FCV技術に関する特許開放、トヨタの期待とは?
FCV技術に関する特許開放、トヨタの期待とは?
◆文:伊藤信和(弁理士・諏訪坂特許商標事務所)
(1) 内燃機関車(ガソリン車もディーゼル車)も日々進化していますが、一般に、内燃機関車、⇒ハイブリッド車⇒プラグインハイブリッド車⇒電気自動車(EV)もしくは燃料電池車(FCV)と、自動車は進化していくと考えられています。
確かに、ハイブリッド車は街中でよく見るようになりました。2014年に於いて、日本の乗用車のハイブリッド車の市場占有率が約35%を占めるに至りました(米国や欧州は未だ10%にも満たないそうです)。
そのハイブリッド車ですが、一口にハイブリッドといっても、トヨタのハイブリッド車とホンダのハイブリッド車とでは技術的には大きな違いが見受けられます。トヨタの優れたハイブリッド技術は多くの特許で守られているため、ホンダはそれらの特許を回避したハイブリット技術を使ったためと思われます。
トヨタが他社からの特許ライセンス料をどれほど得ているかわかりませんが、ハイブリッド特許を自社製品に使用し他社にもライセンスしていますから、ハイブリッド技術の特許はトヨタのドル箱と言っても過言ではありません。
(2) そんなトヨタが2015年1月に、水素燃料電池車(FCV)技術に関する特許を開放することを表明しました。無償開放の期間が2020年までとか、特許実施に際しては個別協議の上で契約書を締結する必要があるとかの条件がありますが、これは英断と思います。
特許出願して権利化するまでの費用を単純に150万円と計算すると、無償公開した5680件の特許だけで、約85億円になります。これに研究開発費も含めると数十倍になるでしょう。それでも特許の無償開放をしないと、水素社会を創り上げることが難しかったという判断があるのでしょう。
参考までに、燃料電池の基本特許の一つである特許第3271410号の図1及び図4を載せます。これは平成5年の特許出願ですでに権利満了しています。
(3) 複数の企業グループで、有償・無償の特許ライセンス
電気業界では特定技術に関してライセンス契約に合意した複数企業によるパテントプールというグループを作り、そのグループを通じてグループの構成者及び利用者に必要な特許権を有償ライセンスする仕組みもあります。例えば、MPEG規格、DVD規格、3G通信規格、4K/8KのTV放送規格等があります。これらは技術の標準化・規格化する上で、特許は重要な役割を持ちます。通信規格等では、誰もが使わなくてはならない必須特許は、FRAND(Fair, Reasonable, and Non-discriminatory:公平、合理的、かつ非差別的))条件でその技術を利用する会社に有償の特許ライセンスすることが要求されます。
無償の特許ライセンスもこれまで行われてきています。
IBMが2005年に提唱したパテントコモンズ(特許共有資産)に500件のオープンソース・ソフトウェア(以下OSSと言う。)に関する特許を提供です。パテントコモンズに提供された特許を心配せずに、ソフト開発者は、ソフトを開発できるということです。但し、パテントコモンズの趣旨にそぐわない特許利用に対しては、権利行使できる余地を残すため特許を放棄するわけではありません。IBMは、ソフト開発者が優れたOSSを開発すれば、結果として、IBMのハードウエアやソフトウエア、サービスの売り上げが増えることにつながると言っていました。最初は提唱したIBMのみでしたが、ノキア、ノベル、サンマイクロシステムズ等が加わりました。
また、エコ・パテントコモンズという環境問題を解決するような特許を提供する場が提供され、IBM、ノキア、リコー、ソニー、日立等がこのグループに合計100件ほどの特許を提供しています。特許件数は少ないですが、環境保全のための技術の活用を容易にします。これらの企業が特許を無償開放する理由は、主に企業の社会的責任(CSR)と想像します。
(4) 1社だけで無償の特許ライセンス
さて、トヨタが2015年1月にFCV技術に関する特許開放を表明する約半年前に、テスラモーターズ(以下、テスラと略す。)は、テスラが保有する電気自動車(EV)に関する約200の特許(加えて280件の特許出願)を開放すると発表しました。このとき、テスラのイーロン・マスクCEOは、「真のテスラの競争対象は他社が作り出す電気自動車ではなく、毎日工場からあふれ出るガソリン車だ」と強調したそうです。
トヨタもテスラも、車体本体だけでなく、給電インフラ又は水素ガスインフラ等も重要なので、一社だけでは内燃機関車からEVもしくはFCVに替えることができないいう立場なのでしょう。
今後どのようにEV又はFCVが広がっていくかわかりませんが、一社だけの無償特許ライセンスではなかなかEV又はFCVが広がっていかないのではないでしょうか。今回の発表を機に、パテントコモンズ又はエコ・パテントコモンズのように、多くの企業の参加が期待されます。
情けは人の為ならずという諺があります。特許無償開放でもうまくいくとは限らず、5年後10年後の利益を考えての戦略は難しいですね。
●プロフィール
伊藤信和(いとう・のぶかず)…金沢大学工学部機械科卒業 平成6年 弁理士試験合格/ワシントン大学法学部CASRIP終了(2006年)/工作機械メーカー機械設計/国内・外資企業の知的財産部勤務(経験16年)/特許事務所を開設(2006年~)
●諏訪坂特許商標事務所
〒102-0083
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