新しい不正競争防止法(不競法の改正)
【賢者に学べ】
新しい不正競争防止法(不競法の改正)
◆文:西郷国際特許事務所 所長/弁理士 西郷義美
電気が無ければ、この世の中は1日として回らない。電気自動車、冷蔵庫、洗濯機などの家電、しかりである。これらには、モーター、発電機、トランス等が使われている。これらモーターなどには、鉄心に細い銅線のコイルが巻かれ、電気を磁力に変えたり、その逆が行われている。
さてここでだが、このとき電気のエネルギーは全てが磁気に変換されるわけでは無い。ロスが生ずる。磁気が電気機器の鉄心を通るとき、鉄心は抵抗により発熱し、電力エネルギーのロス(電力ロス)、つまり「鉄損」が生じる。効率の良い鉄心用の「鉄」が求められるゆえんである。
この要求に応え、出現したのが、電磁鋼板である。電磁鋼板は、電気と磁気エネルギーの交換を効率的に行う鋼板で、新日鉄の電磁鋼板開発の挑戦は、「鉄損との戦い」の歴史であった。新日鉄は、電磁鋼板に数十年の研究開発と数百億円を投資した。
電磁鋼板は大きく2種類に分けられる。方向性電磁鋼板はトランスなどの用途向き、無方向性電磁鋼板は回転機などの用途に適している。新日鉄は現在、方向性電磁鋼板、無方向性電磁鋼板の高品位のものを有し、あらゆるニーズに対応するバリエーションを擁し、世界最大のシェアを誇っている。
ところが、あるときから韓国のポスコがこの電磁鋼板を売り出し始めた。おかしいぞ。できるはずが無い。ポスコの製品開発を疑った。が、しっぽを出さない。
だがあるとき、偶然から事は明るみにでた。経緯はこうだ。ポスコは元社員を中国企業の産業スパイだとして韓国の裁判所に訴えていた。電磁鋼板の技術を漏らしたとしてである。裁判で、ポスコの元社員は苦し紛れに、情報漏洩した技術は、2007年に韓国のポスコが日本の新日鉄から盗んだ技術であると証言したのである。これで、勝負あったとなった。ポスコの産業スパイが、新日鉄にばれた瞬間である。いまも、日本の新技術を狙って、外国の産業スパイが日本研究所支所の研究員と称し、日本に大量に送り込まれている。十分注意する必要がある。
このポスコ事件以外にも、同様の営業秘密侵害事件があった。ベネッセコーポレーションの顧客情報の窃盗事件や、東芝のフラッシュメモリの研究データを韓国のハイニクスに漏らした事件である。
このような事件を律するのが、不正競争防止法(不競法)である。
つまり、不競法とは、事業者と事業者の間での不正な競争行為を防止するための法律である。
例えば、不正な方法で他社の営業秘密を取得するなどが、不正競争である。ここでの営業秘密とは、機密管理している「製造ノウハウ」「設計図」「販売マニュアル」「研究開発データ」などである。
しかし、今までの不競法は古すぎた。そこで改正があった。新たに判明したいろいろな不備を補うためである。
つまり、上述ポスコ事件のように、ITの進化やビジネス環境の変化で、営業秘密の漏洩が深刻化し、また漏洩の影響も大きいからである。
そこで、処罰対象となる行為の範囲を拡大し、かつ罰則を強化した。
●法改正の内容
【対象範囲の拡大】
1、未遂行為も処罰。営業秘密の取得等の未遂行為(改正前…未遂処罰規定なし)。
2、転得者も処罰。不正に取得・開示されたものと知りながら、転売等されてきた営業秘密の使用や転売等(改正前…転得者の処罰規定無し)。
3、日本国外保管の営業秘密も保護。海外のサーバーに保管された情報の不正取得(クラウドなどの出現で。改正前…国内管理分のみ)。
【罰則の強化】
1、懲役:10年以下、罰金…個人2千万円以下(改正前…1千万円以下)、法人5億円以下(改正前…3億円以下)(海外での使用などは、より厳しい罰金刑)。
2、不当な収益・報酬の没収(改正前…没収規定なし)。
【違法生産物などの規制強化】
営業秘密を侵害して生産された物品の譲渡・輸出入等に対して、損害賠償・差止請求・刑事罰が可能。
【立証責任の転換】
営業秘密侵害の訴訟では、加害者(被告)が当該秘密の不使用を立証する責任に。被害者(原告)の立証責任が軽減(改正前…立証責任は被害者に)。
【営業秘密侵害罪の非親告罪化】
以上のように、不競法の網は緻密になった。
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うちの会社には盗られるようなモノは無い、と言って安心しないで頂きたい。うまい話があり、それにうっかり乗ると、逆に他人の営業秘密を使うことになるかもしれない。そうすれば、改正法で新設された転得者として処罰される危険が生ずる。
知識は力なり、である。自身の安全を守るのは知財力「知財IQ」である。
(改正不競法は、平成28年1月1日施行された)
●筆者プロフィール/西郷義美
1969年 大同大学工学部機械工学科卒業
1969年-1975年 Omark Japan Inc.(米国日本支社)
1975年-1977年 祐川国際特許事務所
1976年10月 西郷国際特許事務所を創設、現在に至る。
《公 職》
2008年4月-2009年3月
弁理士会副会長(国際活動部門総監)
《資 格》
1975年 弁理士国家試験合格(登録第8005号)
2003年 特定侵害訴訟代理試験合格、訴訟代理資格登録。
《著 作》
『サービスマーク入門』(商標関連書籍/発明協会刊)
『「知財 IQ」をみがけ』(特許関連書籍/日刊工業新聞社刊)
●西郷国際特許事務所(創業1975年)
所長 弁理士/西郷義美 副所長 技術/西郷竹義
行政書士/西郷義光
弁護士・弁理士 西郷直子(顧問)
事務所員 他7名(全10名)
〈お茶の水事務所〉
東京都千代田区神田小川町2-8 西郷特許ビル
TEL 03-3292-4411 FAX 03-3292-4414
〈吉祥寺事務所〉
東京都武蔵野市吉祥寺東町3-23-3
TEL 0422-21-0426 FAX 0422-21-8735
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◆2016年2・3月号の記事より◆