顧客満足度を高め、信頼を得ること。

ものづくりを担う中小企業の経営者なら、誰でも神経を注ぐポイントだ。

 

しかし、継続的に、しかも複数の取引先に対してそれを実現し、結果、安定的に会社を長期運営させるのは容易なことではない。

 

わずか4名からスタートし、14年間で社員30名にまで成長したケーテーテックには、なぜそれが可能だったのか。

数字に対するシビアな認識や独自のリスク分散体制など、神山利修社長に話をうかがった。

新工場外観

 

 

「2位じゃダメなんでしょうか?」

スーパーコンピュータの事業仕分けに際し、かつてこう発言して非難を浴びた政治家がいた。

 

しかし、「2位じゃダメ」どころか、顧客にとって自分たちがメインの取引先ではないことを知りつつ、二番手、三番手として求められることを精一杯やりぬくことで、力をつけてきた企業がある。

他でもない、今回取材したケーテーテックだ。

 

「ウチの会社には、〝あそこに頼めば何とかしてくれる〟というイメージがあるんです。

いわばお客様にとっての駆け込み寺(笑い)。そのイメージをむしろ武器にして、一つひとつの無理な案件を、誠実にこなしてきた自負はありますね。そうやって信頼を得てきたことは間違いないです」

 

神山利修社長は、愉快そうに笑ってみせる。

しかし、顧客が「駆け込み」してくる場合は相応の悪条件になっているわけで、「時間がない」「予算も少ない」は当たり前。当然、厳しい仕事になってくる。

 

専務取締役/丸山泰史氏

「1999年に、それまでの有限会社神山工業所から有限会社ケーテーテックに社名変更した時、たった4人でスタートしました。

当時の社長である父と私、丸山専務、阿部工場長ですから、ほとんど家族経営ですね。

営業に行くのも、電話に出るのも、見積りも製造も全部4人でやるわけですから、まさにどん底。

私もまだ20代でしたし、連日、夜中の1時、2時まで働きました。

でも、そんな状況でありながらも、ウチを頼りにしてくれるお客様がいるというのは本当にありがたいことだと感じていました」

 

ケーテーテックが手掛ける金属機械加工業は、同業他社も多く、生き残りは困難だったはずだ。

その中で、短納期を厭わず、薄利も承知で、少々無理な注文にも涼しい顔で応じてみせることで独自の存在価値を作ってきたのである。

そこには、無理が利く「若さ」と、いい意味で旧時代を知らないドライな感覚があった。

取締役工場長/阿部年泰氏

 

「先代社長の父から学んだことはもちろん、たくさんあります。

しかしあえて言いますと、ある世代以上の方には、納期と予算を見て、〝これはとても無理だ。断わろう〟と即断してしまう傾向が強いと思うんです。

私は、それを止めようと思いました。

〝とにかくやってみようじゃないか〟と。

なぜそう思えるかといえば、私の世代はバブル時代のことをまったく知らず、恩恵も一切受けていないんですね。仕事を始めた頃からずっと不景気と言われ続けていますから、〝あの頃は良かった〟という思いもないし、〝こんなはずじゃない〟という余計なプライドもない。

だから、目の前の困難を突破することに集中できるのかもしれません」

 

高度成長期の右肩上がりの状況も、バブルの狂騒も知らない世代ならではの考え方は、もう一つある。

ケーテーテックが、けっして大手企業の大樹の陰に寄りかからなかった点である。

 

「大手さんから大口の注文をいただいてしまえば確かにラクですが、ウチみたいな小さな企業だと、それをこなすことで手一杯になってしまいます。

その結果、他のお客様の仕事を受けられなくなったら、これまで何のためにがんばってきたのか、わからなくなると思ったんです。

ですから、二番手・三番手でいいから、常に信頼できる取引先であり続けること、できるだけ多くの企業さんとお付き合いし、ジャンルも手広くやっていくこと、それがウチの戦略だと考えました」

 

 

上位5社の売り上げ比率を20%以下に抑える

ケーテーテックは、58年におよぶ歴史を持つ企業だ。

 

創業は昭和29年。日本の高度成長期は昭和29年から48年までと言われているから、まさしくその元年に会社も誕生したことになる。

創業者は神山社長の祖父で、当初はねじ製造を中心とした部品加工メーカーとして出発し、やがて精密加工分野へシフトした。

先に挙げたように1999年に有限会社ケーテーテックに、そして利修氏が3代目社長に就任した2009年に株式会社ケーテーテックにそれぞれ社名変更をしている。

 

ステンレスなどの金属機械加工をはじめ、汎用旋盤・汎用フライス・ターレット旋盤等による単品加工、NC旋盤・NC複合旋盤・マシニングセンターによる精密加工、さらには熱処理後の研磨加工・表面処理・梱包・発送までトータルに業務をこなしている。

NC旋盤(ローダー付き/複合) LZ-01RY

 

1999年当時、4名だった社員は現在、30名を超えるまでになった。

生き残りどころか、これだけ拡大できた要因は何だろうか。

 

「最大の分岐点は、月次決算をするようにしたことです。

今までは目先の仕事が忙しくて、年に一度、〝今年は儲かった〟〝儲からなかった〟という話をするだけでした。それを毎月決算することによって、方向性が早くわかるようになりました。来月厳しいぞ、となった時、まず何を抑えればいいか、先を読めるようになってきた。

