文:池田朋未

スマートロボティクス社のロボットたちとCTOの服部秀男氏

 

ロボットの発展が目覚ましい。会社のロビーや店頭にPepper、NAOなどのコミュニケーションロボットが置かれることが増えた。製造を自動化するため、工場のラインにロボットを導入することも多い。

国際ロボット連盟(IFR)の調査によると、1万人当たりの産業ロボット導入数で日本は世界第4位となっている。今後もロボットによる自動化は進んでいくだろう。

「コミュニケーションロボットは、ユーザーとのインターフェイスに過ぎないと思っています。ロボットは、外界に影響を与えるもの。未開拓の分野に参入できるロボットを作ることで、より影響を与えられるロボットが作れます」

そう語るのは、株式会社スマートロボティクス取締役CTOの服部秀男氏だ。同氏は、未開拓分野にロボットを参入させ、人により近い部分を自動化したいと話している。スマートロボティクスが現在開発に取り組んでいる製品と、服部氏自身がロボットに携わった歴史について話を伺った。

 

ロボットが動く鍵となるアクチュエータ、絶賛開発中

オフィス風景。奥には3Dプリンターなども並ぶ

 

スマートロボティクスは、2016年3月に設立された会社だ。「ヒトとロボットをつなぐ技術で世界を豊かにする」ことをビジョンとして掲げ、技術開発を行っている。

当初は人型のコミュニケーションロボット・NAOの販売をメイン事業としていた同社。オリジナルのコミュニケーションロボットを開発しようとしていたが、ビジネスとして成り立たせるためにはさまざまな障壁があった。音声認識の精度や対応のスムーズさなど技術的な問題をクリアできない限り、コミュニケーションロボットだけでは市場的に広げていくことが難しいと判断した。

現在は、オリジナルロボット開発の第1歩となるアクチュエータ(関節を動かすための筋肉の要素)の開発に重点を置いている。アクチュエータとは、入力されたエネルギーやコンピューターが出力した電気信号を、物理的運動に変換する機構のこと。

つまり、ロボットが外界に影響を与えるための鍵となる部分だ。同社は現在、ロボットの関節に使えるアクチュエータのモジュール開発を集中して行っており、今年末には販売を予定している。

 

スマートロボティクスのアクチュエータ

 

大きな特長は、アクチュエータモジュールの中にモーター、制御回路、減速機がワンパックになっていること。既存では産業用の減速機やモーター、制御回路が単体で売られているものの、ワンパックになっているものはない。学術用のものであれば無線操縦装置用などホビーに近い用途のものが存在するが、小型であったり耐久性がほとんどなかったりする。書いてある定格通りの出力が不可能なことも、連続で出力すると壊れてしまうこともある仕様になっているのだ。

そのため、産業用の定格の仕様をきちんと満たして連続で出力でき、かつブレーキ付きで電源喪失時もアームが落下せずに止まるといったモジュールを現在開発している。

 

アクチュエータモジュールを開発することで、組み立てを簡易化できるというメリットがある。お手伝いロボットや走るロボットなどもモジュールの組み合わせによって作れるようになるため、今後のオリジナルロボット開発につながるのだ。モジュールを組み合わせることでコストも下げられ、ユーザーも恩恵を受けられる。

産業用の既存品を揃えようとすると、サイズにもよるが減速機、サーボモータ、ドライバ(駆動回路)それぞれが10万円近くするため、部品代と組み合わせるコストを入れると合計で30万円はかかる。しかし、開発中のアクチュエータモジュールは一体型でありながらこれらのコスト以下の価格で販売することを目指している。

 

より人の近くで動くロボットを開発するために

アクチュエータモジュールを開発する目的は、今まで産業用ロボットが使えなかった人により近い部分を自動化することだ。飲食店などのサービス分野で単純業務を自動化したり、農業で農作物の収穫に使うアームに取り入れたりといった使い方ができる。

工場内に据え付けられて、ずっとその場で動いているというものではない。24Vのバッテリーで駆動できるような電圧にもなっているため、自走が可能だ。バッテリーで駆動できて、アームも構成できて耐久性もあるモジュールが出来上がるので、サービス分野を全般的にカバーできる。

そもそもなぜ、アクチュエータモジュールに目を付けたのだろうか。服部氏はこう語ってくれた。

 

「ロボットに携わる者として、個人でもロボットを作りたいという思いが強いんです。でも、いざ業務で使おうというときにホビー向けほど手軽に使えるアクチュエータって産業用にはないんですよね。

 

 

研究向けのアクチュエータはあるのですが、ここまで耐久性は強くない。完成すれば、今まで使えなかった業務用途に使えたり、開発時の選択の幅が広がったりする。既存のメーカーのものが入ってきていない分野はまだまだあるので、ちょうどそこにはまるものになるはずです」

 

開発中のアクチュエータモジュールに関しては、特許も出願中だ。

「減速機の部分を独自で内製しているのですが、内部に角度を測るセンサーを内蔵することができるんです。産業用だと通電時に原点復帰といって一旦モーターを原点スイッチに当たるまで動かして、そこから目的地にいくっていう動きをするパターンが多いんですが、開発中のアクチュエータモジュールであれば、そのまま計測が可能です。そのため、通電時にいきなり目的地までいけるし、今の自分の角度がわかる。

