タカタのエアバック問題に見る PL法と特許の注意点 ‐ 西郷国際特許事務所
タカタのエアバック問題に見る PL法と特許の注意点
◆文:西郷義美(西郷国際特許事務所所長・元弁理士会副会長・国際活動部門総監)
自動車部品大手のタカタ(東京)が製造したエアバッグの欠陥が米国で大きな問題になっている。
ここで問題になっているのは、いわゆる、製造物責任法(PL法)である。そもそも、PL法のPLとは、Product Liabilityのイニシャルをとったもので、「通常備えるべき安全性を欠く製品によって、その製品の使用者または第三者が生命・身体または財産に被害・損害を被った場合に、その製品の製造・販売に関与した者、特に製造者が負うべき特別の損害賠償責任」のことを指している。簡単に言えば、拡大損害の責任を取りなさい、という法律だ。
例えば、テレビを買ったのだが、そのテレビが内部から出火し燃えてしまった場合を考えてみる。実は、このことだけをもっては、PLの問題にはならない。PL法に抵触するのは、この出火が原因で、やけどをした、あるいは、家が燃えてしまったという二次的損害が発生した場合である。
そもそもPL法は、民法第709条の特別法で、全6条からなる短い法律である。民法709条は不法行為責任について次の通り規定している。
「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責メニ任ス」
本規定の要件のうち、「故意・過失」という主観的要件が、PL法では、「製造物の欠陥」という客観的要件に変更されている(平成7年7月1日から施行)。
次に、PL法第3条で規定されている製造物責任の要件を整理する。被害者たる原告は、以下の4つの要件を充足することを「立証」しなければならない。
①製造業者等が製造した製造物である。
②製造物に欠陥がある。
③他人の生命、身体又は財産に拡大損害を生じさせた。
④欠陥と拡大損害との間に因果関係が存在する。
さて、この4つの要件の中で、特に②「製造物に欠陥があること」に関して、製造者の言い逃れが生ずる場合がある。例えば、「欠陥を知らなかった」云々。つまり「当該製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかった」というものがそれである。
しかし、製造者が知っていたことの原告側の立証に、特許明細書の内容、特に従来技術の説明を、証拠として使われてしまう場合があるのをご存知だろうか。更に、拒絶理由や異議・無効理由に対抗し、意見書・上申書などの提出に際し、特許性を強調したいがため、不用意に従来製品の欠点をあげつらうことも要注意である。
ここで、具体例を見てみよう。米国の場合だが、このような例が日本で起こり得る可能性は充分ある。
具体例1 Johnson v.Colt Industries 連邦地裁・1986年判決
ピストルを専用皮ケースに入れていたところ、ケースから抜け落ち、地面に当たった衝撃で暴発し、腹部に命中した。
原告の弁護士は、回転式の銃は、①、今回被告が被ったような、落下時のショックで暴発”Drop-Fire”が生じやすいこと。②、そして、このような暴発事故は、簡単な安全装置を取り付けることで回避できること。③、しかし、安全装置のなかったこの銃は、不当に危険な欠陥品であること。を主張した。そして、この安全装置に関するいくつかの特許をあげ、当時、業界が「暴発」の危険を知っていた証拠である、として裁判所に提出し、原告が勝訴した。
具体例2 Boyer v. Eljer Manufacturing ミズーリ州高裁・1992年判決
製材工場で働いていた被告は、電動ノコギリを使って木材を切っていたところ、切断破片が顔面を直撃し、右目が失明した。
原告は、このノコギリの設計欠陥及び警告の不備を主張した。原告は、被告のノコギリ・メーカがより安全な設計のノコギリの特許を持っていたことを証拠として提出した。しかし、第一審は、原告敗訴した。ところが、控訴審において、第一審判決は、破棄・差し戻された。
どうだろうか。特許内容が、証拠として活用される危険性を認識できたろうか。では、明細書などに使用される用語は如何にすべきなのか。好ましくない用語としては、従来の製品は、「危険である」、「けがのおそれがある」。新製品は、「安全である」(その反作用で従来技術は「安全でない」と推定されるため)、といったものがあろうか。一方、好ましい用語としては、「安価に製造可」、「組立てが容易」、「補修が容易」、「部品点数が少ない」、「経済的」などがある。
なお、PL訴訟に使われてしまう危険も注意だが、自分たちの貴重な技術資源を惜しげもなくばらまいている危険性も考慮すべきである。実際にこういった方たちはいるのだ。ある会社の社長が言うには、開発担当に特許明細書を書かせると立派なものができる。技術内容をよく知っているので、微に入り細に入る特許明細書が作れると、自慢していた。これは、大変に危険な行動であることを知らなければならない。
まず、特許の原則は、「公開代償」ということ。公開しただけの範囲でもらえるである。やらずぶったくりでは、余りにも人が良すぎる。権利をもらえる範囲のものだけを公開すればいいのである。慈善事業では無い、ギバー(与えるだけの者)に成り下がることは、企業を崩壊させるだけということを知るべきである。ギバー、テイカー(受け取るだけの者)、そして、マッチャー(もらった分だけ出す者)の3通りあるが、この場面では、完璧なマッチャーであるべきである。ビジネスは「平和時の戦争」だからである。
何より、他社の知財部の視線に鈍感になってはいけない。彼等は狙っている。ある知財部員に聞いたのだが、開発専門家が書類を読めば、その会社の研究体制や方向、そしてまた隠している内容が、手に取るように分かるものだそうだ。
産業スパイに言わせれば、公開された情報だけで、獲得したい情報の90%は入手できるという。であるから、特許文書の作成には、極度の慎重さが要求される。いわく、「慎重(情報の開示)にして大胆(常識的でないアイデア)」を貫くべきである。
西郷義美(さいごう・よしみ)…1969 年 大同大学工学部機械工学科卒業。1969 年-1975 年 Omark Japan Inc.(米国日本支社)。1975 年-1977 年 祐川国際特許事務所。1976 年 10 月 西郷国際特許事務所を創設、現在に至る。
《公職》2008 年 04 月-2009 年 03 月 弁理士会副会長、(国際活動部門総監)
《資格》1975 年 弁理士国家試験合格(登録第8005号)・2003 年 特定侵害訴訟代理試験合格、訴訟代理資格登録。
《著作》『サービスマーク入門』。商標関連書籍。発明協会刊 / 『知財 IQ」をみがけ』。特許関連書籍。日刊工業新聞社刊
西郷国際特許事務所
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