株式会社HAGI STUDIO – 宿泊施設と街をつなぎ、地域の魅力を伝える 成熟社会の新しい街づくり
かんしんビジネスクラブ 第8回定期交流会レポート
「人とコミュニティの金融」「育てる金融」「志の連携」をモットーに、創業者支援や地方創生、経営者支援などに力を入れる第一勧業信用組合。その組合員をメンバーとする、働く経営者のコミュニティの会「かんしんビジネスクラブ」の第8回定期交流会が、2018年9月11日、東京都千代田区のスクワール麹町で開かれた。
老舗メーカー、街づくり、グッズ製作、町工場、住宅販売……今元気な5人の現役経営者
東京都内でも下町の風情が残る町と親しまれ、年間243万人が訪れるという観光地・台東区谷中。そんな町に2015年、〝町全体をひとつのホテルに見立てる〟というコンセプトのホテルがオープンした。仕掛け人は、長年谷中に暮らし、この谷根千(谷中・根津・千駄木)の地にスタジオを構える「株式会社HAGI STUDIO」の宮崎晃吉氏。
新田理事長が主導する、第一勧業信用組合の各地での地方再生の取り組みにも「大きな衝撃とインパクトを与えた人」だという。
始まりは木造アパートの リノベーションから
「株式会社HAGI STUDIO」は、東日本大震災をきっかけに、勤め先のデザイン会社を辞した宮崎氏が自分で起こした会社だ。
そのきっかけにしてすべての始まりになったのは、谷中に建っていた1955年の建築のアパート「萩荘」。宮崎氏が東京藝術大学の学生だった頃より、10年ほど住み続けていたこのアパートが、大家さんの都合により取り壊されると決まったのだ。それを知った宮崎氏はある行動に出る。
「どうせ壊すなら建物のお葬式をやらせてくださいと、大家さんにお願いしてみました。すると、大家さんは隣のお寺さんだったので〝葬式ならいいよ〟との返事をもらって。アートイベントとして建物のお葬式を開いたら、口コミで1500人ぐらいの人が来てくれました。その結果、大家さんも〝建物を取り壊す以外の可能性があるのでは?〟と思い直してくださったので、僕の方で、壊して新築にした場合と駐車場にした場合、リノベーションした場合の3つの事業計画を作って、プレゼンしたんです」
その結果、大家さんの心を動かしたのは、工事費用の三分の一は宮崎氏が負担する上、完成したら一棟借り受ける約束までしたリノベーションプラン。こうして、同社がプロデュースした最初の物件・最小文化複合施設「HAGISO」が誕生することになった。
町全体を一つの宿に
できたばかりの「HAGISO」はカフェとギャラリー、それに宮崎氏の設計事務所の機能をもった複合施設。2階は「リノベーション費用を作るのに借金したので、自分の家を借りるお金もなかった」という宮崎氏の住居も兼ねていた。
とはいえ、住居部分は風呂も、キッチンも冷蔵庫もないただの部屋。風呂は近所の銭湯に行き、食事は飲食店に行き、コンビニが冷蔵庫代わり……というわけだが、実際に暮らしてみると、逆に豊かな生活ができることに驚かされたと宮崎氏はいう。
HAGISOが建つ谷中は、観光地化のせいで昼間こそ人が多いが夜は人通りも少ない。以前は地域に10軒はあった銭湯も半減し、飲み屋に訪れる客もまばらになっている。HAGISOでの生活の中で、宮崎氏がひらめいたのは、そんな地域の現状と自身の生活をつなげること。すなわち、「この豊かな生活を街の魅力として発信できないか?」ということだ。
「町全体を一つの宿として考えて、HAGISOをレセプションにする。銭湯チケットは宿泊料金に組み込むことで、お客さんには街の好きな銭湯に行ってもらい、食堂は僕らのおすすめする飲食店で。自転車屋さんでレンタサイクルを借りて、お土産は商店街で買う。そういう形で、僕らはベッドだけ提供するけれど、後はすべて街にアウトソースするのはどうだろうと。生活するうちに、そんな構想が生まれたんですね」
構想にのっとり、物件オーナーに手紙を出して賃貸契約を結び、2015年にホテル「hanare」をオープン。プロジェクトを進める中で、街の銭湯や飲食店との協力関係も徐々に深まると、地域の物件オーナーから「うちの空き家も何かやってよ」という話が舞い込むようになり、それを新たに借り受ける形で事業は拡大。手紙で生産者と消費者をつなぐ「食の郵便局TAYORI」や地元のいろいろな人が先生になれる空間「まちの教室 KLASS」など、徒歩圏内の地域で街創りプロジェクトを進めている。
「日本社会は高度経済成長時代、ひたすら物を作って成長してきました。建築もその一つですが、それがあまりまくっているのが今の時代です。これらゴミではなくて資産。それをどう使いこなすかがこれからの建築家の使命になっていくと思いますし、リノベーションという手法を用いて、うまくこれからの社会に役立てていくことを考えています」
新しい町おこしの スタンダード
宮崎氏は今「一般社団法人日本まちやど協会」の代表理事を務め、谷中だけでなく、日本中で町と宿を営む人々を結びつける取り組みも行っている。その活動のモデルとなっているのは、江戸時代の「宿場町」の考え方だ。
「近代は大型旅館の中にコンテンツを詰め込んで提供するのがある種の価値になっていましたが、今はそれが価値と見なされなくなっている時代。そんな中で宿場町がもともと行っていたように、街にあるものを繋ぎ合わせることで、そこにしかない魅力を発信できると思います。
僕たちはすごくローカルにやっていますが、エールフランスの機内誌で紹介してもらったりと、今はローカルを突き詰めていくとグローバルに接続するということが起きる時代。僕らの宿に泊まるために地球の反対側から来てくれる人たちもいて、すごく面白いことですね」
地方創生が叫ばれる時代、キーワードになっているのはその地方ならではの文化の発信。ポスト高度経済成長時代の、新しい町づくりが始まっている。
<企業情報>
東京都文京区千駄木3─34─10 第一浅井ビル2階
℡:03─5834─7018
URL:studio.hagiso.jp