南山会からの提言『東日本大震災以後 ─ 新しい社会の創出へ向けて5年前の復興提言を検証する〈3〉』
南山会からの提言『東日本大震災以後 ─ 新しい社会の創出へ向けて5年前の復興提言を検証する〈3〉』
◆文責:南山会
本シリーズは、東日本大震災の被災地再建は「単なる復旧・復興ではなく、この大災害を機に新しい社会を創出しなければならない」という意識で、大震災半年後にまとめられた5つの提言を再検証する試みである。
それは、被災地の再建を推進しつつ、そこで画期的な新機軸の社会的変革を試行し、その効果を見極めながらそれを日本全体に拡大適用していこうという考え方を基本にしている。今回はその3つ目の提言である。
【提言3】ITがもたらす総合知を活用 ─ 活力ある社会への挑戦
ITバブルの崩壊で明けた21世紀であるが、IT(情報通信技術を意味するICTを含む)の進歩は止まるところを知らない。
それが真価を発揮するには、通信インフラが欠かせないが、東日本大震災で壊滅的被害を蒙った通信設備も、電話や光回線等、基本部分は僅か2カ月足らずで復旧した。今後の復興過程では、更に堅牢で高機能な通信インフラが整備されていくに違いない。
ITで様々なものが繋がるネットワーク、そこには、膨大な情報、知恵、多様な文化を持つ人々が存在する。今後、ネット上を行き交い蓄積される情報量は急増するだろう。
そして、個々の情報間の相互作用や情報解析技術の進化は、ネットワークなればこそ起こし得る時空を超えた「知」の衝突や融合により革新的な「総合知」を生み出し、新製品等ものづくりのみならず人の流れや働き方、社会構造をも変革し得る。
我国発展の源泉は、優れた人的資源と豊かな技術力である。ITネットワークは、そのパワーを増幅し日本国民が活躍する場を提供してくれる。
日本人の特質とされる高い受容性と応用能力に、東北人独特の粘り強さが相まって、ITを高度かつ広範囲に適用すれば、復興した被災地東北は以前より遥かに強くなり、世界的なモデルケースになり得ると考えられる。
我々はそのように考え、ここにITがもたらす総合知を活用する為の基盤開発とその実証実験の実施を提言したい。
最新ITの活用が被災地復興・強化の一助となり、未来志向の産業のあり方を確立、魅力ある雇用を創出し大都市へ流出した労働人口を呼び戻し、新しい社会の創出を可能にする。
それを範として我国全体に拡大適用すれば、活力に溢れ国際的な競争力と影響力のある国づくりにつながるであろう。
IT活用による東北発の新たな国づくりの姿を、〝ネット上に築かれたサービス・プラットフォーム〟をビジネスに活用した近未来の寸描で二例ほど見てみよう。
1.連携するものづくり中小企業
2012年3月11日、東日本大震災の一周年慰霊祭が行われたその日、東北ビジネス・サービス・プラットフォーム(BSP)は誕生した。BSPは、東日本大震災の復興基本方針が具体化される過程で設立された、被災地の中小ものづくり企業再建の切り札で、未来志向のビジネス基盤である。
東北州の民間企業群が65%、州や自治体等の行政機関が35%を出資、5年後の100%民営化を前提とする。アプリケーションは、東北州内産学協同で開発された。BSPの運営が軌道に乗った2015年時点で、州内ものづくり中小企業群、大学、公益法人等、約1000法人が参加している。
BSPを通じて様々な企業がプロジェクト毎に入れ替わり、そのネットワーク上の総合知を活用し柔軟に協業しつつ、顧客要求に応え、或いは新規市場を創造するような斬新なアイディア、技術、製品を生み出し続けている。幅広く層の厚いものづくり中小企業群が中核をなす日本なればこそ出来る仕組みだ。
この形態は、日本全国に広がりをみせつつあり、我国の中小ものづくり企業群の国際競争力強化に大きく貢献しつつある。
2015年のある日、BSPに参加する宮城県仙台市のロボット技術専門商社A社のパソコンにビデオメッセージが届く。欧州の医療・リハビリセンターMからだ。
