次世代の産業を担う【中小企業】初めて明かされる秘話
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株式会社悠心 二瀬克規|リーダーシップは〝鮮度〟が命!営業の秘訣はWIN-WINで人を困らせないこと

 

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株式会社悠心 二瀬克規 リーダーシップは〝鮮度〟が命

営業の秘訣はWIN-WINで人を困らせないこと

◆取材:綿抜幹夫 ・加藤俊 /撮影:伊藤真

株式会社悠心 代表取締役社長・工学博士 二瀬克規氏

株式会社悠心 代表取締役社長・工学博士 二瀬克規氏

 

もしかするとこの人の〝鮮度〟こそ、この先もずっと落ちることがないのではないか。

いつでもどこでも何度でも、ゼロからスタートできる知恵とアンテナ、朗らかさとバイタリティーを併せ持った、極めてユニークな経営者である。開封後も中身の鮮度を保つとして、中小企業優秀新技術・新製品賞や発明大賞など、数々の賞を総嘗めにしている次世代型液体容器、「PID」を開発した「悠心」(本社・新潟県三条市)の社長であり、工学博士の二瀬克規氏(64歳)だ。

わずか3人の技術者を率いてスタートし、事実上の1年目は390万、2年目には1億円超、3年目には4億円超の売り上げを1人で叩き出したというから、自ら「超一流の営業マン(笑い)」と豪語?するのも無理はない。ベンチャービジネスのお手本とも言うべき氏の経営手法と、その背景をリポートする。

 

瓢箪から駒!? 出す商品出す商品がすべてヒット

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本来なら製品情報から書き出すところだが、本稿に限っては人物・企業情報から入りたい。なんと言ってもこの製品は、テレビと言わず新聞・雑誌と言わず、ありとあらゆるメディアが取り上げているので、正直言って書き手としてはまるで面白みに欠けるからである。おそらく台所に立ったことのない読者諸氏も、頭の隅のどこかに記憶が残っているに違いあるまい。女優の麻生久美子が嫁さん役で、姑役の三谷悦代とからみ、バックに「空気に触れないからいつでも新鮮」とナレーションされる、あのヤマサ醤油「鮮度の一滴シリーズ」のテレビCMである。

 

実はあの空気に触れない醤油の容器こそが、二瀬氏の率いるファブレス型モノづくり集団、「悠心」が世界で初めて開発した、開封後も鮮度を保つ=中に空気が入らない=次世代型液体容器、「PID=パウチ・イン・ディスペンサー」なのだ。

 

05_yushin02ということでそのPID他、製品や技術力の詳しい情報に関しては、悠心のホームページ(別掲)に譲るとして、ここはこの人とこの企業の、足跡とその背景にある考え方を中心に話を進めよう。
はっきり言って義理と人情から生まれた、〝瓢箪から駒〟みたいな研究開発者集団である。しかも会社設立が2007年というから、まだ6年にもならないヨチヨチ歩きの集団だ。もちろん単なるヨチヨチ歩きなら、余程の幸運にでも恵まれない限り、上述したような大ヒット商品などつくれよう筈もない。そこで話は24年前、1989年にまで遡る。

 

「当時、私のいた会社(大成包材=現・大成ラミック)と、あるメーカーとが連携して、新しい小型液体包装袋の研究開発に取っ掛ったのがそもそもの始まりなんです」(二瀬氏、以下同)

 

二瀬氏の言う小型液体包装袋とは、醤油やソース、マヨネーズといった、スーパーなどのお惣菜に付いている調味料の包装袋である。

 

「覚えていらっしゃると思いますけど、昔の液体包装袋って、どこが切り口か分からないし、切っても中身が飛び散ったり、手が汚れたりしたじゃないですか。簡単に言うと、それを分かり易く、切り易く、扱い易くした包装袋をつくるための研究です。一見、簡単そうな仕事のように思われるかも知れませんが、実は基礎研究から材料の導き出しまで、たいへん手間の掛かる厄介な研究でしてね。しかもすぐには売上とか利益に結びつかない。陽の当たらないというか地味な研究なんですよ。そのときの大成側の責任者が、実は私だったんです」

 

結論から言うと、その研究開発を共にした、氏にとって〝戦友〟とも言うべき相手メーカー側の初代メンバーが、その後の「悠心」設立に関わったメンバーである。経緯はこうだ。

「彼らも実際はいい仕事をしてたんですけどね。でも研究の課程って、物差しみたいなものがあるわけじゃないから、周りからはよく見えないじゃないですか。ウチは多少なりとも体力がありましたからそんなことはありませんでしたけど、結局そのメーカーは、撤退と言うか力を入れなくなりましてね。そうなると研究者は可哀想なものですよ。みんなからは白い目で見られるし、会社からは冷遇されるし……」

 

ということでここからが、義理と人情&瓢箪から駒である。

 

「そのメーカーにいた一番の戦友が、結局会社を辞めることになったと聞きましてね。これは放っとけないと思って、金の面倒はウチで見るから、研究を続けろってこっちに引っ張ったんですよ。その頃はちょうど私がR&D(研究開発)担当で、常務取締役ということもあって、私の判断で研究開発費が使えましたから」

 

結果的にはこれが、大成(この頃は既に現社名に変わり、東証二部に上場していた)にとっての大きな飛躍のきっかけになり、業績をグングンと伸ばすことになる。先の小型液体包装袋はもちろん、液体充填フィルムなど、出す商品出す商品がすべてヒットし、2001年には、同分野において国内シェアNo.1にまで上り詰めるのだ。

