企業と産業医と三人四脚で病気を防ぐ 産業医ビジネスの最前線 – 株式会社メンタルヘルステクノロジーズ
刀禰真之介氏 株式会社メンタルヘルステクノロジーズ 株式会社Avenir 代表取締役
従業員の心の健康を守ることは企業の使命
「多くの企業が今、産業医に注目しています」と話すのは、株式会社メンタルヘルステクノロジーズと株式会社Avenir(ともに東京都港区)の代表取締役を務める刀禰真之介氏。
産業医と企業を結びつけ、企業で働く人々の心と身体の健康を守るサービスを行うAvenirは、多くの企業が頭を悩ませる「健康経営」、「働き方改革」に最適なソリューションを提供している。今なぜ産業医なのか。そして、従業員が心身とも健康に仕事ができる環境を作るにはどうすればよいのか。今注目を集める産業医ビジネスについて刀禰代表に伺った。
「産業医をやりたい」という義妹の一言がきっかけ
産業医とは、労働者の健康管理について、指導・助言を行う医師である。一定規模以上の企業は法律で産業医の選任を義務付けられているなど、その重要性は非常に高い。そんな産業医と企業との架け橋を作る会社こそ、株式会社Avenirだ。
同社の事業は、企業の従業員に関する健康問題を明らかにし、その問題に最適な産業医を提案するなど、企業と産業医と一緒に健康経営に取り組むことだ。また同時に、産業医を希望する医師に対しても、キャリアアップ支援も行っている。
同社の代表取締役であり、その親会社である株式会社メンタルヘルステクノロジーズの代表取締役も兼ねている刀禰真之介氏は、次のように語る。
「企業に対してメンタルヘルスソリューションサービスを行っている株式会社メンタルヘルステクノロジーズは、2018年8月に株式会社Miewから社名変更をしました。その理由は、より事業目的を明確にすることと、また、いまだに偏見もある『メンタルヘルス』という言葉をポジティブに捉えてもらいたい、と考えたからです」
2011年の起業以来、着実にその地位を固めてきた株式会社Avenirと株式会社メンタルヘルステクノロジーズだが、そもそもメンタルヘルスに着目したきっかけは何だったのだろうか。
「近年、全世界的に鬱病を患う人が急増しています」と刀禰代表は話し始めた。
WHO(世界保健機関)の発表によると、2015年時点において全世界で鬱病の患者は3億2200万人と算出されている。うち日本人は約506万人とされ、これは日本の労働人口約6500万人の7・8%に相当する。つまり、日本では働く人の13人に1人は鬱病、という時代になっているのだ。
「三大疾病と言われていたものが、今は五大疾病になり、そこに鬱病も含まれるようになりました。もはや縁遠い病気ではなくなっているのです。厚生労働省も2015年にストレスチェック制度を定め、企業が従業員の心身の健康保持に努めるよう促していますが、それが万全に機能しているとは言い難いのが現状です。それを解消するよい策はないものか、と考えていました」と刀禰代表は解説する。
実は刀禰代表の弟さんご夫妻は医師で、特に義妹さんは精神科医だという。
「その義妹から『産業医をやりたいのだけど』と尋ねられたのが、今の事業を始めるきっかけになりました。確かに産業医という医師は存在しますが、私はそれまで特に重要な存在だとは考えていませんでした。しかし、鬱病など、発見が遅れて症状が重度になってしまうと完治まで非常に長くなってしまう病気に、最も早い段階で気づいてあげられるのは産業医だと思ったのです。産業医は、まだ病気に陥っていない『未病』の人のゲートキーパーになることができます」と刀禰代表は語る。
従業員のメンタルの不調を予防する意義
「産業医の仕事は病気の治療をすることではなく、病気にならないよう『予防』することです」と刀禰代表は言う。産業医は企業・医師双方にとってどのようなメリットがあるのだろうか。
「まず企業は、従業員の健康状態を把握することができるようになります。特にメンタルの不調は、自分自身ではなかなか気づかないものです。上司がそれに気づいてあげられればいいのですが、現在のマネジメント教育では、そういう面までフォローしきれていません。逆に上司からのハラスメントが病気を誘発している場合も多いと聞いています」と刀禰代表は語る。
また、鬱病などに罹患する人の多くが40代の管理職だという。今までプレイヤーとして仕事をしていた人がマネージャー職に移ると、その仕事の変化と重圧によって鬱病を患ってしまうことが多いのだ。刀禰代表は、次のように補足する。
「近年、一人が背負っている仕事量は、過去に比べて格段に増しています。例えば、昔は1日かけて得ていた情報量が、今は朝の通勤時間で見るスマートフォンで得られてしまいます。これだけ過剰な情報量を処理している現代人は、その情報量に押しつぶされ、脳が処理しきれない状態になってしまうと鬱状態になりやすいのです」
そうなってしまう前に気づいてあげられれば、と刀禰代表は続ける。
「気づいてあげられることで、まだ症状の軽い状態でケアすることができるのです。そうすれば、回復も早くなります。重度の鬱病に陥ってしまうと、完治までには平均2年間かかるというデータもあるくらいです。その間、休職となると、企業にとっては大きな打撃になります。そのような事態を未然に防ぐことが、非常に重要なのです」
医師にとってもメリットが多い産業医
対して、医師たちは産業医をどう考えているのだろうか?
