オビ 世界戦略レポート

中国企業との主戦場、日本企業はインドネシアでこう勝つ!

◆文責:海野世界戦略研究所

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[海野世界戦略研究所の視点]

◉インドネシアは2.3億人の人口を抱える、ASEANで最大のマーケットである。
◉インドネシア社会は数多くの課題を抱えているが、2014年に大統領に就任したジョコ・ウィドドによって、良い方向への変化が既に始まっている。
◉インドネシアには、これまで日本企業が現地での実績を上げてきているが、近年では多くの中国企業がスピードとコスト及び、東南アジア全体に張り巡らされた華人ネットワークの優位性を活かし深く入り込んできている。
◉日本企業は、インドネシア市場を中国企業との主戦場として捉え、中国企業に対する勝ちパターンを構築することで、他のグローバル市場での競争優位性を身に付けることができるようになる。

 

ASEAN最大のマーケット

インドネシアは2億3千万人以上の人口を抱えるASEAN最大のマーケットであるが、人口の多さだけでなく豊富な天然資源や成長するASEANの中でも特に高い経済成長率と安定した成長を継続していること、などもインドネシアマーケットの魅力となっている。

インドネシアと日本との経済的な関係も深く、インドネシアにとって日本は最大の輸出相手国であるだけでなく、インドネシアの輸入相手国としても日本は3位となっている。更に、2012年の実績として日本からインドネシアへの投資は2500億円に上っていて、具体的な投資分野としては、天然資源開発や化学などで特に大きな実績がある。また、2014年に国際協力銀行が日本企業を対象に行ったアンケートでは、海外進出したい国として、中国を抜いてインドネシアが1位となっており、単純に見れば相思相愛に近い状態であると見ることができる。

 

こうした数々の魅力の一方で、インドネシアを海外マーケットの一つとして見た場合の課題も多い。特に大きな課題は、ソフト・ハード両面でのインフラ整備の遅れである。ハード的なインフラ整備の遅れとしては、道路をはじめとした交通インフラの整備が遅れており、他の東南アジア諸国の大都市と同様に首都のジャカルタは慢性的な交通渋滞に悩まされている。電力の供給や通信環境も安定していない。

また、ソフト面では、ビジネス関連の法体系や知財保護などの諸制度の整備も遅れている状況である。また、賄賂などの不正も、いまだに横行している。さらに、インドネシア国民の約半数が1日2ドル以下での生活を強いられる貧困ライン以下にあることや、他の成長国同様に、経済成長による格差の拡大により、国内の分離独立運動の高まりなど治安面での不安も抱えている。

 

 

新しい社会への胎動

そうした中で、インドネシアでは2014年に新しい大統領であるジョコ・ウィドド大統領が誕生した。ジョコ・ウィドド大統領は、それまでの歴代の大統領とは大きく異なる大統領で、インドネシアが抱える数多くの問題を一つ一つ解決しようとしている。

その手法は独特で、自分自身が直接現地に赴き、現場を視察する。その視察の仕方も、アポイントなしで現地に向かい、そこに住む人たちや働く人たちと直接会話をすることで、問題点の識別と課題解決の糸口を探る、というものである。

ジョコ・ウィドドのこうした手法は、2005年に就任したスカラルタ市長以来のもので、スカラルタ市だけでなく、その後の2012年に就任したジャカルタ特別州知事の時代にも大きな実績を挙げている。このやり方は、大統領になった今でも変わることなく続けられており、そうしたことからも国民からの評価も非常に高い。ジョコ・ウィドドを支持していることを示すためにジョコ・ウィドドと同じ髪型にすることがジャカルタで流行しており、そうした人たちはジョコビーと呼ばれている。

 

ジョコ・ウィドドの政策の力点は、市長時代から、腐敗・汚職の撲滅やスラムの解消、教育などであるが、こうした政策は、ジョコ・ウィドドが文字通りの貧困家庭に育った中で母親が息子の教育に熱心で、特に道徳教育に熱心に取り組んだため、と言われている。

