オビ コラム

南山会からの提言『東日本大震災以後 ─ 新しい社会の創出へ向けて5年前の復興提言を検証する〈5・最終回〉』

◆文責:南山会

 

本シリーズは、東日本大震災の被災地再建は「単なる復旧・復興ではなく、この大災害を機に新しい社会を創出しなければならない」という意識で、大震災半年後にまとめられた5つの提言を再検証する試みである。

それは、被災地の再建を推進しつつ、そこで画期的な新機軸の社会的変革を試行し、その効果を見極めながらそれを日本全体に拡大適用していこうという考え方を基本にしている。今回はその5つ目の提言である。

 

 

【提言5】雇用の確保 – 従業員を第一とする企業・経営

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1)社会のセーフティネットとしての企業

東日本大震災により2万人が生命を失い、原発事故では多くの人がいまだに不自由な避難生活をしている。働く場があり雇用が継続されることが、社会のセーフティネットとしていかに重要であるかが再認識された。

人を大切にする経営理念に基づいて企業というものを再定義したい。人は一人では生きられず、①周りから必要とされるとき、②周りの役に立つとき、③周りから感謝されるときに、働く喜びや生き甲斐を感じる。

企業は人を採用することで、働くことで得られる喜びを提供し、採用した人が仕事を通じて成長するための支援をし、自己実現の舞台となることが求められる。

 

雇用されていれば、健康保険、雇用保険、労災保険、介護保険、厚生年金などの社会保険、いわば安心のセーフティネットで守られている。

残念ながら我国では、バブル崩壊後の不況と経済のグローバル化の中で、雇用を柔軟にコントロールすることが経営手法のひとつの選択肢となり、雇用を守るという使命を放棄した企業が非常に増えてしまった。

 

企業は誰のものか? そして誰のためのものか?

ステークホルダーの中で、先ず社員とその家族の幸せを願い、次に取引先の社員と顧客を大切にする。

そして地域社会の活性化に貢献しつつ社会的評価を高め、収益を上げて配当することで結果的に株主の満足を実現するという順序が、企業活動のあるべき姿であると我々は考えている。

 

このように、従業員に焦点を当てた経営理念から見れば、人員整理は企業の社会的使命の放棄であり、企業が存立する以上、経営者には雇用を守り抜く決意が求められているのではないかと問題提起をした。

 

その後この5年間を振り返れば、ブラック企業がやり玉にあがり、ダイバーシティ経営が叫ばれ、女性の活躍が求められ、年金支給開始年齢との関連で65歳までの雇用が制度化されてきた。

いわば女性とシニアの活躍が少子高齢化時代に必要との認識が広まり、「一億総活躍社会」とのスローガンまで生まれた。

残念ながらまだ社会はこのスローガンのようには変化してきていないが、方向性としては女性や高齢者の雇用は増加、60歳定年は変わらないものの定年再雇用や雇用延長で65歳まで働く人が増えてきた。

 

少しずつではあるが人を大切にする企業が増え、そうした良い会社に対する表彰制度も増えてきた。

2011年には、「日本で一番大切にしたい会社」大賞が公募制となり、2013年には「人を大切にする経営学会」が設立され、経済産業省、文部科学省、厚生労働省等はじめ国としてもこの流れを応援するようになった。

こうした経営理念に基づく企業活動なしに被災地の再生を契機とする新しい社会の創出、更には東北の2050年問題の解決は覚束ないと我々は考えるものである。

 

 

2)社員の成長が企業の成長

よく企業の存立要因として4つの要素があげられる。人、モノ、カネ、情報だ。問題は人もその中の一つとして位置づけるために、人を切ってカネやモノに換えることがリストラと称して行われることである。

人を他の要素と同列におくべきではない。人は三角錐の頂点に位置して底辺のモノ、カネ、情報を活用する役割だ。従って人を切ってはいけない。採用した社員の成長、育成に全力で取り組む。

社員が基礎能力、実務能力、さらにはリーダーとして人間的に成長することで、企業の成長に直接的につながっていく。雇用不安がないことで、社員が会社から大切にされているという実感を持つ。

当事者意識が生まれ、工夫と努力で会社の業績向上に主体的に努める風土が定着する。

 

