孫子的世界観のカオスを理解することでビジネスの可能性は広がる!?
孫子的世界観のカオスを理解することでビジネスの可能性は広がる!?
◆文:筒井潔(合同会社創光技術事務所 所長)
前回、ビジネスにも政治にも同等に当てはめることができる「普遍的な法則」があり、その一つは論語の冒頭に書かれているように「学ぶこと」であると書きました。▶『政治とビジネスに共通する普遍的法則とは?』
論語は、「普遍的な法則」に対して、非常に現実的な論理、道徳を提供してくれます。ミクロな法則と言っても良いかも知れません。では、ミクロな法則に対応するマクロな法則があるのか、というとそれは孫子に関わります。
孫子は、「孫子曰く、兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道なり。」という一文で始まります。つまり、戦争は国の一大事であって、国民の生死と、国の存亡が懸かっている、ということです。このように、孫子は兵法の書、つまり戦い方を提示する書です。しかし、孫子は実際の戦(いくさ)のみならず、現代のビジネスでの戦い方をも提示してくれます。さらには、孫子はこの世の中を渡っていくためのマクロな「普遍的な法則」をも提示してくれます。
孫子に書かれている戦い方は幾つかの法則にまとめられると思います。
①戦わずに敵に勝つ
②強を避けて弱を撃つ
③先知して計略を練る
④準備を整え動くときは素早く動く
⑤奇と正を用いて主導権を奪う
⑥組織力で闘う
これらそれぞれの法則については、別の稿で書くことにしたいと思いますが、孫子の兵法で大事なことは、一見、互いに矛盾する面を持つこれら6つの法則は、常に全てが同等のウエイトで用いられ、正と奇がいつの間にか入れ替わったり、戦わない振りをして猛攻撃を仕掛けたり、とカオス的であることではないかと思います。
孫子は老子に大きく影響を受けています。老子の冒頭には次のような言葉があります。
道の道とすべきは、常道に非ず。名の名とすべきは、常名に非ず。無名は天地の始にして、有名は万物の母なり。故に常無以てその妙を観んことを欲し、常有以てその徼(きょう)を観んことを欲す。此の両者は同出にして異名なり。同じく之を玄と謂う。玄の又玄、衆妙の門なり。
道を道と言ってしまえば、道ではなくなる、ということです。道と言うのは表現不可能な本質であり、何か特定のものに限定、固定化されるものではない、ということです。
先の例で言えば、組織が持つ理念は無限の可能性を持つ道であり、それが政策やビジネスモデルとして表現されれば、それはその時期や環境に限定されたものであり、特定の可能性しか持たないものになるということです。しかし、その限定されたものは物を生むということです。
「常無以てその妙を観んことを欲し、常有以てその徼(きょう)を観んことを欲す。」の徼(きょう)とは微のことであって、要するに有る無しというのは、微妙であると云っています。そして、有も無も名前が違うだけで同じものであるというわけです。
玄とは時間と空間を超越した森羅万象の根源です。その玄の玄は衆妙の門、言ってみれば現実での妙手の入り口であるということです。つまり、無限の根源は有限であり、無限と有限は一体である、というのです。
ビジネスポリシーをビジネスモデルと言ってしまえば、それは、もはやポリシーではないのだけど、でも、ビジネスポリシーはビジネスモデルと同じものだ、というのです。もっと広く言えば、私の知り合いの経営者の方が、よく「自分と会社はもちろん別物なのだけど、自分と会社は一体なんですよね」と仰るのですが、まさに老子が言うのはそういうことだと思います。
このように、孫子の教えの第一条は、西洋哲学の三段論法から見ると矛盾に満ちているものです。孫子の世界観では、時の流れは大河を流れる水の如くであって、表面上穏やかに見える水の流れも、水中を見れば、不戦状態が戦闘状態であって、奇が正となり、正が奇となるサイクルが繰り返されています。その意味で、常に相反する二面性を持っているというより、幾何学的比喩を用いるならメビウスの輪のように裏表がない世界になります。
「国際ビジネスの交渉の場では『これはホントだ』と言った次の言葉が嘘なんだ」と口を酸っぱくして仰るのは、元アクセンチュア代表取締役で現在スウィングバイ株式会社代表取締役の海野恵一氏です。
「とにかく戦いを避けて『待つ』、だけどそれは戦わないということではなく、不戦状態は戦闘状態である」とは新宿歌舞伎町を作った四人衆の一人を親御さんに持つ台湾華僑二世で事業開発コンサルタントの簡憲幸氏の言葉の趣旨です。お二人の言葉は、まさに孫子的世界の核心を突いていると思います。
対立軸を設定しマトリックスを書くと一見すると見栄えは良いのですが、私の実感として、現実社会は孫子的世界のように、もっと矛盾に満ちており、「滔々と流転する秩序のあるカオス状態」とでも表現されるようなものであるように思います。
では、そのような世界を泳ぎ切るにはどうしたらよいのでしょうか?もちろん、その答えの一つは孫子にもあります。「兵は常勢なし。水は常形なし。能く敵に因って変化して而して勝を取る者、之を神と謂う。」ということです。
つまり、「何でも自分を捨ててかかり、現実を良く見て、宇宙をよく見てどれだけ自分が宇宙と一体化しているか考えよ、対象になり切り、宇宙になり切ること。」という趣旨のことを田中清玄先生は自伝の中で、書いております。要するに、孫子的世界と一体になり切ることが大事だということです。
次回から、具体例を取り上げて、もう少し深く孫子的世界に入っていきたいと思います。
筒井潔(つつい・きよし)…経営&公共政策コンサルタント。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。外資系企業、ベンチャー企業、知財関連企業勤務を経て、合同会社創光技術事務所所長。
合同会社創光技術事務所
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-28-8 ロハス松濤2F
http://soukou.jp
◆2014年11月号の記事より◆
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