 

ジョコ・ウィドドの政策は、大統領になった今でも近視眼的で国内問題ばかりにのみ興味が向いていると批判されることもあるが、市長時代から続けているこの政策実現手法は確実に且つ大きな実績を挙げてきており、特に教育とインフラの整備、スラムの再開発については今後も国全体での大きな成果が期待されている。

元々、インドネシアはイスラム教国ということもあり、国民は全般に教育には熱心で、また元来は真面目な国民性とされる。長年に渡る過去の植民地支配による悪影響やその後の独立戦争とそれに続く国内の混乱を引き摺り続けているとの見方もあるが、ジョコ・ウィドドの一連の政策によりインドネシアの良いポテンシャルが今後顕出するようになる可能性は高いと考えられる。

 

 

中国企業の動き

こうしたインドネシアに対して、日本以外の諸外国も熱い視線を注いでおり、それは近年躍進が目覚ましい中国企業も同様である。

インドネシアは、独立当初から非同盟・中立が外交方針となっており、非同盟諸国首脳会議の開催国になったこともある。その方針は一貫していて、過去には1963年のマレーシアの独立に際してはイギリスの植民地主義に反対して軍事侵攻を行い国連を脱退した時期もある(翌年に再加盟)。

また、今日に至るまで、いずれの国とも軍事同盟を締結せず、また外国軍のインドネシア国内への駐留も一切認めていない。

 

インドネシアと日本は過去から良好な関係を構築し維持してきているが、インドネシアの非同盟・積極主義は逆に西側諸国だけでなく、非西側諸国ともその時々の状況に応じて積極的に関係を構築してきている。

中国とは、1960年代から関係を構築している。現在、中国はインドネシアにとって輸出相手国2位、輸入相手国1位であり、経済的な結び付きも強い。また、インドネシアは、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設メンバー国の一つとなっている。

こうした中で、中国企業は、インドネシアの資源開発やインフラ整備などの分野で日本企業をコストと規模、それと意思決定スピードで圧倒的に凌駕し、インドネシア国内でのビジネスを急速に拡大させている。

 

中国企業の強みは、第一には圧倒的な低コストやビジネス展開のスピードである。また、相手国の政治制度や体制に拘らずに投資や支援を進める政府のバックアップを受けてビジネスを展開することも中国企業の強みとなっている。

更に、中国企業は、東南アジアでの華僑ネットワーク、所謂バンブーネットワーク(Bamboo Network)を活かし、インドネシア国内のビジネスに食い込んでいる。バンブーネットワークとは、在外華僑だけでなく中国国内も含めた華人のビジネスネットワークで、血縁がその基本構造にあるが、ビジネス展開における価値観を共有しているため、ビジネス展開や投資に関して思い切った意思決定が可能で、意思決定後の実施のスピードも桁違いに早いと言われている。

例えば、競合相手の半分の金額で受注した道路整備プロジェクトに関し、当初10カ月程度の期間が掛かると見込まれていたものを2カ月で納めた、といった具合である。

 

 

 

日本企業と中国企業の真っ向勝負

インドネシアに於いて、過去から関係を構築しビジネスを展開してきた日本企業と、自らの強みを活かして怒涛のような勢いで市場を席巻する中国企業は真っ向勝負の様相を呈している。

前述したような中国企業の強みは、各種装置業やインフラなどの建設業で特に発揮されやすいが、インフラ整備を急ぐインドネシア側の要件とこうした中国企業の強みが上手く噛み合う場面も多く、中国企業がインドネシアでビジネスを拡大する背景となっている。

 

一方、日本企業は、政府のODAを通じて現地の有力者との関係構築を行ってきたが、ハード面のみならず、社会治安の向上や各種法整備などソフト面での支援を進めてきた実績がある。また、日本企業の実施する事業は、その品質の高さに定評があるばかりでなく、インフラ整備などの後のメンテナンス性の高さや保守などの技術指導までをきちんと請け負う、という点でも評価が高い。

こうしたそれぞれの特徴を活かし、日本企業と中国企業は、インドネシアに於いて自らのビジネス拡大に邁進し、火花を散らし合っているのである。

 

 

 

日本企業は優位性を発揮できるか?

