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次世代エンジニアは学校と企業が一緒に育てる!
モノづくり人材育成の産学連携!

◆取材:加藤俊

 

三栄精機 小野真希2日本の製造業を支えてきた中小企業、町工場の疲弊が指摘されて久しい。背景には景気の低迷、為替変動や人件費の上昇等などによる生産現場のアジアシフトなどさまざまな要因が複雑に絡んでいる。だがその糸を解いていくと雇用のミスマッチという問題の核心に行き当たる。

若い人が入って来ない。入っても定着しない。人が育たない――。

この問題を、学校と企業の連携で乗り越えようとする取り組みが静かに、熱く進んでいる。たとえば東京都立六郷工科高校では「デュアルシステム」、すなわち学校教育と企業での長期の職業訓練に取り組んでいる。

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◆事例◆三栄精機株式会社  × 東京都立六郷工科高校

年配技術者の意識を変え、若手を伸ばす
デュアルシステムが人材育成の在り方を変えてくれた

三栄精機 社長2三栄精機株式会社 松本栄三社長・東京都大田区矢口2-30-16 Tel: 03-3757-5241 http://www.sanei-sk.co.jp

積極的技術投資で社業を拡大
5軸加工、微細加工で気を吐く町工場

小山内 健斗 2

「町工場」と聞いて、年季の入った灰色の外壁材に覆われた工場をイメージして訪ねていくと、三栄精機の工場は、通り過ぎてしまうかもしれない。2011年秋に竣工した第二工場の外観は、工場というより、まるでモダンなデザイナーズマンションだ。
同工場は、大田区から、働く人に優しい労働環境を整え、近隣周辺環境にも配慮をした工場に与えられる「優工場」の認定表彰も受けている。

 

外観はもとより、明るく広々とした場内には最先端のNC工作機や測定器がずらりと並ぶ。同社は5軸加工機などを駆使した複雑加工に定評があり、また微細加工技術では0・01ミリの穿孔を実現している。同社の松本栄三社長は、昔からモノづくりの基になる機械には投資を惜しまなかったと語る。

 

三栄精機 社長3

「機械はお金があった時に買うという社長がいるけど、私はお金がなくても機械を買う」

町工場として最先端のことをやるには、最先端の機械が必要不可欠。ただ、中小企業がその資金を用意するのは至難だ。当然同社も、機材購入資金はほとんどが銀行融資である。額が大きくて大変だと思うときもあるが、「自分を追い込んで『やるしかない』となれば、自ずと覚悟も決まるから」と笑って話す。さらには、「金利も気にしない」と。

 

「金利は経費で落ちる。そもそも経費分を超える利益を上げられなければ、商売はできない。だから気にしない。もちろん商売には波もあり、運不運もある。でもそれを乗り越えようと思うからこそ、知恵も技術も出る」

その「知恵と技術」から生み出された積極的な技術開発の姿勢が評価され、近年は大手企業から研究開発の試作品などの仕事が舞い込んでいる。まさに経営者として自らを追い込む胆力で社業を伸ばしてきたワケだが、その松本氏が最も苦労してきたのが「人」だという。

 

 

「零細企業にとっての〈人〉と、大手にとっての〈人〉は意味合いが全く違います。大手にとって人は〈切る〉もの。ダメだと思ったらすぐに見放します。一方零細企業は募集したって、まず人が来ない。だから縁あって来てくれた人は大切に育てる。〈使い物になるか〉なんて見方で人を選り好みするのではなく、せっかくうちに来てくれたこの人をいかに育てるか、いかにいい技術者、いい社会人にしていくのか、その気持ちで人を見ます」

こうした人を大切に育てる考え方が、六郷工科高校の産学連携教育「デュアルシステム」と合致した。

 

 

年配技術者に「考え方を変えてくれ」

同社は5年前より六郷工科高校のデュアルシステム科の生徒を受け入れている。すでに3名がこのデュアルシステムを通じ、入社している。

 

宮永 和彦

本社工場長兼採用担当の宮永和彦氏は、「最初は高校生をどう受け入れていいのか戸惑った」と話す。だが実際受け入れてみると、 「成長が早いし、親の視点で見てしまうので、可愛く思えてくる。我々の楽しみというかやりがいになっています」と見る目は温かい。

 

「またデュアルシステムはインターンシップなどとは違い、高校1年生から断続的に接していくから、新人研修という点からも我々の負担軽減になっています。学校側企業側双方にとって良いシステムだと思う」(宮永氏)。

一方松本氏は「若い人が来てくれること自体が嬉しい」と語る。

 

「若い人がモノをつくる喜びを少しでも体験してもらえるとなれば、こちらもワクワクする。最初、彼らは工場で一日立っているだけでも疲れるんです。立ち仕事に慣れてないから。でも2年生になると成長の様が見てとれる。挨拶や付き合い方も大人になるし、若さがなせる業、吸収力がいいんです」

デュアルシステムの受け入れは、同社の人材育成方法を再考するきっかけにもなったという。

同社には60代以上の技術者が4人いる。同社を盛り立ててきたいわゆる匠だ。その彼らに対して、「考え方を変えてくれ」と言ったと松本氏。

 

三栄精機 社長1

「これまでは指導役として命令していたけど、それだと若い人が萎縮して伸びない。自分のほうがうまいんだ、教えてやるという意識から、〈応援する〉という気持ちで接してほしい。これまでは自分の生活が中心だったかもしれないが、これからは後輩のために働いてくれ、と。ひいてはそれが自分を高めることにもなるんだと」

