ブレイン株式会社 POSレジ業界に殴り込み!
ブレイン株式会社 POSレジ業界に殴り込み!
◆取材:綿抜幹夫
ブレイン株式会社/代表取締役 天毛伸一氏
「誰にも頭を下げない生き方」その原点とは?
メール配信サービスを提供するクラウド事業を足がかりに、タブレットを用いたPOSレジメーカーとして大手寡占の業界に殴り込んだ「ブレイン株式会社」。巨額での買収を断り、昨年末には六本木ヒルズにオフィス移転。今年7月に発売された著書『独立不羈』も順調な天毛伸一社長の「誰にも頭を下げない」生き方の原点を探る。
◎起業に至るきっかけ
阪神大震災で目が覚めた
開発会議の様子
同氏が自らを語るとき、自分を見つめ直すきっかけになった出来事として挙げるのが、1995年に20歳で経験した阪神・淡路大震災だ。人命が簡単に奪われ、ライフラインが止まる経験をしたことは大きかった。
「周りの人も亡くなって、大切な人を失った人もいっぱいいて。人生って限られてるんだな、時間そのものが命なんだなっていうことがその時にわかりました。じゃあ自分の人生をどう生きていけばいいんだろうって、見つめ直すきっかけでした」
世界中で出会ったメイド・イン・ジャパン
阪神大震災で「何かをしたい」という思いが芽生えた同氏は、バックパッカーを始める。リュックサック一つで世界中を旅するうちに気づいたのは、世界中に日本製のモノが広がっていることだ。ホンダ、トヨタ、日産、ソニー……海外でどんな田舎町に行っても、メイド・イン・ジャパンが溢れていた。
「自分が作ったわけではないですが、とても誇りに思いました。それで、自分もこんなブランドを作りたいなって。自分たちの商品が、自分の知らない地域にまで広がっている。ということは、誰かが売りに来ているわけで。そういう、表に現れないストーリーやドラマに思いを馳せたとき、なおさら、自分もこういう人生を歩みたいと思ったんです」
ソフトウェアのメーカーとして起業
同社の『ブレインレジスター』世界3大デザイン賞の1つである「レッド・ドット・デザイン賞 2015」において、世界56カ国・4,928製品のエントリーの中から81製品のみに贈られるBest of the Bestを受賞した。
自分のブランドを作るため、既存のメーカーに就職するのではなく、起業することを選んだ同氏。ちょうどその頃、世の中ではインターネットが騒がれ始めていた。「インターネットは本当に産業を変えると思った」という同氏、さっそくインターネットに関係するビジネスを模索する。とはいえ、一介の元バックパッカーには資金も、経験も、人脈もない。いわば消去法で、モノではない分、低コストで済むソフトウェアのメーカーを立ち上げることを決める。
「15年前のその頃は、まさに過渡期。インターネットは注目され始めていたとはいえ、一方でインターネットって一体何だ、と怪しまれる時代でもありました。ですからあまり選択肢がなくて、まずはソフトウェアでお金を稼いで、ゆくゆくはハードウェアを作ろうという発想でした」
◎POSレジ業界に殴り込み
東日本大震災でエンジン再稼動
やがてだんだんと資本力を蓄え、いよいよモノづくりへの挑戦を始めたいと考えるようになった同氏。とはいえ、実はその直前、34歳からの3、4年間ほど、仕事をする気になれなかった時期があるという。創業以来の戦友とも言える部下を亡くしたことをきっかけに、出社しても1時間で退社してしまうような日々が続いた。「何かやりたい」という気持ちはあっても、情熱が持続しない。なかなかエンジンがかからず、かかってもすぐにエンストしてしまう。そんな中、2011年に東日本大震災が起こる。同氏の頭に蘇ったのは、20歳で経験した阪神大震災だった。
「自分はまたあのときと同じように腐っている。10代のときと一緒だなって。何かやりたいと思ってもエンジンがかからなかった自分が、あの光景を見て、本気で何かやらないとまずいと思ったんです」
大手3社が寡占のPOSレジ業界
次のビジネスを探す同氏、知人が経営する飲食店に出入りしていて目に付いたのがレジスターだった。調べていくうちに、レジスター/POS業界が大手3社ほどの寡占状態にあることを知る。新規参入もなく、大手が既存のバランスの中で波風を立てず、お互いの動向を伺って均衡を保っている。当然、テクノロジーも数十年前からろくに進化していない。競争のない不健康な業界の不利益を被るのはユーザーだ。同氏は「新しいレジスターを作れば、喜んでもらえる」と、参入を検討し始める。しかし、「部品を買ってきて、組み立てても動かない。あ、基盤っていうのが要るのかと、そこで知るような状態」からのスタートだ。基盤の見積もりを数社に依頼するが、風当たりは強かった。
