常識的には思いも寄らない、恐ろしいまでの集客力である。

時折り巷で、行列ができて大騒ぎしたという店の話を聞くが、ここでは行列なんぞ何ら騒ぐに値しない。日常の光景なのだ。

 

千葉県北西部の船橋市、鎌ヶ谷市、市川市を中心に、製パン直販業のピーターパン(社長/横手和彦氏)が展開する、5店舗の超人気手づくりパン工房(フレッシュベーカリー)である。

そこでその秘密に迫るべく取材に向かった。

横手氏の話を軸に、関連情報を織り交ぜながら詳しく報告する。

 

周年祭では1店舗でなんと711万円/日

まずはここ数年の来客数と、売上高から見ていただこう。

いずれも1店舗1日当たりの平均値である。ちなみに売り場面積は平均して約25坪。工房にテラスほか、バックヤードを合わせると、平均して約80坪余りといったところだ。

 

俄かには信じられないかも知れないが、平日で1000人前後の客が来店し、ほぼ1時間ごとに棚が一巡、114万円売り上げている。

土曜日は1500人ほどが来店し、167万円。日曜日と祝日は多いときで2000人超の来客があり、売り上げはそれぞれ211万円、193万円である。

ついでにいうと、11月末の周年祭当日は、鎌ヶ谷店でなんと711万円! 船橋市の海神店でも600万円超の売り上げを記録している。

売り場面積でいうと、1坪当たりで24万円から28万円余り売り上げた計算だ。

 

ちなみに、来客数は3500人超(!)だというが、

「実際はもっと多かったのかも知れません。店頭でお買い上げ頂いたお客様の数はレジの方で把握できるのですが、例えばそのご家族やお連れ様まで含めた来客数となると、正確にカウントするのはなかなか難しいですからね」(横手氏、以下同)

 

 

とまれくどいようだが、これがピーターパンの運営するフレッシュベーカリー、つまりはパン屋さん1店舗が1日に記録した、正真正銘の来客数と売上高である。

ちなみに我々がよく知る街のパン屋さんの売り上げは、10万円売ればまずまず、普通は5〜6万円だという。

度肝を抜かれる──、とはまさにこのことだ。

 

ではその街のパン屋さんと、何がどう違ってこれほどの数字を叩きだすことができるのか。はっきり言うと、何がどうなんてレベルの違いではない。

実際に取材した筆者としては、何から何まで全部違うと言うほかに、いくら頑張っても言葉が見当たらない。

要するに旧来のそれとはまったく異なる、まったく新しいビジネスモデルと言っていい。

分かり易いところから順に説明していこう。

 

 

パン職人の気概、志がヒシヒシ

まずは外観だ。

5店舗あるうちの1店舗は、鎌ヶ谷のちばCO-OP内にあるいわゆるテナント店なので、ここでは割愛させていただき、船橋市海神の石窯パン工房店を例にとり、単独立地型の店舗(他に市川市の小麦工房店、鎌ヶ谷市の小麦の郷店、八千代市の小麦の丘店)についてのみ紹介する。

 

何も知らされずに訪れた人は、これがパン屋さんだとはおそらく誰も思うまい。

他の3店舗も同様だが、建物はアメリカ開拓時代の西部を彷彿とさせる、屋根の大きなコロニアル様式のログハウスである。

周囲にはエントランスから続いた木造のラティスが設けられ、太い木の幹や株で設えたテーブルと椅子が、そこかしこにゆったりとした間隔でセットされている。見ると家族連れ、または夫婦と思しき初老のカップルが腰掛け、コーヒーを飲みながら、仲睦まじげに歓談している。

たっぷりと降りそそぐ春の暖かい陽射しと相俟って、これが空前の不況に喘ぐ日本の街の一角かと思うほど、何ともシュール(非日常的)で開放感に満ちた、ちょっぴりラグジュアリー(贅沢)な空間である。

 

店内に入ってみる。想像した通り、いきなり全身が香ばしいパンの匂いに包まれた。

と同時に、スタッフたちの明るくて活気に満ちた、製品案内やもてなしの声が四方から耳に飛び込んでくる。

見渡すと高い天井に大きな窓。その下にはまだ窯の熱も冷めやらないであろう焼き立てのパンが、大小さまざまなソーサーに載り、バスケットに入って、ところ狭しと並べられている。それもコンビニなどでよく見る、そこに置いているだけという無機質な並べ方ではない。

中東のバザールに見るような力強い躍動感と、つくったパン職人の気概までがヒシヒシと伝わってくる、いわば〝志〟を持った並べ方なのだ。

 

種類はざっと見て100から200か。個数はおそらく2000を下るまい。

ここでもやはり多くの家族連れやカップルが、トレ—とトングを手に人の波を縫うようにして行き交う。楽しげに語らいながらも、それぞれ目だけは棚から離す素振りもない。それだけ好きなパン選びには余念がないということだ。

そこに交じって10数人はいるだろう店舗スタッフたちが、これから焼き上がるパンの予告をして回り、ソーサーにいっぱいの焼き立てのパンを運んだりしながら、ホールを忙しそうに立ち動く。

見るとガラスの向こうの工房でも、やはり10数人のパン職人たちが、手返しも鮮やかに生地をこね、調理をし、窯の開け閉めをするなど、それぞれがそれぞれの持ち場で、一生懸命パンづくりに勤しんでいる。

 

