オビ 企業物語1 (2)

アイデアと技術が詰まった「バラ風呂」で生産者と消費者をつなぐ

合言葉は「きれい・すてき・すき」

株式会社ケイ・コレクション/代表取締役 橋本信次郎
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映画のワンシーンやホテルのパンフレットなどに登場する、浴槽に一面のバラを浮かべた「バラ風呂」。株式会社ケイ・コレクションは、日本でほぼ唯一このバラ風呂セットの開発・販売をメイン事業とし、他の追随を許さない高品質のギフト用セットを手がけるバラ風呂のトップメーカーだ。

しかし、代表取締役の橋本信次郎氏は、もともと花とは無縁の金融畑の出身。会社を興し、現在の事業に至るまでにはどんな思いがあったのか。橋本社長に伺った。

 

偶然が導いた花屋への転身

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橋本氏の前職は証券マン。所属は中堅証券会社の法人部、仕事内容は企業の株主構成の適正化を図る資本政策で、もともと花卉(かき)業界とは何の接点もなかった。

運命の歯車が思いも寄らない方向に回り出したのは、平成不況の真っ只中、全国にリストラの嵐が吹き荒れた1997年。リストラ宣言の担当者として、新入社員時代に証券マンとしてのイロハを教えてくれた大恩人にリストラを宣告しなければならなくなり、「ならば自分も一緒に辞める」と決意した時だという。
しかし、仕事柄会社の基幹部分に精通する橋本氏は会社にとって手放したくない人材。辞表は留め置かれ、辞職を巡り押し問答が繰り返されるうちに、決意から2年の時が経過してしまう。

「これ以上長引かせるわけにはいかない……」と焦りが募る中、当時の社長に言われたのが「辞職して何になりたいんだ。それをはっきりさせたら辞めてもいい」との一言。

 

「これを逃がせばまた辞めるのが何カ月か先になってしまう」と、瞬時に答えるべき言葉を捜した橋本氏の目に飛び込んできたのが、社長室の机の上に飾られていた花だった。

 

「〝花屋になります〟と即答していました。〝本当か?〟と言われたので、本当にするために、その日のうちに2つのフラワースクールに登録して、1カ月通って。その状況を社長に伝え、やっと辞表が受理されました」

 

フラワービジネスという新しいフィールドでの挑戦はまったくの偶然から始まった。

 

 

生産者との交流から生まれた最初のヒット商品

どの業種でも、開業したばかりの頃は、前職での関係者や知人の効果である程度売り上げを上げることができる。しかし、それは一過性のもの。

徐々に効果が薄れていく中で、どう販路を拡大していくのかが経営を左右する重要な要素になってくる。確かにそうだが、自分が渦中にいる時にそのことに気がつくのは簡単ではない。

 

「花屋になります」の言葉通り、2000年に花屋として開業した橋本氏も、まさにこの現象に行き当たった。注文も多く「花って簡単に儲かる商売なんだな」と思ったのも最初の1年だけ。

2年目、3年目と注文は減り続け、3年目には初年度の3分の1になってしまったのだ。

 

「このままでは花屋は続けられない」。そう考えた橋本氏は、まずは現場を知ろうと全国の花の生産者の訪問を始める。そして、飛び込みで北は山形から南は熊本まで全国の生産者を回るうちに、見えてきたことがあったという。
「まずは、みなさん流通で困られているということ。当時は、卸売市場法により花の販売は必ず市場を通すのがルールでしたが、市場に出すには寸法や花の開き具合など細かい条件があり、規格に沿わないために出荷できない花が大量に出てしまう。

また当然ですが、市場を通すと時間がかかる分、花の鮮度は下がるし、間に物流会社が入れば価格は上がる。生産者から直接お客さんに届ける産地直送が、鮮度・価格の両面で大事だと分かりました。

 

ただ、既存の流通を崩すには大きなエネルギーが必要です。ならば、高い価格に見合うだけの付加価値をつけたビジネスモデルを作ることが、生産者にとっても消費者にとってもいいんじゃないかと考えたんです」

 

株式会社ケイ・コレクション04そうして辿り着いたのが、バラの花びらにオリジナルメッセージを印刷して届ける「メッセージフラワー」だ。

花に印刷可能なプリンタのライセンスを持つ女性が中国・青島にいると聞き、青島に飛んで交渉。日本で初めて同機を導入し、本格的な生産に乗り出したのだ。

 

当時は花卉業界から「花への冒涜だ」との声も出るほどの新しい取り組み。しかし徐々に話題を呼んで売り上げは順調に伸び「ルイヴィトン」のロゴが入ったバラも手がける事となる。

そして2008年には関東を中心に7店舗を構えるまでになった。
けれど、「これは生産者と消費者をつなげるものではない。もっと強い商品があるはずだ」という思いはどこかにあったともいう橋本氏。そこに1つの試練が訪れる。

 

 

倒産の危機を越えて

その試練とは、2007年に黒字だった5店舗中2店舗で発生した社員による盗難事件だ。徐々にほかの店舗の歯車も狂い始め、「自分には人を教育する能力がない」と判断した橋本氏。費用の合計は、8000万円を自己資本と借入金3000万円を合わせることで工面し、すべての店舗を閉店するに至ったのだ。

