ビヨンド税理士法人 原健人先生に聞く、中小企業「業務の見える化」実践のススメ
ビヨンド税理士法人 原健人先生に聞く、
中小企業「業務の見える化」実践のススメ
◆文:菰田将司
営業が外に出ることなく社内にいる時間が多い。人事部がいつも人手不足を訴えるが、どの業務でどれだけ人手が足りないのか客観的に説明できない。あなたが経営者だとして、自社でこうした悩みを抱くことはないだろうか?
「見える化」という言葉はいつしか目新しい言葉でなくなった。書店では関連書が数多く並び、人の目に触れる機会も多い。ただ、この言葉をきちんと理解でき実践できている企業となると、どのぐらいあるのだろうか。
特に中小企業の場合、「業務の見える化」による業務の有効性・効率性の向上という大きな利点があることを忘れてはならない。いうなれば「ウチの社員は忙しそうだが、いつも何をやっている?」という経営者が日頃持っている疑問を、客観的に数値化し、業務の改善につなげること。それが「業務の見える化」だ。
業務の見える化の利点
さて、よく見る、忙しそうな人と余裕がある人との差はどこに基づくのだろうか。営業が外に出ることなく社内にいる時間が多い。人事部がいつも人手不足を訴えるが、どの業務でどれだけ人手が足りないのか客観的に説明できない。あなたが経営者だとして、自社でこうした悩みを抱くことはないだろうか。
もし、こういった悩みを数値化して、経営者の眼に「見える化」できるとしたらどうだろう。例えば新しい人を雇うことが本当に必要なのか判断しやすくなるはずだ。また仕事が個人に集中していて、他の人と業務を共有できず、突発的な事故などの場合に業務を引き継ぐことができないという属人化の解消にも繋がるのだ。
一方で社員から見ても、「業務の見える化」は自分がどのレベルにいるのかを知ることができ、ステップアップの道筋を明確に示すことにもなる。このように「業務の見える化」の利点は大きい。
では実際にどういった手順で、業務を見える化するのだろうか。
業務の見える化の手順
一企業から充分なデータを収集し、業務の改善につなげるには多少時間(平均3ヶ月)がかかる。
大まかな流れとしてはまず各部署へのヒアリングを行い、業務を仕分けし、集計・分析するとともに、業務フローを客観的に見直していく。そして、この「業務の見える化」で発見された問題点(意識化できているものも、無意識下のものも)を改善していく。
実際、何をするかというと、最初の1ヶ月で、例えば営業部のAさんの一日を10分単位で追い、作業内容を区分・種類ごとに分類してもらうのだ。この時点で、ほとんどの人がある時間に〇〇をやっているという明確な意識はなく、ただなんとなく時間を過ごしているということが見えてくる場合が多い。そして次の2ヶ月で、そこから得られたフィードバックに対して、数えきれないほどの会社を見てきた専門家としての改善ポイントをアドバイスしていくという流れになる。
もう少し細かく流れを見てみよう。最初の1ヶ月間では社員が日々、記入している業務日報なども活用しながら、実際にどういった業務を行っているのかを書き出してもらう。業務別に仕事を分類するのだが、例えば役職に応じて業務を分類することで「マネージャーなのにパートの仕事をしてしまっていた」などという効率化が可能な事例がはっきり見えるようになる。
実際にはこのように合理的に分類していくと、ある種の問題が起きる。何か。ある業務が無駄と分かっていても、従来の旧弊を重視してしまう社員の存在だ。「ずっとこのやり方できた」という凝り固まった思考の人たちの反発を上手くハンドリングできるかは、まさに経営者としての力量如何なのだが、得てして「業務の見える化」が求められる時期というのは、経営者が代替わりしたタイミングなどが多く、そうなると当然、その多くが組織の人心掌握を完全に行えていないことが多いのだ。
私の長年の経験から言えるのは、そういった思考の人を説得できるのは、会計士などの外部専門家の方が効果的な場合が多いということだ。部門間の利害調整などを行いながら業務の改善を行っていくのに、同じ会社の人間同士では難しい場面が実に多い。「業務の見える化」を社内ではなく、あえて外部を介入させて実施することのメリットはここにあると言える。
