オビ 世界戦略レポート

移民問題で存在感を増す中国 v.s. 存在感を失う日本

◆文責:海野世界戦略研究所

humanitarian-aid-939723_1280

(写真=pixabayより)

 

[海野世界戦略研究所の視点]

  •   中東のテロリズムによる難民問題に端を発する移民問題は、急速に拡大しており、また今後、移民問題が収束する気配はない
  •   移民問題は、中東とヨーロッパに限られた問題ではなく、今後、アジアにも拡大してゆく
  •   移民問題の難しさは、受け入れる側の問題と移民する側の問題がぶつかり合う点にあり、受け入れる側が移民を前提にした社会をどう構築していくか、の点で合意形成を図る必要がある
  •   移民問題で特に難しいのは、移民後にそれぞれの国で生まれた二世のアイデンティティにまつわる問題で、それが多くの社内問題を引き起こしている
  •   逆に言えば、2世問題に焦点を当てることで、移民による生じる課題の多くを解決する道筋が立てられる
  •   中国は移民問題に今後積極的に取り組む姿勢を見せており、移民問題を機に、より国際社会での存在感と発言力を増すことになるだろう
  •   移民問題に対して一切の対応を拒否する日本は、国際社会で益々孤立化する恐れがあり、日本も移民問題に関する対応を積極的に取るべきである

 

 

移民問題の経緯と現状

現代社会に於ける移民問題は、古くて新しい問題である。

移民問題には過去に3回、大きな流れがあった。最初の流れは、1950年代から60年代にかけて、当時の植民地だった国からヨーロッパに大量の移民が発生した。その後時期を少し遅らせて、イタリアやスペイン、ギリシャなどの南ヨーロッパやトルコやモロッコなどの北アフリカ諸国から北ヨーロッパへの移民が発生した。

そして、1970年代から80年代にかけてソ連崩壊に端を発する幾多の紛争やイラン・イラクに於ける戦争により発生した大量の難民による移民である。

 

現在の移民問題は、紛争やテロが繰り返され不安定で希望の持てない国から安全で豊かな新天地を自ら目指して移民する、或いは迫害などで祖国にいることができなくなり難民化し移民する、というのが基本的な構図である。

今日、1億9千万人程度の人々が移民として、出生国以外の国で生活をしている、とされている。これは、全世界の人口73億人のうちの約2.6%に過ぎない。しかし、それでも今日、移民問題が大きな国際問題となている背景には、難民を中心とした一時的な移民の大量発生により受け入れ側の受入体制やキャパシティとギャップが生じているからである。

各国で対応の違いはあるものの、EUでは総じて移民受け入れに積極的で、先頃、ドイツは150万人の難民受け入れを表明した。また、オランダやオーストリアも、伝統的に多くの難民などを移民を受け入れてきた。特に、オランダは、就学人口の55%が移民または移民の子孫であり、既に移民のほうが人口の多くの割合を占める状況になっている。しかし、それでも欧州諸国は、移民の受け入れに積極的な姿勢を崩しはしない。

 

移民問題は、受け入れ側のデメリットばかりが強調される傾向にあるが、アメリカの例を見るまでもなく、移民をう受け入れることにより社会に多様性と活力が生まれ、経済発展に貢献している面は大きい。

また、日本でも人口問題は喫緊の課題であるが、欧州諸国が出生率が低下し続けているにも関わらず全体の人口が維持できているのは、移民のお陰であるし、アメリカは寧ろ人口が増加している状況である。

 

ただし、先にも述べたように、大量の難民が移民として一気に押し寄せ ることによる一時的な社会不安だけでなく、2世を中心とした移民のアイデンティティの問題や長期的な社会構造の変革への国民の合意形成など、受け入れ側の積極的で継続的な取り組みも当然必要であり、移民を上手く取り込み社会に活力を与えることに成功している国々では、こうした努力が政府や政策レベルから市民のレベルまで幅広く根付いている。

 

