塩沢信用組合/理事長 小野澤一成氏

 

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小野澤理事長(左)と、「意志ある寄付で社会を変える」ことを使命とする、公益財団法人パブリックリソース財団の久住理事長

新潟県下ワーストワンの業績から見事な復活を遂げ、今や県内の信用組合の中でトップの収益率を誇る塩沢信用組合(新潟県南魚沼市)。

その詳しい経緯については本誌8月号で取り上げた通り。同組を牽引する小野澤一成理事長の次なる一手は、ひとり親世帯の貧困解消を目的とした「魚沼の未来基金」の設立だ。

信組とその組合員による全国初の社会貢献事業として注目を集める同基金について、同氏の想いをうかがった。

全国初の信組と組合員による協働の社会貢献事業

去る9月29日、新潟県南魚沼市に本店を構える塩沢信用組合は、全国信用組合中央協会、全国信用協同組合連合会とともに東京京橋で合同記者会見を開き、ひとり親世帯の貧困解消を目的とした「魚沼の未来基金」設立を発表した。

 

返済不要の給付型奨学金制度を軸とした同基金は、信用組合とその組合員による協働事業である点に大きな特徴がある。

金融機関による基金自体は珍しくはないものの、組合員をも巻き込み住民主導で行われる社会貢献事業は全国初の試みとなる。具体的には同組が最初の寄付者として年間100万円の寄付を1年単位で更新するとともに運営管理費を負担する。

さらに企業や個人から寄付を募り、高校生のいるひとり親世帯を対象にした奨学金をはじめ、学習支援、食事提供、子どもの居場所づくり事業などを行うNPO団体の活動を支援する予定だ。

 

同組によれば、南魚沼エリアにおける「助け合い文化の拡充を目指す」というが、寄付を募るとなると、果たしてどこまで地域住民の理解を得られるかが課題となる。

 

早くも達成した寄付目標額

子どもの貧困に関する寄付で思い出されるのは、安倍晋三首相らが発起人となり、昨年10月に官民で発足した「子供の未来応援基金」だ。

ある夫婦が4億円の個人寄付をしたことなどにより、結果的に寄付総額が約6億円に達したものの、当初は期待された経済界からの大口寄付がひとつも集まらず、今年2月の時点での寄付総額は約2000万円。

それに比して約2億円の広報宣伝費が国費から使われたことが非難の的となっていた。寄付事業の成功にはその趣旨に対する周知などいくつもの課題があることを改めて感じさせるものだった。

 

ところが、「魚沼の未来基金」は設立日の時点で、すでに目標額が集まっていたというから驚きだ。同組の理事長・小野澤一成氏は次のように語る。

 

「当組合の本支店5店舗のエリアで計20人の高校生に修学上必要な学資などの一部を給付するのが『魚沼の未来基金』の大きな柱です。月額8000円を無償で1年間、支給します。

組合員、地元住民の中から、個人は一口1万円、法人は一口5万円で寄付を募り、当面の寄付目標額は年間150万円、当組合からの寄付が年間100万円、合わせて計250万円の目標額を設定しています。

おかげさまで多くの賛同をいただき、9月の時点ですでに142件、382万円の一般の寄付金が集まりました。

いかにこの基金が地域にとって必要であるのかを、具体的なビジョンとともに熱意を持ってお伝えすれば、地域の人々は決して不理解ではないことを痛感しています」

 

子どもの貧困問題と助け合い文化の醸成

日本の母子家庭の貧困率は半数を超えている。

貧困率とは国民の所得の中央値である244万円の半分を下回っている世帯の割合を指す。2014年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によれば、子どものいる世帯の平均所得は696万円。

いっぽう、2011年度の全国母子世帯等調査(同省)では、母子家庭の平均年間就労収入は181万円にとどまっている。

 

日本では子どもの貧困問題は、その深刻さに比して広く認知されておらず、自助努力や自己責任という言葉で片付けられてしまう向きがある。

しかし、シングルマザーの半数以上は非正規雇用であり、仕事を掛け持ちしているケースが多い。それにも関わらず、平均年間就労収入は両親がいる世帯に比べて3分の1以下なのである。

経済協力開発機構(OECD)によれば、加盟国34カ国中、ひとり親世帯の貧困率がもっとも高いのが日本であることも見落としてはならない現実だ。

 

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左から)小野澤理事長/公益財団法人パブリックリソース財団理事長・久住剛氏/同シニアフェロー・由良聡氏

「基金設立を具体化するために今年の1月頃から動き始め、さまざまな情報を集めましたが、南魚沼市においてもひとり親世帯の貧困は深刻な問題となっています。

6月の通常総代会で基金設立に関する審議、決議が行われ、満場一致で賛成していただきました。ひとり親世帯の貧困解消は当地域でも喫緊の課題であることを皆さんにご理解していただけたものと思っています。

地元の将来、日本の将来を背負って立つ子どもたちに手を差し伸べる、総代会メンバーを中心にその意義に共鳴して下さる方たちから寄付を募りましたが、寄付は本来、強制的に行うものではありません。