「業務の見える化」でヒアリングのターゲットとするのは大抵の場合5人程度。例えば経営者が「業務の見える化」を通して、証拠を提示して意識改革を迫りたい本丸が、会社のお局的な、だれも意見を言えない人だとしたら、ターゲットはそのお局の「周囲の」人を選ぶ傾向がある。お局本人ではなく、その周囲の人をモニターすることで、より具体的に病巣が見えてくる。また、部署で言えば、営業と営業補助ではむしろ補助の方に注目する。このようにして選んだ人から業務報告を入手し、面談を行い、その情報の誤解やごまかしに惑わされず、徹底して現状の正確な把握を行う。
業務日報を書かせている会社は多いが、ほとんど後の経営に活かされていないのが現状だ。得られたデータを有効活用することができず、ボーナス支給額を下げるアラ探しのツールにしかなっていない場合も多い。
こういった活用の仕方のみが社員に目立つようでは、やがて反発を招く要因になりえる。(自社の日報を積極的に記入してくれる社員が多いか少ないかが、ある種の指標になる)。
実は「業務の見える化」に取り組んでいる、もしくは取り組みたいと考えている企業は40%以上もある。しかし、取り組まず今後も予定なしという企業は60%近い。この数字は従業員のこのような意識が根底にあるのを示しているのではないだろうか。
作業仕分け例
こうして集めた正確なデータを業務の改善につなげるために仕分け、集計・分析などしていくのも専門家の仕事。例えば分類上で曖昧なものや、本来は別の人や部署の仕事でありながら個人の思い込みでやっている仕事などを仕分けし、必要に応じて業務フローの見直しも行う。
実際に業務を見える化してみると、業務日報に具体的な業務を記入できない時間(「不明/手待ち」など)が意外に多くを占めることが分かる。特に時間を割いているのは電話やメールの時間。この時間を、1メールを五分以内・1電話を三分以内、と決めるだけでも、業務は大きく改善される。
また役職別で見てみると、仕事のミスマッチが浮き彫りになってくる。例えば、パートの人が、上層部のみ知るべき情報を取り扱う業務をしている事例があるが、これは個人の感情によって、漏洩や内部告発に繋がる危険性がある。他方、マネジメントの人がパートにも任せられるような仕事をしている場合もある。「業務の見える化」によって、マネジメントが、マネジメントのやるべき業務に集中できるようになる。
また、「業務の見える化」は事業承継やM&Aでも効果を発揮する。買い手側では、自社の業務が見える化できていれば、足りない人・モノ、逆にいらない人・モノが明確になる。売る側では、売る前に業務を見える化して業務の改善(その目途が立っているだけでも効果はある)を行えば、企業価値を高め、より良い条件で自社を売却することが可能となる。
対象企業とは?
対象となる企業の規模としては三十人から五十人くらいの従業員数を要する企業からが妥当だ。こういった規模から、経営者の目が末端まで行き届かなくなってくるからだ。
さて、最後に「業務の見える化」には継続性が求められることを理解してほしい。一度改善が図られても、一定の時期が経てば、もとに戻る可能性がある。長期的な視野をもって改善した体制をメンテナンスし続けることで大きな利益を生み出していくことになるのだ。
……多くの経営者は日々、忙しそうに動いている社員たちが、どのような活動をしているのか知らないことに不安を抱いている。それは会社の規模が大きくなればなるほど大きくなる。
そこで「業務の見える化」を実践すれば、会社に眠っている力を呼び覚まし、企業価値を高めることができる。今後企業としての成長を考える上で、無駄をなくし、社員のモチベーションを高める「業務の見える化」は不可欠だろう。
原健人(はら・たけと)…公認会計士・税理士。1971年神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。幼少より実家の商売を見て育ち、中小企業の力になりたいと城南信用金庫に入職。2000年に監査法人トーマツ(トータルサービス1部)入所。小売、マンションデベ、ITベンチャー等の監査、上場支援等に従事。その後、未上場のメーカーで財務・経理実務を経験した後、独立。現在は「業務の見える化」とマンション管理業界のサポートに注力する。
ビヨンド税理士法人
住所 東京都新宿区新宿二丁目5-1成信ビル2階
電話 TEL:03-5357-1460 (「業務の見える化」担当:原)
http://www.beyond-solution.co.jp
年間税務実績 法人・個人税務顧問計約400。マンション管理組合、公益法人等のパブリック系税務業務についても日々増加中。
◆2015年9月号の記事より◆
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