(写真=写真AC)

【1】 ステップ4-1:事業承継計画の策定(親族内・従業員承継の場合)

事業承継で重要なことは、企業という「儲かるビジネス・商売の仕組み(ビジネスモデル)」を存続させることです。

これまで、先代経営者が創り上げてきたその仕組みがどのようなものか、一度立ち止まって分析してみましょう。ハードの経営資源だけではなく、ソフトの経営資源(知的資産、経営理念など)も重要なものであったはずです。
しかし、そのようなビジネスモデルが成功したのは、これまでの経営環境に適合していたからです。環境が変化してしまえば、これまで通用したビジネスモデルは通用しなくなり、企業は儲からなくなるでしょう。そうであれば、ビジネスモデルの変更など、今後の方向性を変えていかなければなりません。
そのうえで、中長期の事業計画を立案し、それを実現するためのアクションプラン(具体的な営業活動)を考えます。
これら一連の作業は、先代経営者から後継者への二世代に渡る事業承継計画となります。

過去の経緯を知らなければ、将来の方向性も決められませんから、先代経営者と後継者は二人でじっくり話し合って事業承継計画を立案しなければならないのです。

 

【2】 事業承継計画策定の重要性

まずは自社を知り、そして自社を強くすることが、事業承継の準備においては重要です。

一方、具体的に事業承継(資産の承継・経営権の承継)を進めていくにあたっては、自社や自社を取り巻く状況を整理した上で、会社の10年後を見据え、いつ、どのように、何を、誰に承継するのかについて、具体的な計画を立案しなければなりません。

この計画が、事業承継計画です。
事業承継計画は、後継者や親族と共同で、取引先や従業員、取引金融機関等との関係を念頭に置いて策定し、策定後は、これらの関係者と共有しておくべきでしょう。

こうすることで、関係者の協力も得られやすく、関係者との信頼関係を維持することできます。

 

さらに、後継者や従業員が事業承継に向けて必要なノウハウの習得や組織体制の整備などの準備を行うことができるなど、様々な利点があるでしょう。
なお、事業承継計画の策定にあたっては、成果物としての計画書を作成することを目標にすべきではなく、策定プロセスやその活用による経営者自身とその関係者にとってのメリットを最大化してこそ、意味があるものとなります。

 

【3】 事業承継計画策定の前に

事業承継計画は、資産や経営権をどのように承継するかを基本とするものです。

 

しかし、事業承継の根幹のひとつとして、自社の経営理念を承継することの重要性を忘れてはなりません。いわゆる老舗企業において、時代が変わっても受け継いでいく想いを大切にしている例が多いことからも、資産や経営権のみならず、会社の理念や経営者の想いの伝承の重要さが示されています。

その意味でも、事業承継計画の策定に先立ち、経営者が過去から現在までを振り返りながら、経営に対する想い、価値観、信条を再確認するプロセスは、事業承継の本質といえます。

可能であれば明文化し、後継者や従業員と共有しておけば、事業承継後もブレることのない強さを維持できることでしょう。
なお、事業承継「計画」を策定するというイメージから、現在から将来に向っての計画のみを考えるものと認識されがちです。

 

しかし、経営理念の承継の重要性を踏まえると、そもそも創業者は「なぜその時期に」「なぜその場所で」「なぜその事業を」始めたのか、その時の事業状況・外部環境がどうであったのか、その後の変遷の中で転機となることがらが生じた状況がどうであったか、といった振り返りから始めることが有効です。

 

【4】 事業承継計画の策定

まず、自社の現状とリスク等の把握を経て、これらを基に中長期的な方向性・目標を設定します。

例えば、10 年後に向けて現在の事業を維持していくのか、拡大していくのか。現在の事業領域にとどまるのか、新事業に挑戦するのか、といったイメージを描くことが必要です。

この方向性に基づいて組織体制のあり方や、必要な設備投資計画等を検討し、さらに、売上や利益、マーケットシェアといった具体的な指標に落とし込みます。
この過程においては、中長期目標において想定している期間の中で、いつ事業承継を実行するのかを織り込む必要があります。

 

当然、事業承継後に目標達成にコミットするのは後継者であるから、後継者とともに目標設定を行うべきです。その際、事業承継後(ポスト承継)に後継者が行う取組についても中長期目標に織り込むことができれば、事業承継を契機とした再成長も期待できるでしょう。

 