ある年齢までは日本的年功序列制度も「能力主義」として有効である。その企業独特の仕事の進め方や専門知識、能力を身につける上で、一定の訓練と経験が必要だからである。

社員の成長とモチベーションの向上には、人事制度と評価制度が大きな要素だ。

どのような人事制度、賃金制度であっても、能力評価や基準の透明性が条件である。加えてその制度の運用の結果に納得性が高いことが重要だ。

また「貢献度主義」では、目に見える成果(デジタル的)と目に見えない貢献度(アナログ的)をどのように評価するかが重要である。

 

最後にそれぞれの企業には「不易流行」としての経営理念と事業方針がある。

「不易」の基本的な理念の浸透には、待遇においても「理念主義」が大切である。「企業は人なり」というが、社員の成長があって企業も成長する。

 

このように社員が成長し努力し続けても、思わぬ天災や経営環境の激変のために利益を上げられず、事業の継続が困難になるということもあり得る。

社員が努力しさえすれば企業が存続できるような、時代環境に沿った適切なビジネスモデルや経営戦略の構築はまさに経営者の責任である。経営者は、経営上の問題とその解決は自分自身に、また自社の中にあると考えるべきだ。

自社の問題を常に社外の環境のせいにする「他責」の態度をとる限り、社内のモチベーションは上がらないのである。まさに社長の成長が企業の成長でもある。

 

 

3)進化した日本的経営の推進

ジェームズ・アベグレンが1957年に提唱した「日本的経営」は、終身雇用、年功序列型賃金、企業内労働組合の3要素であった。それから60年近く、我々は「進化した日本的経営」ともいうべきものを提起したい。

 

従来の「日本的経営」では、日本人中心の雇用、待遇は学歴別・年次別・男女別の年功賃金制度であった。

しかし終身雇用はバブル崩壊後にリストラの蔓延で崩れ、年功賃金制度からぎすぎすした成果主義に移行してもモチベーションを高める結果になっていない。

 

新しい日本的経営は基本を生涯雇用におく。採用された人が生涯をかけて成長し、企業は自己実現の舞台となる。ただし自主的に退職するのは自由だ。

採用は、国籍、学歴、性別等を問わず多様な人材を採用する。その結果、人事構成自体がダイバーシティになる。その上で待遇の基本は、フェアな能力主義、貢献度主義、そして経営理念の共有を目指す理念主義だ。

こうした仕組みならグローバルに人財も雇用できる。

 

こうした制度と社風で育った人財は、当事者意識が高くなり自分の能力とその能力を発揮した結果、企業の業績への貢献度を実感することができる。即ち「自己効力感」が極めて高い人財を輩出することにつながる。

「自己効力感」が高い社員が多くなれば、企業風土も変化し上下関係を基本とする組織の階層意識も変わってくる。

「自己効力感」が高い社員は、企業理念を体現し経営戦略を踏まえてしがらみにとらわれずに、自主的に事業の構築、新規開拓、製品やサービスの新規開発などを進めていく。

これが、経営学ではまだ一般的概念ではないが、社会学のいう「自己組織化」だ。

 

自己組織化」のためには4つの条件が必要だ。即ち、

 

①創造力の高い個の営みを優先する。

②揺らぎが新しい秩序をつくる。

③不均衡や混沌を排除しない。

④トップダウンのコントロールを強化しない。

 

そうした組織ではリーダーとメンバーとの関係も上下関係ではなく、相互の信頼(Confidence)、お互いにアピールする(Appeal)、そして「お主やるなあ」という感覚(Respect)、頭文字をとってCARと称する。

組織風土がCARになり自己組織化が進む企業こそ、次の時代の最先端企業となるだろう。我々はこうした考え方を、新しい社会の創出に向けての「企業のあるべき姿」として提言したい。

(提言5 以上)

 

 

◉おわりに

東北大震災半年後の2011年9月にまとめられた提言を5回にわたって連載してきたが、被災地復興に加えて東北の2050年問題を回避し、しなやかな日本の再構築を意図するものとして、震災5年後の現在でもなお有効であることを再確認した。

連載第1回で述べたように、明るい日本の将来像を展望し実現するために、読者の皆様にとっては何らかの問題提起になっただろうか。

 

我々は明治の廃藩置県に対する現代の廃県置州ともいうべき道州制を導入、東北州を創設することで新たな国造りへ向けて社会変革の意思を鮮明に示し、安心して暮らせる人生を保障するセーフティネットの基礎となる社会保障個人番号制を提唱した。

このシステムは日本国民としての個人を認証する機能を持ち、それによって国民一人一人がより直接的に国のあるべき姿、進む方向などに関与する市民参加型民主制の実現を可能にするものである。

