矢野薫 元 日本電気株式会社 取締役会長 – SDGsを実現する日本的経営・技術経営士の会
◆文:矢野 薫(元日本電気株式会社 取締役会長) / 技術経営士の会
私は日本的経営のルーツは近江商人の「三方よし」にあると思います。売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしの商いをするのが商人の本分との考え方です。
会社の様々なステークホルダーに配慮してその利害を調整していくことは、会社の短期的利益を損なっても長期的にみると会社の価値を増大させます。松下幸之助翁の「企業は社会の公器」との名言は日本人の会社経営に対する考え方を明確に示しています。
現代の日本企業の多くはこの三方よしの考えを引き継いでいわゆる日本的経営を行っています。1400年以上続く寺社建築の金剛組は世界最古の会社と言われていますが、日本企業の価値観の根底には長く続く会社というのがあります。
経済のグローバル化が進む中でこの日本的経営が成果主義、短期志向の経営に侵されて、劣化しつつあるという危機感があります。ただ、従来の日本的経営がグローバル化の中で競争力を失いつつあるのも現実です。時代の変化が激しくなり、速く動く者だけが生き残る時代になってきています。しかも短期に利益を上げる者へ資金が集中的に流れます。そして、速く大きくなる者だけがすべての利益を勝ち取る傾向が強まってきたのです。
しかし、時代は確実に変化してきており、世界の目指すべき方向は国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現であるというのが国際社会の共通認識になっています。企業も包摂的で持続可能な開発目標を実現することに貢献していくべきです。
日本的経営は社会の公器ですから、社会の役に立って初めて存在意義があります。したがって会社の利益を第一に置いていません。この意味でいわゆるグローバルスタンダードとは一線を画しています。国連によるSDGsの採択で、日本的経営はその存在意義が高まってきています。
しかし、私は世界中の企業が日本的経営を採用すべきだとは思いません。経営のダイバーシティこそ世界の持続可能性を保証するものだと思うからです。もちろん日本企業で日本的経営を続けようとする企業はその考え方を世界に向けて発信し続け仲間を増やす努力を続けることが必要です。自社の経営理念を多様なステークホルダーに理解してもらうことが自社の企業価値を高めることになるからです。
幸いにも短期利益中心の強欲資本主義の流れには反発が強まり、SRI(Social Responsibility Investment)運用資産は世界の全運用資産の3割にまで拡大してきました。日本企業は視野を広げて、SDGsの目標をイノベーションで実現することを目指すべきです。
イノベーションは全員参加で実現すべきものですが、特に奮起を期待したいのは技術者の方々です。時代は日本を必要としています。日本企業は長期的な視点で技術開発に投資を続けてきました。AI、IoT、ビッグデータの時代に使える技術の種をたくさん持っています。専門領域に閉じこもらないで、世界の課題解決のアイデアを出し、それをビジネスにつなげ、自ら経営の先頭に立つ気概を持ってほしいのです。
【筆者プロフィール】
矢野 薫(やの・かおる)…1944年生まれ
日本電気株式会社 特別顧問 (元)日本電気株式会社 取締役会長
1966年3月 東京大学工学部電子工学科卒業 1975年6月 スタンフォード大学電気工学科修士課程修了
技術経営士の会
<技術経営士の定義>
技術経営士は、高齢化が進む日本を、世界に先駆け“叡智(えいち)に満ち、落ち着きがあり文化度の高い成熟社会”に変えていくために、技術者としての専門知識及び組織経営の経験を社会に還元することに加え、技術の社会への実装を使命とする者に与えられる資格です。
<「技術経営士の会」とは>
「技術経営士の会」は、技術同友会の支援のもとに、有志の技術経営士により、平成25年5月に発足された任意団体です。現在114名(平成29年7月現在)の個人会員、および1社の賛助会員で構成されています。経済産業省や中小企業投資育成会社、信用金庫等の協力を得て企業とのマッチングを行うなど、技術経営士の知見を積極的に社会に還元するために、技術経営士の活動を支援しています。
「技術経営士ジャーナル」で技術経営士の活動を紹介しています。