次に、設定した中長期目標を踏まえ、資産・経営の承継の時期を盛り込んだ事業承継計画を策定しましょう。この際、成果物としての事業承継計画書の作成自体を目的とするのではなく、策定プロセスにおいて現経営者と後継者、従業員等の関係者間で意識の共有化を図ることに重きをおくことが重要です。

 

また、ステップ2(経営状況・経営課題等の把握(見える化))を十分に実施することが、実効的な事業承継計画の策定の前提となります。

ア)自社の現状分析
ステップ2(経営状況・経営課題等の把握(見える化))を通じて把握した自社の現状をもとに、次世代に向けた改善点や方向性を整理します。
イ)今後の環境変化の予測と対応策・課題の検討
事業承継後の持続的な成長のためには、変化する環境を的確に把握し、今後の変化を予測して適切な対応策を整理します。

ウ)事業承継の時期等を盛り込んだ事業の方向性の検討
自社の現状分析、環境変化の予測を踏まえ、現在の事業を継続していくのか、 あるいは事業の転換を図っていくのか等、事業領域の明確化を行います。さらに、 それを実現するためのプロセスについても具体的なイメージを固めていきます。その中には、前述のとおり事業承継の時期や方法を盛り込みます。

エ)具体的な目標の設定
前述の中長期目標の内容について、売上や利益、マーケットシェアといった具体的な指標ごとの目標を設定します。

オ)円滑な事業承継に向けた課題の整理
これらの分析・整理を踏まえ、後継者を中心とした経営体制へ移行する際の具体的課題を整理します。ここでは、考え得る必要なアクション(例えば、公認会計士や中小企業診断士への相談や、資金調達の方法など。)についても盛り込んでおくと、より実効的な計画策定が期待できます。

 

【5】 ステップ4-2:M&A等のマッチング実施(社外への引継ぎの場合)

後継者不在等のため、親族や従業員以外の第三者に事業引継ぎを行う場合、売り手はステップ1~3を経た後、買い手とのマッチングに移行します。
マッチングのために行うべきことの一つは、M&Aアドバイザーの選定です。

事業承継においてM&Aを選択する場合、自力で一連の作業を行うことが困難である場合が多いため、専門的なノウハウを有するM&A専門家に相談を行う必要があります。
仲介機関の候補としては、公的機関である事業引継ぎ支援センターに相談してもよいですが、会社を高く売却したいのであれば、事業承継コンサルティング株式会社などのM&A専門家や公認会計士を活用すべきでしょう。

 

また、売却の条件を決める必要があります。すなわち、M&Aを行うにあたっては、「どのような形での承継を望むのか」について、経営者自身の考えを明確にしておくのです。

例えば、「会社全体をそのまま引き継いでもらいたい」、「一部の事業だけ残したい」、「従業員の雇用・処遇を現状のまま維持したい」、「社名を残したい」等が考えられます。

この点については、M&A専門家に事前に売却条件を伝えた上で、条件に合った相手先を見つけることが最善の方法となります。

 

<執筆者紹介>

岸田 康雄 (きしだ やすお)

事業承継コンサルティング株式会社 代表取締役

https://jigyohikitsugi.com/

島津会計税理士法人東京事務所長

公認会計士、税理士、中小企業診断士、国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会検定会員)

一橋大学大学院商学研究科修了(経営学および会計学専攻)。 中央青山監査法人(PwC)にて事業会社、都市銀行、投資信託等の会計監査および財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、メリルリンチ日本証券、SMBC日興証券、みずほ証券に在籍し、中小企業経営者の相続対策から大企業のM&Aまで幅広い組織再編と事業承継をアドバイスした。 現在、相続税申告を中心とする税理士業務、富裕層に対する相続コンサルティング業務、中小企業経営者に対する事業承継コンサルティング業務を行っている。 日本公認会計士協会経営研究調査会「事業承継専門部会」委員。中小企業庁「事業承継ガイドライン」改訂小委員会委員。

著書には、「プライベート・バンキングの基本技術」(清文社)、「信託&一般社団法人を活用した相続対策ガイド」(中央経済社)、「資産タイプ別相続生前対策完全ガイド」(中央経済社)、「事業承継・相続における生命保険活用ガイド」(清文社)、「税理士・会計事務所のためのM&Aアドバイザリーガイド」(中央経済社)、「証券投資信託の開示実務」(中央経済社)などがある。