 

 

5600万円使って390万円の売り上げ

高層ビル

しかしこれが逆に、二瀬氏にとってはストレスの始まりになる。

「なんだか会社の仕事がつまんなくなってきましてね」

ある種の〝やり尽くした感〟と、冒頭に書いた氏の〝鮮度〟のせめぎ合いである。二瀬氏が入社した頃の大成包材は、東京足立区の一中小企業に過ぎなかったが、それがやがて埼玉県に大きな自社工場を持ち、ヒット商品を連発し、全国に営業所を張り巡らせ、東証一部に上場する(2003年)までの企業に成長している。

 

それとまったく歩調を合わせるように、二瀬氏は技術者として、研究者として、経営陣の中核を為す一人として、数々の実績を上げ、さらにはIR(株主向け広報)担当役員として、一部上場に至るまで、一貫して主導的役割を果たしてきているのだ。もしあと、やり残しているものがあるとすれば何か……。

 

「あのメーカーから引っ張ってきた3人ですよ。ずっと中途半端な状態で研究開発に勤しんでいましたからね。よし、ここはみんなまとめて面倒を見るかってことで、会社を設立したわけです」

一万円札

ところが、設立したはいいが、二瀬氏はいきなり厳しい現実を目の当たりにする。

「会社をつくるに当たって、資本金として3600万円入れたんですけど、これがアッと言う間になくなるんですね。4カ月くらい経った頃ですか。経理の者が私に支払いの金が足りないって言うので、いくら足りないんだって聞いたら、1000万円ほどだって言うんです。ちょっと驚きましたけど、でも考えたら無理もないんですよね。初期投資はそれなりに掛かるし、研究費も人件費もけっこう掛かるし、逆に売り上げはまったくないし。そこで2000万円を貸す形にしたら、それじゃあ債務超過になるって言うので、その分は増資に切り替えたんです。

結果的には半年で5600万円使って、売り上げは390万円でした。それでもなんだか、危機感がないんですよみんな。技術者って面白い人種でね、お金は天から降ってくるくらいの感覚なんですから(笑い)。もっともスタートから大雑把で、事業計画も何もない状態で仕事をさせていましたから、悪いのは全部私ですけどね」

 

 

海外を視野にオープンイノベーション

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そんなわけで実質的に営業をスタートしたのは2008年、2期目からだという。しかしこれがまた半端でなく凄い。

 

「こう見えて私は超一流の営業マンなんですよ(笑い)。1人で飛び歩きましてね。2年目が1億1700万円、3年目が2億3000万円、4年目には4億2000万円売り上げていますから。それもけっこう窮屈な条件下で営業してのことですよ。市場的に前の会社(大成ラミック)と重なるケースも少なくありませんから、下手に刺激を与えてはいけないとかね」

 

ということならここは、二瀬氏の営業手法というか、営業の秘訣についても聞いておかねばなるまい。

「秘訣ってほどではありませんが、基本の姿勢はやはり〝WIN-WIN〟ですよね。相手にも得すると思ってもらえるような提案でなければ、営業にはなりません。次に気配りですね。相手の立場やメンツを立てながら話を進めることです。例えばA社と競合してB社に売り込むときですね。こっちが取れそうだからって1から10まで全部取るつもりで話を進めたら、B社はA社に申し訳ないという気持ちになるでしょうし、そうなったら売れるものも売れません。

一方、A社はメンツを潰された気持ちになるでしょう。そうなると感情的になって、こっちの提案を潰しにかかってくる危険すら生じてきます。要は顧客はもちろん、競合相手も含めて、人を困らせないことです。これが一番大切だと思いますよ」

 

なるほど。永田町のお歴々にも聞かせたい言葉である。最後に今後のビジョンや課題についても語ってもらったので、紹介しておこう。

 

「国内だけを見ますと、かなり認知度が上がってきましたから、業績も今後は順調に推移するものと期待しています。問題はその先ですが、どうやって海外に広げていくか。これが大きなテーマになろうかと思います。いずれにしても悠心一社でどうにかなるというものでもないと思っていますので、今後はオープンイノベーション(企業が保有する技術を活用しようとする際、社外のアイデアを社内のアイデアと同様に用いること)の理念を基に、具体化していきたいと考えています」
やはりこの人の鮮度は当分、間違っても落ちることはあるまい。

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二瀬克規(ふたせ・かつのり)氏
1949年、札幌市生まれ。東海大学工学部卒業。1972年、大成包材(現・大成ラミック)入社。1993年、R&Dセンター本部長兼任の常務取締役に就任。1998年、「液体包装袋のヒートシール部の強度に関する基礎研究論文」で学位(工学博士)取得。2001年、同社の液体充填フィルムの国内シェアをトップに導く。2003年、東証一部上場に当たりIR担当兼任。2007年、同社を退社し、株式会社悠心を設立。同時に代表取締役社長に就任する。

 

 株式会社悠心

【本社工場】
〒955-0002 新潟県三条市柳川新田964番地
TEL 0256-39-7007

 

【東京営業所】
〒104-0061 東京都中央区銀座2-8-9 木挽館銀座ビル5F
TEL 03-6228-6408

http://www.dangan-v.com

 

町工場・中小企業を応援する雑誌 BigLife21 2013年4月号の記事より

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