オビ 世界戦略レポート

大胆シナリオ:このようにして北方四島は返還される

◆文責:佐々木宏
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CC0 Public Domain

 

◉原油価格の下落傾向が長期化する様相が強くなる一方で、ウクライナ問題の解決の糸口が見つけられず、ロシアは窮地に立たされている。
◉今のままで行くと、プーチン政権は約6カ月程度しか持たないと考えられる。
◉その解決策の一つとして、北方領土の返還と樺太・カムチャッカ・シベリアの開発権をセットにしてロシアは日本に提案をすることになるだろう。
◉北方領土は無償返還、樺太・カムチャッカ・シベリアの開発権は日本政府保証付きの民間開発、という形をとることになると予想される。
◉その際の仲介役はドイツで、既にこの動きは始まっている。

 ■原油価格の推移とロシアの誤算

1バレル当り100ドル程度だった原油価格が昨年後半から下落を始めたが、その傾向は年明けになっても続いており、現在では1バレル40ドル近辺で推移している。ロシアのプーチン大統領は、当初、原油価格下落は一時的なもので、すぐに価格は元に戻る、という見解を示していた。しかしながら、これはロシア大統領府が冷静に状況を分析して導き出した予測というよりも、資源輸出が歳入の約半分を占めるロシアのプーチン大統領の個人的な希望との見方もあった。

原油価格が仮に少し持ち直して1バレル50ドルになったとしても、ロシアの歳入は3兆ルーブル(約5.5兆円)減少することになる。これは、ロシアが3カ年計画としていた2014年度の歳入予算である約14兆ルーブルの2割以上に当たる額である。

プーチン大統領は、こうした流れを受けて5%の歳出削減を指示していたが、原油価格の下落傾向に歯止めがかからないために削減額が足りず、ロシアのシルアノフ財務相が政府がさらなる緊縮財政に取り組む必要があるとして、プーチン大統領が指示した削減率5%の倍に当たる10%の歳出削減の実施をロシア政府内で提案した、と伝えられている。

就任以来、資源輸出での歳入増加による好調な経済を背景に10年間以上に渡って高い支持率を得てきたプーチン大統領は苦境に立たされている。

原油価格が下落を始めた当初、2015年の夏までに原油価格が100ドルレベルまで戻らなければロシア経済は破綻する、と言われていたが、それが現実味を帯びてきている状況であると言える。

 

■中国マネーとロシア

こうした状況で、ロシアが取り得るべき方策として、まず第一に挙げられるのがウクライナ問題の解決による経済制裁の解除である。当初、経済制裁の効果(ロシアにとっては影響)は限定的との見方もあったが、実際に経済制裁が発動されると、1000億ドル超の資金がロシア国外に流出する事態となり、これを受けてルーブルが下落を始め、ロシアの中央銀行は、それを防ぐために大幅な金利引き上げを行なわざるを得なくなった。

一方で、ロシアは、ウクライナに住むロシア系住民の意思を尊重する、という当初からの立場を今更変える訳にもいかず、ウクライナ問題に関わる経済制裁解決への糸口が全く掴めない状況となっている。

 

それとは別に、ロシアは、2015年4月にアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を決定した。ロシアはシベリアや樺太・カムチャッカなどの資源エリアの開発に手が付けられずにおり、中国主導のインフラ投資銀行であるAIIBを通して国内にインフラ投資を呼び込みたい意向であると考えられる。これは、手付かずの資源が残るロシアにとっては、現実味のある打ち手であると考えられる。

しかし、ロシアは中国との間で国境問題を抱えており、また、すでに着手しているシベリア南部の開発エリアに大量の中国人労働者が押し寄せ、一部地域が事実上、中国化しはじめているという問題も抱えている。現在の国内外の経済状況からして年々成長する中国マネーは喉から手が出るほど欲しいが、一方で、経済問題を皮切りにしてロシアに対する中国の影響力が大きくなるのはどうしても避けたい、という相反する意向にロシア自身悩んでいる。

 

■水面下の動き

ところで、先日、ドイツのメルケル首相が来日した。7年ぶりに来日した割には来日の目的も成果も、いま一つはっきりしない来日であったとの印象が残るが、この時期に多忙を押して来日したメルケル首相と安倍首相の間では、実際には重要で多くのテーマに関して意見が交わされたものと考えられる。

