子どものそばで働きたい。託児所つきの会社 チアーマザーズをつくった起業家の夢
◆取材・文:近藤智子
上田美来 チア―マザーズ株式会社社長
「女性の社会進出」や「子育て支援」が重視されるようになって久しいが、いまだ働く母親(ワーキングマザー、ワーママ)の現状は厳しい。産休・育休が取りづらい会社もいまだに存在するし、復帰後も時短で働くことが許されない企業もあるだろう。
また、「待機児童」問題も解消されるには至っておらず、保育園が確保できないために復職がままならない人も多くいる。そんな女性を助けるためのサービスを考え、起業したのがチアーマザーズ株式会社の上田美来さんだ。上田さんが手がける仕事の内容と、これまでの歩み、将来への展望を伺った。
「子どもがいても働きたい!」気持ちが企業へと向かわせた
JR総武線、都営浅草線の浅草橋駅。古くからの製造業者が軒を連ねる街は、平日でも静かだが、職人の気質をところどころに感じさせる。駅から10分弱歩くと鳥越神社の杜が目に入る。この近くにチアーマザーズ株式会社はオフィスを構えている。だが、近づいてみると、オフィスらしからぬ子どもの声が聴こえる。なぜだろうか。
上田さんのチアーマザーズは、社名のとおり、世の中の「お母さん」を応援する会社である。
「子供がいても、自分の力で稼ぎたい」と思う女性を集めて「自分の力で稼ぐ」ことができるように人間の品格とセールス・マーケティングのノウハウを教えることを目標にしている。だが、そのために子どもをどうするのか…。そこで上田さんが考えたのが「保育所を併設する」ことであった。
チア―マザーズの保育所
実は、上田さんの会社は「保育所」が先に存在してできたものである。仕事に復帰しようとした時、上田さんは2人のお子さんを居住する区の保育所に預けたいと思って申し込んだ。けれども、結果は2人とも不可、2歳と0歳3カ月のお子さんは預かってもらうことができなかった。上田さんはショックを受けた。実家は近くにあるが、両親は働いているため、頼れる気がしなかった。
お金よりも何よりもとにかく働きたいと思っていた上田さんは、いっそうのこと個人で事務所をかまえようと決めた。最初は知人のつてをたどって、アウトソーシングされた事務の仕事などを在宅で行った。クラウドの紹介サービスで職を得たこともある。そんなことをしているうちに、上田さんは思った「認可外でもいい、自分で託児所をつくればいいんだ」。このあたりの勢いのよさが上田さんの持ち味だ。
前職での成功体験がビジネスモデルに結びついた
以前、上田さんは都内で営業代行を行っている会社において、唯一の女性社員として営業の仕事に従事していた。その折に世話になっていた元上司から「休眠会社があるからやらない?」と声をかけられたのは、託児所をつくろうと立ち上がったのと期せずして同じ時だった。渡りに船とはこのことである。5秒もかからず「やります」と上田さんは答えた。
2016年11月、上田さんは飯田橋にはじめてのオフィスをかまえた。託児所つきのコールセンターで、スタートのメンバーは4名ほどだった。翌2017年2月には現在の場所に移転し、保育施設としての届け出を区に提出した。内装を専門とする夫が、オフィスのデザインも手掛けてくれた。このオフィスは、上田さんの夢であると同時に、家族の場所でもあるのだ。
チア―マザーズのママさんたち
現在のメイン業務は営業代行であり、主に「テレアポ」を担う。例外もあるが、スタッフは育児中の母親たちで、子どもを連れてきて1階の「わくわくキッズ保育園」に預け、その後2階のオフィスでテレアポの業務に従事する。彼女たちは子ども連れでも通いやすい場に住んでいる人がほとんどで、上田さんが無料で掲載できる求人サイトに掲載した「託児所つき」に惹かれて入社を決めた。求人を初めて出した時には相当の反響があったという。これは、子どもを預ける場所がないという母親たちの声を反映したものであろう。
応募者の中から上田さんが面接して、これぞと思った人材を採用するが、「この人はこの会社でなくても働ける」と思った人は採用しない。あくまで上田さんはいわゆるバツイチなどの、本当に困っている人から採用するのをモットーとしている。
「困っている」人を採用し、徹底して教育
社員のAさん。テレアポ未経験者ながら、持ち前の明るさで成長し、今では新人の教育係として会社を牽引している。「諸事情あり子供を自力で育てつつ働く必要があり、求人誌の応募からチア―マザーズを知りました。OLとしての社会人経験はなくテレアポのテの字も知りませんでしたが、わかりやすく且つ丁寧に教えてくれるので、すぐに仕事が楽しくなりました。日中なにかあればすぐに子供に駈け寄れる環境は尊く、貴重です。チア―マザーズのある浅草橋から遠くに引っ越してしまったのですが、それでもここで働き続ける意味が環境としても実際の生活を営んでいくうえでも整っており、世の中にもっとひろまってほしいです」
「いま、19歳から40歳までの社員がいます、当時18歳だった子はほんとうに何もできず、敬語も使えませんでした。それでも徹底的に教え込むと大成長し、わたしの会社にとって初めての社員になりました」とのこと。それを可能にするのが、前職で存分に体得したテレアポの極意と、それをもとに作成したしっかりしたマニュアルだ。これを徹底的に教え込むことで一人前になれるのだ。
しかし、こちらから営業するアウトバウンドのテレアポは、「忙しいから」とすぐに切られてしまうことも多いもの。1時間に平均して15件ほど電話をかけているなかで、次につながるのが3~5%というが、落ち込むことはないのだろうか?
