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今さら他人に訊けない、特許のい・ろ・は

特許出願は医療保険に似ている?

◆文:諏訪坂特許商標事務所/弁理士 伊藤 信和

 

伊藤氏 「製品が売れるかわからないうちに、数十万円という金額をだして特許出願するのはもったいない。製品が売れてから特許を取得したい」という要望を中小企業から聞くことがあります。
企業経営者は、特許権があると自社製品を独占的に製造販売できることを知っているからこそ、「製品が売れたら特許を取得したい」と考えるのでしょう。特に、自社製品が売れ始めたら他社が追随してくることが多いから、それを未然に防ぎたい心情は理解できます。
しかし、その考えは改めなければなりません。なぜなのか。それを説明するのに良い例があります。

 

皆さんは、医療保険に加入していますか?

病気になって入院するリスクを考慮して、医療保険に加入されている方は多い筈です。この場合当たり前なのですが、病気にならなければ医療保険に支払ったお金は戻ってきません。しかし、医療保険に未加入であれば、入院してから医療保険に加入しようとしても、その入院費を医療保険で支払うことはできないのは当然のことです。

 

実は、特許出願もこの医療保険の考え方に近いものとして捉えることができます。

 

つまり、製品が売れる保障などない開発の段階で特許を出願しないと、原則として特許は取得できないのです。

製品が売れるかわからない開発段階は、病気になるか分からない段階と似ています。自社製品が売れた場合の特許の有効性と、入院した場合の医療保険の有効性も似ています。そして自社製品が売れなかった際に特許が休眠状態になる点と、入院しなかった際に医療保険の掛け金が無駄になる点とも似ています。

 

でも特許出願して特許を取得することは、医療保険とは違うメリットが数点あります。

一点目は、開発段階で特許出願しないと、原則特許は取得できないと記載しましたが、自社製品の販売をインターネットに掲載したり、又は販売を開始したりした最初の日から6ヶ月以内であれば、特許出願しても特許を取得できる規定がある点。

つまり、販売を開始して4~5ヶ月ぐらいで、製品の売れ行きが良ければ特許出願するという判断が可能なのです。この規定は2012年4月に改正されたため、現在はこの規定の適用を受けて特許出願することができます。但し、この規定は日本特有の規定なので、製品のグローバル展開(中国や欧州にも特許出願する)をお考えであれば、開発段階で特許出願しないといけません。

 

二点目は、特許は休眠状態であっても、その特許に興味を持っている企業がいれば、特許ライセンスを与えることができる点。特許を買いたいという企業がいれば特許を売ることもできます。つまり営業外利益を生み出す可能性があります。但し、特許ライセンスを探すことは簡単な話ではありません。特許に興味を持ちそうな企業を探して売り込むことが必要です。

 

三点目は、さらに特許は休眠状態であっても、その特許を使っている企業がいれば、損害賠償請求や差止請求などができますが、この種の法的手段に頼らなくても手段があるという点。私の知っている中小企業は、相手が大手企業であったため、特許ライセンスや損害賠償請求の代わりに、その特許を使った共同事業の話を売り込みました。別のIT企業は、特許ライセンスの代わりにソフトウエアの調達先として自社を入れてくれるように頼み、調達先の一社となりました。

 

以上のような違いが、医療保険と特許にはあるのです。

皆さん、ご自身の身体には医療保険をかけますが、自社の製品に、保険(特許出願)を掛けるという習慣がいまいち中小企業に浸透していない点は非常に憂慮されます。ここはひとつ、特許の考え方について、再考を願いたいところです。

朗報が一つ。現安倍政権は、アベノミクスを促進するため、〝産業競争力強化法〟を施行しようとしています。これによって中小企業は、特許審査請求料が1/3に減免されたりと、有利な措置がとれるようになります。期は熟したり!皆さん、 これから開発する自社製品の医療保険として、特許出願を考えてはいかがでしょうか?

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●プロフィール
伊藤 信和氏(いとう・のぶかず)
金沢大学工学部機械科卒業 平成6年 弁理士試験合格
ワシントン大学法学部CASRIP終了(2006年)
工作機械メーカー 機械設計
国内・外資企業の知的財産部勤務(経験16年)
特許事務所を開設(2006年~)

●諏訪坂特許商標事務所
〒102-0083 東京都千代田区麹町3-5-2 BUREX麹町
TEL: 03-5213-5413
http://www.itopto.com/index.html

町工場・中小企業を応援する雑誌 BigLife21のコラムより