ただし、今年になって急増したヨーロッパの現在の難民の受け入れ政策は、刹那的な付け焼き刃な対応で、急増する移民を前にして、3年先・5年先の戦略を考えているとは思えない内容になっている。来年も150万人の難民が来たらどうなるのだろうかということを考えただけでも、彼らの住居や社会福祉などの目当てができないことは、常識的に考えて明らかである。

こうした課題は官民の受け入れだけでなく、難民を生み出す原因となっている現在の中東の戦争をどう決着するかの方が喫緊の課題のはずだが、いまのようなISISに対するヨーロッパの対応はアメリカに迎合しているだけで、根本解決への道筋が見えていない。それでは解決できない。もっとEU諸国が自主的に対応するべきだろう。

ロシアがプーチン大統領の主導の元で、ISISの拠点を多数攻撃し、短期間で成果を挙げているが、今のところ、その対応の方が戦略的に全うで、まともなように見える。

 

 

 

移民問題でも存在感を増す中国

中東からの一時的な大量の難民を移民として受け入れることに揺れている欧州諸国は、移民問題を世界的な課題として扱い、国際社会全体での協力体制を呼びかけている。更に、移民の発生源として、現在は中東を中心としているが、近い将来は、西アジア諸国やインド北部エリアなどからも移民が発生するようになる可能性も高い。

そうした状況を受け、中国は今後発生する難民などを移民として受け入れることを許容する方針であると言われている。

これには幾つかの理由があり、一つは中国の経済的な理由である。近年、中国でも経済成長に伴い人件費が高騰しているなかで、経済構造の変革が追いついておらず、1次産業・2次産業では引き続き大量で安価な労働力を必要としており、その補充要員として移民受け入れを検討していると言われている。

また、EUからの移民受け入れ要請に対して応える形で移民を受け入れる代わりに、EU諸国への中国資本による投資やインフラ整備事業の発注など、各国に対して受入人数に応じた経済的な見返りを要求する姿勢を見せ ることになることなども予想される。

 

中国には移民を受け入れるキャパシティも揃っている。それは、建設ラッシュで建築したものの住み手がおらずにゴーストタウン化している「鬼城(グイチャン)」と呼ばれる新築マンション群で、具体的には杭州市郊外の天都城や内蒙古自治区の康巴什新区など10地区以上でこうした開発が行われたと言われており、その中には100万都市として計画されたものもある。

こうしたエリアに大量の移民を受け入れる素地が中国にはある。ドイツが表明した150万人の受け入れを、ドイツに代わって全て中国が引き受けることも可能なのである。

こうしたことを中国は今後、外交カードに使うことは容易に想像できることであり、移民カードを利用して、各国と紛争を続けている領土問題やエネルギー問題などを有利に進められる状況を着々と構築してゆくことになるであろう。

 

 

 

犯罪が増えるから移民を拒否? それでいいのか!!

このように、移民問題は、受け入れる側の社会問題・地域問題というレベルで議論できるものでは既になく、事実としての国際問題・外交問題なのである。

それを全く理解せずに、犯罪が増える、とか、地域社会が荒廃する、という感情的・抽象的なレベルで議論そのものを拒否することは、すでに許容されない状況を理解するべきである。

当然、そうした傾向は日本ばかりでなく、移民を多く受け入れている欧州諸国でも同様の論調が展開されることもある。ただ、ヨーロッパ諸国では、そうした論調の裏側で、着実に移民を受け入れ、社会をより良くするための努力が続けられている。問題が起きたら拒否するのではなく、それを乗り越えるサイクルが確立されているのである。

 

日本も、過去には中国や韓国からの移民を受け入れてきた歴史がある。また、1970年代以降には、東南アジアや南米諸国から労働力として受け入れてきた。現在、日本の人口に占める移民の割り合いは1.9%程度であるが、それでも移民を受け入れる素地が全く無い訳ではない。

安倍首相が、国連の会見での記者からの質問に応える形で、移民の受け入れを一切拒否する考えを表明した。これは大きな失態である。

そもそも先に述べたように、移民問題は国内の人口問題なのではなく、国際問題・外交問題なのである。それを全く理解していないことを露わにしてしまったばかりか、重要な国際問題に日本が関与しない、と宣言してしまったようなものである。経済成長や為替よりも、国際社会は移民問題をより重要な課題として捉えており、移民問題を機に国際社会での存在感を失う可能性が益々高まった。