こうした事業を活気ある運動にするためには、寄付を募る者も寄付をする者もしっかりとした未来像をお互いに共有して自発的に参加できるかどうかが大切なのだと思います」

 

昨年末、日本財団がある推計を発表した。子どもの貧困対策が行われなければ、2013年時点で15歳の子どもの生涯所得は合計で2.9兆円少なくなるというものだ。

税金などによる将来の政府の収入も1.1兆円減るという。子どもの貧困を放置することは社会全体の経済損失につながることを示唆し、この問題を経済対策として捉える必要性を提言している。

しかし、同氏は「行政がなんとかしてくれるだろうと待っているだけでは、決して解決できません」と断言する。

行政を頼れず、ましてや人口減少社会へと突入し、著しい経済成長が望めない日本にとって、疲弊した個人を救済するためには地域社会が持つ役割は大きい。

その意味においても同基金が指向する「助け合い文化」は、これからの日本社会にとって、より重要性を増すものと思われる。

 

「地域住民自らが地域を支えようとする動きが、たとえ、小さな波紋であっても、全国的に広がってくれることが私どもの願いです」

 

 

日本一活発な総代会の実現

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記者会見の様子

本誌8月号でお伝えしたように、同氏は2008年に理事長に就任して以来、数々の経営改革を遂行し、新潟県内ワーストワンの業績だった同組を県内トップの収益率を誇るまでに立て直した人物である。

同氏が行った改革のひとつに総代会の活性化があり、同組は全国の信組で初めて総代の定年制を敷いた組合としても知られている。

総代の定年制導入については、2008年に金融庁から提言がなされたものの、導入に成功している信組は現在でも全国153組合中9組合しかない。

 

「90歳の総代が引退して70歳の息子に引き継ぐ、そんな光景は全国のどこでも見受けられます。

それでは現役世代や将来を担うべき若い世代の意見が通りにくく、本当の意味で地域経済の活性につながるような取り組みを行うことは難しいでしょう。

私どもの組合には1万2000人の組合員がいて、若者もいれば女性もいます。そうした組合員構成比と同じような状態に総代の構成員も近づけるように努力しました。

何年も要する取り組みでしたが、現在では総代会メンバーの約3割が女性、20代の総代もいるなど、全国のどの協同組織金融機関よりも活発な総代会を行っているものと自負しています」

 

こうした総代会の活性化が「魚沼の未来基金」の好調なスタートにつながっていることは言うまでもない。

 

 

拡大拡張路線ではなく、深くて濃い結びつきを

もうひとつ、同組と組合員の強いつながりを象徴するものに職域サポート制度がある。

職域サポート制度とは、近年、地域金融機関の間で活発化している営業スタイルのことで、取引先企業の従業員に金利を優遇する代わりに職場への立ち入りや営業活動の許可を得るというものだ。

金融機関にとっては働き盛りの若い世代や共働き世帯の顧客獲得になり、企業にとっては福利厚生の拡充につながるサービスとして注目されている。

 

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小野澤理事長

「私どもは地方の小さな組織であり、預金残高から見ても全国ランキングの後ろから数えたほうが早いような小規模の金融機関です。

ほかの金融機関は営業先の拡大拡張のために職域サポート制度を取り入れていますが、私どものように基礎体力がない金融機関がそれと同じことをやっても意味がありません。

そこで当組合では職域サポートの契約を結ぶ企業を100社に限定し、従業員が一人でもNGを出せば契約が成立とならないようにしました。

拡大拡張路線ではなく、一人一人のお客様に対して深く密度の濃いつき合いをする、それが私どもが打ち出した戦略です。

地元の優良事業所との契約を棒に振ってしまうこともありましたが、最終的には100社、1460人と契約を結ぶことができ、その方たちの住宅ローンから家計収支に関する困りごとまで私どもが現在、相談に乗っています。

この1460人との強い結びつきは、何百社、何千社と契約を結ぶよりも小規模な金融機関にとってははるかに意味のあることだと思っています」

 

「魚沼の未来基金」は設立日の9月28日から寄付の二次募集が始まっている。今後、寄付総額が増せば、奨学金のほかに学習支援など、さらなる支援の拡充を図っていく予定だ。

「今後は一人でも多くの賛同者を増やすために、さまざまな場所で情報発信をしていきたいと考えています」と同氏。最後にこれからの展望を尋ねると、同氏からこんな言葉が返ってきた。

 

「まだお話はできませんが、来年、再来年には実現していくであろう構想はすでに出来上がっています。南魚沼エリアの地域活性のため、地方創生のため、我々にしかできないことは何かを考え、実行に移していきたいと思っています」

 

同基金の今後と同氏のさらなる一手に大きな期待がかかる。

 

 

オビ ニュース

プロフィール

小野澤一成(おのざわ・かずなり)氏…1955年、新潟県南魚沼市塩沢生まれ。専門学校 中央工学校卒業後、1977年に塩沢信用組合に入組。2008年、同組の理事長に就任し、現在に至る。

塩沢信用組合

〒949-6408 新潟県南魚沼市塩沢1221番地4

TEL 025-782-1201

http://www.shiozawa.shinkumi.jp/

 

 

 

◆2016年11-12月合併号の記事より◆

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