「産業医とは医師会が認定する資格で、医師であれば講習を受けることで取得できます。ですから医師の3人に1人が持っている資格なのですが、それが活かされていないのが現状です。例えば、産業医の報酬は診療報酬外で、価格の決定権が国にはないのです。また最近、女性医師の離職問題がニュースにもなりましたが、産業医は医師ではよくある夜勤というような働き方は求められないので、子育て中の女性医師でも安心して働ける仕事だと思います。
それに、コミュニケーション力も問われる仕事ですので、その点でも男性の医師より女性のほうが適任ではないかと私は考えています。ただ企業に入って仕事をする分、病院に勤務する医師には馴染みのない様々な立ち居振る舞い、会社人としての作法が必要になるのですが、この点にも配慮し、私どもは医師たちへのバックアップもしています」と刀禰代表は自信を示す。
10年越しに叶えた弟との約束
メンタルを病む人が職場に1人いるだけで、生産性はゼロどころか寧ろマイナスに陥ってしまう可能性があるという。なぜなら、その病いが周囲にも伝染していくからだ。
「ですから、我々の仕事は企業の経営を1から10にすることではなく、マイナスにならないようにすることなのです」
そう話す刀禰代表に、起業を志した理由について伺った。
「中学から大学まで一貫して明治大学でした。大学卒業後はデロイトトーマツでコンサルティングの仕事に就きました。しかし、大学時代に企業研修で行ったクレディ・スイスで携わった金融の仕事が楽しかったのが忘れられなくて、2年ほどで退職し、UFJつばさ証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に移って引受審査の業務をしていました」
そこで2年半ほど仕事をした後、もっと様々なことに挑戦したいと考えた刀禰代表は、ヘッジファンドや環境エネルギー投資などの仕事に関わりながら、20代を過ごす。そんな時、体の不調を感じて病院で検査を受けたという。
「今思うと仕事のストレスや疲れが体に負担をかけていたのでしょうが、血液検査をしたところ、異常な数値が出たのです。おかしいな、と思って医師に訊いたのですが、『2、3日様子を見ましょう』と。その時はそれで納得したのですが、自分の症状について同じ医師である弟に相談したら、『そんなヤブの言うことを信用するな』って言われてしまいました。
それで、緊急入院しましたが、思った以上によくなかったようで、弟の計らいで、当時、弟が勤めていた病院のHCU(高度治療室)に入院しました。弟の判断と適切な処置が功を奏して、すぐに退院できましたが、その後1ヶ月半は出社することができませんでした」と刀禰代表は語る。
その頃、刀禰代表は、起業家支援を行っている株式会社サムラインキュベートの榊原氏より、起業の誘いも受けていた。当時を振り返って、刀禰代表は次のように語る。
「その時、20歳くらいの時に弟と『二人でいつか一緒に仕事がしたいね』と話していことを思い出しました。それから10年ほど経っていましたが、そのことを弟に話したら、『その気持ちは今も変わっていない』と言われました。それで、医師がもっと活躍できる場を提供できる仕事を始めよう、と考えたのです」
メンタルケアに特化した産業医ビジネスの重要性
こうして立ち上げた株式会社Avenirだったが、最初から順風満帆とはいかなかった。
「一番辛かったのは、設立から3年ほど経った頃、意見の相違から社内が真っ二つに分かれてしまったときです。今から思えば、自分の力不足が招いてしまったことだったのですが、結局、双方が歩み寄ることは叶わず、道を分かつことになってしまいました」と刀禰代表は語る。
20代の頃に様々な仕事をしてきたが、いつも自分が一番下で周囲は全て年上。「マネジメントの何たるかを学ぶ機会がなかった」と当時を振り返って、刀禰代表は述懐する。
そんな苦難に光が見えてきたのは、2016年頃からだった。
「大手企業がこの業界に注目し、次々と新規参入してきたのです。実際には、以前より産業医の分野には幾つか競合する会社があったのですが、メンタルヘルスを重視しているところはありませんでした。そこが私たちの強みだと思っていますし、実際に高い評価を得られています」と刀禰代表は語る。
さらに、「企業向けヘルスケアのプラットフォームとして産業医ビジネスは今、間違いなく有効です」と刀禰代表は強調する。事実、企業からの解約率は年間1%程度と非常に低い。
今は自社内のメンタルケアも勿論最大限に配慮している、と刀禰代表は話す。
「社内ルールを明確化し、判断基準としてのビジョン、ミッションを打ち出すこと。勤務時間をそれぞれがチェックし、仕事の時間が長い、頑張りすぎている人に声をかけるようにしています。そうすることで、各々のメンタルヘルスを全員でサポートできるような環境を作っているのです」
最後に、理想の社会環境について刀禰代表に伺った。
「今、家族は核家族どころでなくバラバラに生活しています。お互いに無関心になり、心身の異常に気づいてあげられなくなっているのです。ですから、まずは夕食を全員集まって食べる、食卓を囲むことができるという社会にしていきたいです。それが、一番のメンタルケアになると思いますから」
そんな理想像を微笑みながら話す刀禰代表の姿に、彼がこの仕事で生み出そうとしている未来を感じる取ることができた。
刀禰真之介……1979年、神奈川生まれ。明治大学政治経済学部を卒業後、デロイトトーマツコンサルティング株式会社(現・アビームコンサルティング株式会社)に就職。その後、UFJつばさ証券株式会社(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)、株式会社環境エネルギー投資などを経て、2011年3月に株式会社Miewを設立。2014年株式会社キズケアネットを買収し、2016年1月に株式会社Avenirに改称。株式会社Miewは2018年8月に株式会社メンタルヘルステクノロジーズに改称。現在、代表取締役。
株式会社メンタルヘルステクノロジーズ
URL:https://mh-tec.co.jp/
株式会社Avenir
URL:https://www.avenir-executive.co.jp/
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