オビ 企業物語1 (2)

天竜精機株式会社 – 「危機感が伝わらない…」地方製造業の実態に直面。「中小企業連合体」で大手との経営力格差に切り込む!

〈「友好的M&A」で社長に就任、現在改革に奔走中!〉

天竜精機株式会社/代表取締役社長 小野賢一氏

オビ ヒューマンドキュメント

「このまま成長戦略を描く自信がない」と前社長が経営を託した相手は、「自分の部下も守ることができない」と身を引いていた人物だった。

後継者不足によるM&A。

長野県駒ヶ根市の天竜精機株式会社に新たに代表取締役社長に就任した小野賢一氏が、同社が持つ風土に驚愕しながら、同社の立て直しと中小企業の体質改善に奔走して3年目。

親族経営企業に新たな風を吹き込むことはできるのか。

予算計画書を書いたことのない会社が成長戦略を描ける企業となるまで。

小野社長の奮闘と軌跡、そしてミッションの未来予想図を聞いた。

 

 

挑戦を続ける長野県優良企業。その裏に潜んでいた危機

長野県南信州駒ヶ根市。中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷に天竜精機株式会社はある。

従業員数100名、コネクターの自動組み立て機などをオーダーに応じて生産する、FA機器メーカーだ。

 

創業58年。前社長芦部喜一氏の祖父が創業した、南信州では有数の優良企業である。

特に前社長が取り組んだ斬新な業務体制は、業界の話題をさらった。社長以下の役職を持たない代わりに従業員を支援する4人の「支援職」、進捗管理を行う「流れ作り担当」。

芦部前社長が目指してきた「良い会社」とは、技術力と技術を持つ社員を育て、従業員が一致団結する会社の姿だ。

 

しかし、時代の変化とともに暗雲は立ち込めていた。

技術力はあるのに売上が伸びない。そして取引先との意識のズレ、更に後継者の不在。トヨタ自動車に勤務していた芦部前社長が事業を継承した理由は、親の急逝であった。

 

「将来の成長戦略を描くことができない」

 

経営を充分に学ばないまま継承したツケがやってきていた。

芦部前社長が事業継承の手段として選択したのはM&A。コンサルタントから紹介されたのが現社長の小野賢一氏だ。

 

「似たような業界にいて、製品の知識もある良い人がいる」。白羽の矢が立った小野氏は、営業本部長まで務めていた日立ハイテクノロジーズから「身を引いて」いた時であった。

 

 

部下を守れないと諦めた過去

「天竜精機の社長継承を受けた理由は、今までの経験や自分の人脈を活かし、貢献できると思ったからです」と、新たに就任した同社新社長・小野賢一氏は語る。

 

「この話が来た時、私は経営から身を引いていました」

 

同氏の前職は日立ハイテクノロジーズの営業本部長。同時に工場二つの取締役を兼務、部下は500人余、絵に描いたような大企業のエリートだ。

しかし、日立グループなどの大手でも、業界衰退の影響を受けていた。

ついにリーマンショックで業績は相当に悪化。同氏は人員整理・構造改革を迫られる。自分の部下達をリストラ、他部署へ異動させなければならなくなったのだ。

 

「そうしたとき、私の片腕でもある営業課長が辞職したのです。私は自分の部下も守ることができないのかと思いましてね」

 

けじめとして、同氏は身を引くことを決意。2013年9月のことであった。

 

 

もう一度貢献できる。友好的M&Aで歴史ごと継承

同氏が天竜精機を知ったのは、たまたま知り合った名古屋のセレンディップ・コンサルティングから、同社のデュー・デリジェンス(資産査定)を頼まれた時だ。

 

「長野県駒ヶ根市に事業の成長戦略を描けない、後継者もいない会社があるから調査に協力してくれないか、ということでした」

 

調査をしていくうちに、同社の従業員がものづくりに真面目で、高い技術力があり、まだまだ成長できる可能性を持っていることがわかってきた。

そうして2014年の夏、前社長の芦部氏とコンサルティング会社から、M&Aによる天竜精機の社長継承を依頼された。

M&Aといっても、短い期間の売却でキャピタルゲインを狙うものではない。

長期的な視野を持ち経営は新社長に一任、しかし社名は変えない、従業員の雇用も確保する「友好的M&A」だ。

 

「私はその頃千葉に住んでいまして、駒ヶ根には単身赴任で勤めることになります。遠いし寒い。

しかし縁は異なもの、私が持っている経験と人脈を活かしてもう一度業界に貢献できると思い、社長を継承することを決めました」

 

こうして2014年11月、天竜精機代表取締役社長に就任。やるせない思いで身を引いた記憶が、同氏を動かした。

 

しかし、新社長に就任した同氏を待ち受けていたのは、想像をはるかに超えた同社の現状だった。

 

「顧客の会社へ就任の挨拶に行ったら、『もう切ろうと思っていた』と言われてしまったのです」

 

 

言語が通じない!? 想像していなかった事態

前社長芦部氏が社内で進めてきた斬新な構造改革は、対外的には逆効果だった。

同氏が就任した時には顧客はすでに離れかかっていたのだ。

 

「うちの大手のお客様から、『もう他を探している』と言われました。

従業員は一生懸命で技術力があるのはわかるけど、ビジネスの話ができないから引き合いを出せないと。これには驚きました」

 