だが、「自分には経営力がないとわかったので、そのまま会社をたたむ気でした」という橋本氏に、周囲からは、資金援助の申し出と共に「やめるな」「もう少し続けろ」との強い制止が雨あられと降り注ぐ。

しかしそこは、かつて辞めると決めたらどんな慰留にもぶれずに辞職を貫いた橋本氏。「お金ではなく経営能力の問題なんです」と譲らず、ここでも押し問答が続いたが、遂に熱意に押されて続けることを決める。そして「どうせ一度は辞めようとしたんだから、これまでと全く違うものをやろう」と、原点である生産者のもとに再び足を運んだ。

 

「そうしたら、生産者さんからやっぱり同じことを言われたんです。短すぎて出荷できない花を手にとって〝この短い花なんとかならない?〟と……」

 

 

技術的問題の解決が唯一無二の商品を生む

市場に商品として出荷できない短い花で、しかも開いているバラが活躍できるとすれば。その問いに対する橋本氏の答えは、バラの花を浴槽いっぱいに浮かべる「バラ風呂」のセットだった。

 

「一度経験してみたい」、「ギフトにしたい」という需要はあるのでは、との予測は当たり、発売開始から1年後の2010年に2000人の一般消費者を対象に行ったアンケートでも、97%がバラ風呂に入ってみたいと回答。ギフトとしての人気は高く、現在では年商約1億6千万円に達するまでになった。

 

だがもちろん、すんなりと商品化できたわけではない。天然のバラには細菌がおり、そのままでは浴槽に入れられない。ならばと殺菌力の高い薬剤を使うと花が変色してしまい、かといって殺菌力が低いと菌を除去することができないという問題を抱えている。

また生花は傷み易いため、保存期間の工夫や花びらの色落ちを防ぐ方法も、すべて自前で研究開発する必要があった。だがそれは同時に、他社が真似できないハイクオリティな商品づくりにもつながっている。

 

「殺菌法は〝フレッシュクリーニング製法〟という、バラの新鮮さを生かしたまま殺菌・農薬除去処理をする独自の洗浄技術を開発。2年に1度は、この洗浄した花を食品分析センターで検査してもらっています。

また、バラを風船の中に入れてラッピングした今一番の売れ筋商品は、風船の中でバラが自分で水分を蒸散・吸収することで保存期間を2倍にすることに成功したもので、こちらは実用新案出願済。ほかにも、ドライにした花びらの色を通常の6~10倍の1年近く持たせることができる、独自の技術も持っています」

 

株式会社ケイ・コレクションbox

パッケージの端々までこだわった美しさも、他者とは一線を画す橋本氏のこだわりだ。50輪以上の瑞々しいバラが入った同社の人気商品「ファタール」のパッケージデザインは、有名ブランドのデザイナーによるもの。

消費者から「輸送時に外箱に潰されて、箱詰めのバラのリボンも潰れてしまう」とのクレームを受けて、3日間寝ずに考え、リボンの潰れない箱を開発し、特許を取得したこともある。

 

 

自由にデザインできる浴室空間を目指して

現在、同社の販売形式はほとんどがB2B(企業間取引)。コンビニエンスストア、百貨店、スーパーのカタログ掲載などが主力で、東京都内に2カ所ある実店舗での売り上げは全体の10%ほどだ。

2016年2月からはメッセージフラワー部門を縮小。将来的には工場も閉鎖し、完全に「その分年商は落ちましたが、ロイヤルティなどを払う必要もなくなることで利益率は上がっています」という。

今後はバラ風呂セット1本に絞る予定で、そのための研究開発を進めている。

 

「今行っているのは、リボソームというタンパク質を使ってバラ自体に香りを付ける実験です。成功すれば、シャネルNo・5の香りがするバラなんかも実現するわけで、誰もが持つ昔好きだった香りや思い出の香りを楽しみながらお風呂で寛げる。そんな風にお風呂を自由な空間にするのが当面の目標ですね」

「早くて2年ぐらいでやりたいとは思いますが、あまり生意気な話はできません」と笑う橋本氏。商品の裏にストーリーあり。まさにそんな言葉がぴったりの経営者に出会えた。

 

株式会社ケイ・コレクション06

 

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●プロフィール

はしもと・しんじろう氏…1962年生まれ。大阪府大阪市出身。大谷大学哲学科を卒業後、某証券会社に入社。1999年に辞職し、2000年2月に花屋として開業する。2001年7月にローズギフト専門店・株式会社ケイ・コレクションを設立し、代表取締役に就任。現在に至る。

 

 

 

●株式会社ケイ・コレクション
〒230-0046 神奈川県横浜市鶴見区小野75-1 横浜新技術創造館2号館107
TEL 045-502-1122
〈URL〉 http://www.kcollection.co.jp/
〈Facebook〉 https://fb.me/kcollection.purika

 

 

 

2016年6月号の記事より
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