Guardian72災害支援プロジェクト』今年4月からの運用開始を目指し開催された今回の記者発表。

主催者の有馬朱美プロジェクト代表は、自身の被災体験を元に、画期的な災害支援の方法を提案している。今回は彼女が見据える災害支援の有り方を伺った。

 

「未だにこんなことをやっているのか」

有馬朱美代表は株式会社ミューチュアル・エイド・セオリー代表取締役として、またガーディアン72プロジェクトの代表として日々、その運用開始に向けて邁進している。

 

「『ガーディアン72』は、これからの自然災害と共存し社会生活を持続可能にする為に、民間主導の、支援物資配備配送及び被災後トータルケアサポートが私達のプロジェクトです」と話す有馬代表。

 

日本はその地理的な条件から地震や台風、洪水などの自然災害に多く見舞われる国だ。

昨年は7月に九州北部で水害、そして一昨年には熊本での地震と毎年多くの被害者を出してしまっている。日本政府は災害への対策として2011年から防災担当大臣を設置、地震防災マップの普及や、災害被災者への助成金などの対策を取っている。

 

「しかし災害後、幾度もニュースになるのが効率の悪さです。誰もが災害発生の時は、少しでも早く何とか支援したいと思うのは同じでしょう。ただ、縦割り行政による連携体制の不備などまだまだ多くの問題点を今も残したままになっています」

「だからこそ、民間でも対応策を準備しておかなけれぱならないのです」と有馬代表が強く訴えるのにはワケがある。

 

「普賢岳災害発生時、福岡で勤めていました。当時はバブル真っ盛りで仕事も楽しく、余暇は旅行にカラオケに、OL時代を楽しんでいました。そんな時です。九州島原出身の私に、実家の近くにある普賢岳に噴煙が上がっているというニュース映像が目に飛び込んできたのは」

 

長崎県島原半島にそびえる雲仙普賢岳は1990年末頃から火山活動を活発化し、頂上に溶岩ドームを形成、火山性ガスを発生するようになった。

翌91年からは、溶岩ドームが崩壊すると共に時速100キロ以上の猛スピードで斜面をかけ下る火砕流が度々発生、6月3日の大火砕流では死者43人という多くの死傷者を出した。

 

「知人の中には火砕流で命を落とした人もいました。それで、いてもたってもいられなくなって実家に帰ってきたんです。そうしたら、自分の生まれ故郷が一面灰色に覆われ、ひっきりなしに自衛隊の装甲車とヘリコプターの音が鳴り響く変わり果てた姿になっていました」

 

有馬代表の実家は、普賢岳から流れ下る水無川の河岸にあった。噴火に怯えながら生活する毎日。そこに新たな悲劇が襲う。

「鳴り響く防災無線を聞き、慌ててクルマに飛び乗って走り出しました。土石流が発生したのです。迫り来る土石流を見ながら『ブレーキを踏んだら死ぬ』と思い、必死でアクセルを踏み続けました」

 

間一髪、有馬代表は命を繋ぐことができたが、この時の土石流により町は壊滅的な打撃を受けることになった。

 

「その後、避難所での生活を体験し、一変してしまった町の様子・人々の生活を見て、『このままではいけない』と思いました。それでまずは島原の復興・地域活性化目指して起業しました。御縁有り、全国47都道府県全ての自治体を取材し情報誌を全国に発行する中で、様々な現場の声を聞かせて頂きながら、私の想いも伝えさせて頂いておりました」

 

そんな2011年3月11日、今度は東日本大震災が発生する。とるものもとりあえず、救援物資を携えて有馬代表が被災地に入ったのは、3月26日のことだった。

東日本大震災後の石巻市の市街地中心部/撮影・エヴァプレス

「目に入ってきたのは避難所に山積みにされている、物資の詰まったダンボールの山の前で途方に暮れている人々。介護チームが、人手がないからと物資の仕分けをしている。彼等がやらねばならないことは他にある、彼等を待っている人達がいるはずなのに違うことをやらされている」

 

有馬さんは悔しがった。島原の時の経験が全く活かされていない、未だにこんなことをしているのか、と。

「日本は災害が身近にあり、これからも共存していかなくてはならない。それなのに、国がなんとかしてくれるのをただ待っているのは最善の策なのでしょうか?そう考え『まず自分の力(自助)、そして、共に助け合い(共助)、72時間以降の支援が来るまで支え合うこと』を目指し、このガーディアン72を立ち上げたのです」

 

「3日なんとかもたせる」

ガーディアン72プロジェクトの骨子は「災害発生直後から特に混乱する72時間で物資の仕分けを必要としない、災害支援BOXを被災地に近隣の備蓄倉庫から短時間で被災した人達にひとり1箱を届ける」というものだ。

 

「国内で災害が発生した時、最悪でも3日後には国の救援物資が被災地に届けられます。要はそれまでもたせないといけない。それまで共助として、被災した人の為に常にG72提携物流倉庫で備蓄しておく事」

 

セットには水6リットルやアルファ米(アレルギー対応)、衣類などの生活物資が入っている。注目すべきは災害経験者の意見を取り入れ検討を重ね決定されたもので、例えば3日間の食事についても、多彩な味を楽しめるようになっている。また全てのセット内に乳児用のオムツや男性用・女性用の下着、そして、簡易トイレから生理用品も入っている。

 

「3日間、全員が同じ味を食べ続けるより、各々バラバラに入れることでバリエーションを持たせ、少しでも食べて元気になって欲しいと思います。好き嫌いなどがあれば、その場で交換することもできますからね。