「最初の企業からは、30億円の見積もりで初期ロット10万台買えと言われました。2社目も15億円ぐらいで。3社目は見積もりさえ出ず、『お前らみたいのがうちの業界を荒らしに来るな』と言われたんです。『ITで調子に乗ってるようなのがよくいるんだよね』と露骨に嫌な顔をされて。それで火がつきましたね。荒らすなというなら、荒らしてやろうと」
中国のEMS企業との出会い
大手寡占の業界ならば、逆にチャンスと捉えた同氏。技術も進んでおらず、競争力がないからだ。しかし、基盤の見積もりの段階で締め出しを食らった同社には、レジを作る術がない。そのとき、たまたま開いた経済誌に、中国のとあるEMS(電子機器の受託生産を行う)企業が掲載されていた。創業者の「小さいロットでも、思いがあれば請け負います」という発言を目にした同氏。すぐに連絡を取ったところ、なんとその会社の日本支社が同社の隣のビルにあることがわかる。見事に縁を引き寄せ取引を開始、POSレジメーカーとして、念願のモノづくりを手がけ始める。選んだ畑は大手が寡占するレジ業界。相手にとって不足はない。
◎育んだ家庭環境
とにかく恐ろしかった父
元プロボクサーの父親は、大変に厳しかった。恐ろしくてまともに会話できないどころか、目も合わせられなかった。話すときはもちろん敬語で、家では正座が当たり前。こんな家庭に反発した伸一少年は、家では「いい子」に振る舞うが、外では暴れまわった。中学時代には、何度も警察の厄介になったという。警察から帰ってくると、まず父の前に正座。母が「殺さないで。私がちゃんと言って聞かせるから」と泣いて止めに入るまで殴られ、あばらが折れたこともあった。「男はどうあるべきか」に確固たるポリシーを持っていた両親。筋が通らないことは許さなかった。筋が通っていれば、ケンカをしても叱られない。その代わり、筋の通らない行いをしたときにはこっぴどく叱られた。
誰にも頭を下げない、長いものに巻かれない
大学を出るまでは「親の金で食わせてもらっておいて、何を言う権利があるんだ」と、発言権すらなく、自分の意見を主張したことは一度もなかった。自分の力で生活し始めてからは、「二度とあの境遇には戻りたくない」と思って生きてきた。「誰にも頭を下げたくない」というこだわりは、ここから来ている。本能が嫌がっているのだ。「長いものに巻かれるくらいなら死んだ方がマシだ」という性格の父。同氏も、それを受け継いでいる。
そんな父から30歳のときに、「今日から天毛家はお前が仕切れ」と告げられた同氏。「敬語もやめろ」と命令され、恐る恐る「タメ口」で話すようになった。見違えるように丸くなった父は、今では同氏のファンを公言しているという。
小売業を営んでいた両親
家業は、ハンドバッグなど婦人用ファッション小物の小売業だった。阪神大震災が起こるまでは、人も雇い、好調だったというが、震災後は仮設プレハブ店舗での営業を余儀なくされ、経営も厳しくなった。売り上げの思わしくない中、夜遅くまで働いていた両親。同氏も、商品の棚卸などを手伝うことがあったという。
「夜遅く、疲れて帰ってきた後に棚卸をする両親を見ていて、なぜ全ての商品に品番を付けてコンピューターで管理しないんだろうって、不思議でした。でも、POSは高くて買えなかったんです。欲しいけど買えないんだよねって言われて。POSレジは、そんな状態が20年経っても何も変わっていなかった。小売店は今も変わらず、あのときの両親のように苦労している。『業界を荒らすな』と言われたこともきっかけにはなりましたが、さすがにその怒りだけで何億円を動かすビジネスを始めたわけじゃない。原点には、家業の記憶があったんです」
◇
中学時代はケンカに明け暮れ、暴れまわっていたころ、「強いヤツとやってこい」というのが父のルールだった。勝った負けたではなく、「お前より強いヤツとやったのか?」しか聞かれなかったという。弱いものいじめだけはするな、やるならでかいヤツとやってこい。文字通り鉄拳で叩き込まれたこの教えは、同氏の魂に今も生きている。
「絶えず大きな相手と戦っていたい。その方が楽しいですから。倒すことが目的じゃなくて、その過程が楽しいんです。手持ちの武器でどう戦おうかと、無い知恵を絞って。POSレジ業界にも、でかいヤツがいっぱいいます。いま、うちがガチンコで戦っている相手は、テックさん(東芝テック株式会社)。まだ嫌がらせ程度しかできませんが、がっぷり四つの状態に着実に近づいていますよ。ちょっとずつうちの打撃も効き始めているので、あと2、3年したら見とけよと言いたいです」
天毛伸一(てんもう・しんいち)氏…1974年、兵庫県生まれ。大阪市立大学商学部卒業。在学中からバックパッカーとしてアジア各地を巡り、卒業後に渡米。2001年、スピードメールを設立。2004年、株式会社化に伴い、ブレイン株式会社に名称変更。
〈ブレイン株式会社〉
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