「忘れていないか? 公のために働く姿勢」

「子は親に孝養をつくしましょう」「兄弟、姉妹は仲良くしましょう」「夫婦はいつも仲むつまじくしましょう」「友だちはお互いに信じ合って付き合いましょう」……。ひと昔前であれば当たり前のような言葉だが、昨今の日本社会では、子は親を大切にせず、夫婦はすぐに離婚するという、全く反対のことが日々起こっているように感じる。

 

冒頭の言葉が何から引用したものかピンと来るのは、ある程度の年齢か近代史に詳しい方であろう。これは明治天皇が明治23年3月に制定した「教育勅語」を現代語表記にしたもの(※1)である。昭和6年生まれの私の父によると、戦前は尋常小学校の修身の科目でこれを暗記するほど繰り返し児童に教えていたため、その考え方が自然と身についたという。

 

有限会社永井製作所 代表取締役社長 入間市商工会副会長 永井 健一 氏

 

教育勅語は次のように続く。「自分の言動をつつしみましょう」「広くすべての人に愛の手をさしのべましょう」。特筆すべきは、「誰でも自分の能力と人格を高めるために学業や鍛錬をするのですから、『進んで勉強し努力します』という意気込みで、知徳を磨きましょう。さらに、一人前の実力を養ったら、それを生かせる職業に就き、『喜んでお手伝いします』という気持ちで公=世のため人のために働きましょう」という件(くだり)だ。

 

これは今を生きる我々にとって一番欠けていることではないかと思うからである。果たして我々は自分の能力と人格を高めるために学業や鍛錬をしていると自覚しているのだろうか?「知徳を磨く」という意味を理解しているのだろうか?社会に通用する能力を得たらそれを生かせる職業に就き、公のために働こうと考えたことがあるのだろうか?

 

そして「ふだんは国家の秩序を保つために必要な憲法や法律を尊重し、『約束は必ず守ります』と心に誓って、ルールに従いましょう」「もし国家の平和と国民の安全が危機に陥るような非常事態に直面したら、愛する祖国や同胞を守るために、それぞれの立場で『勇気を出してがんばります』と覚悟を決め、力を尽くしましょう」「この伝統的な人の道は、昔も今も変わることのない、また海外でも十分通用する普遍的な真理にほかなりません」「そこで私自身も、(中略)『まず、自分でやって見ます』と明言することにより、その実践に努めて手本を示したいと思います」と結んでいる。私は陛下が国民に対して人の道を説くだけではなく、自らも実践すると仰せられているところが斬新ですばらしいところだと思う。

 

今さら戦後教育を批判しても仕方がないが、我々戦後生まれは「公のため人のために働く」ということを学校では教えられずに育った。教育勅語を知る世代が社会の一線から退き、戦後教育を受けた我々が社会を担っている今、政治家も公務員も民間人も皆が私利私欲を優先し、政府を批判することはあっても、国民の一人として日本という国家の維持や繁栄に携わろうとはしない。

 

これでは順序が逆だ。個人の幸せは国家が豊かで安定してこそ保てるということは、戦争や紛争、貧困に喘ぐ世界に目を向ければ「火を見るより明らか」である。

 

そのことを端的に示している名言がある。アメリカ合衆国第35代大統領のジョン・F・ケネディは1961年の就任演説で、「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい(※2)」とアメリカ人がみな「アクティブ・シチズン」である必要を語っている。

 

日本経済がリーマンショックからようやく立ち直りつつあるところへ未曾有の大震災と原発事故。そして「歴史的な」と枕詞がつくほどの超円高が続いている。元々、人材・設備・資金といった経営資源が限られている我々中小企業経営者は、自身の力ではどうにもならない苛酷な外部環境の変化に翻弄され、ともすればなす術もなく呆然と立ち尽くしてしまいそうになる。

 

しかし我が国のこの状況を冷静に見つめれば、前述した教育勅語の言う「国家の平和と国民の安全が危機に陥るような非常事態」であることは間違いない。様々な要因が重なってこのような事態を招いた。起きてしまったことは仕方がないが、ではどう対処すれば良いのか。それは次の文に続いている。

 

「愛する祖国や同胞を守るために、それぞれの立場で『勇気を出してがんばります』と覚悟を決め、力を尽くしましょう」。明治天皇が教育勅語を「昔も今も変わることのない、普遍的な真理にほかなりません」と仰せられている通り、現在の非常事態打開にぴったりと当てはまる答えがここにある。

 

公=世のため人のために働くことを知らない我々戦後世代は、いま一度正しい人の道とは何かを考え直すと共に、明治天皇が国民に対して示された「普遍的な真理」に基づいて政治家・公務員・民間人が国家再建のために一致団結して持てる力を発揮し、この非常事態を乗り越えなければならない。でも私はできると思っている。

 

それは、「私」を優先し「公」のために働かない今の日本人でありながら、江戸時代に西方から日本を訪れたフランシスコ・ザビエルをはじめとする西洋人たちが賞賛した「日本人の民度の高さ」が今でも健在であることが東日本大震災で図らずも証明されたからである。【寄稿】

 

永井健一氏(ながい けんいち)

1964年、東京都新宿区生まれ。1985年、日本電子専門学校を卒業後、1年間サラリーマンを経験。1986年、家業である永井製作所に入社。1990年取締役工場長、2002年、代表取締役専務を経て、2004年、代表取締役社長に就任。入間市商工会副会長、入間市工業会理事も務める。また、2008年、社会人入試で駿河台大学大学院経済学研究科に入学。2010年、修士課程を修了。現在に至る。

 

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