日本企業、とりわけ中小零細のモノづくり企業は、もっと胸を張っていい。

この人=昨秋、ドイツ系日本法人イグスの代表取締役に就任した北川邦彦氏(54歳)=の話を聴いた後の、率直な思いだ。

 

時には最先端の技術開発に携わるエンジニアとして、時にはグローバル企業のエグゼクティブとして、更にはアメリカの大学で教鞭を執るサイエンティストとして、世界を縦横無尽に駆け抜けてきた人物だけに、指摘するところは的確で鋭い。

その北川氏に、進化を続ける外資系企業のリーダーの立場から、日本のモノづくり企業とのあるべき関係について思う存分に語ってもらった。とくと玩味いただきたい。

 

 

いい意味での日本型経営の考え方と通じるところが非常に多い

アメリカの時代は終わった──。

あのリーマンショックと前後して、内外の多くのエコノミストやアナリスト、投資家らが折りに触れて口にする言葉だが、北川氏の話を聴けばなるほど、否応なくそのことを実感させられる。

 

「皆が皆そうだとは思いませんが、もはや世界では通用しないかも知れませんね。株主の顔色しか見ませんし、そのための仕事しかしませんから。だってそれでないと辞めて行くしかないんですよ」(北川氏、以下同)

 

アメリカ企業、またはアメリカ系海外企業の経営者たちが、である。

少々注釈が必要だろう。簡単にいうと、いわゆるアメリカ的資本主義の行き詰まりだ。

もっと分かり易くいうと、第1次大戦以降の約1世紀の間、世界市場を席巻し、世界経済を牽引してきた、口汚くいえば強欲資本主義、刹那的市場原理主義の破綻からきた、アメリカとアメリカ産業界の〝焦り〟である。

 

「目先の利益にばかり目を奪われて、余りにも近視眼的な経営をせざるを得なくなっているんです。株主の心理として分からなくはありませんが、僅か3カ月、4半期ごとにリターンが目に見える形になっていないと、許されない風潮にあるんです」

 

したがって中長期の経営戦略など立てようもない。

となると経営者は、どれほど優れたプログラムを胸に秘めていようが、その近視眼的株主の圧力に屈して、今や過去の遺物というほかない刹那的市場原理主義に沿った経営方針を立て、その日暮らしに徹するしかないということだ。

 

「そもそもインターナショナルな企業活動というのは、ある程度ロングレンジで取り組まないとスムーズには運びません。

それぞれの国や地域の文化、価値観、考え方に対してリスペクトする気持ちを以って当たり、そのうえでニーズを拾い上げて展開しないと成立しないからです。

 

それなのに今のアメリカ的価値観でいうと、そのプライオリティ(優先順位)は2の次か3の次。何よりも優先するのは目先の利益であり、そのための近視眼的捉え方であり、そして何より問題なのは、悲しいかな、そこから抜け出せないでいるという現実です」

 

言うまでもないが、かつての大航海時代じゃあるまいし、今どきそんな自己チュー的発想で世界が靡いてくれる筈もない。

ま、しかしそれはそれ。小誌が今回注目したのはドイツ系の日本法人、イグスである。

 

「その点イグスは、日本人の気質や、いい意味での日本型経営の考え方と、通じるところの非常に多い、グローバリズムをよく心得た真の意味での世界的企業といえます」

 

どう通じるところが多いのか。この企業の概要とともにざっと見ていこう。

 

やらまいか精神と、匠の世界にも通ずるドイツ人特有のマイスター気質

ケルン工場(ドイツ)

本社はドイツ・ケルンのイグス。1964創業の、主にケーブル周りの工作機械部品メーカーであり、サプライヤーだ。

事業の柱は大きく分けて3本。ケーブル保護管とケーブル(軸)、それにポリマーベアリングの製造販売で、世界61カ国に事業所、販売店等を網羅する、文字通り世界規模のモノづくり企業である。

日本法人は設立されてまだ21年にしかならないが、ケーブル保護管に限っていえば、認知はかなり進んでおり、国内の工作機械機器におけるシェアは、すでに30%近くに上る。

 

特筆されるのは、世界中のどの企業のどんな注文にも、驚異的スピードで応えると評判の超高度な技術開発力と、SCM(サプライ・チェーン・マネジメント)能力だ。

「イグスが起業したときの、それが理念ですからね。

ここにこんな部品があれば助かるよね。でもないから仕方ないよね、というようなことが工作機械を使う現場にはよくあります。それを仕方ないでは済ませず、何とかしてつくってやろうじゃないかというプラウゼ会長の気概から、この事業が始まっているのです」

 

と聴けば、小誌読者の明晰なる頭脳にはすぐにピンとくるだろう。

そう、日本が誇る浜松(静岡県)発祥の、あの〝やらまいか精神〟であり、匠の世界にも通ずる、ドイツ人特有のマイスター(名人)気質である。

無理か道理かは後の話で、そこにニーズがあればまずはマイスターの名に賭けてもチャレンジする、というわけだ。

 

「現に会長自身がそのようにして事業を広げてきましたし、他にも驚くような事例がうんとあります。それらの積み重ねと、それらによって培われたノウハウが今に生きているということですね。そんなこんなで毎年、だいたい2000種類ほどの新製品をつくっているんですよ。

ないモノはない、と言っていいと思います。これはその一部ですけど」

 

