企業が成り上がるための一撃必殺!

攻めの知財で描く戦略

日本のイニシアチブを守れるか 弁理士たちの挑戦

◆取材・文:加藤俊

パテントアカデミー①

写真左:橘 祐史氏(弁理士)・写真右:筒井 潔氏(合同会社創光技術事務所)

 

TPP(環太平洋経済連携協定)に関してこんな噂がある。

──実はアメリカの真の狙いは日本の農産物や医療ではなく、知財(知的財産権)にある。アメリカはアジア各国を自国式のルールに従わせて、都合良く知財で儲けようとしているらしい──

この噂を裏付けるかのように、日本経済新聞は7月9日付の朝刊1面トップでこう報じている。

「日本政府は4月に開いた日米事前協議で、著作権を含む知的財産分野の交渉方針をアメリカと統合する案を示した。著作権の保護期間を権利者の死後50年から、アメリカと同じ70年に延長する方針を決めた」

この報道が事実であれば、まさにアメリカ様の忠犬(ポチ)としての面目躍如、ご主人様に歩み寄らざるをえない主従関係がはっきりわかるエピソードになる筈だった。

ところが。同日の会見で、甘利明経済財政担当大臣はこの報道を「結論からいうと全部誤報」と否定した。日本政府として今の段階では譲ることのできない思いがあったからだ。それは当然だった。報道から遡ること1カ月前の6月7日に、今後10年間で世界最先端の知財システムを構築することを日本政府は閣議決定していたからだ。ここには、日本のルールがアジアのスタンダードになることも盛り込まれている。

 

そして、日本政府のこの思いを体現するかのごとく、時を同じくして産声を上げた団体がある。パテントアカデミーだ。特許(パテント)をはじめとした知財の裾野を広げていくことを目的に、知財に関心のある人達(技術者や弁理士)で集まった団体だ。仕掛け人の一人、橘氏は言う。

 

「TPPによって環境が変わるかもしれない今だからこそ、一企業としても、知財をどう活用するか、先を見据えた戦略を立てる必要があるのです」 いったいどのような戦略をたてる必要があるのだろうか。パテントアカデミーを代表する橘氏、筒井氏両名に詳しくお話を伺った。

 ◆

──パテントアカデミーを立ち上げた意図を教えてください。

 

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橘 日本が知的財産立国を目指すことを謳った『知的財産戦略大網』を当時の小泉首相が発表してから、11年が経ちました。この間、知財の重要性は広く認知されるようになったものの、構想は空転し、思うような結果にはなっていません。それは、企業の発展のために知財をどう活用するかという戦略的視点が欠けていたためです。
我々は知財に関心のある者同士で集まって、〝アカデミー〟さながらにオープンな議論をし、企業の知財戦略を組み立てていくことを目的に立ち上がりました。

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筒井 出発点は、知財という分野をもっと世間に注目してもらいたかったからでした。確かに大企業は活発なんですが、特許ひとつとっても、どの企業も特許=他の人に使われたくないから取得するという、〝守り〟の側面での活用に終わっているのです。実のところ、これでは特許の半分の側面しか使えていません。
中小企業や日本が生き残る道を考えれば、他人に使わせないための特許ではなく、逆に世の中に使ってもらうための特許の在り方も考えていかなければなりません。つまり特許ライセンスや売買を活用する〝攻め〟の知財という考えもあることを、きちんと提唱していきたいんです。

 

──〝攻め〟の知財とは具体的にどういうことなのでしょうか。

 

筒井 そもそも特許とは、企業が成り上がる、というとちょっと乱暴な言葉かも知れませんが、会社の規模に関係なく技術力で勝負をして、企業価値を確固たるものにしていくためのツールとして使える点で中小企業向けと言えます。

サムスンは実に上手く使いました。アップルとサムスンの一連の特許訴訟は、サムスンの技術力を大いにアピールする場になりましたから。アップルを追う立場であったサムスンが、特許侵害でアップルに訴えられたとき、逆にサムスンの側からもアップルを訴えることによって、アップルvsサムスンという図式に持ち込み、アップルと対等に並んでいるブランドイメージを持たれるような巨人になったわけです。まさに成り上がるための知財戦略がここにありました。

橘 サムスンの例は高度な戦略ですが、中小企業が使える方法は他にもたくさんあります。たとえば、特許の売買やライセンスで効率よく資金を得たり、クロスライセンス等での相互利用もできるのです。
 
