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いわき信用組合 ‐ 復興から新たなるステージへ。地域との〝つながり〟を育み、被災した町に「創業」という名の夢の花を

いわき信用組合/理事長 江尻次郎

◆取材:綿祓幹夫

オビ 特集

いわき信用組合/理事長 江尻次郎氏

余震と放射線の恐怖――いわき信用組合の職員たちは言い知れぬ不安と戦いながら、5年前の3月、業務を続けた。

「すべては地域住民のためでした」と同組の江尻次郎理事長は振り返る。

 

長年、地域とのつながりを大切にしてきた同氏は震災後、「社会関係資本」に着目した経営を進めている。

被災当時を振り返りながら、信用組合だからこそ実現できる地方創生への道のりについてうかがった。

 

売り上げは5年が過ぎた今も震災前の半分以下

「地域とのつながりこそが我々の強みです」。そう話すのは福島県いわき市に拠点を置くいわき信用組合の江尻次郎理事長だ。

 

同氏の言葉に底知れぬ重みがあるのは、いわき市が被災地だからというだけではない。長年、信用組合と銀行の違いを追究し、地元のために尽力してきた、その実績と経験があるからだ。

東日本大震災の震源域である宮城沖から茨城沖の中間部に当たるいわき市では、建物損壊が9万棟超、死者が関連死を含めて461名にも及んだ。

 

市内の北側の一部は福島第一原子力発電所から30㎞圏内にあり、震災後には多くの転出があった反面、2万4000人という全国でもっとも多い避難者を受け入れた市でもある。

その結果、大半の市町村が人口減となった福島県内において、例外的に人口が増えている。

 

「原発廃炉対応の作業員の長期滞在もあり、復興需要の恩恵を受けていますが、それは一部の話です。農水産物、工業製品、観光といった重要な産業は軒並み打撃を受け、特に水産加工業の売り上げは震災前の三分の一から半分程度しか戻っていません。当市にはギブアップ寸前の中小企業がたくさんあります」

 

銀行には真似できない、地域とのつながりを重視する経営

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いわしんの夏の風物詩として定着している浴衣営業

1948年に誕生した同組はいわき市内にあった2つの信用組合と合併し、今に至る。2002年の合併当初は経営基盤の弱い信用組合との合併だったこともあり、厳しい経営が続いた。そうした中、同氏は信用組合のあるべき姿を模索した。

 

「当時は銀行の真似をし、大手の中小企業などを相手にしたホールセールを必死にやっていました。しかし、それは数字を追うだけの中身のともなわない拡大主義でしかありませんでした。そもそも信組が銀行と競争をしても勝てるわけがないのです。

翻って、組合員の視点に立脚すると、お金に困って消費者金融を利用し、返済に苦労している方が多くいらっしゃいました。このままでは地域も我々も将来がないと感じ、私が理事長になった2005年前後から消費者ローンの取り扱いを本格的に開始しました」

 

通常、銀行では消費者ローンを融資する場合、保証会社を付けて融資を行う。そのため、保証料が上乗せされ、金利が高くなる。

いっぽう、同組では実質金利を考慮し、保証会社を付けないプロパー融資にも注力した。当初、ある程度の焦げ付きが予想されたが、実際には債務不履行になるケースは少なかったという。

 

「私どもは地域に密着した金融機関です。また、お客様も地域とつながりのある方たちばかりです。この強い〝つながり〟が焦げ付きを最小限に留めたのだと思います。地域とのつながりを重視する経営こそ、銀行にはできない信組の強みであると、このとき確信しました」

 

そして、信用組合と銀行との違いが如実に現れたのが、あの震災直後だったと同氏は回顧する。

 

 

すべてを失った人たちのために

2011年3月11日金曜日、東北地方太平洋沖地震が発生、いわき市では震度6弱を観測した。強く長い揺れが波状的に市内を襲い、数回にわたる大津波が沿岸部に押し寄せた。同じころ、福島第一原発では外部電源を喪失する事故が発生し、翌日に水素爆発が起こる。

原発に関する確かな情報が得られない中、13日早朝にいわき市は独自の判断に基づき、一部地域の住民に自主避難を要請した。

 

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本店外観

「震災が起きた2日後、いわき市民はどんどん市外に避難を始めました。私は幹部を集め、『まだたくさんの住民が残っている。避難する人もお金が必要だ。だから、業務をストップするわけにはいかない』と話しました。すると、全員頷いてくれました。

 

若い職員などは避難させ、日曜日でしたが、残った者で全店のシャッターを開けました。月曜日には地銀もオープンしましたが、ATMに現金を補充する現金輸送会社が撤退したため、現金が尽きた翌日以降は休業状態でした。

 

我々はもともと職員が補充していたこともあり、1日2回の補充をしながら、その後も営業を続けました。あの状況下で開けていた金融機関は当組合と地元の信用金庫のみ。

余震と原発の不安に襲われながらも、職員は本当によくやってくれました。私は彼らを誇りに思っています」

 

さらに同組では、身元確認ができれば保証人がいらない融資サービスを15日から開始する。

 

「津波ですべてを失った人たちに30万円以内、金利1%、1年間据え置きでお金を貸そうと決めました。最終的に総額350万円、26人の方が利用されました。全額回収にならなくても困っている人のためにやる、それが我々の思いでした。