その一つが、ロシアの経済支援問題である。

ドイツは、ロシアに対して大量の借款を与えており、それが焦げ付くのはドイツとしても避けたい。とは言え、一方でEUの一員としてウクライナ問題でロシアに経済制裁を与えているため、ドイツが表立ってロシアに対して経済支援を行うことは当然できない。そのため、ロシアの意向をドイツが受ける形をとり、今回のメルケル首相の訪日で、日本に対してロシアの意向を伝えに来た、と考えられる。

 

メルケル首相の携帯電話がアメリカの国家安全保障局(NSA)によって盗聴されていた事件が明るみになった際に明白になったように、ドイツとロシアは常に緊密なコミュニケーションを継続してきた。ただし、それは、少なくとも現状としては、ドイツとロシアという国家同士の関係というより、メルケル首相とプーチン大統領という国家のリーダーとしての個人同士の繋がり、と言ったほうが正確である。

これは、メルケル首相は旧東ドイツ出身で、プーチン大統領とは旧共産主義国家としての理念や価値観を共有していると共に、中学時代からロシア語が堪能であったメルケル首相とプーチン大統領は、通訳を介さずに直接ロシア語で会話ができる、という点に依るものである。こうした関係のあり方から、プーチン大統領がメルケル首相に伝えた意向の一つとして、シベリアや樺太、カムチャッカの開発問題があると考えられ、それを今回の訪日でメルケル首相が日本政府にロシアの意向を伝えに来た。

 

また、それと並行して鳩山元首相もウクライナを訪問している。鳩山氏の訪露は日本国内では散々な言われ方をしているが、元々、鳩山一族はロシアとの繋がりの深い家系で、日本と旧ソ連が国交を回復した日ソ共同宣言(1956年)は鳩山一郎元首相が署名している程のパイプと影響力を一族として持っている。

このパイプを利用して訪露した鳩山氏は、当然、ロシアで経済問題についてもロシア側と意見を交わし、日本政府の代表としてではないにせよ、ある程度の日本側の意向を伝え、ロシア側の意向との擦り合わせを行ってきたものと考えられる。

長年、膠着してきた問題に関して、何かのきっかけをもって、強力なリーダーシップの元で時には個人的とも言えるリーダーの強い意向が絡み合い状況が劇的に動き出す、というのは、過去にも多くの事例が示していることであり、今回の件も、歴史的にはそうした事例の一つになる可能性がある。

 

■ロシア側の条件

ロシアにとっては、現体制を維持するために、まとまった金がどうしても必要な状況であるが、資源価格が低迷を続ける中で、EUの経済制裁問題に対する糸口が掴めず、かといって中国マネーによる中国の影響力の増大は避けたい。

そんな中で、紐付きのない、まとまった金を獲得するカードとして、シベリア・樺太・カムチャッカの開発と引き換えに北方領土問題に関する妥協案を日本に示してきたと考えられる。とは言え、ロシアとしては、そもそも北方領土問題が日本との間で存在しない、という立場であり、単純に北方領土を返還する訳にはいかない。

また、日本にとっても、アメリカや中国などとの関係から、それをそのまま金と引き換えに北方領土を受け取る訳にはいかない。北方領土の返還のためには、説得力のある名目と周辺各国が納得するスキームが必要である。

 

そのスキームの具体的な内容は、ロシアは、シベリア、樺太、カムチャッカに於ける日本の企業による資源開発を認め、その資金として日本は、ロシアの国有企業の来年の債務返済として当座必要としている資金と同等額である2000億ドルの開発投資を行う、というものである。

日本企業によるロシア領内の資源開発は、既にサハリンプロジェクトとして樺太島全域で行われている油田、天然ガス田の開発プロジェクトの実績があり、その実績を踏まえて実施される、という体裁を取ることになる。その際の投資は、サハリンプロジェクトと日本の商社を通して行われることになるが、日本政府からの資金であることを明確にするため、商社の投資に対しては日本政府が政府保証を付けることになる。

 

肝心の北方領土は、現在の国際情勢から、北方領土を日本領と表立ってする訳にはいかないので、資源開発の見返りとして無償で北方領土の開発権が日本に与えられることになると予想されるが、この際に北方領土の土地を日本の企業、場合によっては個人が購入する権利を認めることで、実質的に返還されることとなり、今後状況が整った時点で北方領土が正式に日本に返還されるというプロセスを合意する形となるであろう。