それに女性にとっては生理用品も必需品。だから最初からセットの中に組み込んでいます。衣類も男女両方とも入れているのは、お互いに融通することができるようにするためです。これによってセットを男女別に作る手間を省いています」

 

このセットを企業・個人・自治体等に購入して頂き、全国150拠点を束ねる全国青年倉庫業経営者協議会の倉庫会社を中心に備蓄しておく。ガーディアン72支援BOXは全てシリアルナンバーで管理され、購入企業等も購入したG72BOXが今、どこの物流倉庫に備蓄されていて、有事の際には被災地の近隣備蓄倉庫から、被災者に届いた事が全て確認できる仕組だ。

人は、いつ・どこで・誰が・どのような状況の中で被災するか解らない為、画期的な仕組だ。

 

「民間中心で『共助』の仕組を作ることで、被災した場合、自治体は物資の仕分けに時間を取られず、災害対策として本来の業務を遂行できます。自治体職員も被災している可能性は大きいですから。

そして、少しでも早く政府や近隣自治体及び各支援団体との調整等に時間を使って頂くべきだと考えます。民間主導ですが、有事の際には各省庁等との連携がとても重要となります。その為に、いかに効率よく被災者に届けるかについても検討を重ねています。

東日本大震災で介護支援班が、支援物資の仕分けをしている様子/撮影・エヴァプレスav

購入方法には、企業にCSR・広告宣伝(BOXに企業ロゴ掲載)・失効ボイント等でしてもらう他、企業版ふるさと納税の使い道指定等、様々な方法があります。購入したBOXを自分が受取るのではなく、どこかで被災した人が受取る。被災した場合は、購入していなくとも関係なく全ての方が受け取ることができます。

いつ・どこで・だれが・どんな状況の中で被災しても、大丈夫。そういう相互扶助の精神で万が一の時に備えるものです」

 

このセットを日本人口の10%、1280万セットを全国に備蓄。2020年の東京オリンピックまでにそれを揃えるのが現在の目標だ。

三井生命保険株式会社や、有限責任監査法人トーマツ他、このプロジェクトに注目する多くの企業から賛同の声が上がっている。また公共性の高いプロジェクトとして、日本政策投資銀行のBCM格付融資の対象とされている。

 

「また、今回からアドバイザーとしてお二人の自衛官OBの方に参加していだたくことになりました。これからは自然災害だけではなくテロ等も含めシステム運用と、更に全国拠点展開するためには、専門家である自衛官の経験と知識が必要だと考え、お招きしました。今後は、自衛官を含め消防・警察・自治体等のOB方々を積極的に採用させていただきたいと考えています」

 

左から榊枝宗男氏、有馬 朱美氏、濱田昌彦氏

 

有馬代表は「このプロジェクトはボランティアではない」と断言する。「日本は災害と共存していかないといけない。だから災害もビジネスとして考える」と。

 

民間主導で動く、新しい災害支援の形が今始まろうとしている。

 

幹部自衛官OB榊枝宗男氏の談話


榊枝宗男……1953年東京都生まれ。陸上自衛官。PKO業務に関する経験が豊富な事から、三自衛隊の将官として初となる単身で海外訓練に派遣される。また、自衛隊が初めて行ったホンジュラス国際緊急医療救助隊の先遣調査団長を務める。
「現役時代、国内外で6回災害支援活動に参加しました。災害現場では一つの物を手に入れるために、人が長蛇の列を作ります。数時間、時には丸一日、受け取れるかどうかわからない物のために並ぶ。

ですから、このプロジェクトのように一つのセットに当座に必要な物が全て含まれている、しかもそれを災害後すぐに現地に届けられるというのは画期的なプロジェクトです。今後は私の半生で得た知識と経験をここで役立てていきたいと考えています」

 

 

・CBRN防衛アドバイザー濱田昌彦氏の談話

濱田昌彦……1956年山口県生まれ。1980年陸上自衛隊入隊。科学科職種で30年、化学兵器防護、放射線防護分野で活躍。この間、化学学校研究員、教官、教育部長、陸幕化学室長を歴任。1999年から2002年までオランダ防衛駐在官兼OPCW日本代表団長代行。2013年に化学学校副校長を最後に退官。元陸将補。退官後CBRN防護アドバイザーとして活躍中。

 

「CBRNは化学(Chemical)生物(Biological)放射性物質(Radiological)核(Nuclear)の略称です。これらの兵器によるテロ活動も、災害と同様、避難を必要とする事態です。アメリカではこういった事態を想定して訓練や対策がとられていますが、日本はまだまだ遅れいている。また、例えば川崎の石油コンビナートが災害によって破壊された際には、有毒物質が都心に流れ込んでくることが想定される。

こういった緊急時への対策が、このプロジェクトで自分が出来る仕事だと思っています」

 

 

プロフィール

有馬 朱美…株式会社ミュチュアル・エイド・セオリー代表取締役、Guardian72プロジェクト代表

1962年長崎生まれ。

1991年普賢岳噴火災害経験を機に起業。災害後の復興に向けて地域活性化事業を構築。

2011年、東日本大震災の経験により災害支援プロジェクトG72ビジネスモデルを発明。特許出願公開。

現在、追加国際ビジネスモデルとして出願手続中。

 

Guardian72災害支援プロジェクト運営委員会

東京都千代田区麹町2丁目10‐3

URL: http://www.guardian72.jp

MAIL:info@guardian72.jp