と言って手渡されたカタログには、なんと5万5000点超!もの製品が詳しく紹介されている。

 

ついでながらホームページがこれまためっぽう充実しており、製品検索はもとより、今使っている部品の寿命計算から新たな設備設計(3D・2D/CAD)、内部仕切りをシミュレーションできるコンフィギュレータなど、これでもかとばかりの、ユーザーにとって超嬉しいツールが満載なのだ。

 

ケーブル周りの改善をお考えのムキは、ぜひ1度お訪ねありたい。

イグス製品●リニアガイド「ドライリン」 スライド部分に樹脂を用いることで潤滑剤 およびメンテナンス不要で使用できるリニア ガイド。機械や装置の軽量化ができるという大きなメリットもある。名称の由来は「ドライ(乾燥)」=潤滑剤・グリース不要、「リン」=リニアという2語から。 (上から順にドライリンW、ドライリンT、ドライリンR、ドライリンN)

 

世界のどこの国より優れている日本の金属加工技術

その北川氏が、我々にとって注目すべき考え方を口にした。

 

「日本法人としては、〝売る〟だけではなく〝買い〟もします。さすがに樹脂類はイグスの大看板であり、コア・コンピタンス(核になる得意分野)ですから日本製のモノに代えるわけにはいきませんが、金属素材については可能な限りこちらで調達します。

もちろん世界のどこの国よりも、日本の金属加工技術が優れていると確信しているからです。

これは本社でも認めていまして、会長以下、役員全員が日本の技術に対しては心からリスペクトしているんですよ」

 

なるほど。しかし競合する国内企業からすると、正直、何ともコメントしにくいし迷うところではあろう。

少なくとも氏のいう価値観や考え方の基に今後、この国で大々的に事業を展開するとなれば、その開発力、SCM能力からみて、早晩、少なからぬ市場シェアを占めることはほぼ間違いあるまいと考えるからだ。

 

ただし少しでも誤解があってはいけないので、言わずもがなだが言っておく。

仮にそうなれば、それこそが真の意味での〝市場原理〟が働いた結果に他ならない。

というわけで、国内企業が進む道はただひとつしかない。

恐れず、うかうかせず、今こそ〝寄らば大樹の下請け根性〟と決別し、胸を張って堂々と、世界と対峙し、渾身の企業努力を以って切磋琢磨することである。

 

 

心は日本のモノづくりの〝親父さん〟

閑話休題。

 

とはいえ北川氏にとってはもちろん、イグスにとっても今後の道程は必ずしも平坦とはいくまい。

 

設備投資額は一向に上がる気配がないし、これからは日本ばかりかアジアとのコンフリクト(葛藤)も考えられるうえ、さらには電力不安も拭い切れないのだ。

「よく承知しています。したがってこれまでの延長線で戦っていくつもりは毛頭ありません。

すでに体制づくりに取り掛かっておりますが、今年はより一層、積極的に新規需要を開拓し、新しい市場にも敢然と打って出るつもりでいます」

 

その一例として挙げたのがいわゆるクリーンエネルギー分野で、それもメガソーラーのような大規模プロジェクトに企画段階から参画し、長期的、安定的な製品供給を目指すという。

 

ちなみに氏の診立てによると、日本イグスの今の売上高や事業規模は、そのポテンシャルを100点とすれば、

「20点ですね。保護管はそれなりに伸びましたが、他の2つはまだまだ柱にもなっていません。新規需要の開拓はもちろんそれを念頭に置いてのことです。2013年には、現状比で2倍の受注を目指しています」

 

──目標達成に向けて、あえてキーワードを挙げるとすれば…。

「ズバリ、人です。情熱またはモチベーションと言い換えてもいいでしょう。

全社員と話をしましたが、なぜ20点なのか、どこに理由があるのか、それが伝わっていなかったから、逆に伸びシロの点数がまだ80も残っていることすら、分かっていなかったんですね。

80点といえば〝宝の山〟じゃないですか。それが見えないようでは情熱は湧きませんし、モチベーションも上がりません。

ここが大きなポイントで、そのために心の通じ合う人間関係、社内関係を構築することが、差し当たっての私の1番の仕事だと考えています」

 

その華麗な経歴からはまるで窺い知れないが、この人の心は、紛れもなくこの国のモノづくりの〝親父さん〟である。

進化する外資系企業の、これはひとつのシンボリックな存在といっていいだろう。   

 

 

北川邦彦(きたがわ・くにひこ)氏

1957年、広島県広島市生まれ。

東京理科大(物理学科)からアメリカ・カリフォルニア大バークレー校、さらには同マサチューセッツ大に進み帰国、広島大大学院の材料工学課程を修了後、住友金属工業に入社。

1986年から約5年間、アメリカ・アリゾナ大の教授(戦略材料研究)を努めた後、住友金属㈱に入社。約14年間の勤務後、(アメリカ)アプライドマテリアルズ・ジャパン㈱、(同)ケーエルエー・テンコール㈱で事業部長として勤務。

(同)ウルトラテック日本法人社長、(同)アドバンスドエナジー日本法人社長を経て、2011年9月、イグス日本法人の代表取締役に就任。

 

 

●イグス株式会社

〒130−0013 東京都墨田区錦糸1-2-1アルカセントラル

TEL:03−5819−2030

URL: http://www.igus.co.jp