株式会社岡本工務店/代表取締役 岡本真

 

「営業しなくても売れる」状態は、どんな会社にとっても究極の理想。それだけに簡単に達成できるものではないが、墨田区吾妻橋一丁目に本社を構える「株式会社岡本工務店」は、そんな理想を実現している数少ない例の1つだ。

27歳の時、中古トラック1台を元手に岡本工務店を創業。81歳となる現在に至るまで同社を率いてきた代表取締役・岡本真氏に、その半生の物語を聞いた。

 

工務店に入ったきっかけは
現場監督のアルバイト

岡本氏は1936年生まれ。日本海沿いの港町・京都府東舞鶴出身で、高校卒業までの18年間を過ごした。高校卒業後は大学へ進むことを決め、1浪の後に19歳で東京へ。学費や生活費をまかなう為、昼は企業で働き、夜は大学へ通う二束のわらじを履くことにして、総合商社・丸紅株式会社に入社する。

配属は、当時の世界情勢から専用部門として設けられていたソビエト連邦との貿易を担当する部署で、そこで働く一方、夜は明治大学の建築学科に通って勉強する日々をスタートした。そこでの学びと出会いが、岡本工務店の立ち上げへとつながっていくのだが、その最初のきっかけは「生活のためにはじめたアルバイト」というほんの些細なところにあったという。

 

「丸紅にいた頃は、月収が 9500円ぐらい。当時はうどん・そばが1杯25~30円ぐらいの時代ですが、それでも大変だからということで、入学から2年ほど経った頃、学校に募集が来ていた現場監督のアルバイトに応募したんです。もちろん現場監督をやったことなんてない未熟者だったんですが、採用されてすぐに来いと言われて。丸紅を辞めて小さな工務店に入り、そこで何年か修行して、27の時に独立してしまったという流れです」と岡本氏は当時を振り返る。

 

とはいえ、働き始めた当時から「ゆくゆくは独立を!」と考えていたわけではない。独立を選ぶことになったのも、偶然でもあり、ある意味必然とも言える出会いがあったからだ。

 

「お前にやってほしい」の声に押されて独立へ

 

丸紅を辞め工務店で働きはじめた当初、岡本氏の頭にあったのは、「働いて親父たちを裕福にしよう、面倒をみていこうということだけ」。本人としては「ただがむしゃらに働いただけ」だというが、その一生懸命な働きぶりはしっかり人々の目に留まり、自然に仲良くなった現場近隣の人たちから指名の仕事が舞い込むようになってくる。

 

「だんだん、会社ではなくお前個人だったら仕事を出してやるからやれ、と言われるようになって。サラリーマンだからできませんと言ったら、多少費用がかかっても出してやるからお前がやれという方が何人かいらっしゃたんです」とまで言ってくれるお客を、放っておくことはとてもできない。

 

そこで最初は、工務店の仕事が終わった後、夜の時間を使って注文に対応していった。しかし、依頼される仕事は増える一方。ほどなく、とても捌き切れなくなり、独立するよりほかに道がなくなってしまったのだ。

 

そんな事情だから、独立するとは決めたものの資本金の準備があろうはずもない。中古のトラックを1台だけを手に、27歳で個人事業主としてスタートを切ったのだが、岡本氏を慕って、工務店時代の従業員がみんな付いて来てしまったため、最初から従業員を雇う身となるという困ったながらも嬉しい誤算が起きた。

 

その後の岡本工務店は順調に成長を続け、5年後の1969年に資本金300万円を入れて株式会社化。以来約50年の間に、墨田区庁舎や墨田区タウンホールといった官公庁施設から東京都立墨東病院などの医療施設、国際ファッションセンター、JR目黒駅ビルなどをはじめとする商業施設、集合住宅、個人住宅から工場・事務所まで、分野を限らず丁寧な仕事で依頼主の希望に応え続け、同時に顧客から寄せられる信頼も拡大。

常に手が回らないぐらいの仕事があり、今年の年商は約20億円の見込みとなっている。

 

 

人との縁から仕事が生まれる

現在同社の社員は、技術職員30人、事務職員5人の35人。だが、その35人中、営業は官庁工事担当の1人だけで、あとは全員監督や設計などの現場担当か事務方担当だ。

工務店やハウスメーカーの競争も激しくなっている中、営業担当なしで大丈夫なのかと心配になるが「日頃人とのお付き合いをきちんとしていれば、会う人みんなが営業マンのようなもの。ご縁がつながり、仕事を持ってきてくれるんですよ」と岡本氏は言う。

 

会社の規模からしたら、取引先の銀行数が多いのも「縁」を大切にするがゆえ。3~4年前から新しく取引きをはじめた第一勧業信用組合との関係も、偶然につながった縁から始まったといえるものだ。

 