しかし、本当に驚きましたが、2年ほどで全額回収となったのです。どさくさに紛れて返済しない人がいてもおかしくないのに、そういうことにはならなかった。このときにもやはり、つながりというものを強く感じました」

 

 

社会関係資本に根ざした、庶民のための金融機関を目指して

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いわき市の夏のイベントとして毎年行われている「いわき踊り」。同信組では、参加チームの中で最大規模の108名が参加した

震災後、同組では地域の「つながり」を「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」として捉えるようになった。

これは金銭に還元できない資本、つまり、家族や友人、同僚、コミュニティの仲間、近所付き合いなど、「顔の見える付き合い」を指し、人間関係の豊かさを社会の資本として捉える考え方だ。

経済的な資本と違って目に見えない分、日本では見落とされがちな概念だが、この社会関係資本は震災のような非常時に重要性が見えてくる。

例えば、都市インフラが崩壊したとき、顔の見える付き合いを多く持つ者ほど、水、食料を「お裾分け」という形で、あるいは避難情報を「世間話」という形で得やすくなる。

 

「社会関係資本が豊かな地域は治安が良く、経済効率も高まると言われています。これをどこよりも蓄積している金融機関が信組です。小規模事業者や低所得生活者に手を差し伸べ、社会関係資本に根ざした庶民のための金融機関でありたいと思っています」

 

創業支援、奨学金制度の設立。信組だからこそできる地方創生

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今後のいわきを担うネクストリーダーとなる若手経営者・後継者に向け「経営者若手育成プログラム」を提供する「若手経営者の会」

同組では「地域とそこで暮らす人たちすべてを丸ごと支える」という営業方針を打ち出している。

先に挙げた消費者ローンをはじめ、市内では唯一の中小企業に向けた創業支援のためのファンドを創設、加えて地元の経営者のための交流会を開催するなど、地域経済を活性化する取り組みを続けている。また、子育て・教育支援にも熱心だ。

 

「魅力ある企業を育てるには子育てや人材育成は欠かせません。そこで、2年前に市内の2つの大学と高等専門学校の学生を対象にした奨学金制度を設立しました。これは卒業後、市内での就職を条件に返還無用でお金を支給するものです。

また、その2つの大学では地方の金融に関する講座を受け持っていて、学生たちが将来、創業する際に役立つ話をしています」

 

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創業・新事業を志す人の発掘・育成並びに企業家輩出により地域活性化に資する目的で開講された「いわしん創業塾」

こうした地域を下支えする取り組みが評価され、同組は昨年、いわき市が創設した「中小企業・小規模企業振興会議」のメンバーに市内の金融機関を代表して選ばれた。同会議では今後、中小企業の振興に関する施策を進め、地域経済の活性化や市民生活の向上を図っていく。

 

「私どもは震災前から、そして震災後はより一層、地元の方たちへの支援活動を行ってきました。相互扶助の精神に立ち、地域のための金融を行う我々だからこそ、市と連携して地方創生を進めていけると確信しています」

 

 

連携協力の背景とビジネスチャンスの拡大に向けて

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「『食』と6次化・連携ビジネス創出支援セミナー」の様子

今年4月、同組では第一勧業信用組合(東京)と連携協力の協定を締結させた。以前よりつながりを重視してきた同氏にとって、この連携協力はどのように映っているのか。

 

「私は信組同士は連携すべきだとずっと申し上げてきました。ところが、それぞれ一国一城の主という意識が強く、協力し合えない状況がありました。

しかし、昔400以上あった信組は現在全国で153組合まで減りました。その結果、地域内での競合が減少し、独自の強みやノウハウをお互いに教えあっても差し支えがなくなりました。

そうした環境の醸成に加え、政府が地方創生を打ち出し、絶大な消費力を誇る東京の第一勧信さんが旗振りをしてくださった。これは素晴らしいことだと思っています。

物産展などを通じて、いわき市の産品を東京圏に幅広く紹介するなど、地元の事業者のビジネスチャンス拡大につながることを期待しています」

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震災後5年の節目の年を迎え、3.11当日は、震災記憶の風化防止、ふる里いわきの再生を願い、来店者に対し理事長メッセージを添えた花の種を渡した

いわき市では現在も沿岸部で堤防などの復旧・築造工事が続いているものの、復興から地方創生へと向けた新たな局面を迎えつつある。そうした中、今後は創業支援が大切であると同氏は力を込める。

 

「銀行はリスクのかかる創業支援に消極的ですが、地域とともにある我々は違います。地方創生のために小さくてもより多くの企業が誕生することを願っています」
同組では今年の3月11日、来店者に花の種をプレゼントしたという。地域の人々とともに未来を育む、そこにはそんなメッセージが込められている。いわき市に多くの夢の花が咲くことを願って止まない。

 

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◉プロフィール

江尻次郎(えじり・じろう)氏…1947年、福島県いわき市生まれ。1970年、早稲田大学第一商学部を卒業後、いわき信用組合に入組。2005年に同組の理事長に着任し、現在に至る。

 

◉いわき信用組合

〒971-8162 福島県いわき市小名浜花畑町2番地の5

TEL 0246-92-4111

http://www.iwaki-shinkumi.com/

 

 

 

◆2016年9月号の記事より◆

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