 

 

 

移民問題はチャンスである

中国ほどしたたかではないにせよ、日本も移民問題を国際貢献できるチャンスとして捉えるべきである。

具体的には、移民特区を創設し、特区に数十万人単位で移民を受け入れ、日本社会への移民受け入れの社会実験を行うのである。高齢化問題先進国であり、今後、人口減少と労働力が不足することが明白であり、また同質性が強く、ダイバシティに欠ける日本の社会が、今後、どのような姿を目指すべきなのか、特区での課題の洗い出しと移民問題の解決ノウハウを蓄積するのである。

そして、それを日本国内の特区以外のエリアだけでなく、海外にも移民受け入れに伴う諸課題の解決ノウハウを移民受け入れい問題に悩む諸外国に輸出するのである。これは、広い意味で日本のインフラ技術を輸出する安倍政権の方針とも一致するし、また、日本の外国人に対するイメージアップの面でクールジャパン戦略にも合致する。

 

当然、移民の受け入れに伴って問題が無いわけではない。特に、治安や社会保障面の問題は大きい。ただ、移民問題で重要なのは、受け入れ先で生まれた2世がキーとなる。元々、移民一世は、祖国の惨状をしっており、また祖国を捨ててきた覚悟があるため、移民先の社会で自立し、溶け込もうと努力をする。

しかし、2世は、自分が何者か分からなくなることがあり、それがアイデンティティの喪失と、それに付け込むことでテロや犯罪に関与する危険が高くなってしまうのである。

そうした点については、学校に於ける日本と両親の生まれた国の文化の違いの学習機会の提供やソーシャルワーカーによるメンタル面や地域とのコミュニケーションのサポートなどが有効であろう。

 

これは極く簡単な例に過ぎないが、このように冷静に見ていけば、移民問題に関する課題の切り分けとそれに対する対応策の検討は可能であり、そうした対応策の一つ一つの積み上げが、日本社会全体の移民問題に対する取り組み姿勢へ繋がってゆくのである。

 

オビ コラム

 【文責】佐々木 宏(海野世界戦略研究所 代表取締役副社長)

海野世界戦略研究所について

海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)は独立系のシンクタンクで、日本企業のグローバル化と日本社会の国際関係構築を目指した戦略的なオピニオン・アクションリーダーとなることをミッションとしている。

主な業務は、

①情報提供事業:世界情勢に関するインテリジェンス、そのインテリジェンスに基づく戦略の国内外の個人または組織への提供

②組織間のコミュニケーション促進及び利害調整代行業

を展開する会社である。

http://www.unnoinstitute.com
株式会社海野世界戦略研究所(Unno Institute for Global Strategic Studies)

kiyoshi-tsutsui

代表取締役会長 筒井潔(つつい・きよし)…慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。合同会社創光技術事務所所長。

 

 

 

 

海野恵一氏

代表取締役社長 海野恵一(うんの・けいいち)…東京大学経済学部卒業。アクセンチュア株式会社元代表取締役。スウィングバイ株式会社、代表取締役社長。

https://www.biglife21.com/society/3470/

 

 

佐々木宏氏

代表取締役副社長 佐々木 宏(ささき・ひろし) …早稲田大学大学院生産情報システム研究科博士課程後期中退。株式会社テリーズ代表取締役。

https://www.biglife21.com/society/7382/

 

 

 

海野塾

グローバルな世界で真に活躍できる人材を育成するための教育プログラムで、講義は英語を中心に行われる。グローバル化する複雑な世界を理解するだけでなく、その中で主体的にリーダーシップを発揮できる人材の養成が、海野塾の主眼である。

海野塾は、毎週末に個人向けに開催されているものの他に、個別企業向けにアレンジした研修プログラムも提供されている。

問合せ先:event-s@swingby.jp 担当:劉(りゅう)

 

2015年11月号の記事より
WEBでは公開されていない記事や情報満載の雑誌版は毎号500円!

雑誌版の購入はこちらから