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秋田県信用組合 – 地域資源を使うのは誰か? 消滅可能性都市の信組が挑む新ブランド創造と自然エネルギー事業

秋田県信用組合/理事長 北林貞男

◆取材:綿祓幹夫

オビ 特集

秋田県信用組合/理事長 北林貞男氏

2016年8月号でお伝えしたように、第一勧業信用組合(東京)の呼びかけにより、現在、日本各地の信用組合による地方創生を目的とした連携協力の動きが活発化している。

中でも消滅可能性都市がもっとも多いとされる秋田県を拠点にする秋田県信用組合にとって、地域経済の活性は全国のどの信組よりも喫緊の課題だ。

 

同組理事長・北林貞男氏に秋田県の現状と地方創生への展望を尋ねた。

 

2040年までに秋田県が消滅する可能性

秋田県は大潟村を除く全自治体が消滅する、そんな可能性を示唆した報告がメディアをにぎわせたのは2014年のことだった。

 

先の都知事選に出馬した増田寛也氏が座長を務めた日本創成会議が発表した通称「増田レポート」。安倍政権の地方創生政策に影響を与えたこの報告書では、2040年までに消滅の可能性がある都市として全国896市町村をリストアップし、取り分け秋田県の「消滅可能性都市」の多さが冒頭のように伝えられたのであった。

 

しかし、秋田県の危機的状況はこの数年で始まったわけではない。同県は長年、日本一の人口減少地域と言われ続けてきたのである。

 

人口増減率は全国で最下位、高齢化率も全国でもっとも高く、若年層を中心に県外へ出て行く人口も多い。秋田県全域を営業エリアとする秋田県信用組合では、こうした状況を踏まえ、北林貞男氏が2009年に理事長に就任して以来、さまざまな地方創生事業に取り組んできた。

 

同氏は次のように話す。

「米所である秋田県は農業王国と呼ばれていますが、実態は違います。農業生産額は例年、全国で20位前後を行き来し、東北地方では最下位。従業員1人当りの製造品出荷額等も全国最下位クラスを推移し、にっちもさっちも行かない状況が以前からありました。

これらのことを顧みれば、もっと以前から我々バンカーがやるべき仕事があったはずだとつくづく感じます。我々にできることはないかと、現職に着任直後から職員に投げかけてきました」

 

そうして2010年に設立されたのが、新規事業の立ち上げを支援する「田舎ベンチャービジネスクラブ」だった。

 

 

経済基盤の弱い地域から狼煙を上げろ

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本店外観

同氏はまず、同組の北秋田地域3支店に声をかけ、意欲のある経営者を集めるように指示したという。

 

北秋田地域と言えば、県内でも経済基盤が特に弱いエリアである。富裕層から貧困層へと富がしたたり落ちるトリクルダウンに限界があるように、経済基盤の強い地域をより強くしたとしても県全体が抱える危機的状況を打破することはできない。

だからこそ、経済的に弱い地域から活性化の狼煙を上げようと考えたのである。

 

北秋田地域に拠点を置く12名の経営者が集まりました。そして、勉強会などを1年かけて行い、ある答えを導き出しました」

 

その答えとは地域資源の活用であり、具体的にはアグリビジネスと自然エネルギー事業という2つの柱であった。

 

「経済基盤が弱い秋田県ですが、森林や原野といった地域資源は豊富にあります。そして、そこで育まれた農作物や畜産物は大変美味しく安全であり、特にきりたんぽや比内地鶏は全国的にも知られています。

また、国重要無形民俗文化財である秋田竿燈まつりでは300年以上も前から五穀豊穣を祈ってきました。つまり、秋田県人にとって豊かな自然やそこから生まれる食の恵みは切っても切り離せない関係なのです。

ならば、それらを打ち出した新規事業を展開しようと、ニンニクの生産とドジョウの養殖を5年前より開始しました。

さらに今年から本格的に始動した超小型木質バイオマス発電や小水力発電といった自然エネルギー事業にも大きな期待がかかっています」

 

 

ニンニクとドジョウを地域の新たなブランドに

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ニンニク畑での収穫の様子(黒ニンニクの製造販売元の社長と)

全国のどこよりも先細り傾向にある秋田県の地域経済を活性させるために、同組では取引先への新規事業の提案を積極的に行っている。

そうした背景のもと、田舎ベンチャービジネスクラブ会員企業による新規事業はスタートした。

 

「秋田県にはニンニクの生産農家があまりありませんでした。我々が持つ信組のネットワークを通じて、青森の生産業者を紹介してもらい、指導を受けながら栽培を開始しました。

その後、より付加価値が高められる黒ニンニクへの加工も開始し、発酵釜を自作するなど試行錯誤を繰り返しながら今日に至ります。開始から5年目でようやく黒字転換したところです

 

いっぽうのドジョウ養殖も徐々に顧客が増え、あと1〜2年で黒字決算になる見通しだ。

 

「元来、秋田県にはドジョウ文化がありました。しかし、生息地であった河川の改修や水田への農薬使用などにより、いつしか絶滅状態になりました。ドジョウの養殖も苦労の連続でした。

 

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ドジョウの養殖場

2年目に県内にも小規模ながら養殖業を営んでいる方が我々の他に12名いることが分かり、その方たちとともにブランド化を目指して、『秋田どじょう生産者協議会』を設立しました。

