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株式会社ヤマト屋 ‐ 創業123年・顧客と地域に奉仕し続ける4代目社長の挑戦

 

オビ 企業物語1 (2)

株式会社ヤマト屋 ‐ 創業123年・顧客と地域に奉仕し続ける4代目社長の挑戦

◆取材:綿抜幹夫

オビ ヒューマンドキュメント

株式会社ヤマト屋 (2)

 

「お客様に合わせて」変化を続ける老舗バッグメーカー

 

株式会社ヤマト屋/代表取締役社長 正田 誠株式会社ヤマト屋/代表取締役社長 正田誠

明治25年に創業された老舗バッグメーカー、株式会社ヤマト屋。かつては一世を風靡し、その世代の女性であれば名前を知らない人はいない。現在は徹底して効率化と生産性アップに努めるかたわら、海外にも販路を切り拓こうとしている。

社として地域の美化活動を行うなど、社会貢献活動にも熱心な4代目社長、正田誠氏を取材した。

 

◎軽いバッグで一世を風靡

「世の中の隙間を埋める」

同社の商品ラインナップは、2015年7月の棚卸しの時点で、別注品なども含めれば560品目に上る。同社のバッグ作りは、先代社長・現会長の正田喜代松氏が提唱した「世の中の隙間を埋める」という考え方に基づいている。

誰かと同じようなものを作っても、それはコピーに近いものにしかならない。他社にはない独自の製品で、お客様に欲しいと言われる商品を作ろう。こうして生まれたのが、「軽さ」「使いやすさ」「便利さ」「機能性」「壊れにくさ」、そして「リーズナブル」といった特徴を備えるバッグだ。

日本には、「モノ余りの時代」を迎える以前から軽さを特徴とするバッグがなかったため、同社の製品は爆発的に売れた。特定の世代の女性であれば、誰もが知っているほど一世を風靡したという。

現在も一貫して「軽さ」にこだわる同社は、生地の買い付けも重さの基準を設けて臨んでいる。重量などの数値に着目するのではなく、「この生地を気に入ったから買う」というのが従来の仕入れ。同社はそうではなく、重さという明確な基準によって仕入れを行う情報戦略を採っているのだ。

ただ、「ラインナップが多いことは良いことにはならない」「必要なアイテムで在庫を回転させて行くことのほうが重要」と誠氏は語る。

 

ヤマト屋の歴史

1892年、群馬県館林市から上京した正田竹次郎氏によって、浅草仲見世で和装小間物を販売する小売業「大和屋」として創業された同社。1950年、2代目の正田乙女氏の社長就任とともに「株式会社ヤマト屋」に改組・設立、2年後の1952年に「袋もの」の製造・販売・卸を手がけるメーカーへと業態を変える。

日本の高度成長期の波に乗り、順調に成長してきた同社だが、その影ではコピー商品に苦しめられたこともあった。バッグは、分解して型紙を取れば簡単にコピー品が作れてしまうのだ。

30数年前には、大阪の某メーカーと「10年戦争」を繰り広げたという。 しかし、1993年に「不正競争防止法」が改正され、以降はこの法律がコピーに対する抑止力として大きく機能している。同社は2012年には「ポリカーボネート薄合皮バッグ」で特許登録、今年には国際特許(日本、中国、韓国、EU、アメリカ)も取得している。

 

通販の開始

株式会社ヤマト屋 (4)新しい価値を創造するための「価値創り研究室」。修理品やクレームが寄せられた商品などに対し、〝なぜ〟この様な状況になったのか原因を突き止め、その原因を改善することで新しい価値を創りだす〝きっかけ〟の場として平成20年9月に設置された

現会長である3代目・正田喜代松社長の時代に、それまでは問屋経由がほとんどだった売り上げが百貨店と卸問屋とで5割ずつの割合になった。このころ、売り上げ全体が落ち込んでしまう。これを受けて、店頭での対面販売を重視してきた同社も通信販売に乗り出した。その陣頭指揮を執ったのが現社長の誠氏だ。

低迷していた売り上げも、通信販売により息を吹き返した。目覚ましい勢いで伸ばし、巨大な得意先も獲得した。 このときの成長に伴って、生産体制や管理体制の見直しも行われた。売り上げ増の勢いに対して、それまでの生産管理体制では業務が追いつかないという「嬉しい悲鳴」により、必要に迫られたのだ。

 

 

◎4代目社長の経営術

現場から意見を吸い上げ効率化

先代の喜代松氏の時代に、モノづくりメーカーとしての側面と、それを販売する業務との両輪だての業態を確立した同社。4代目の誠氏の時代になって、モノづくりの面でさらに大きな改革を行った。

東日本大震災で茨城県の工場が被害を受け、生産が3割以上落ちるという大打撃を受けたことがきっかけだ。生産量を上げるための改革のひとつは、徹底した効率化。同氏自ら工場に赴き、職人から改善への意見を吸い上げた。それを社内企画室に伝え、効率化できる工程を徹底的に見直すことと、職人が作りやすい新製品を開発することで生産性を上げた。

自分の意見が反映されることは、現場の職人たちのモチベーション向上にもつながった。

 

職人研修プログラムで生産性アップ

株式会社ヤマト屋 (3)職人研修プログラムで格段に生産性がアップ

もうひとつの改革が、職人を育てる研修プログラムの策定だ。バッグを縫製する際の指の置き方から生地の動かし方、椅子の高さや座り方に至るまで、徹底して指導するプログラムを作成し、運用を始めたのだ。

