株式会社池山メディカルジャパン 2泊3日の温泉旅行ができる乳房をつくって

◆取材:綿抜幹夫 /文:大高正以知

妹の願いと妻からの借金で生まれた話題沸騰のオーダーメイド人工乳房

株式会社池山メディカルジャパン/代表取締役 池山紀之氏

株式会社池山メディカルジャパン 代表取締役 池山紀之氏

まさにベンチャービジネスのお手本と言っていい。本来ならもっと関心が寄せられるべき女性(乳ガンによって乳房の切除を余儀なくされた女性)たちの心の声に着目し、最先端医療器具の研究開発技術と、患者の笑顔のためにという〝医の心〟とを有機的に結びつけた、これまでにはない〝オーダーメイド人工乳房〟事業である。

「2005年日本乳癌学会」で展示発表されるや、瞬く間に話題沸騰。今や国内はもとより、米・欧・中・韓など、世界中から製作依頼が絶えないという盛況ぶりだ。さっそく事業を展開している池山メディカルジャパン(本社・名古屋市)を訪ね、社長の池山紀之氏(55歳)を直撃した。

聞くと事業をここまで伸ばせたことのポイントは、どうやら「生来の諦めの悪さ(笑い)」(本人)にあるようだ。

 

 

見返りは患者さんの笑顔

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まずはこの事業のビジネスモデル(顧客・価値・経営資源)について、簡単に説明しておこう。

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最初に顧客だが、患者は国内だけでも60万人ほどいる。しかも毎年、5万人以上増加していると見られる。これを地球規模で見るとどうなるか。正確な資料がないので推測で言うしかないが、おそらく1億人近くには上るだろう。もちろんその人たち全員が顧客になるわけではない。しかし年々患者が増え続けていることを考えれば、少々不謹慎との指摘を受けるかも知れないが、(現時点での治療の実情からして)ここ当分、市場は拡大する一方と言っていい。

 

次はその価値だが、こちらもまた計り知れないものがある。心の痛みがかなりの割合で軽減されるという、マネーには換えられない貴重な価値である。乳房を切除した女性たちの多くが、実は何年も、同窓会や町内会の旅行は言うに及ばず、町の銭湯やプール、海水浴にさえも行くことができないでいるのだ。ブラジャーを着けるにも詰め物を要する。外出すれば他人の視線が気になって仕方がない。

この痛みばかりは、本人だけにしか分からないが、突き詰めれば女性としての〝尊厳の問題〟と言っていいだろう。詳しくは後述するが、池山氏がこの事業を手掛けることになった直接のきっかけは、まさにその価値を見出したからに他ならない。

 

次に経営資源だが、これは池山氏自身が積んできた各種インプラントなど、医療用器具の開発における技術の研鑽と、それに伴って培われたリーガルマインド(法制面での判断力やノウハウ)に、あとは、「女房に借りた200万円と、私と専務の〝足〟だけです」(池山氏、以下同)

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ということで本稿はその〝足〟、つまりどのように営業活動を展開してきたかという、新規事業を立ち上げるにおいての極めて現実的な話から始めたい。何と言ってもこれが、(他に3社ほどあるという)競合相手との決定的な違いだからだ。

驚くなかれ。同社の相談窓口(名古屋、東京、熊本のブレストセンター)に訪れる依頼者のほとんどが、実は全国約500カ所の病院、クリニックなど、医療機関からの紹介である。

 

「宣伝しようにも金がありません。仮に金があって宣伝したとしても、モノがモノですし、実績も知名度もない地方の中小企業ですから、そう簡単には信用してもらえません。そんなこんなを考えまして、乳ガンの外科的処置をしている全国の病院を、片っ端から訪ね歩いて、先生や看護師さんたちに製品の説明をすることにしたんです」

なるほど。ちょっと考えると分かるが、これほど確実で効率のいい〝販路〟は他にあるまい。しかも、

「紹介料とか手数料の類は一切お支払いしていませんし、病院側もそんなことはまったく考えもしていません。長崎大附属病院のある先生が、見返りは患者さんの笑顔だと笑いながらおっしゃっていましたが、まさに〝医の心〟ですね。先生や看護師さんも、自分の担当した患者さんが明るくなった、元気を取り戻したと言って、心から喜んでくれているんです」

 

もちろんこれは病院側が、氏の見識や事業に取り組む姿勢などに共感し、併せて製品の完成度の高さをはっきりと認めたからに他ならない。

 

 

順風満帆に見えた前立腺肥大用のステント事業が…東京銀座シンタニ歯科口腔外科クリニック (8)