「全然ありません。むしろ次こそがんばろうと思えます。テレアポが楽しかったからここまで来ました」と上田さんは笑う。
「テレアポでは、最初の10秒で特徴を出して先方の心をつかみます。クライアントによってカスタマイズもしています」。それを受け継いだかのように、テレアポを行う社員たちの表情は明るい。マニュアルでしっかり学んだノウハウを生かし、敬語を勉強することで、自分一人で先方とのアポイントまでつなげることができるというから大したものである。そして成約率も高いという。噂をききつけて、大手企業からの案件も出てきているようだ。
そんな上田さんはこれからもとにかく働きたい人を採用したいという。社員は現在6割がシングルマザーだ。そうした人の受け皿にもなりたいのだという。そして、テレアポだけではなく、いろんなことを学び、チアーマザーズをステップにして次のステージに羽ばたいてほしいとも考えている。つまりチアーマザーズは学校のようなもので、いずれは卒業して、ここで学んだことを生かしてほしいというのが願いだ。
「育」と「職」の近接の大切さ
1階の保育園の様子。お昼ごはんの時間に差し掛かっていた
インタビュー後、1階の保育園の様子を見せてもらった。ちょうどお昼時で、3人の保育士が子どもたちをテーブルのまわりに座らせていた。そのなかから、上田さんに気づいて2人の子どもが飛び出してきた。上田さんのお子さんたちだ。やはりママが気になる様子。昼休みなどに様子を見に来られる「育職近接」ともいえるこのシステムの良さがしっかり伝わってくるように感じた。
この日の食事は、消化によさそうな里芋の煮っころがし。2人のスタッフが調理をしていたので話を聞いてみると、このお2人もチアーマザーズのテレアポスタッフの方であった。
午前中は保育園で調理を行い、午後からはオフィスでテレアポの業務を行うという。2人のうち1人は、生後9か月の赤ちゃんのお母さんで、まだ授乳が必要な段階。それでも「仕事の途中に授乳ができるのがとてもよくて。こんな職場は他にないですから」と絶賛していた。子どもたちはずっと一緒にいることはできないけれど、お昼などにママの顔を見ることができる。そしてお母さんの味をお昼にも楽しめる。病気になった時すぐに駆けつけることも可能。テレワークが推進されつつも普及に手間取っている社会の現状を考えると、こうした働き方や働き方の提案は貴重なものだ。
保育園を見学させていただいているあいだ、2人のお子さまはずっと上田さんのスカートにくっついていた。それでも出ていくときには「ママ、バイバイ」とききわけよく手を振ってくれた。母親の姿を毎日見て、自分がどうすべきかを小さいなりにわかっているのだろう。会社の総務、経理、人事、営業の責任など、すべては社長の上田さんの仕事であり、いくら時間があっても足りないほどだ。月末になると経理のことで心はいっぱいになるという。それでも続けて行けるのは、子どもと社員、そして自分と会社がもっともっと成長したいという夢や欲求があるからだ。
2階のオフィスは現在工事中で、保育園のスペースが広がる予定だ。テレアポが大好きだった上田さんの新たな挑戦はここで一つの形になり、次のフェーズをめざして日々進化している真っ最中である。さらにニーズを掘り起こして、どんな人でも子育てと仕事を両立しやすい環境づくりを、ママ目線で作り上げたいという上田さん。笑顔の裏には暖かな大望が潜んでいるのである。
外で遊ぶ子供たちの様子
<プロフィール>
上田美来(うえだ・みく)
チアーマザーズ株式会社 代表取締役社長
高校卒業後、いくつかの職を経験したのち、前職の営業代行会社に入社。初の女性社員としてコールスタッフマネジメントに携わり、好成績を上げる。2016年チアーマザーズ株式会社を設立、にこにこキッズ保育園創設。4歳の女の子と2歳の男の子の子育てをしながら業務の拡大を目指している。
<会社情報>
チアーマザーズ株式会社
〒111-0053 東京都台東区浅草橋3-33-5 ホーユービル2F
http://cheer-mothers.com/