相手は英語で話すが此方には、英語による文章と共に日本語の音声が伝わる。BSPサーバーが90%の精度で音声を自動翻訳してくれるからだ。
Mの依頼は、肢体不自由者が他人の手を借りずに移動するための介助ロボットを作ってほしいとのこと。つまり、ベッドに横たわっている人の意思に沿い、その体を起こし望みの場所へ運ぶロボットを、音声か脳波で制御することが必要だ。
A社は、BSP参加メンバーの中でMの依頼に関心を示しそうな企業や大学、研究機関に打診、10数組が手を挙げた。A社は、早速手を挙げた総ての組織に、BSP上でMの求める製品の概略仕様説明を行った。
BSP上ではテレビ電話会議、ホワイトボード、マルチタッチスクリーン等様々な機能を使えるので実際の会議と殆ど違いは無い。説明を終え、その後10法人の参加を確認、その中には脳波による機械制御接続技術(BMI:ブレイン・マシン・インターフェイス)を有するR社も入っている。
A社は、開発・製造プロジェクトチームの取り纏め役と、提案書の作成を行うことになる。
数週間後、A社が纏めた提案書をMに提出。ベッドから人を車椅子に乗せるまでを人型ロボットに、移動は自動式車椅子を使うという安全性への配慮と、ロボットと車椅子の制御に音声とBMIの双方を装備したきめ細やかな提案は高く評価された。いよいよ新型介助ロボットの製作開始である。
開発、試作、本格製造、検査などの全体工程管理は、BSP上のプロジェクト管理センターで行われ、進捗状況は発注者を含み逐次総ての参加企業に公開される。
紆余曲折を経て半年後、音声・脳波制御による人型介助ロボットと自動式車椅子10台が無事Mに納入された。可愛い形の力持ち人型ロボット、軽量、頑丈で美しい形と色の車椅子は日本のものづくりの真骨頂。Mが絶賛したのは云うまでもない。
このプロジェクトに参加した企業や法人は、必要に応じて直接会う事はあるが、通常業務はBSP上で協議・協業を重ねてプロジェクトを進めてきた。Mによる試作品評価など、顧客を交えた全体会議も同時通訳機能の備わるBSP上で行われた。
東北BSPは、近く東北州外や海外のものづくり中小企業の参加も呼びかけて行くという。10年後には、世界をリードするものづくりのテクニカル・センターになっているだろう。
2.「創造知」の発信基地
〝東北州を世界のイノベーション基地に〟を合言葉に、州内産学連合を核にして始まった東北イノベーション・サービス・プラットフォーム(ISP)、そこは常に新しい技術、ビジネスのアイディアが飛び交う「創造知」の舞台である。
簡単な会員登録で世界中の誰もが参加できる。共通言語は英語だが、日本語で入力或いは会話をしてもISP上の〝通訳〟が英語に翻訳してくれる。
プラットフォーム上の特別会議室では、気の合う仲間が新技術による事業計画を練っている。毎年春秋二回、仙台で開催される「新技術コンテスト」で優勝を狙っているらしい。
2016年4月半ば過ぎ、仙台国際センターの大ホールで行われている「新技術コンテスト」の最終選考会、1000席は総て埋まり、会場内は熱気に溢れている。ISPを通じて世界から寄せられた独創的なアイディアが、ISP上での二度にわたる予選を勝ち抜き、今30組が優勝を競う。
審査員も国際色豊か、地元の大学教授、内外のベンチャー・キャピタリスト、大手企業研究所長など多彩だ。
持ち時間15分のプレゼンテーション、所定の30組が終わりいよいよ最終選考結果の発表、その様子はISP上で同時中継されていて世界中どこからでもパソコンや携帯端末で観戦可能である。
最優秀賞は、読み書き聞き話し、そして検索・学習もする人工知能ロボット、音声は限りなく肉声に近い。介護用、受付案内用、情報検索や読書支援等々、応用範囲はかなり広そうだ。
準優勝を含む10位まで優秀賞が発表された。他の20組には順位はつかず、一律にISP入選組として登録される。後に、上位10組までは、ほぼ自動的に複数のベンチャー・キャピタリスト等から、事業化までに必要な資金と人的支援が約束される。