かつ、既成品のセンサーを取り付けられるんですね。減速機外側に付ける産業用ロボット向けのセンサーもあるんですけど、非常に高価。開発した構造であれば安価なセンサーが使えます」

 

製品について熱く語る服部氏からは、新たな分野に参入したいというCTOの顔と、もっとロボット作りに励みたいという1人のエンジニアの顔、両方が見られた。

知識が深く、考える力がある優秀なエンジニア達

アクチュエータの開発には、優秀なエンジニア達が携わっている。スマートロボティクス設立の際、服部氏は自らメンバー集めを行った。その際重視したのは、ロボットに関わる全分野について一通りわかっていて、かつ趣味でもロボットに関わっている人であることだったという。

 

「これまで時間を割いてロボット作りに携わっている分、エンジニアは皆知識が深い。そのため、新しい視点を開拓できるんです」

 

エンジニアの多くが、大学などでロボットの大会に出場した経験がある。ロボットの大会は与えられたお題を解決したり、対処法を考えたりすることが求められる。そのため、特殊な依頼を受けたときやゼロから1を生み出すような課題解決をするときも、全員がアイディアを出せるのだ。

また、自分の時間を割いて開発を行ってきたエンジニアたちは、皆自分の頭で考え抜く癖が付いている。それゆえに、解決策を調べる術や考え方のフレームワークを、一人一人が持っているのだ。ある程度場数を踏んでいることで難しいことも理解でき、解決するための方法も示せる。

取引先からオリジナルのロボットを作りたいという相談も多数受けている同社。プラットフォームとなるようなロボットを2週間〜1カ月という短期間で1機作り上げ、好評を博した。高い技術力が多くの会社から評価され、名だたる大企業から中堅中小企業まで、幅広い企業からの依頼を受けている。

 

工作に魅せられた神童の軌跡

CTOである服部氏もまた、優秀なエンジニアの1人だ。少年時代から工作が大好きだったという。幼少期から大学までの足取りを辿ると、「好きこそ物の上手なれ」を体現したような軌跡が見えてきた。

 

「物心が付いたときから、家電製品の分解が大好きで。分解したり、図書館でずっと本を読んだりしていたら、親がはんだごてとはんだ付けの組み立てキットをくれました。最初は自分で組み立てられなかったんですけど、慣れたらだんだん余裕で組み立てられるようになっていきましたね。

そうこうしている間に、地元・三重県で高校物理教師のOBが集まって、子供達に科学技術を教える工作のボランティア教室があって。立ち上げ時の大きいイベントに、小学3年生くらいのときに行って、周りに質問したりブースを回ったりしていたら、すごく楽しかったんです」

 

月2〜3回欠かさずイベントに行っていると、小学校5年生の頃にはある程度内容を理解し、周りに教えるように。そこで主催者から子供達に教える先生をやるように言われ、アシスタントとして材料を準備したり、場合によっては教えて回ったりした。中学生頃からは、前で教材を作って教えるという完全な先生を始めた。

 

高校でもとにかく物を作りたいという思いが強く、工業高校に進んだ。

「元々電子工作ではんだ付けとか電子回路を作るのが好きだったので、回路はある程度わかっていました。だから今度は機械の仕組みも学びたいなと思っていて。ただやっぱり得意なところは伸ばしたいと思って、電子工学科に入って回路をやりながら、部活で機械の設計や機械加工を一通りやりました。その後、ある程度ロボットの機体も回路も作れるから、あとは制御がしたいなと思って、制御プログラムも少しずつ高校生のときにやり始めたんです。高校生ものづくりコンテストの電子回路組立部門にも出場しましたね」

 

好きなことに対する知的好奇心は、止まることを知らない。服部少年は高校生の頃までに、ロボット作りの基礎をどんどん身に付けていった。

ロボカップで見出した、ロボット開発の極意

幼少期から着々とスキルを積み重ねてきた服部少年は、大学でもロボットに関わる道を選択した。工業高校を卒業した後、金沢工業大学のロボティクス学科に入学。機械工学や電子工学など、ロボットに関係することは一通り学んだ。

そして徐々に、物を思い通りに動かすためには制御のソフトウェアやアルゴリズムが非常に重要だと実感してきた。制御を試して新しいことを考案するためには、何回も試せるサイクルが必要。

そこで服部氏が目を付けたのが、ロボカップ(ロボットが全自動でサッカーをする大会)だった。小さいロボットの方が試しやすいことから、自律移動型ロボットを使うヒューマノイドリーグの中で最もロボットサイズが小さい、キッズサイズのリーグに入った。

ヒューマノイドリーグでは二足歩行のロボットを使用するため、人間のサッカーに近い動きが見られる。それだけに、ロボットの調整はとても困難だ。ロボットを転ばないように歩かせ、コート上のどこにいるかを考えて試合をさせるためには、自己位置推定や運動制御などの技術が重要となる。