さていきなり話の向きを変えて恐縮だが、ここらで氏が、この事業を手掛けることになった経緯ときっかけについて詳しく述べたい。

元々はデンタルインプラント(人工歯根)など、主に歯科系の医療器具をつくっている実父の会社の技師であり、次期社長と目された一人である。その氏が、社業とは少し違う方向に目を向けることになったのは、UCLA(カリフォルニア大ロスアンゼルス校)など、2度に亘るアメリカ留学で得た知識や技術と、インターナショナルな人間関係に起因するところが大きいようだ。

 

1988年頃に始めた、耳、鼻、指用インプラントの研究開発を皮切りに、1990年にはジョンソン&ジョンソン(アメリカの製薬・ヘルスケア製品会社)の協力を取り付け、父親と相談して別会社を設立し、前立腺肥大による尿道閉鎖の進行と症状を緩和するためのステント(人体の管状部分に埋め込み、内部から管を広げる医療器具)づくりに乗り出す。

しかしつくっては壊し、つくっては捨てるといった試行錯誤を繰り返している間にも、研究資金は底を突き、肝心のジョンソン&ジョンソンが泌尿器関連から撤退して協力が得られなくなるなど、氏の行く手には次から次へと試練が立ちはだかる。それでも何とか頑張り抜き、スタートから10年近くの歳月を経た頃に、ようやく製品化の目処がついたという。氏が欣喜雀躍したのは、想像に難くあるまい。

 

「これは自分で言うのもなんですが、画期的な発明と言っていいと思います。問題は最後の仕上げと言いますか、事業化するための資金ですが、それも懇意にしていたJC(青年会議所)の仲間たちに話したら、これならいずれ上場できるということで、俺も俺もと乗ってくれましてね。上場を視野に証券会社も付けて、結局約50人、1億5000万円ほど集まりました」

 

順風満帆に見えた前立腺のステント事業はしかし、悲しいかなペンディングを余儀なくされる。3年余りも掛けて集めたデータと医療機器認証申請が、無情にも厚労省から差し戻し(データの取り直し)を食らったのである。

「頭が真っ白とはこのことです。データを取り直せと言ったって、金は全部使い切っていましたし、かと言って仲間に話してもう一度集めるなんて、思いも寄りません。その前にこの事態を、彼らに何と言って説明します?」

説明などしようがあるまい。氏はもちろんのこと、出資者の誰ひとりも、バラ色の将来に期待こそすれ、こんなことになるとは想像だにしていないのだから。

 

 

コンセプトは2泊3日の温泉旅行を普通に楽しめるだけの完成度public-domain-images-archive-high-quality-resolution-free-download-splitshire-0001

しかしここからモノを言うのが、冒頭に書いた、氏の〝諦めの悪さ〟である。

「今までやってきたことはけっして間違ってはいない。現に積み重ねてきた研究成果はいっぱいある。となればそれを使ってやれば、何か道は必ず拓ける。そう思って頭を抱えていたら、その頭にふとある記憶が蘇りましてね。その3年ほど前のことですが、どうせ人工の体の一部をつくるなら、アタシのオッパイをつくってみてよって言った妹の言葉です。乳ガンで片方の乳房を切除していましてね。

友達と旅行にも行けなくて、ずっと淋しい思いをしていたそうです。それで既製品の人工乳房をいろいろ取り寄せたり、調べていたようですが、どれもこれも形ばかりの代物で、色とか乳房特有の曲線とか、手触りとか継ぎ目とか、何一つ、使う側の気持ちを考えてつくってはいないと言うんです」

 

今日の盛況ぶりを思うと、これは天の啓示とでも言う他あるまい。とまれ氏はさっそく妹から取材し、目指すべき製作コンセプトを策定する。結論から言うと「普通に2泊3日の温泉旅行ができるだけの、高い完成度を持った人工乳房」である。

 

具体的な条件としては、①洋服の上から自然に見えて、触っても違和感なく、柔らかいこと、②普通のブラジャーに普通に入って、ブラジャーを外したときも自然に見えること、③そのままお風呂に入ったり、シャワーも浴びられること。この3つだ。

「よし、それなら2~3年もあればつくれる」 ほくそ笑んだ氏は、ここでまたしかし思案に暮れたと言う。開発資金がまったくないのだ。

「そのときですよ、女房に借金したのは。100万円ずつ、都合200万円借りました(笑い)」

 

あとは前述した通りである。ちなみにオーダーメイド人工乳房事業を本格化した2007年度以降、2009年度の1年を除いて同社はずっと黒字決算を果たしており、その間、「名古屋中小企業グランプリN-1」でグランプリを、「ジャパンベンチャーアワード2011」では中小企業庁長官賞を受賞するなど、文字通り日の出の勢いと言っていい。

 

 

周りの目が気にならない「ピンクリボンお宿ネットワーク」スタート!

