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世界平和研究所参与 小島弘氏・特別インタビュー【最終回】『若者よ、未来は暗くないぞ』

 

筒井潔オビ1

世界平和研究所参与 小島弘氏・特別インタビュー【最終回】『若者よ、未来は暗くないぞ』

◆インタビュアー:筒井潔 /文:加藤俊

オビ インタビュー

小島弘氏 (1)小島弘氏(世界平和研究所参与)

全学連で副委員長や共闘部長を歴任した小島弘氏は60年後の現在「公益財団法人世界平和研究所 参与」という肩書きを持つ。この世界平和研究所とは、中曽根康弘元首相が会長を務める政策研究提言機関である。

これまで4回に渡って学生運動を率いて政府と戦った小島氏が元首相の懐刀になるまでの物語を追ってきた。今号は最終回として次代へのメッセージを伝える。

 

■世界平和研究所

筒井:前回まで新自由クラブ事務局長の時代をお聞きました。そこから先、世界平和研究所に来た経緯を教えてください。

 

小島:平和研へはね、大平、中曽根両内閣のブレーンを務めた佐藤誠三郎さんと香山健一さんが誘ってくれたんです。山口敏夫さん(新自由クラブ幹事長)に「小島君の身柄は預かるよ」と話してもらって。平和研ができたのは1988年(昭和63年)なのですが、設立数カ月後に入りました。

 

筒井:それこそ日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれていた時代ですね。平和研は日本から世界平和のためにオピニオンを発信しようという目的で設立された政策シンクタンクになりますよね。どういったことを行っているのでしょうか。

 

小島:平和研は、世界平和と冠する以上、世界平和に繋がることには何事にも取り組みます。実際中国と台湾両者を別け隔てなく扱います。よくわからない人は「中国を刺激するから、それはマズイのでは」と指摘しますけどね。でもここは民間研究機関なんです。世界の平和を謳っているのですから、一方しか付き合わないというのはおかしいでしょう。

 

筒井:研究者の方達は各省庁から出向して来ていますが、そういった研究者の方達の中で小島さんの役割とは何なのでしょうか。

 

小島:特に何かということはないんだよ(笑い)。新自由クラブにいる時とやっていることは変わりません。諸事万端に事が運ぶための調整です。当初は事務局次長として活動していました。

 

 

■中曽根内閣のブレーン

小島:ただ、ここに来て面白かったのは、中曽根さんと後藤田正晴さんとの会話のやり取りを直に聞けたことですね。表向きは中曽根総理に仕えた官房長官後藤田さんですが、裏で二人で話し合う時は立場が逆になり、内務省時代の後藤田先輩と中曽根後輩という間柄になってね。中曽根さんもそれが楽しそうだった。

そうした関係から見てもわかるんだけれども、中曽根さんは人の使い方が非常に上手いんです。誰を何処にどう置くか。自分の先輩だろうと適者だと思えば起用するというね。

実際、中曽根内閣を支えたメンバーは、とてもユニークな人達でした。よく野球の打順で例えるのですが1番バッターに山口敏夫さん。2番に村上正邦さんとくる。

 

筒井:「政界の牛若丸」と「参院のドン」ですか。

 

小島:そう。二人共ぼくと一緒で逮捕経験がある(笑い)、まぁ切り込み隊長だよね。それを言ったら、山口さんが「おい小島君、オレだってバントと盗塁だけしかできないワケじゃないぞ。たまにはホームランを打つんだ」なんて笑っていましたが。

で、3番には後藤田さんがいて、4番にメザシの土光敏夫さん(IHI・東芝元社長)。5番に金丸信副総理で、6番が田中六助さんと。主要メンバーは個性豊かで経験も豊富な人達です。

 

筒井:今の政治家では絶対できないことですね。この錚々たるメンバーを纏め上げるというのは。でもそれができたからこそ、三公社の民営化(電々[NTT]・専売[JT]・国鉄[JR])を始めとした行革が実現できたと。

 

小島:そうでしょうね。中曽根さんはそうした人の使い方が上手かったのです。

 

 

■歴代で人の使い方が上手かった総理大臣は誰?

筒井潔氏

筒井:人を如何に使うか、これが苦手という人は多いと思います。特に企業経営者は兼ね備えなければならないスキルですが、ここに企業経営の難しさを感じている方は多い。人って正しいことを言っても、それで動いてくれるわけではありませんからね。

 

小島:そういった点では元内閣官房副長官の石原信雄さんが面白いことを言っていました。石原さんは竹下総理から橋本総理まで仕えているんです。それで歴代で人の使い方が上手かった総理大臣は誰かを聞いたんです。そうしたらそれは村山総理とおっしゃる(笑い)。

 

筒井:意外ですね。

 

小島:というのも象徴的なエピソードがあるそうで、阪神大震災が起きたとき「官房副長官来てくれ」と。「指揮は全部あなたがとってくれ。何かあった場合の責任は全てオレがとる」こう即座に明言されたのだそうです。

そのときの所作がまさにリーダーたるものだったと。世に言われている自衛隊の出動要請のもたつきなど村山総理は色々言われていますけれども、実際に間近に仕えた人から見るリーダーとしては、村山総理はなかなかどうして、きちんとリーダーシップを発揮する、やはり一国の宰相たる人物だったそうですよ。

 

筒井:東日本大震災の時のリーダーとは違うと。自分で前線に出たがって現場が混乱してしまったと言われている。

 