数字が見えるようになると、〝あとこれくらいやらないと黒にならない〟という線が見えますから、モチベーションもアップするし、足元よりもう少し前を見られるようになりますね」

 

「数字が見える」といえば、現在のケーテーテックの健全さは、まさにこの数字が雄弁に物語っている。

 

「顧客の数は、500社以上あります。そのうち、常時取引のあるのがだいたい150社くらい。

上位5社の売り上げが全体の20%を超えることはありません」

 

顧客数が500社以上という数字もすごいが、より注目すべき数字は「20%」のほうだろう。

中小のものづくり企業で、その会社の顧客上位5社の売り上げが全体の20%以下というのは、実に驚嘆すべき「低さ」である。

何が低いかといえば、ズバリ、依存度が低いということであり、リスクが低いということだ。

 

「ウチで手掛ける精密加工も、半導体の装置部品、食品関連の設備部品、産業用ロボット、医療装置部品、油空圧部品と、あらゆる産業分野に及び、今後もさらに他ジャンルを追及しようと考えています。

今、正直、半導体の業界が苦しいのですが、その分、ウエイトを医療のほうにシフトするなど、その都度、柔軟な選択ができます。

普段からリスクを分散し、ダメージは最小限に抑えるようにできる体制にしておくことが重要です」

 

「1本では折れてしまう矢33本なら折れない」。

戦国時代の武将・毛利元就の有名な「3本の矢」伝説に倣っていえば、上位5社で20%の売り上げとすると、単純に計算して5×5=25社で100%。いわば「25本の矢」で磐石に戦っているようなものだろうか。

 

ここでは、経営を健全に保つためのバランスが見事にキープされている。

大手企業の「下請け」として、一蓮托生でやってきた中小企業経営は、確実に過去のものになったのである。

 

 

加工から組立までシェアを拡大 5年で年商倍増をめざす

神山社長の話を聞いていると、与えられた条件に対して、いわばマイナスをプラスに転じる工夫と努力を一貫して続けてきたことがわかる。

 

困った時、緊急の時にばかり相談される立場であれば、その時にはけっして依頼を断わらず、期待に応えること。

小ロットや短納期の受注など、本来なら「避けたい」と考えがちな仕事を、「それならぜひウチへ」と積極的に歓迎して見せること。

 

むろんそこには、クライアントに対して実績を積むこと、信頼を得ることのほかに、したたかな計算と実利もある。

 

「短納期の仕事のほうが、資金繰りはラクです。

3カ月前からの注文となると、まず材料を発注するところから始まって、スパンが長いですからお金が動きません。それに知り合いの同業他社などに〝こういう仕事、お願いできる?〟と頼むと、〝いま、混んでいるから無理〟と突っぱねられることが多いんですが、これも考え方次第。

要は二部交替制にすればいいんです。

二部制にすると、30台ある機械が60台分稼動できて、しかも固定費は変わらない。ヒマになったらまた一部制に戻せばいいだけですからリスクも小さいです。

そんな工夫を重ねることで、仕事をなるべく断わらないようにしてきました」

 

こうした地道な努力を継続することができた背景には、「夢があったから」と神山社長は言う。

 

「会社を大きくしたかったんです」

拍子抜けするくらい、中小企業のリーダーとしては「普通」の答えだが、その「夢」に向かう動線が実際にクリアに描かれると、人は唸らざるを得ない。

 

「小ロット・短納期受注ばかりにウチの特長があると言いたいわけじゃなくて、あくまでも大量生産もできる、両方やれる会社にしたかったんです。

私が社長になって3年経ちますが、会社というものは、ある程度大きくならなければ強い企業になれないし、人材的にも、いい競争が生まれないと思います。

ウチの従業員は皆若くて、このところ3年連続で高卒を採用していますが、彼らと一緒に上をめざしていきたいですね」

 

ケーテーテックはこの4月から、また新たな一歩を踏み出した。

埼玉県三郷市内に敷地面積約1550平方メートルの広大な土地を購入し、延べ床面積1320平方メートルの2階建て工場が稼動開始となったのだ。

 

「複合加工機も新たに導入して、これまでの2軸半加工、3軸加工に加え、5軸加工まで可能になります。

これを機に、加工に留まらず、アッセンブリや組み立てなどにもシェアを拡大したいと考えています。

そうすることで会社に付加価値がプラスされますし、すべて作って完成品として納品できるようになりますから」

 

今度こそ明確に、受注拡大に向けて舵を切った格好だ。

むろん、小ロット・短納期の仕事も切り捨てることなく。

 

最後に、またしてもズバリ、「数字」について訪ねてみた。どこまで年商を伸ばしたいのか。

「現在約5億ですが、5年後にはなんとか9億まで行きたい。何が起こるかわからない世の中ですから予断は許しませんが、これが目標です」

 

今年でようやく40歳になる若社長は、そう言って大きく胸を張った。

 

 

神山利修(かみやま としのぶ)氏…1972年、東京都葛飾区生まれ。

関東第一高校卒業後、工作機械の会社をはじめ様々な職種を経験、25歳の時に父・利夫氏(現会長)率いる会社(当時は有限会社神山工業所)に入社。

2009年に代表取締役に就任し、現在に至る。

 

 

株式会社ケーテーテック

【新工場】 〒341-0034 埼玉県三郷市新和1-433-1

TEL:048(949)7771

URL:http://www.kt-tec.co.jp