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ついでと言っては申し訳ないが、唯一赤字を出した2009年の出来事を紹介しておきたい。ある意味でこの年は、氏の半生で一番の危機の年だったと言えるかも知れないからだ。

前年のリーマンショックの影響で、同社に出資していた企業のうち3社が相次いで倒産し、それらの債権を引き継いだ整理機構が、同社に対し出資金の引き上げ(株式の買取)を強く要請してきたというのだ。

 

「ある日いきなり電話が掛かってきましてね。そのあとは矢の催促でした。仕方なく銀行から借金して返したんですが、そうなると俺も俺もと、他の企業からも引き上げ要請が次々と舞い込んでくるんですよ。今の今まで仲間だと思っていたのに、背に腹は代えられないということなんでしょうけど、非情なものです。正直言ってあのときは窮地でしたね。もう会社が持たないと思いましたよ。

飛行機に乗ったら、このこのまま墜落してくれないかなとか、新幹線に乗ったら、今ここに地震がこないかなとか、ほんのいっときでしたが、あの頃は楽になりたい一心で、本当にそう思ったものです」

 

しかしここでまたモノを言ったのが、氏の〝諦めの悪さ〟だと言う。

「いろいろ考えているうちにやっぱり思い直しましてね。俺は何も間違ったことをやってはいない。その積み重ねを大事にして頑張っていれば、必ず道は拓ける。そうなったらこの苦境からも、必ず抜け出せると自分に言い聞かせて頑張っていたら、本当に道が拓けたんですよ、それも思いがけない方向から」

 

なんと同社のオーダーメイド人工乳房を装着している顧客患者と、その家族らから、出資の申し出が寄せられたというのだ。

「ウチの場合、製作して装着すればそれでお終いということではなく、アフターケアも含めてずっと身内同然のお付き合いをさせていただいているんです。そんな中で、感じ取っていただいたことが少なからずあったんでしょうね。とにかく感謝しても感謝し切れません」

手の中の地球

最後に今ひとつ興味深いエピソードを紹介しておこう。すでに病院などに置いているフリーペーパーでご案内の読者も多いだろうが、乳ガンで乳房を切除した女性にも、普通に温泉旅行を楽しんでもらおうという趣旨で、昨年から「ピンクリボンのお宿ネットワーク(略称・リボン宿ネット)」なる全国組織がスタートしている。現在150余りの旅館やホテルが加盟しており、洗い場や脱衣室に間仕切りを設けるなど、周りの目を気にしないで入浴できるようにしようと、それぞれの地域で協同したり、独自に工夫を凝らしているという。このリボン宿ネットの提唱者が誰あろう、実は池山氏なのである。

 

「3.11以降、当然と言えば当然ですが、東日本方面からの依頼がバッタリと止まりましてね。だとしたらこれを契機に、儲けには結び付かないでいいから、彼女たちにとって嬉しい、何か役に立つ事業を始めようと思って友人に相談したら、それなら旅行新聞社(東京・千代田区)に話をもちかけろと言うのでそうしたところ、これがトントン拍子に進んだというわけです」

なるほど。旅行に行けない患者が60万人いるとして、その家族まで含めるとけっこうな人数に上る。一人でも宿泊客を増やしたい温泉旅館にとって、これに注目しない手はない。その人柄も然ることながら、凡庸ならぬ氏の企画力と着眼点の高さを窺わせるに、十分な一件と言っていいだろう。

 

余談ながら氏は、別れ際筆者に対しこう告げている。

「しばらく見ていてくださいよ。例の前立腺肥大用のステントですが、遅くとも3年以内にはきちんと仕上げて、しっかりと事業化してみせますから」

宣言しておこう。次もまた、この〝諦めの悪さ〟がモノを言うこと請け合いである。

 

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プロフィール

池山紀之(いけやま・のりゆき)氏

1958年、名古屋市生まれ。奈良大学を卒業後、UCLAに留学。実父の経営する歯科系インプラント器具についての知識と技術を再度のアメリカ留学等で習得。29歳の年に、実父の会社に入社するもまもなく独立し、前立腺肥大の症状を緩和するためのステント開発に取り組む。2003年、株式会社ウロメディカルジャパン設立と同時に代表取締役に就任。2011年、社名を池山メディカルジャパンに変更し、現在に至る。

株式会社池山メディカルジャパン

〒465-0095 愛知県名古屋市名東区高社1丁目231番地

TEL 052-776-6918

https://ikeyama-mj.co.jp/

町工場・中小企業を応援する雑誌 BigLife21 2013年4月号の記事より

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