小島:そう。リーダーたる行動を取るためには、日頃から人との繋がりを大切にしなければなりません。きっちり人と繋がっていないと有事に対応できないんです。相手との信頼関係がしっかり築けているかどうか。信頼をおいて任せられる関係が作れているかどうかが肝心なのです。

そういった意味でぼくが自分たちの時代と今の時代とで何が違うのかを考えると、ひとつ言えるのは、人との繋がり方が変わったなと思うわけです。ぼくたちの時代は人との繋がりが今よりもっと深かった。ネットとか携帯なんてものがないから表向きは牧歌的というか適当なんだけれども、人と人とがずっと剥き出しで付き合っていたから、根っこがしっかりしていた。信頼というものがもっと築きやすかったですね。それが、今の時代はなかなか難しいように思います。

 

 

■元祖学生運動指導者はSEALDsをどう見るか

筒井:学生運動も小島さんの時代までは互いを信頼しあう連帯意識があった訳ですものね。どうですか。最近の学生のデモはどう見ていますか?

 

小島:安保なんかどうでもいいだろうと。もっと自分達の生活を良くすることに直結した活動をすべきと思うのです。安保をやって君達の将来は変わるのかと。それは訊きたい。日本の歴代の若者のなかで、おそらく今の若者が一番搾取されています。もっと本質的な要求をすべきなのではと思うのです。そうでなければ、これ以上の理解を得られることはないでしょう。

 

 

■人付き合いの大切さ

筒井:なるほどですね。その口ぶりには全学連の人達がやり残した宿題があるように思います。若者に何を伝えたいですか?

 

小島:う~ん、ぼくが人に対して言えるのは、面白い付き合いをさせて頂いたということ。ぼくぐらい面白い人付き合いができた奴ってのもそんなにいないと思う。それこそ総理大臣からブタ箱に行った連中まで、財界人から労働組合まで、色々な人と面白い付き合いができましたから。

 

筒井:多くの成功者を見ていますが、特徴は?

 

小島:さっきも言ったけど、人との繋がりを大事にすることです。例えば今里広記さん(元日本精工社長)。今里さんは学歴はなかった。でも財界官房長官と呼ばれるほど財界で慕われました。それは、人の面倒見が本当に良かったからです。

こんなエピソードがあります。友人の篠原浩一郎君(九州大学、全学連中央執行委員、59年社学同委員長)は学生運動に非常に熱心だったから、逮捕歴13回にもなった。こうなると一般企業への就職は難しい。結局田中清玄さんから山口組を紹介されて、当時田岡組長が仕切っていた神戸港の甲陽運輸に就職するんです。

ところが後に今里さんと出会った際、「おい、九大を出て山口組もないだろう。オレが引き取ってやる」といって、本当に引き取ったのです。今里さんは長崎県出身だったから同郷のよしみというかほっておけなかったのかもしれません。

 

筒井:ここの面倒は俺が見る。そういった意識があったのかもしれませんね。

 

 

■小島さんは今の若い人に似ている

筒井:篠原さんと同じように、小島さんも人の繋がりで人生が回ってきたように思います。入社試験も受けずに就職していますし、政界に入ったのもやはり人の繋がりですよね。

 

小島:そうですね。本当に人の繋がりに助けられた人生です。だから、今の若い人に伝えられることがあるとすれば、人の付き合いは本当に重要だということですね。

どうも今の人は自立するということの意味を履き違えているように思えるのです。自立って自己責任とか一人でやっていけるようになる状態を指すのではありません。自立するということは依存先をたくさん増やすことです。頼れる人をいっぱい作ること、それが自立なのです。困ったときに助けてくれるような人をたくさん作ること、そうした人付き合いを大切にしてください。

 

筒井:ここまでお話を聞いてきて、私が一つ思うのは、小島さんの半生というのは今の若い人に似ているんですよね。今の若者のライフスタイルを先取りしているように思えてなりません。

というのも、小島さんは典型的なサラリーマン生活を送ったことがない。これは小島さんの年代ではとてもめずらしいことです。終身雇用が当たり前だった時代、そうした企業のコミュニティーに属さなかった人です。

日本は戦後コミュニティーの場が、村から会社に移っていきました。それが90年代まで続いた。その会社中心の縁でコミュニティーが形成された社会に、小島さんは属していない。21世紀になると会社のコミュニティーが潰れてしまった。次に来た無縁社会を経て、これから小さな縁ができる多縁社会になっていくと言われている。今はその端境期。

ところが小島さんの生き方は、この多縁社会時代を先取りしたように思うのです。本人が意図せず色々なコミュニティーを上手く渡り歩いた。そして80才を超えて現役であり、且つ毎日を謳歌していらっしゃる。こう見ると、小島さんの存在は今の若者にとって一つの吉兆に見えます。小島さんを見てみろ、未来は暗くないぞと言えますから。

 

小島:ありがとう(笑い)。

 

筒井:こちらこそ本当にありがとうございました。

 

 

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世界平和研究所

◉プロフィール/小島弘(こじま・ひろし)氏…1932年生。明治大学卒。57年全学連第10回大会より全学連副委員長。60年安保闘争当時は、全学連中央執行委員及び書記局共闘部長。その後、新自由クラブ事務局長を経て、現在は世界平和研究所参与。

◉インタビュアー/筒井潔(つつい・きよし)…慶應義塾大学理工学部電気工学科博士課程修了。合同会社創光技術事務所所長。株式会社海野世界戦略研究所代表取締役会長。株式会社ダイテック取締役副社長。

 

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