会社を新しく変えることを約束し、同氏は頭を下げて顧客を回った。

そのような現状でも、従業員には危機感が非常に少ない。

 

「予算計画書を作ったことがないし、原価構成もわからない。計画を立てられない、将来が見えないことを不思議だと思っている人がいないのです」

 

このままではダメになる。実感を伴った危機感を伝えなければならなかった。

しかし、従業員の反応は良いものとは言えない。

地方という閉じた世界で過ごしてきた従業員にとって、同氏の言う危機感はピンとこないのだ。

 

「言語が違うのです。大企業にいると、先輩後輩同期と切磋琢磨して成長する環境があります。

しかし、地方中小企業にはその環境がない。同じ日本語なのにどうしてわからないのだろうと悩みました。

これだけ素晴らしいお客様から仕事を任されている稀有な中小企業であること、新しいものづくりへ挑戦できる技術力、成長と将来の夢を、それはもうあの手この手で伝えましたよ」

 

違和感だらけの同社の実態。

それでも小野氏が天竜精機の経営改革に向き合うことができたのは、前社長芦部氏が育てた、技術力の高さとものづくりへの真摯な姿勢を持つ従業員だったからだ。

 

小野氏は、外部から社員を登用。「意識を持った彼らに社内は感化されて、変わってきている最中です」。

中小企業が持つ問題に大きく切り込むことになった同氏は、同時に日本の中小企業全体が持つ慢性的な問題の解決に挑戦する。

 

全社会議の様子(右はグループミーティング)

 

 

中小企業の成長を。人と企業を育てるキーワードとは

地方中小企業が持つ資金、人材、環境の制約は、企業の成長を悩ませる要因となる。天竜精機の場合も、この制約により実感がないまま成長は下降化してしまっていた。

 

そこで同氏は中小企業連合体を結成。

昨今の製造業に求める技術は高度化・複合化しているため、中小企業ひとつが持つ自前の技術ではラインが組めなくなっている。

この問題を、連合体を結成するパートナー企業と協力して補うことが目的だ。

同氏の人脈である他の中小企業に声をかけると、多くの賛同を得ることができた。

 

「中小企業は異口同音に、うちは営業力が弱いんですと言います。そうではなくて客先が求める変化に付いていけていないだけです。

引き合いがあっても、自前でできないという理由で断らざるを得ない。

この問題を互いに補い、客先の高度な引き合いに応えられる中小企業が増えることによって、地方創生にも繋がると考えます」

 

そして、もうひとつの課題に慢性的な人材不足がある。これにも同氏は解決の糸口を構想中だ。

 

「今、大企業には能力があるのに発揮できていない人材がたくさんいます。

そういう人を一時期でも良いから呼んで、現場や営業を〝任せて〟改革を行うことが必要です」

 

外部から社長に就任した同氏が留意していたことは「任せて待つ」ことであった。

 

「中小企業の経営者は、この〝任せて待つ〟ことに欠けています。考えを押し付けてしまうと、部下は貝になってしまう。

独りよがりにならないように伝え方を考えながら、成長を促すための指導を進めています」

 

中小企業連合構想のベンダーズミーティングの模様

 

 

日本の生産技術の片腕として

日本の製造業を支えている中小企業がある限り、日本のものづくりはこれからも残っていくだろうと小野氏は予測する。

中小企業は付加価値を持ち、成長していくという責務があるのだ。

 

「この会社を、私がいなくても回るようにすることが目標です。そして後継者を探して、私が持っているものを引き継げたら良いと思っています。

残念ながらまだ社長になれる人は社内にはいません。しかし、着実に社員は意識を高め、成長しています」

 

小野氏は、日本の製造業が衰退したひとつに、大手企業の海外進出を挙げる。

海外に拠点を置いたことで、日本の生産技術は海外へ流出した。

その後リーマンショックがあり技術者はリストラされるなどして、日本が持つ生産技術者の人材は大きく減少した。

 

「これからますます中小企業に声がかかってくるでしょう。しかし、大手が求めるレベルには、天竜精機1社だけでは対応できない。

中小企業連合体を軌道に乗せて、天竜精機が持つニッチで高度な技術で、日本の製造業の片腕を担い貢献していきたいと思っています」

 

M&Aによって新社長となった小野氏の挑戦は、天竜精機だけではなく、日本の生産技術と中小企業全体の立て直しだ。

日本の製造業の構造変革に挑戦する小野氏と、製造業の望みとなる天竜精機に、復活に立ち上がる中小企業の未来が見えた。

 

新技術の創造をしていく場として開設された「天竜未来創造センター」(平成28年7月1日開設)。自社開発製品・試作品の展示や重要機密製品の製造などを行う。

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

 

●プロフィール

小野賢一(おの・けんいち)氏…1957年9月30日生まれ、59歳。兵庫県出身。東北大学工学部卒業後、日製産業(現日立ハイテクノロジーズ)に入社。勤続35年。直近の役職は日立ハイテクノロジーズ営業本部長。同社の業務縮小を承け人員整理を行い、自らも辞職引退。M&Aによる事業継承を承諾し、2014年11月天竜精機株式会社代表取締役社長に就任。

 

●天竜精機株式会社

〒399-4321 長野県駒ヶ根市東伊那5650

TEL 0265-82-5111

http://www.tenryuseiki.co.jp

 

 

◆2017年4月号の記事より◆

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