 

「当初私が入ったときの金沢工業大学チームのロボットは、試合開始しても歩き出さずに転ぶとか、3台いたらドミノ倒しに倒れるとかが起きていました。なんとかしたいと思いましたね。そこで大学1年生の頃はチーム全体のレベルを上げるために、メンバーにロボット作りを勧めました。設計からソフトを組むところまで自分でやれば、一通りロボットの動く部分への理解が深まると考えたんですよね。泊まり込みで開発をすることもありました」

 

その甲斐あって、大学2年生の頃には先輩達が作っていたロボットよりもよく歩くロボットが完成。そして大学2年生から3年生にかけてのところで、完全に大会向けのロボット作りに取り組んだ。服部氏は歩行制御のプログラムを丸ごと書き、少しぶつかった程度では転ばないくらい安定した歩行ができるロボットを作り上げた。

 

「なかなか制御するのが難しい二足歩行のロボットを制御できた瞬間は、やはり嬉しかったです。大学の中では誰も成し得ていなかったことを2年生で出来上がらせたことで、喜びも大きかったですね」

 

日本大会では、準優勝という好成績を獲得。2010年、シンガポールで行われた世界大会に出場した。世界大会でも歩行自体はそれなりにうまくいっていたが、モーターの消耗に悩まされる事が多かった。当時のモーターは使用を続けると角度センサーがすり減ってくることがザラにあり、思い通りに動かず苦戦を強いられたのだ。

 

また、葛藤もあった。服部氏は運動制御を担当していたが、試合をどう運ぶか、ボールがどこにあるからどちらに向かって歩くかなどの制御をする、思考を担当する他のメンバーもいた。思考部分と服部氏が担当する運動制御の間で、差が生じてしまったのだ。

 

「あまりスピードを出しすぎるとカメラがボールを見失ってしまうから出さないようにしようとか、控えめにやっていてリミッターをかけちゃったんですよ。本当は全力出したらものすごく早く動けるのに、運動と思考の間に差があるばかりにすごくじれったいことをしていて、最初の試合は勝てませんでした。

 

このまま終わってしまうと思って、次の試合の前、僕は勝手にそのリミッターをカットしました。それで、その回の試合だけ勝ったんですよ」

 

そのとき服部氏は、ロボット作りについてある極意を見出した。

「ロボットっていかに攻めるかが重要で、未知の領域まで実際にトライしてクリアするっていうのをどんどんアグレッシブにやっていかないと、小さい枠の中に収まりやすいと感じました。もちろん壊しちゃうかもしれないとか、そういう恐怖はあるんですけど、そこを打開しなければならない。

2018年にソフトバンクへ買収されたアメリカの企業ボストン・ダイナミクスが大切にしている、“Build it(作る)”、“Break it(壊す)”、 “Fix it(直す)”という3つがあるんですが、この繰り返しが一番ロボットをうまく作るコツだと思います。極端だとは思うんですけど、制約の中でも持てる最大をいかに使うかというところが大事だなと。それをロボカップで痛感したんですよね」

 

ロボカップで学んだ、挑戦と失敗の繰り返しがもたらす成長。それは現在、スマートロボティクスでの技術開発にも確実に生きている。

導入障壁を下げ、誰でも簡単にロボットを扱えるように

スマートロボティクスの今後のミッションは、多くの人がロボットに感じている高いハードルをなくすことだ。

 

「ロボットへの障壁をいかに下げるかというところですね。ロボットを使い始めたり作り始めたりするとき、いかに簡単に始められるか。

 

ロボットは、ありとあらゆるものを自動化できる技術の一端。導入障壁を下げることで、意外とロボットってこういうところにも使えるんだという気付きがどんどん生まれていくと思うんですよ。

導入するとっかかりになるようなものが今まで揃っていなかったので、それを揃えていくことが重要だと思います。我々もアクチュエータ作った後はアームなども作って、制御のプログラムも小学生がプログラミングできるくらいのレベル感でできるようにします。誰でも簡単に扱えるようにしていくっていうのがミッションですね」

 

ヒトとロボットが共存する未来は、もはや映画の中の物語ではない。誰でも簡単にロボットを操作し、身近なものとして取り入れられる日が来るのは、そう遠くないだろう。

 

<プロフィール>

服部 秀男(はっとり・ひでお)氏…1989年10月16日三重県生まれ。幼少期より電子工作にのめり込み、高校では高校生ロボコンを始めとするコンテストに多数出場。その後、金沢工業大学ロボティクス学科に進学。2010年RoboCup2010 Singapore世界大会出場。ロボットスクールの運営や教材開発、FA装置、オリジナルロボットの開発、特殊ドローンの設計開発などを経て現在に至る。株式会社スマートロボティクス取締役CTO。

 <会社情報>

株式会社スマートロボティクス

東京都千代田区東神田二丁目4番6号 S-GATE秋葉原8階

TEL:03-5835-3103

URL:http://www.smartrobotics.jp/

年商: 2億8千万円(2017年10月実績)

社員数: 24名(アルバイト・業務委託含む)