そこでは、現代という時代を牽引するIT技術が、その技術的裏付けを提供する。

 

IT技術の進化は「総合知」を、その発展は「創造知」さえ実現する。

日本人には特有の真面目さや仕事に向かう勤勉な態度、約束を守る律儀さや誠実さに裏打ちされた責任感、モノづくり大国としての技術、リーダーシップ、気概がある。

我々は、それをネットワーク上で発信していくべきであるとの信念で、サービス・プラットフォームの構築を提案した。

この応用範囲は広く、極めて付加価値の高い独創的なアイディア、技術、製品を生み出す仕組みとして未来志向型の産業創出を可能にし、あるいは斬新な発想とそれを実現するアイディアや技術的解決策を世界中から募り、

モノづくり大国としてのリーダーシップを発揮する場の創設も可能であることを例示した。

 

そのような社会システム実現のためには、通信や電力などの基礎的インフラの重要性は自明であるが、我々は、原発比率を20%とする前提を掲げている政府の電力エネルギー政策は見直すべきで、

原発に代わる再生可能エネルギーによるスマート・エネルギー社会を、また、その実現の道筋として大震災の被災地を新電力エネルギー推進特区とする方策を提唱した。

 

このようにして再生した東北に住む人々、そこに育ち、帰郷し、あるいは転入して生活していく人々は、自主・自立の気概に溢れ、それでいて連帯意識が強く、人に優しく利他の精神に満ちた社会を発展させて行くことになるだろう。

個人も家族も、学校や仕事も会社も、豊かな自然環境の中でゆったりと共生している。そこには生活への不安のない上質な地方暮らしがあり、大都会に出なければ豊かな生活は出来ないというパターンと決別するものだ。

 

〝元に戻すだけではない、新しい社会を築くのだ〟という問題意識で我々が提言したことは、望ましい日本の未来像の基礎になるものと考えている。

 

オビ コラム

◎南山会

故田中清玄氏の薦めにより1982年に日本国内のみならず世界の情勢に関して討議と情報交換を行うことを目的に設立された会。活動としては、講師を招き時代の動きに合わせたテーマによる研究会、自由討論会を行う例会ほか、分科会活動として気仙沼の水産加工業の復興支援、インドネシア・ロンボク島沿海村落の再生可能エネルギーによる水産加工業の支援などを行っている。

今回の提言は、川村武雄(提言1、2)、斎藤彰夫(提言3)、田中俊太郎・南山会前代表(提言4)、近藤宜之(提言5)の4人の会員によって取り纏められたものである。現在の会長は筒井潔。

◎執筆者プロフィール

川村武雄

川村武雄(かわむら・たけお)…慶応義塾大学工学部卒業後、大成建設入社、中近東、東南アジア、米国などで建設工事に従事。その後、半導体製造装置メーカー米国現地法人GMを務め、現在、米国在住。

 

齋藤彰夫

齋藤彰夫(さいとう・あきお)…慶応義塾大学工学部卒業後、日立入社、通信機器海外事業企画、輸出営業、国際情報通信システムのプロジェクトマネジメントに従事。その後、欧米通信関連企業日本法人代表等を務め、現在、海外企業の日本参入支援ビジネスコンサルタント。

 

田中俊太郎

田中俊太郎(たなか・しゅんたろう)…南山会前代表。 慶応義塾大学工学部卒。東芝に入社、発電制御システム、自動化システム、電力系統情報制御システム開発に従事、産業システムソリューション事業、カーエレクトロニクス事業などの事業企画、経営に参画。南山会の代表を設立より33年間務める。

 

 

近藤宣之

近藤宣之(こんどう・のぶゆき)…慶応義塾大学工学部卒業後、日本電子株式会社に入社。現在、株式会社日本レーザー代表取締役社長。経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等からの企業経営の表彰多数有り。著書に「ビジネスマンの君に伝えたい40のこと」(あさ出版)、共著書に「トップが綴る わが人生の師」(PHP出版)、「『わが[志]を語る』~トップが綴る仕事の原点・未来の夢~」(PHP出版)、「『トップが綴る人生感動の瞬間』~心が震えた出会い~」(PHP出版)、「『お客様やパートナーとの共存共栄の実現』~グローバルに通用する進化した日本的経営~」(企業家ミュージアム)などがある。(BigLife21ホームページにて「近藤宣之」で検索)

 

 

◆2016年9月号の記事より◆

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