また、この際、北方領土の日本の企業や個人による土地の購入に際しては、政府からの貸付や助成などが行われることとなり、事実上の日本領化が日本政府によって進められてゆくことになると考えられる。

 

こうすることで、ロシアの破綻を避けることができ、ロシアの資源開発権を獲得し北方領土の返還にも目処が付けられる日本や、ロシアに対して借款を与えているドイツだけでなく、ISISやシリア、アフガニスタンなど世界各国での紛争やテロに対して足を突っ込んでしまい身動きのとれなくなっている米国や中国の影響力を抑えたいロシア自身にとってもメリットのあるスキームとなる。

時期的には、ロシアが原油価格の下落により破綻すると言われていた今年の夏までには、少なくともある程度の目処をロシアとしては付けておく必要があるため、それを踏まえると遅くとも年内一杯にはこのスキームを日本・ロシア間で合意する必要があると考えられる。

ただし、表向きの現象としては、日本の商社のロシア国内資源の開発権の取得という事になるかも知れないし、或いは、北方領土への元住民の帰還事業の開始、といった事になるかも知れないが、合意内容としてはシベリア、樺太、カムチャッカエリアの資源開発と引き換えに北方領土が実質返還される、というものになる。

 

■日本は機動的に対応できるか?

北方領土返還に向けた具体的な交渉プロセスにはいっていくことになると考えられるが、こうした交渉プロセスで重要なのは、大局を見失わずに機動的に相手と交渉を続けて行くネゴシエーションの力量である。しかし、相手側のみならず自分側の意見集約も困難な中で交渉を粘り強く続け、自方に有利な条件を一つずつ積み上げつつ交渉を纏めてゆく、というプロセスが、日本政府だけでなく、日本人全般として非常に苦手である。

北方領土の返還には返還方法についての問題が残っており、日本政府の立場としては「固有の領土である北方四島」の一括返還があくまでも国是ではあるものの、そうした点に拘るあまり、交渉のタイミングを逃したり、別の不利な条件を押し付けられてしまう、ということにならないように十分に留意しなければならない。

それは、国内の合意形成についても同様のことが言え、理念や利益を個別に追求するあまり、全体としての合意形成がスムーズにできなければ、みすみす今回の機会そのものを逃すことにもなりかねない。

 

来年以降のロシアの状況がどうなるかは分からないが、今回の件が千載一遇のチャンスであることは間違いがなく、今後、このような条件で交渉ができる機会がやってくることはまず考えられないと考えた方が良い。

メルケル首相の訪日にはじまる今後の一連の流れは、国際交渉の舞台で自国の国益をどこまで追求し得るか、という日本のグローバルな交渉力が真に問われる場面となることは間違いない。

 

オビ コラム

【文 責】

(株)海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)

佐々木宏氏

代表取締役副社長 佐々木 宏(Hiroshi SASAKI) …経営&ビジネスコンサルタント。早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。早稲田大学在学中に、シンガポール国立大学MBA課程に派遣留学。富士銀行系列のシンクタンクである(株)富士総合研究所、(株)中央クーパースアンドライブランド・コンサルティング、アンダーセンコンサルティング(当時。現アクセンチュア)を経て、2004年、(株)テリーズ社設立、代表取締役に就任。大手メーカーを中心に経営コンサルティング、ビジネスコンサルティング領域を中心に、中期経営計画策定、資金調達、各種PJのPMOなど経営全般に関わる支援サービスを展開している。

海野世界戦略研究所について

海野世界戦略研究所

海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)は東京都港区に本拠を置くコンサルティング会社で、日本企業のグローバル化と日本社会の国際関係構築を目指した戦略的なオピニオン・アクションリーダーとなることをミッションとしており、

①情報提供事業:世界情勢に関するインテリジェンス、そのインテリジェンスに基づく戦略の国内外の個人または組織への提供

②組織間のコミュニケーション促進及び利害調整代行業

を展開する会社である。

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グローバルな世界で真に活躍できる人材を育成するための教育プログラムで、講義は英語を中心に行われる。グローバル化する複雑な世界を理解するだけでなく、その中で主体的にリーダーシップを発揮できる人材の養成が、海野塾の主眼である。

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