当日のプレゼンテーションの模様は、総てISP上のアーカイブスに残されるので、他の入選20組も後日様々な企業からの協業の申し入れや商品化支援などを受けやすい。2015年春から始まった催しだが、創造知の発信基地として世界的な地位を確立して行くものと期待される。
3.知の結集により新たな時代へ
以上は、サービス・プラットフォーム(SP)が支える新しい産業構造と「総合知」の集積に関する近未来の寸描である。個人の生活にかかわる医療分野も、SPにより患者は時間と空間の制約から解放される。
例えば、病歴やカルテ情報等、医療に必要な総ての情報が保管され、そこへ医療機関や薬局などが繋がる医療プラットフォームは、遠隔医療を、換言すればネットを介してかかりつけ医の診断を受けることを可能にする。
他にも様々な活用法が考えられるが、SPの有する可能性や応用範囲は極めて広いと言える。
1990年以降、「失われた20年」と言われているが、それは日本が新たな時代を形成する為に必要な歳月であり、次の時代に向けた「総合知」を生み出す「知」を育んできた期間であったと考えたい。
東日本大震災の復興を契機に、被災地を中心にその「総合知」を用い、SPにより未来志向的に再建し、それが新たな発展へ向かうエンジンになり得ると考える。東北州は、IT活用による日本活性化モデルとなるのである。
SPの裾野は被災地から東北州全域へ広がり、更に我国全体をその領域に巻き込んで、新しい社会の創出へ繋がっていくことになるだろう。(提言3 以上)
◎南山会
故田中清玄氏の薦めにより1982年に日本国内のみならず世界の情勢に関して討議と情報交換を行うことを目的に設立された会。活動としては、講師を招き時代の動きに合わせたテーマによる研究会、自由討論会を行う例会ほか、分科会活動として気仙沼の水産加工業の復興支援、インドネシア・ロンボク島沿海村落の再生可能エネルギーによる水産加工業の支援などを行っている。
今回の提言は、川村武雄(提言1、2)、斎藤彰夫(提言3)、田中俊太郎・南山会前代表(提言4)、近藤宜之(提言5)の4人の会員によって取り纏められたものである。現在の会長は筒井潔。
◎執筆者プロフィール
川村武雄(かわむら・たけお)…慶応義塾大学工学部卒業後、大成建設入社、中近東、東南アジア、米国などで建設工事に従事。その後、半導体製造装置メーカー米国現地法人GMを務め、現在、米国在住。
齋藤彰夫(さいとう・あきお)…慶応義塾大学工学部卒業後、日立入社、通信機器海外事業企画、輸出営業、国際情報通信システムのプロジェクトマネジメントに従事。その後、欧米通信関連企業日本法人代表等を務め、現在、海外企業の日本参入支援ビジネスコンサルタント。
田中俊太郎(たなか・しゅんたろう)…南山会前代表。 慶応義塾大学工学部卒。東芝に入社、発電制御システム、自動化システム、電力系統情報制御システム開発に従事、産業システムソリューション事業、カーエレクトロニクス事業などの事業企画、経営に参画。南山会の代表を設立より33年間務める。
近藤宣之(こんどう・のぶゆき)…慶応義塾大学工学部卒業後、日本電子株式会社に入社。現在、株式会社日本レーザー代表取締役社長。経済産業省、厚生労働省、東京商工会議所等からの企業経営の表彰多数有り。著書に「ビジネスマンの君に伝えたい40のこと」(あさ出版)、共著書に「トップが綴る わが人生の師」(PHP出版)、「『わが[志]を語る』~トップが綴る仕事の原点・未来の夢~」(PHP出版)、「『トップが綴る人生感動の瞬間』~心が震えた出会い~」(PHP出版)、「『お客様やパートナーとの共存共栄の実現』~グローバルに通用する進化した日本的経営~」(企業家ミュージアム)などがある。(BigLife21ホームページにて「近藤宣之」で検索)
◆2016年7月号の記事より◆
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