唯一無二の医療器具を作りたい 株式会社フジタ医科器械の挑戦
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「『狭く、細く、長く。病巣の最奥に届く武器が欲しい』
神の手を持つと言われる医師にそう頼まれて器具を作ったのが、この会社の転機でした」と話す株式会社フジタ医科器械代表取締役社長、前多宏信氏。
社会保障費の切り詰めが叫ばれる今、医療機器メーカーが今後どう進んでいくべきなのかを伺った。
創業当初は輸入販売のみを行っていた
文京区、本郷。東京大学の最寄駅、本郷三丁目駅から神田明神方向に向かって坂を下りてきた一角に株式会社フジタ医科器械の社屋はある。
「この場所にあるというのは大きなメリットだと思います。歩いて行ける範囲に東京大学医学部附属病院を始め、日本を代表する大学病院が立ち並んでいる」
そう話すのは、同社代表取締役社長の前多宏信氏。
4年前に社長に就任し、陣頭指揮を執っている45歳の気鋭だ。
「弊社は1972年に創業しましたが、当時は医療器具の製造は行っておらず、国内製の代理店、外国製のものの輸入販売を行う会社でした。
当時はまだ高価な輸入器具がもてはやされていた時代で、特に定価らしい定価もなく、こちらの言い値で売られていた時代だったと聞きます。イイ時代でしたね(笑い)」
東京大学医学部附属病院に、順天堂大学・東京医科歯科大学など、この界隈には明治以来の名門大学病院が林立している。それらが株式会社フジタ医療器械の顧客だ。
輸入医療器具の販売会社だった同社が、製造販売も手がける医療機器メーカーへと生まれ変わる、大きな出来事があった。
「神の手」の依頼から医療器具メーカーに
福島孝徳—。「神の手を持つ男」「ゴッドハンド」と称えられる、脳神経外科医。
彼との出会いがその始まりだった。
「東京大学医学部を卒業後にドイツへと留学していた福島先生が、帰国して三井記念病院の脳神経外科の部長に就任されたのは1978年の事でした。
先生はドイツへと留学していたころから全く新しい脳外科手術『鍵穴手術(キーホール・オペ)』の方法確立に取り組んでいました」
脳外科手術では従来、脳内の奥に潜む腫瘍などの病巣を取り除くために、頭蓋骨を直径10cm以上に渡って切除しなければならなかった。しかしそれだと術後回復に時間がかかり、また患者に大きな負担をかけてしまう。
それを福島医師は、開削部を僅か1cmに抑える脳外科手術の常識を覆す画期的な手法を考案する。手術の時間短縮・患者の負担軽減と回復に多大な効果を生むものだった。
その手術を成功させるためには、ほんの僅かな隙間から脳奥の病巣にアプローチするための器具が必要不可欠だった。
しかし、それまで誰もやったことがない技術ゆえ、それに合う器具が世界中どこを探しても無かった。
狭く、細く、深いところへ辿り着くための道具が欲しい。
「それで、当時から福島先生とやり取りがあった弊社がその製造を引き受けることになったんです」
医療器具製造のノウハウが全く無い中でのスタートだったが、試行錯誤を繰り返し、なんとか一つずつ使用に耐えるものを作り上げていった。
その後、福島医師は渡米。脳外科症例数全米1位のデューク大学脳神経外科教授に就任し、以来年間600以上、累計で2万とも3万とも言われる手術をこなし、現在も世界中を飛び回り第一線で活躍している。
「繊細な脳の中で使用されるものなので、福島先生の要望は1mm以下のマイクロサイズになることも多いです。現在までに先生と共同で、200以上の製品を生み出してきました。
結果、弊社の製品は脳神経外科の分野ではその30%のシェアを獲得するに至っています」
今、脳神経外科の医師の中でフジタの名を知らぬ者はいない、という。
福島医師と共に生み出された数々の器具は、今日も世界のどこかで患者の命を救っている。
医療業界の苦境を乗り切るために
前多社長が入社したのは1996年のことだった。
「大学は文系でしたので医療とは全く無縁です。だから営業としてスタートしましたが、最初は用語も何も全く分からず、必死で勉強しましたね」
当時は、まだ今のように病院も個人情報などに厳しくはなく、器具がどのように用いられるのか見学させてもらうこともできたという。
「医療器具は人の命を扱う道具ですから、やはり信頼が第一です。私が入社して2週間目、何も分からずただガムシャラに走り回っていれば良いと思っていた時に、同業他社の先輩から言われた『頭を使え。やる気だけなら、仕事は頼まれない』という言葉をよく覚えています」
今でも新人社員が医師から「病院は研修所じゃない」と叱られることがあるという。
専門性の高い業界ではどこも新人教育に苦慮する。
