会社の「美術部」がAI時代の会社を変えていく
イマドキのビジネスはだいたいそんな感じだ! その35
会社の「美術部」がAI時代の会社を変えていく
AIの話が喧しい。
AIとは、歌手のアイさんのことではない。AI とはArtificial Intelligence=人工知能のことだ。
ご承知のように2045年にはAIが人間の頭脳を超えると言われていて
(それより早くなるという説もいっぱいある─これをシンギュラリティという)、
それまでに人間が行っている仕事が代替されて、
いまある職業の半分以上がなくなるという話、らしい。
となると浅学非才の、吹けば飛ぶようなライターの私なんぞは、本当に吹き飛ばされてしまうに違いない。
吹き飛ばされないように、目下体重を増やそうと努力しているくらいだ。
この特異点の波動は、国家資格をもった先生と呼ばれる方々─医師や弁護士、
公認会計士、一級建築士とかにも伝わって、ビンビン振動させているようだ。
安泰なんだろうと思いきや、むしろこういった高度に知的な分野ほどAIに侵食されかねないらしい。
ある弁護士は、「弁護士こそ真っ先にAIに乗っ取られる職業」だと言ってはばからない。
すでにアメリカではROSSという人工知能弁護士が活躍している。
もちろん全てを人工知能弁護士が代わるわけではない。
が、法律事務所などの新人弁護士(アメリカではアソシエイトなどと呼ばれる)などは、
そうそう活躍できる場所はなくなるだろう。
となるとステータスを確立している士業の人とそうでない人の業界格差が広がるのではと、
ワタシなんぞは深読みしてしまう。
さらに言えば、AIの精度が上がってくれば、公認会計士や税理士などの仕事の一部を解禁して、
AIを通すだけで決算発表ができることになるかもしれない(AI規制緩和とワタシは呼ぶ)。
もう決算発表を延期しなくてもいいよね、東芝さん!
ただAIでどんどん仕事がなくなってしまう……と恐れてばかりでは、今後21世紀を生きてはいけない。
ならば、どうする? そう、仕事をつくるしかない。
日本で「仕事をつくる」というと、やっかいな問題を起こす輩を揶揄する言葉として使われた。
「お前は本当に仕事をつくってくれるなぁ(怒)」みたいに。
でもこれからは「お前は、本当に仕事をつくってくれるなぁ(♡♡)ありがとう(♪)」みたいに、
尊敬を表す言葉に変わるはずだ。
ではどんな仕事をつくるべきか。
たとえば買ってきた魚をまるごと指定の箱に入れたら自動で骨が抜かれてムニエルになっているマシンとか、
自動運転のパーソナル空間移動体(ま、自動タケコプターみたいなものかな)とか……
いろいろ考えるとまだまだありそうだ。
「あったらいいな」をつくるのは新しいものづくりの基本だ。
ただ思うに「あったらいいな」程度だと答えの形が見えているので、AIを使えばたちまち製品化が可能になる。
我々人間に残された仕事は、AIができない仕事である。つまり数値化できない価値を探すことだ。
1つの分野として考えられるのが「美術」である。
「美術品はちゃんと価格がついているじゃないか」とお叱りを受けそうだが、
それは目利きと言われる人が値付けをしているだけで、極論からすれば、興味関心がなければ無価値だ。
セザンヌや若冲の絵を観て「スゴイな」と思う人は多いだろうが、
デュシャンとかモンドリアンを観て「スゲー」と唸る人は少ないと思う。
しかしヨーロッパでは美術マーケットは日本以上に市民の間に浸透していて、
層の厚いアーチストを生み出している。
ワタシはこの美術マーケットの層の厚さが創造的なものづくりの差になってきたのではないかと踏んでいる。
AIで困るのは実は日本のものづくりではないだろうかと危惧している。どうすればいいか?
ワタシは企業に営業部や企画部と同じように美術部をつくるべきだと思う。
美術的な活動支援をするでもいいし、美術作品をつくる社員を雇ってもいい。
つまり、新しい「これって美しくね? これって面白くね?」をつくる人と、
それを理解する人をつくることだ。
企業の自主性に任せると未来永劫無理なので、もう条例とかで企業に美術部をつくらせる。
そのくらいでないとこれからのAI時代に日本企業が生き残るのは難しいとワタシは思っている。
これからの企業は技術部でも企画部でも営業部でもない、「美術部」が変えていく、はずだ。
イマドキのビジネスはだいたいそんな感じだ。
◆2017年5月号の記事より◆