1年間学べば、収入を得られる程度の力が身につくというこのプログラムによって学んだ職人は、長年自己流で仕事にあたる職人よりもはるかに生産性が高い。生産性が高いということは、それだけ収入も多いということだ。

このプログラムで技術を身につけた職人を一人また一人と増やしている同社、現在は4期生を募集中だ。

 

自ら前線で営業、海外進出も

同氏は、海外での販売にも積極的だ。自ら足繁く通い、もっとも力を入れて取り組んできたのは中国市場への進出だが、反日感情の高まりなど、やむを得ない事情により出鼻を挫かれ、軌道に乗せられずにいる。とはいえ、種は蒔き続けているため、今後に期待がかかる。

中国に関してはこれからだが、一方でタイでの販売が順調だ。タイ唯一の百貨店である伊勢丹バンコク店では、ライバルであるアメリカのブランドを抑え、毎月売り上げナンバーワンの座を守っている。タイでは年に4度のトークショーのほか、今年7月からテレビショッピングへの出演も始めた。

結果は上々で、今後に期待が持てるという。このように、社長である同氏自身が国内外問わず同社のトップ営業マンであり、広告塔でもある。毎月刷り直しているという同氏の名刺には、直近の各種出演予定が併記されている。

 

 

◎顧客と地域に奉仕する経営哲学

良いサービスのために利益が不可欠

同社の事業目的の第一は、「お客様に喜んでいただくこと」。顧客に喜んでもらうためには、利益が必要だ。このため、経営計画書にも「儲けなければいけない」という内容が明記してある。

同時に、「利益について」として「利益はお客様からの預かり品であり、お客様にお返ししていくもの」と定めている。自らの懐を肥やすためではなく、次のサービスのためにどうしてもお金が必要であるから、利益を出さなければいけない。そのために胸を張って堂々と儲けよう、という発想だ。

加えて、日本という国を維持していくためにも、税金を納めなければいけない。税金を払ってこそ、社会貢献であると同氏は考えている。

 

社会貢献活動

同社には、「隙間を埋めるモノづくり」と並んで「人は人のために共に生きてこそ人なり」という企業理念がある。地域と共に生きていかなければいけないという意味だが、同氏個人としても、地域貢献への深い意識がある。地域住民が「蔵前に住んでいて良かった」と思える町にしたいという考えのもと、地域の美化に取り組んでいるのだ。

曳舟で営業していた2010年までは、荒地となっていた空き地に芝生を育てていたという。種を植えるところから始め、夏には毎週草刈りをして、スプリンクラーで水を撒いた。きれいにピッチを合わせた美しい芝生には通行人も感嘆し、周辺の住民から大いに感謝されたという。

株式会社ヤマト屋 (5)週に1度、全社員で行う「台東区大江戸清掃隊」の様子

蔵前に移転してからも、「台東区大江戸清掃隊」として週1回、同社周辺を清掃している。全社員でゴミを拾い、雑草を除去し、道路のガム剥がしなどを行っている。「美化里親制度」により区長からの任命を受け、蔵前三丁目でイチョウの保全活動や、地域のドブさらいなども行う。

都内で毒グモが発生したという騒ぎがあったときには、地域のドブをすべて調査し、報告書をまとめた。集中豪雨によって溢れる危険のあるマスを調査し、泥を除去する活動も行った。中途半端な活動では自己満足で終わってしまうため、結果の出る活動を行うようにしているという。

 

企業としてはボランティア、スタッフとしては仕事

こうした社会貢献活動は環境整備として全社員が参加している。特徴的なのは、社会貢献活動や社内清掃に対しても給料が発生する点だ。ボランティアで掃除をさせては、社員は本気にならない。業務として、給料を払って時間を確保させ、清掃を行っているのだ。

一度、社員から「もったいないから仕事をさせてくれ」という声が挙がり、1時間近く割いている環境整備時間を半年ほど中止したことがあったが、社内が物理的にも精神的にも荒れてしまったため再開したという。

 

株式会社ヤマト屋 (1)トイレ掃除は正田社長が担当し、毎日ピカピカに磨き上げている

「環境整備には、礼儀・規律・清潔・整理・整頓・健康・安全と7つの項目があるのですが、朝の時間の環境整備をやめたら、社内が物理的にも精神的にも乱れてしまったんです。そのとき、環境整備はきっちり行わなければならないと分かって、そこだけは譲れないものとして考えています。社員が掃除を行う企業は多いですが、清掃に対しても給料を出している当社は、無給で早く出社させ、掃除させている企業とは違います。会社としてはボランティアであっても、スタッフとしては業務(仕事)であることが重要なんです」

そう語る誠氏が担当として毎日磨いているトイレは光り輝いている。

 ◇

 「ワクワク」がモットーだという同氏。「仕事も、人生も、楽しくしていかなければいけない」と奔走する4代目が、創業123年の老舗に新風を吹かせ続ける。

 

オビ ヒューマンドキュメント

正田誠(しょうだ・まこと)氏

昭和41(1966)年生まれ

昭和59(1984)年、市川学園高校卒

昭和63(1988)年、日本大学芸術学部写真科卒業

昭和63(1988)年、銀座伊東屋勤務

平成  3(1991)年、ヤマト屋入社

平成13(2001)年、常務

平成15(2003)年、専務

平成20(2008)年、ヤマト屋代表取締役社長(4代目)

NPO法人 日本テディベア協会理事

 

株式会社ヤマト屋

〒111-0051東京都台東区蔵前3-14-5 大江戸ビル

TEL 03-5829-6161

http://www.yamatoya-tokyo.co.jp/

 

2015年10月号の記事より

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