個々人による事業展開には限界がありますが、協力体制を作ることでまとまった出荷量が確保でき、年内には目標の数量に到達する見込みです」

 

昨年開催した「秋田どじょう試食会」では、日本一の生産地となることを秋田県知事に約束。「あとは有言実行あるのみです」と語る。

 

地産都消で秋田県の産品を東京へ

こうした同組の取り組みに追い風となったのが、今年4月に締結した第一勧業信用組合(東京)との連携協力であった。

 

「第一勧信さんからは『地産都消をやりませんか』という言葉をいただきました。秋田でいい物を生産して、東京で消費する、それはまさに我々が求めていることでした。

東京の人たちに秋田の食材の良さを知っていただくと同時に、東京にはそうした食材に郷愁を感じる胃袋がたくさんあります。

秋田県は若い世代の首都圏への人口流出が著しい県です。皆、東京では標準語を使いますが、本当は『んだ、んだ』と喋る秋田県人なんです。そうした人たちが故郷の食材に食指を動かしてくれたら嬉しいですね。

具体的には、第一勧信さんの店舗を利用した物産展のほか、東京の小売業者や飲食店などを紹介していただき、秋田県のさまざまな食材を現在、都内に卸しています」

 

 

豊かな地域資源を誰が使い、誰がお金に換えているのか

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フィンランドの超小型木質バイオマス発電設備(VOLTER JAPANの岩﨑社長と)

同氏は「地域資源をいかに発掘し、どのように使うかが地方創生成功の分かれ目だ」と語る。その真意を尋ねると、胸の内のもどかしさを語ってくれた。

 

「白神山地や秋田平野、そこに吹く風や注ぐ太陽、これらはすべて秋田県の大切な地域資源です。しかし、こうした資源を大量に利用し、そこからお金を生み出しているのは、残念ながら県外からやって来た資本家や大手企業です。

例えば、メガソーラーや風力発電には莫大な設備費用がかかり、地元の小規模事業者には手が出ません。しかし、大手企業だけが儲かる経済構造はもはや時代遅れであり、真の地方創生を実現するには地元の小規模事業者がお金を生み出す必要があります。

地元の方々にチャンスを作り、場合によっては新規事業を提案する、それをこの数年、続けてきました。今、その小さな芽がようやく出ようとしている時期に差しかかったと感じています」

 

 

低コストの小規模発電で、全市町村の限界集落を救え

その芽の1つが小水力発電と超小型木質バイオマス発電を利用した自然エネルギー事業である。

 

「小水力発電は農業用水路を活用した発電技術で、100kw程度の小規模な発電に適し、低コストでの設置が可能です。今年の5月ににかほ市と美郷町で県内最初の稼動が始まりました。電力会社に全量売電し、年間数百万円ほどの収益を見込んでいます」

 

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農業用水路を活用した小水力発電設備

同組はシステムの開発を手がける東北小水力発電株式会社に対し、昨年、2億円のファンドを組み、製造開発を支援した。その実働がいよいよ始まったのである。

さらに、来年1月の稼動開始を目指すのがフィンランドの超小型木質バイオマス発電機である。開発、製造等を手がけるボルダージャパン株式会社は今年の4月、本社を北秋田市に移転し、工場も同市内に設立した。

最大出力は40kwで、発電のほかに熱を暖房などに利用できるという。今年9月からは同市内の道の駅で実機による実証実験も始まる。

 

「こちらも低コストでの設置が可能で、1台約4000万円と小規模事業者にも手が出せる価格です。燃料となる木質チップも間伐材などを利用するため、秋田県には豊富にあります。

売電による売り上げは1台につき年間1200万円を想定していて、例えば、限界集落にこの発電機を設置し、売上金を村づくりにまわせば、里地里山が活性化する。そうなれば、東京に行った若者も帰って来る。

こういう取り組みを秋田県の全市町村で展開し、地方創生の成功事例をこの地域から発信していきたいと思っています」

 

同氏の言葉通り、現在、同組の取り組みを視察するため、多くの信用組合関係者や行政関係者が来訪し、これらの発電技術の他県での導入を検討している最中だという。

 

秋田県の人口減少は続いている。確かにこのままでは消滅する可能性があるのかもしれない。しかし、地方創生成功への道程を着実に歩んでいるのも事実である。

「故郷を消滅させるわけにはいかない」、そう語る同氏は今年で69歳になる。約半世紀の間、信用組合の人間として生きてきたのだ。

「人生の集大成に向けて地域にも職場にも恩返しがしたい」と語る同氏の気概は本物である。2040年、増田レポートの試算が誤りであったことを、きっと秋田県は証明する。

 

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◉プロフィール

北林貞男(きたばやし・さだお)氏…1947年、秋田県北秋田市生まれ。1966年、地元の高等学校を卒業後、北秋信用組合に入組。1990年、鹿角信用組合と秋田商工信用組合の合併に伴い秋田県信用組合に改称され、2009年より理事長に就任、現在に至る。

 

◉秋田県信用組合

〒010-0011 秋田県秋田市南通亀の町4番5号

TEL 018-831-3551

http://www.akita-kenshin.jp

 

 

 

◆2016年9月号の記事より◆

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