術者を養成して、いかに早く、いいものをつくり続けるか。やはり、そこが大事だと思いますし、今もその要求には応えられていると思うのです。しかし『昔からこういうやり方だったから、今もそうだ』では通用しなくなってきているのも事実。蓄積してきた技術が時代から取り残されないように、変化にも柔軟に対応していかなければなりません」

 

その他のメリットとして工場内の整理整頓や5S活動。毎朝、朝礼を必ず行うなど、ISOを取得したことにより、社内のコミュニケーションが目に見えて円滑になってきたという。

 

「こちらが思っていることが全員に伝わってきていると実感しています。自分の話をしっかり伝えて相手の話もきちんと聞く。お互いを理解しあうことで、職場のモチベーションも上がってきました」

 

ISOを新しいツールとして、安定した品質の保持に力を注ぎ、いかに有効に利用していくことができるか。今後のモノづくり中小企業の大きな課題の一つといえるだろう。

 

自社ブランドを確立し、存在感を示したい

同社の従業員は熟練した技術者が多い。そのため、技術の継承も大きな課題の一つである。その点、次代に向けて会社を担う立場である正明氏自身はどう考えているのだろうか。

 

「父は一代で大谷鉄工を築き上げた人間ですから、体の動くうちは続けたいと考えているようです。私も、父が今までがむしゃらにやってきたところを見てきているので、技術的にも学びたいところは多いし、学ばないといけないところはたくさんあるのですが、この5年の間でどれだけ勉強できるかが勝負だと思っています」

 

今後もISO取得で得た経験を活かした、より無駄を排した合理化など、考えるべき課題が山積しているが、正明氏には新たに考えているもう一つの目標がある。

 

「下請け企業としてだけではなく、自社製品を開発して販売まで手掛けていければと考えています。下請けは下請けとしてお客さまに喜んでいただくのは良いことなのですが、景気が悪くなれば、取引先を集中させていたことで苦労をしてきた会社を多く見てきているので、そうしたリスクを避けたいのです。フォークのツメなどは現在も手掛けていますが、独自にユンボのツメなどを開発することで他社との差別化を図り、一つの強みにできればと考えています。そうした新たな経営の柱をつくるのにも、また新たなコストがかかりますので、より一層の効率化に少しでも貢献していくのが自分の役割だと考えています」

 

確かに、バランス感覚を持ち合わせた正明氏らしい考えだ。会社自体が魅力的になれば、若い人材は自然と集まってくるに違いない。

 

正明氏の今後の手腕に注目したい。

 

 

1974年、千葉県松戸市生まれ。中央学院大学商学部卒業後、サラリーマンを経て、2005年、家業である大谷鉄工に入社。2008年専務に就任、現在に至る。

 

株式会社大谷鉄工

〒271-0042 千葉県松戸市主水新田534-8

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