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鶴岡工業高等専門学校 世界に通用するトップエンジニアを地域企業と共同で育成

研究する地域密着型グローバル高専

◆取材:加藤俊/文:佐藤さとる

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独立行政法人 国立高等専門学校機構 鶴岡工業高等専門学校  学校長 加藤靖氏(工学博士)

 

工業高等専門学校(高専)は、戦後、地域リーダーとなるエンジニア育成の中核を担ってきた。その存在感は21世紀を迎えた今、ますます高まっている。大学では就職氷河期が続くなか就職率は100%。求人倍率は10倍を超える。こうしたなかCO−OP教育や長期にわたる追教育システムなどユニークな取り組みで注目を集めるのが国立鶴岡工業高等専門学校だ。校長の加藤靖氏に鶴岡工業高等専門学校の未来戦略について聞いた。

 

地域企業と学校が一体となってトップエンジニアを育成

鶴岡工業高等専門学校は今年、創立50周年を迎えた。これを機に同校では新たなビジョン=「研究する高専」「地域に貢献する高専」「国際通用性を持ったエンジニアを育成する高専」を策定した。今後50年を見据え、時代と地域ニーズを踏まえた世界レベルの人材を育成することが目的だ。

 

すでにビジョンに沿ったさまざまな取り組みがなされている。力を入れているのは、地域やOB、OG、行政など学校外にある有形無形の資産の活用だ。たとえば「鶴岡高専技術振興会」。

 

これは地元の企業から出されるさまざまな課題を引き受けて、鶴岡高専が解決に取り組む仕組み。こうした仕組み自体は全国的にそう珍しいことではない。ユニークなのはその先だ。加藤氏が説明する。

 

 

「いただいた課題のうち、緊急性がなければ学生の卒業研究でやりますと言っています。教員が引き受け、やる気のある学生にテーマとして与えるのです」

 

こうした研究事例が毎年4、5件はあるという。

 

「うまくいけばそのまま企業との学校の共同研究に発展することもある。学生としてもその研究が面白くなってくれば、『その研究をさせてくれるなら』と地元に残って就職するきっかけになっています」

 

また鶴岡市が開発した市内中心部にある「メタボロームキャンパス」にサテライトラボを開設。地域連携を深めるともに、地域に眠る技術シーズやニーズの掘り起こしを進めている。

 

「ラボはもともと地域活性化のためにつくった本校の『地域共同テクノセンター』の出先機関。地元企業の依頼を受け製品や試料の測定を行っていましたが、そこにコーディネータを置いて、技術相談を受けるようにしました。

 

コーディネータは地元企業で定年を迎えた鶴岡高専OBの方。だから地元企業のことがよく分かる。丁寧に回っていただいているので、いろいろな課題やテーマがいただける。回ってみて分かったことは地元で活躍されている本校のOB、OGが多いということ。これはもったいないということで地域のデータベースをつくろうとなり、これを進めています。またメタボロームキャンパスには、慶應義塾大学の生命先端研究所があり、そこと共同研究やシンポジウムも行っています」

 

こうした長年にわたる地域連携に基づいて立ち上がったのが「コーオプ(CO-OP)教育」事業である。従来のインターンシップを拡充し、地域の未来を担うエンジニア育成を企業と共同(Co-Operation)で行うものだ。

 

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「これまでのインターンシップは1、2週間程度でしたが、これを3年次の夏休みに2・3週間くらい地元企業などで行い、その後春休みにまた同じ企業に行く。さらに4年の夏休みにも同じ企業で働くのです。一般の従業員の方と同じように働かせてもらい、場合によっては給料も出していただく。本格的に社員として働き、社会に出て仕事をするということは、こういうことだと体験するわけです。可能であれば企業のプロジェクトにも関わらせてもらい、そこで出た課題を学校で解決する。あるいはそのまま卒業研究になることもあります」

 

この長期にわたるインターンシップ制度は対象年生の99%が参加するという。

また同校では1年次からの企業体験にも取り組んでいる。地元企業や社会で活躍しているOB、OGを招いての特別授業を各クラス単位で行う「未来予想図講座」だ。

 

「学生時代はどんなふうに過ごし、どうやって進路を決めたのか、いつ頃決まったのかとか。いまは企業でこんなことをやってる、社会に出て必要となるスキルは何かなどを話してもらうのです」

 

学生は早い段階から明確な未来予想が描けるので、何が必要なのかを自覚しながら、高いモチベーションで授業や研究に取り組んでいける上、就業時のミスマッチも減らせる。

 

 

経済産業局と連携でマネジメント教育も強化

マネジメント教育や特許管理教育にも積極的だ。企業は技術を生み出すだけでは、企業の収益には結びつかない。技術を製品化し、市場で売れる商品に仕上げなければ、使われた資金と労力が台無しになってしまう。

同校では、東北経産局に働きかけ、東北の経済の実情にあった経済学、経営学、あるいは経営管理や特許の申請管理方法などの講義を現役の経産局の担当者に出向いてもらって行っている。

「学」と「産」の地域連携に「官」が加わることで、より効果的で有効なプログラムが組める。一方、経済産業省側にとっても産と官に学が入ったことで、その地域の産業振興が一層効果的となる。もともと同校は特許取得や管理には積極的だった。

 

「本校には『発明委員会』という組織があり、特許が取れそうだとなるとここで審査し、さらに高専機構に申請し弁理士からOKをもらうと特許が取れます。本校には特許をもった教員が何名かいます。その他にも、企業との共同研究は盛んに行っています。

 