また、大企業との共同出願(大企業と中小企業の発明者が共に出願人になる)に持ち込む作戦もあります。原則的には共同出願は望ましくないのですが、特に大企業の下請けのような企業にとっては有利な戦略になり得ます。というのは、大企業と名前が並ぶので、技術力をアピールできる非常に大きな宣伝効果があるからです。

 

──しかし、大企業はそう易々と共同出願に応じないのではないでしょうか? 大企業は中小企業が開発した技術を安値で買える、圧倒的に強い立場にいるのですから。世の中には、中小企業が必死になって開発してきた技術を禿鷹のように奪っていく事例がごまんとあります。
 

 

筒井 いえ、そういう大企業に対しては『学会で発表するぞ』と言うのも手です。学会発表する=技術を公知にするということですし、公知の技術は特許にはなりませんから。それがいやだったら、特許を共同出願させろと。それくらい中小企業はタフにならないとダメですよ。

 
 
橘 従来、こうした知財戦略のグランドデザインを描くところはなかったんです。弁理士同士の集まりはあるんですが、特許を〝戦略的〟に使うことを見越してはいませんから、この面ではあまり機能していません。まずは『知財とは何か、なぜ取得するのか』という基本的な理解を深めていくことが、重大なミッションになります。

 

──具体的にはどういった活動をしていくのでしょうか。

 

従来企業が特許を持っていても、きちんとビジネスモデルを組み立てて提案できる専門家がいませんでした。弁理士の中でもビジネスモデルを構築できる能力を身につけている人材が足りていないのです。

 

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しかし、もちろん一人の弁理士では限界があります。その点パテントアカデミーでは、集団でブレストしますので、〝集合知〟を働かせた新しい提案ができます。また『こうやったら、あなたの会社の特許はビジネスになりますよ』という戦略を組み立てて、中小企業に提案していくことも考えています。

 

 

DSC_0272 (1280x1023)筒井 中小企業は知財の重要性を頭でわかってはいますが、リターンが読めないので、知財に投資するよりも設備投資を優先させてしまいます。知財が財産になると思われていないから、特許の取得が進まない。機械はそれ自体が売れますからね。つまり知財も売れる環境を整えれば、状況を変えることができると思います。
 
残念ながら今の日本には特許を売買する受け皿がありません。そのマーケットを我々で作ることも考えています。株式が流通する場として株式市場があるように、特許を流通する場としてのパテントマーケットです。特許が単体であっても流通すれば、企業にとって今以上に重要な財産となるのではないかと思うのです。

「ゆくゆくは日本の技術外交を背負っていくだけのポテンシャルを持ちたい」。筒井氏はそう言っていたが、前途は多難だ。TPPによって日本のイニシアチブは跡形もなく、アメリカ式ルールに収斂されかねない瀬戸際で、パテントアカデミーがうまく機能するためには、まずはその存在を広く認知させるところから始めなければならないからだ。それでも、期待は広がる。

閣議決定があった6月7日同日、山本一太知的財産戦略担当相は「知財で世界のリーダーシップをとる国を目指していく」と気炎を吐いた。日本政府としてこの言葉にウソはない。

 

ただ、アメリカの言うことがすべてまかり通る、そんな図式が当たり前になっている予定調和の世界で、言葉通り全力で抗ってみせるような気概を日本政府は本当に示せるのだろうか。日本の覚悟が試される中、パテントアカデミーには中小企業と共同戦線をはり、日本の知財戦略を底支えしていく役割が期待される。彼等の次なる一手に注目したい。

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橘 祐史氏(たちばな・ゆうし)=写真左=…1956年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、旭化成(株)勤務を経て、NAV国際特許商標事務所所長、合同会社創光技術事務所の共同経営者として現在に至る。弁理士、MBA(経営学修士、筑波大学)。論文として、「設備投資計画の最適化に関する研究」、「特許侵害訴訟における特許無効の抗弁に関する研究」などがある。

 

筒井 潔氏(つつい・きよし)=写真右=…1966年神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了後、外資系テスターメーカー、ベンチャー企業、財団法人等勤務を経て、経営コンサル業界と知財業界に入る。合同会社創光技術事務所所長。共訳書にA.Isihara「電子液体:強相関系の物理とその応用」(シュプリンガー東京)がある。

合同会社 創光技術事務所

〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-28-8 ロハス松濤2F
TEL 03‐3770‐4051
http://soukou.jp

http://patent-academy.jpn.org/

 

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年8月号の記事より

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年8月号の記事より