「その日、夕方頃にたまたま新橋の裏通りを1人で歩いていて、お腹が空いたからご飯を食べようとお寿司屋さんに入ったんです。けれど全然おいしくなくて、2口だけ食べてすぐ出てきました。すると、目の前を(第一勧業信用組合理事長の)新田さんが歩いておられたので、声を掛けて、これからご飯を食べに行くんですがどうですかとお誘いして。俺もまだだから行くかなとなって、それで一緒にお寿司屋さんへ行ったのがそもそものきっかけです」とのエピソードがそれで、これだけでも驚くべき偶然なのだが、実はこの話にはまだ続きがある。

 

その後、偶然新田氏に再会した際、岡本氏が「うちも取引きをしたいのですがいいですか?」と尋ねたところ、新田氏は快諾し墨田支店を紹介。岡本氏は1千万円を定期預金にすることに決め、朝9時に支店長に電話してお金を用意しておく旨を告げると、後は経理に任せ、丁度来ていた客と連れ立って外出した。

 

しかし信用組合側の手違いから、この1千万円が本人確認ができないとの理由で預けられず、電話でそれを聞いた岡本氏が珍しく怒る、という事態になったのだ。「すると翌日、副理事長が申し訳なかったとお詫びに見え、その数日前に見積もりを出していた本店の外装工事の仕事をうちに決めるのでやってくださいと言われて、そこからとんとん拍子で進みました。ケンカしたお陰ですかね」と岡本氏は苦笑する。

そうして新しい縁からもたらされる仕事に加え、数十年前に家を建てた客からの外装工事の依頼など、古い縁からもたらされる仕事も途絶えないため、同社は営業なしでも仕事に困ることがない。むしろ大きい仕事でも、飛び込みで入ってくるものは断っているぐらいだという。

 

「昔は受けていたんですが、大手ゼネコンの部長さんなんかに騙されて、大変な目にあったことが結構あって。だからそういうのに手を付けるのはやめました。それよりも、昔から知っているお客さんや、うちを頼ってきてくれたお客さんの仕事をしたいですし、そういうお客さんの仕事は5万、10万の小さな仕事でも喜んで受けます」と岡本氏。

その丁寧な仕事ぶりが、数十年を経てのリピーターの多さにつながっているのは間違いないだろう。

 

 

M&Aより従業員が第一

 

そんな顧客や周囲との縁を大切にする一方、もう一つ岡本氏が何より大切にしているのが従業員との「縁」だ。

 

「つい先月定年を迎えた子もいますけれど、元気で働けるうちは働いてくれよというのが私の考え。歳だけみると、60歳、70歳ですが、若い子より断然経験を積んだ子たちですから、本人が希望する限り定年後も働いてもらっています」との方針で、後継者の問題を考えるときにも、どうしてもちらつくのはそのことだという。

 

「2代目がいないんでしょ、ということで、大手上場会社からM&Aの話もたくさんきます。ただ一時的にはいいかもしれませんが、合併すれば1年もたたないうちに、60歳、70歳の子たちはリストラされるのはほぼ間違いありません。そういうことを考えると、M&Aはどうしても躊躇してしまいます」と言い、今は信頼できる部下が後継者候補になっているという。

 

 

選んでくれた信頼に応えたい

81歳になった今、人生を振り返れば「女房と子どもに恵まれて、仕事が趣味かなと言うぐらい仕事が好きで、今も3時半に起きて6時には会社にいっているし、土日も現場回りとかして“危なっかしいから頼むから現場に来ないでくれ”と部下にいわれるような生活。

苦しいながらも、楽しい人生だったかなとは思っているんです」という岡本氏。ただ、今後代替わりするまでにやっておきたいことが、もう2つあるという。

 

「1つは、本社ビルの隣と昔取得した墨田区庁舎の入り口まん前の土地に商業ビルを建てること。建てたら、社員の子たちに分散することも考えています。

それからもう1つは、この54年間にやってきた何百という工事のお客さんを1件、1件訪問して、手入れが必要になっているものはきちんと手を入れること。今は向こうから電話がかかってきた件だけをやっていますが、せっかくうちを頼ってくれて建てたビルだから、私がいなくなってもしっかりやっていけるようにしておきたいんですね。それがいいことかどうかはわからないですが」

 

古いものも新しいものも人との縁を大事にして、丁寧な仕事を重ねていくこと。それが「営業しなくても売れる」会社となる何よりの秘訣のようだ。

 

 

◉岡本真氏(おかもと・まこと)
1936年生まれ。京都府舞鶴市出身。19歳で上京し、夜間に明治大学で建築学を学ぶかたわら、昼は丸紅株式会社に勤務。2年後、丸紅株式会社を辞し、工務店に就職して現場経験を積む。27歳で独立し、個人事業主として1964年に岡本工務店を創業。1969年に株式会社化して代表取締役に就任。現在に至る。

◉株式会社岡本工務店
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