日本にとって、インドネシアでは不利な条件もある。その一つが、太平洋戦争に関する所謂歴史認識問題で、日本のイメージが悪いことである。日本人の方はあまり意識していないかもしれないが、太平洋戦争時の戦後処理について、日本人の半数近く(48%)は既に十分な謝罪を済ませていると認識しているが、インドネシアでは4分の1強(29%)の国民しか日本が十分な謝罪を行ったと考えていない。

また、日本の軍政下での訓練とインドネシア独立戦争に対する日本の元軍人の参加などにより日本はインドネシアの独立に貢献したと日本人の間では認識されているが、こうしたことはインドネシア国内ではあまり認識されていない。歴史認識自体がビジネス展開の大きな障害に直接的になることは無いにしても、双方の歴史認識のギャップがビジネスの場での深い関係構築に障害となることはあり得る。

また、各種のインフラ整備を急ぐインドネシアに対して、意思決定に時間が掛かることや仮説に則った大胆な提案をすることなども日本企業にとっては苦手な事項である。

 

一方で、品質もさることながら、長い時間を掛けて関係を構築し、間違いのないスペックと手順でプロジェクトを納める、というのは日本企業の得意とするところである。

インドネシアで日本企業が今後ビジネスを拡大させるためには、こうした自らの強みが活かせる場面を自らで作り出す必要がある。低コストで急いで実施する必要があるプロジェクトでは、どうしても中国企業に分があることになる。

そうした中国企業を相手にするとなると、事業やサービスに関する考え方の深いレベルでの摺合せや相手側の内部調整などへの支援などもできるように事前の仕込みや関係構築に十分な時間を掛けられるようにするために、早い段階での情報収集を十分に行い、戦略を練り込んでゆくことを常に心掛けることが、日本企業が自らの強みを活かすために必要なことになる。

 

こうした、自らの強みを活かせる状況を自ら作り出す、という考え方や行動原理を身に付けることは、インドネシア市場だけでなく、他の海外市場でも席巻する中国企業と伍して且つ、勝つために必要なことである。そうした意味では、インドネシアで中国企業と争う中で日本企業の競争優位を確立することは、海外市場全体で日本企業が強みを発揮してゆくために必要なことなのだと言える。

 

オビ コラム

【文 責】佐々木宏

海野世界戦略研究所について

海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)は独立系のシンクタンクで、日本企業のグローバル化と日本社会の国際関係構築を目指した戦略的なオピニオン・アクションリーダーとなることをミッションとしている。

主な業務は、

①情報提供事業:世界情勢に関するインテリジェンス、そのインテリジェンスに基づく戦略の国内外の個人または組織への提供

②組織間のコミュニケーション促進及び利害調整代行業

を展開する会社である。

URL: http://www.unnoinstitute.com
株式会社海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)

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代表取締役会長 筒井潔(つつい・きよし)…慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。合同会社創光技術事務所所長。

 

 

 

 

海野恵一氏

代表取締役社長 海野恵一(うんの・けいいち)…東京大学経済学部卒業。アクセンチュア株式会社元代表取締役。スウィングバイ株式会社、代表取締役社長。

 

 

 

佐々木宏氏

代表取締役副社長 佐々木 宏(ささき・ひろし) …早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。株式会社テリーズ代表取締役。

 

 

 

 

海野塾

グローバルな世界で真に活躍できる人材を育成するための教育プログラムで、講義は英語を中心に行われる。グローバル化する複雑な世界を理解するだけでなく、その中で主体的にリーダーシップを発揮できる人材の養成が、海野塾の主眼である。

海野塾は、毎週末に個人向けに開催されているものの他に、個別企業向けにアレンジした研修プログラムも提供されている。

問合せ先:event-s@swingby.jp 担当:劉(りゅう)

 

2015年6月号の記事より
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