技術の伝承に関して、「手応えを感じている」と話してくれた松本氏。「ウチには3つの工場があるが、全員40歳前後。若手が伸びている」と笑みを覗かせた。

 

 

国や都などの行政のきめ細やかな支援をいま一層望む

もとより、松本氏の人財観は中小企業らしい達観したものだ。

「私たち零細企業は人集めに苦労してきた。その経験で言うと、人間に大差なんてないんですよ。差が出るのはやる気、モチベーション。その人が持っているものを、〈やる気〉で引き出せるかどうかで、人の価値は決まってくる。それにはいい人と出会うこと。私がこれまでやってこれたのも、いい先輩、いい人たちとの出会いがあったから。その出会いの場を若い人たちに提供していきたい」

あの人のようになりたい、あの仕事ができるようになりたい―。具体的な目標を持つことで人は成長していく。そのために松本氏が若手社員に勧めているのは、「家を持つこと」だ。

 

「会社としての目標を共有することも大事ですが、やはり個人の目標を持たせること。それは家を持つのがいい。最初は数百万円の小さいマンションでもいい。それを持つことを目標とする。それが持てるとすごい自信になる。クルマでもいい。そういう一つひとつの事実が明らかに自信に繋がっていく」

日本のモノづくりを下支えする町工場の活性化は、誰もが指摘する。とりわけ後継者の育成は喫緊の課題でもある。
ただ仮に後継者を確保しても、単独で生き残っていくのは厳しいと話す経営者も少なくない。松本氏が指摘するのは、技術のアライアンス不足と、技術ブランドの構築だ。

 

「いまほしいのは、優れた技術を持っている仲間。でも最近は町工場界隈もアジアの方に期待を寄せている人が多い。しかしアジアは大量生産の価格勝負。そうではなくこれからはヨーロッパのように高付加価値のブランド化を目指すべきだと思う。そのためにも、ウチだけでなく、大田区全体、東京全体に六郷工科高校の生徒さんが入っていくようにしていただきたい。

 

三栄精機 社長4

 

ウチに来てくれている生徒たちは、みないい子ばかり。純粋な子が多い。でも先生の話を聞くと、必ずしも家庭的に恵まれた子ばかりではないそうで。もしそういったことで、ふらふらしている生徒さんがいるならそういう生徒さんを救い上げて、ベストな道に導きたい。六郷工科高校の先生がよく頑張って下さっている。私たちも一人でも多くの生徒さんを導いていきたいが、限界がある。もっともっと国や都なり行政がバックアップしてほしいですね」

 

 

【社員と生徒が語るデュアルシステム】

野澤教諭

都立六郷工科高校デュアルシステム科主幹 野澤幸裕教諭
「当校のデュアルシステム科は日本初ということで非常に関心が高い。ただまだ行政のフォローが足りないと感じています。まず認知度を上げるための広報活動が不可欠なんですが、チラシを作るのも配っているのも我々教員で、企業の挨拶回りや生徒のフォローなども兼務しているので、なかなか手が回っていかない。
生徒も学力的にいい生徒と足りない生徒と二分しています。家庭環境的にも十分ではない生徒もいる。生徒自身は素直でいい子が多い。親の負担を考え、最初から技術を磨いて就職すると決めて入学する生徒もいる。

三栄精機さんに入社した生徒のなかには、通学の交通費を浮かすために、3年間走って通った子もいた。いまどきそんな実直な子がいるんです。こうした生徒の未来を地域の企業の方々と一緒に導いてあげたいと思っています」

 

小野真希

●OB 小野真希さん

「昔からモノをつくることが好きで、将来モノづくりに関わりたいと思っていました。ここは1年時に1週間研修した時から、面白いって思いました。六郷工科はほかの高校と違い、企業の中で働くので、学生感覚ではいられなくなります。高校生半分、社会人半分みたいな。なので、卒業して就職してもあまり違和感はなかった。いろいろシステムのことをいいますが、やっぱり本人が興味を持てないと続かない。後輩にはただ真面目に研修をこなすだけでなく、自分が本当にやりたいことは何かを追求してもらいたいです」

 

鬼澤 龍乃介

●OB 鬼澤龍乃介さん

「ここを選んだのは、微細加工に興味をもったからです。いろいろ見てきましたが、微細加工をやっているところがほかになかったので。学校だけでなく、実際社会人として体験させてもらえることが、技術だけでなくいろんなスキルアップに繋がっています。デュアルで良かったと卒業して思いますね。いまのデュアルシステムは、僕の頃とは違ってきているようですが、後輩たちには自分や制度に甘えることなく、自分から厳しい環境に飛び込んでいってもらいたいですね」

 

上野迪宏

●2年生 上野迪宏さん

「この会社を研修先に選んだのはたくさんの機械があって『すごいな』って思ったから。モノづくりに興味を持ったのは中学校のモノづくりの体験授業を経験したからです。そこから何かモノづくりっていいなって思うように。それで、どこかそういうところに行きたいと思ったら、六郷工科があった。授業も楽しいですが、実際ここに来て機械を動かせるのがワクワクします。失敗したらっていう責任感もあるけど、ちゃんと出来上がった時はこの上なく嬉しい。将来は職人になりたいです」

 

小山内健斗

●1年生 小山内健斗さん

「機械が好きだったので、六郷工科に入りました。研修は面白いですが、やっぱり慣れないことをするので疲れますね。家に帰った時の疲労感が違う。この経験で自分がどこまで変わるのかは分かりませんが、将来、何をしたいかが見つけられればと思っています」

 

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・「生徒と企業を繋げる理想形、デュアルシステム!」 東京都立六郷工科高等学校

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