これが演出力というものだろう。

とにかく見るモノ、触れるモノ、感じる空気がすべてパンに由来し、そのパンを介して、スタッフと客、店舗と客が見事に一体化しているという、〝大多数のパン好き〟にとっては堪らない、めっぽう居心地のいい空間なのだ。

原作のピーターパンがネバーランドなら、差し詰めこのピーターパンはパンの国、〝ベーカリーランド〟といったところだろう。

 

前述した集客力や売り上げの秘密も、こうしてみるとなるほど、肯くしかあるまい。

 

とまあここまでは、ピーターパンという企業がどういう企業かというところを大雑把に見てきたが、ここからは話の方向を少々切り替えたい。

横手氏が展開しているこのビジネスモデルの、根底にある価値観や考え方に向けてである。

 

 

いつも焼き立てを味わってほしい まとめて大量に焼けるパンも小分けに

まずはその〝大多数のパン好き〟だが、実はこの層こそが、横手氏の選んだターゲットである。

ズバリ、子育て世代から初老に至るまでの主に主婦、サラリーマン家庭層だ。

 

「商品の価格帯にしても、東京近郊という地域の特性から言っても、この層がもっとも多いのは事実ですからね。とはいえこちらが選んでも(ターゲットに決めても)、相手がこちらを選んでくれないとどうにもなりません。

したがって問題は、どこに着目して、どう事業展開をすれば相手にもこちらを選んでいただけるか。

つまり相手の顧客満足度(CS)を高めるにはどうすればいいか、ということになります」

 

そこで横手氏はさまざまなチャネルを駆使し、この層を徹底的にリサーチしたようだ。

 

「その結果分かったのが、この層の特徴的な傾向です。都心に勤めてお金もそれなりに遣える20代から30代前半の独身OLと違い、考え方がかなり現実的なんですね。

しかしかといって、贅沢品や高級品にはまるで興味がないかというと、けっしてそうではありません。

もし安い価格で飛び切りの贅沢ができれば、必ずと言っていいくらい興味を示すんです。

ということは、欲しいと思う商品やサービスの贅沢の度合いや質に対して、その価格に割安感があれば振り向いてくれるということですよ」

 

要するにその割安感を如何に創り出すか。問題はこの1点に尽きるというわけだ。

その手法は何もディスカウントだけに限らない。というより、ディスカウントだけでは逆効果になることも少なくない。

「え!? この価格でそんなところまで気を遣ってくれるの?」といった思いがけない感動や安心感を与えるなど、道はむしろ他にあると言っていいだろう。

店内ではコーヒーが無料で提供されている

 

そこで読者諸氏に思い出していただきたいのが、あの〝シュールで開放感に満ちた、ちょっぴりラグジュアリーな空間〟だ。

慌ただしい日常を離れ、たまには贅沢なひと時を楽しみたいという主婦たちにとっては、我々が想像する以上に大きな演出効果があったのだろう。ちなみに来客がテラスで飲んでいる、と前に書いたあのコーヒーは、なんと無料である。

 

 

鍵は顧客満足ディスカウントだけではむしろ逆効果

ということで、

「〝ちょっと贅沢、ちょっとオシャレな食文化〟というのが、私どもの一貫したテーマです。

したがって原料は少々無理してでも、価格以上に質のいいモノを使います。まとめて大量に焼けるパンでも、焼き立てを味わっていただくために何回にも分けて焼きます。

他にもお客さまの好みのパンを覚えて、次の焼き上がり時間をお奨めするなど、ホスピタリティー(もてなし)にも万全の心配りをするようにしておりますよ」

と、横手氏は胸を張る。

 

その〝ちょっと〟というのが実は重大なポイントだ。200円を払って250円に相当する贅沢を味わうのと、1000円を払って1200円に相当する贅沢を味わうのとでは、満足感という意味では前者のほうが遥かに大きい。

現に同社では、そのちょっとの贅沢をテーマに、くどいようだが桁違いの売上高を実現しているのだ。

見事な着眼点、という他ない。

千葉元気印企業大賞の受賞を記念して発売された、その名も「元気印のメロンパン」。同社の取り組みに対し、森田知事から「ガッツがある」とコメントが寄せられた

 

それにしても〝奇想天外〟といっていいだろう。旧来の既成概念からはとてもではないが生まれる発想ではない。

「業界にとって何が既成概念かよく分かりませんが、私に言わせると、そんなものに囚われているほうがおかしいと思いますよ。

だってエジプトでパンが発明されて5000年にもなりますが、その間、業界は〝不動の主食の座〟に胡坐をかいて、何もしてこなかったんですから。遅ればせながら、それを我々がやっていこうということですよ」

 

と、横手氏はいとも簡単なことのように言う。しかしやっていることは紛れもなく、ベーカリー業界の〝革命〟だろう。

「とはいっても、私ももう若くはありません。これからどのようなビジョンを描き、どう事業を展開していくかは、次の世代の仕事だと考えております」

 

 

ちなみにその次の世代の代表はすでに決まっており、ご息女の大橋珠生さんが引き継ぐという。

新たな主役の登場により、若返りしたピーターパンが今後どう進化し、どう化けるのか。ディズニーファンならずとも、大いに楽しみな企業ではある。

 

 

横手和彦(よこて・かずひこ)氏…1943年、広島県生まれ。

日本大学経済学部卒。

株式会社ピーターパンの創業(1977年)者であり、代表取締役社長。

 

 

株式会社ピーターパン

〒273−0021

千葉県船橋市海神3−24−14

TEL:047(410)1023

URL:http://www.peaterpan.com/