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最近では蜘蛛の糸の人工量産化を実現して話題を呼んだスパイバー株式会社の蜘蛛の糸の物性評価、機能特性評価に関する共同研究などがあります。こうした“ここでしかできない”研究に力を入れていきたいと思っています。また教員にはそういったユニークな研究にどんどん学生を巻き込んでほしいと言っていますし、地域企業の方もどんどん参加してほしいと思っています」

 

地域でできることを知るには地域と深く連携することも大切だが、加藤氏は学生に一旦この地を離れることも勧める。

「若い人が留まる仕組みを地域と連携してつくっていかないといけないと思っています。ただ最初から地元に残るのではなく、首都圏や関西圏でいろんな経験をして、刺激を受けてある程度力をつけてから戻ってくるような仕組みや、自分自身がベンチャーを興せるような仕組みを考えないといけない。もともと本校では“卒業して終わり”ではなく、各教員レベルで卒業後も進路相談に応じたり、将来地元に戻って活躍したい、家庭を持ちたいといった相談にも乗っている。これを学校と企業の仕組みとして構築していきたいと思ってます」

 

地元から離れて経験を積む。それは国内にとどまらない。同校では現在タイやシンガポール、フランス、フィンランドの大学と交流しており、毎年留学生を受け入れる一方、学生を海外に送り出している。

 

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「地元企業の方から聞かれるのは、『高専生は技術力はあるが、欲を言えば、英語でコミュニケートできる人材が欲しい』と。今はインターネットで繋がっているので、地方企業にも海外から問い合わせがどんどん入る。だから学生には日本国内だけではなく、外も見せなくてはいけない。海外派遣は経済的に負担がかかるので、後援会費や企業から寄せられた国際交流のための基金、文科省のプロジェクト予算などを駆使して、学生、それから教員もどんどん海外に出しています」

 

鶴岡高専の視点は従来のものづくりの枠にとどまらない。

「庄内地方は農業も強いが、TPPや高齢化などで揺れています。しかし農業もこれからICTなどを用いて取り組めばまだまだ可能性があります。本校では農業関係者のノウハウを蓄積して、取り出せる『アグリサーバ』という研究もしています。それぞれの業界がバラバラに取り組んでいては地域活性化は進まない。みんなこの庄内が素晴らしいと思っている。だったらみんなで手を組んで切磋琢磨しながらいいものをつくっていくようにしないといけない。思っていることを実際に声に出してほしいと思います。私たちはその声に全力で応えますから」

 

 

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 Q 大学生の就職率が低迷していますが、高専はずっと100%ですね。

 

高専の求人は多いですね。本校8倍くらいですが、全国平均だと10倍以上になるでしょう。高専の魅力は、たとえば機械工学を専攻してもコンピュータはどの学科でもやりますから、だいたいどんな部門でも対応できる。また本校には5年生を終えた後の2年間の専攻科があります。ここにはさらに成績優秀者が残り、卒業すると大学の4年修了と同じ扱いとなり学士号が取れます。専攻科から大学院に進学する学生が3、4割いるので、非常に求人が多いですね。専攻科の求人倍率は10数倍になります。

 

Q 5年卒業時に就職する学生はどのくらいですか。そのうちどのくらいが地元に残るのですか?

 

本校の場合、だいたい6割くらいが就職します。地元就職希望者は非常に多いのですが、実際に地元に就職しているのは2、3割くらいでしょう。ただ地元就職希望といってもかなり親の意向を反映している。本人たちはそれほど地元にこだわってないと思います。

 

Q 就職先は学生が自分で見つけるわけですか?

 

求人は企業から学校に来ますが、いまはインターネットが発達しているので、ネットで企業を探して自分で応募する学生もいます。ただ本校では本人がもし学校を通じて受けたいという意向があれば、学校が企業にコンタクトを取り、学校に求人票を出すように依頼しています。そこで求人票が出れば、その学生に学校長として推薦状を出すようにしています。そうすることで、もしその学生が就職先でどうしても辞めたいとなったら、その対応を企業側と相談できますし、あるいはその理由が納得できるものなら、次の就職先を探す手伝いができる。そうやって卒業生との進路相談や再教育のつながりを持たせてくようにしています。

 

Q そのためにはコーオプ教育の充実が鍵を握ってくるわけですね。

 

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そうです。企業経験がないまま突然企業に入って、「やってみたらこんなんじゃなかった」となったら本人も企業も困る。だから長期の休みに実際に働く体験が重要になる。面接で2、3分話したって“人となり”は分かりませんから。いまの学生は興味があれば辛くても働くんです。そうなってくるとその企業に就職したいと思うようになる。そういう意味でお互いのために時間をかけて教育していきましょうと。たまたま自分の関心に合わないっていう学生もいるでしょう。そうしたらまた別な学生を入れればいいですし。

 

Q 庄内地方の企業からは経済状況があまりよくないという声が訊かれます。

 

いま庄内地方ではルネサステクノロジの撤退が問題となっています。撤退となれば相当影響が出るでしょう。そういう事態になってからどうしようと思っても遅い。従来の取引だけで満足していればいつどうなるか分からない時代です。国内だけでなく海外も視野に入れながら、企業は普段から新しいことにチャレンジしていかなければならないと思います。

単に若い人が入ってくればなんとかなると思うのではなく、『うちの会社はこうだ』という特徴と方向性を決めて、若い人でも自由に意見が言えるような企業づくりが重要だと思っています。その点からももっと企業のみなさんにはコーオプ教育に積極的に参加して可能性を拡げていってほしいと願っています。

プリント 鶴岡工業高等専門学校

〒997-8511 山形県鶴岡市井岡字沢田104

℡0235-25-9003

http://www.tsuruoka-nct.ac.jp/

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年12月号の記事より

町工場・中小企業を応援する雑誌BigLife21 2013年12月号の記事より