先代社長が会長職に退き、前多社長が代表取締役社長に就任したのは2014年のことだった。
「創業の時代とは異なり、経営は大きな転機を迎えていました。
その大きな要因は政府の方針の変化です。
現在、社会保障費の増加が大きな問題になっていますが、政府はその抑制を図り、医療機器などの償還価格を、改訂の度に低めに設定しているんです」
厚生労働省は2004年より、保險対象である薬や医療器具について価格を設定し、使用された場合は70%〜90%を償還しているが、その価格は今まで「下がることはあっても上がることはない」と前多社長は言う。
「償還価格を低くすれば、当然社会保障費の増加を抑制できます。皆さんが病院に行った時、支払う金額は非課税です。
しかし私たちと病院との売買は外税です。ということは、外税の消費税分は病院に負担させることになってしまう」
お得意様に損をさせるわけにはいかない。
それゆえ医療機器業界では通例として、最初から消費税分が引かれて納入価が設定されていることが多い。
「しかし、厚労省が2年に一度の償還価格の改訂では、その値引きされた価格を元に算出がなされるわけです。だから改訂の度に値下げされてしまう。
これでは医療機器を扱う業者はジリジリと首を絞められているようなものです」
既に損益のクロスポイントは過ぎている、と前多社長は嘆く。
「削る経営」よりも「増やす経営」へ
この政府による戦略的な価格管理については、世界各国の医療機器メーカーからも悲鳴が上がっているが、前多社長はこの状況に対する方針をどう考えているのだろうか。
「卸売販売は今も製造販売と比べて8:2ほどと大きな比重を占めていますが、適正なマージンというか議論はさて置き、前述のような情勢ですので、マージンは取れなくなってきています。
ですから製造販売、つまりメーカーとしての部分を伸ばしていきたい、と考えています」
販売では各病院に担当営業を配さねばならないなど、経費がかかる。しかしメーカーとしてならば、全国を数人の担当でまかなえる。
リストラなどをせず、寧ろ拡大を進めていける、と前多社長は考えている。
「もう一つの策は、知名度を上げることです。
実はフジタという名前は、脳神経外科では有名なのですが、それ以外の医科では全く知られていない。
様々な医科に分かれている大学病院では、専門性が強くなりすぎ、隣りの医科ではどのような研究がなされているのか、どのような道具が使われているのかを全く知らない、ということが多々ある。ある医科では常識的に使っていた道具が、他では知られず「こんな便利な道具があったなんて!」と驚かれることもしばしばだ。
「ですから、脳神経外科以外に弊社の商品を紹介することができれば、そこに商機はあると思います。
フジタというネームバリューを上げ販路を拡大すること。そうすれば経費削減などより遥かに大きな効果があると思います」
「削る経営」より「増やす経営」に—。前多社長は厳しい時にありながら、常にチャンスを見据えている。
効率化で、社員が働きやすい環境を造る
「病院の先生と会える時間は朝の診療開始前か、夕方の終了後に限られてしまう。ですからアポイントを取れる時間を考えたら、どうしても営業以外の時間が増えてしまう」
結果、時間外労働は増えるのに実際に働いている時間は少ないという、どこの企業の営業も抱えている問題に直面する。
「国は『働き方改革』と銘打ち、企業に労働時間を減らせという。しかし特に中小企業は、そんなことを言っていては仕事にならない」
そのジレンマに、前多社長は「分業」というアンサーを示す。
「アポを取る、営業に行く、書類を整理する、見積りを出す。ついつい一人が抱え込んでいるこれらの仕事を分散し、効率的に仕事を配分するようにする。それが経営を成り立たせながら国の方針にマッチさせる方法です」
「替わりがいつでもいるようにすることが会社を発展させる」とも前多社長は話す。一人の社員が休んでも、万が一辞めてしまっても何事もなく会社が回るようにしておく。そうすれば、自ずから仕事は効率的になる。
「社員だって、長くダラダラと仕事をするより、定時に帰れてそれでいて給料が多く貰えるほうがいいはずです。だから社長として、そうできるような経営をし、環境を整えること。それが仕事だと思っています」
医療機器業界にはまだまだチャンスは眠っている、と話す前多社長。
厳しい状況の中、一人でも多くの命を救うための挑戦は続く。
前多宏信
1972年生まれ。
大学卒業後、1996年に株式会社フジタ医科器械に入社、千葉支社で営業としてスタートする。2014年、社長に就任、以後現職。
フジタ医科器械
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