次世代の産業を担う【中小企業】初めて明かされる秘話
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日本の文化「折箱」の可能性を追求する100年企業 ‐ 株式会社折勝商店

 

オビ 企業物語1 (2)

日本の文化「折箱」の可能性を追求する100年企業 株式会社折勝商店

◆取材:綿抜幹夫

オビ ヒューマンドキュメント

株式会社折勝商店 石山勝規株式会社折勝商店/代表取締役社長 石山勝規

伝統を受け継ぎ、人の心を伝え、環境を守る

エゾ松などの天然素材で作られ、主に食品のパッケージとして使われてきた日本伝統の容器「折箱」。

この小さな箱が、今年創業96年目を迎えた折箱企業・株式会社折勝商店の若き4代目・石山勝規氏の下、食品容器の枠を飛び出してアパレルや化粧品業界で、また海外に「和」を伝える商材として新たな挑戦を始めている。

自らを「世界196カ国の辞書に〝ORIBAKO〟という単語を載せる男」だとする石山社長に話を聞いた。

 

1400年の歴史をもつ日本固有の容器「折箱」

株式会社折勝商店 (16)

株式会社折勝商店の主力製品「折箱」とは、厚経木と呼ばれる厚さ1㎜ほどの木の板を張り合わせた合板を折り曲げて作る使い切りの容器のことで、その起源は約1400年前の聖徳太子の時代までさかのぼる。

 

江戸時代には芝居の幕間に食べる弁当の容器に使われるようになり、その後鉄道が登場した明治~大正時代にかけて、駅弁の容器として全国に普及した。

北海道のエゾ松の拓伐材などを材料にした折箱は、木ならではのぬくもりや香りはもちろん通気性や吸水力、抗菌性などにも優れ、日本の歴史と文化が詰まった日本固有の食品容器と言える。

 

株式会社折勝商店 (19)折勝商店の折箱

そんな折箱を作り続けてきた同社の創業は、大正9年(1920年)。創業者は同氏の祖父・石山勝蔵氏で、もともとは木を使って建具やさまざまな加工品を作ることを生業とする「木具師」だった生家の手伝いを通じ、木の加工技術を習得。

しかし次男だったため、技を活かせる場所を探して外へ出た。そうして丁稚に入った日本橋の折箱屋で頭角を現し、後に独立して東京都中央区水天宮に折箱屋を開いたのが同社の始まりだ。
戦後に日本橋に移転。現在は、湯島に本社と工場、2つの倉庫を持ち、日に最大1万6000個の生産能力で顧客ニーズに合わせた多様な折箱を生産している。

 

 

祖父の人柄に学んだ事業継続の秘訣

創業者の跡を継いだ2代目の父、その父が交通事故で車椅子生活になったことにより3代目となった母からバトンを渡され、石山氏が4代目に就任したのは2011年のことだ。

しかし最初の1年ほどは、どの方向性で事業を展開すればよいかを模索する日々だったという。

 

株式会社折勝商店 (9)「和」の容器としてだけでなく、日本人の「心」をも伝える折箱の魅力を海外へ発信していきたいと石山社長は語る

「〝なぜ当社がここまで継続できたのか?〟を考えたのですが、結論から言うと、お客さまに対しての思いやりや配慮、気遣いといった目に見えない感情ベースの所をきちんと育み、コミュニケーションをとり、信頼性を勝ち取ってきたことが一番だと思います。ただそれを本当に実感したのは最近のこと。特に初代の人となりがわかってからでした」

 

石山氏が社に残る資料や人から聞いた話を元に最初に知った初代像は、普段は謙虚で物静かでも豪腕で頭の切れる経営者。ここぞという所ではずばっと切り抜く、攻撃性の高い人、というものだった。

しかし当時の番頭や懇意にしていた取引先の主人たちの話を聞くうちに、違う一面が見えてきたと話す。

 

「例えば、自身の出身地の山形の村に、プールやピアノ、体育館なんかを贈呈したとか、自分と同じように嫡男でない子どもたちを丁稚として拾って育て上げたとか。北海道から仕入先企業の方が来て上野のホテルに泊まった時には、祖母に作らせた味噌汁を持って訪ね『東京も意外と寒いだろう。これを飲んで暖まりな』と渡したこともあったそうです。

そういう話を聞いて初めて、面倒見がよく、思いや愛情がすごく深い人間だったということがわかってきたんです」

 

それに気づいた時、思い出したのは「中小企業は3代目で潰れることが多い」という俗説。その内容の信憑性はともかく、初代の背中を見てきた2代目には気持ちや愛情といった経営に欠かせない「見えない部分」も引き継がれるが、直接創業者を見ていない3代目にはきちんと伝わらず、だから欧米の経営手法や本で学ぶ成功体験、コンサルタントに頼って失敗するのではないか?と思ったのだ。

 

「大事なのはそういう表面的なことではなく、どれだけお客さまに対して思いを馳せて、自分の血肉を削って相手に尽くせるかというところ。これが今日まで事業を継続できた一番の秘訣でした。それがここ2~3年でようやく腑に落ちたと言えますね」

 

 

受け継がれる職人の技

株式会社折勝商店 (17)折箱の持つ木ならではの優しい風合いは、時代を超えて愛され続けている

もちろん、時代を超えて企業が存続する上で欠かせない要素はそれだけではない。顧客を満足させる高い技術力の維持はその筆頭といってもいいだろう。

折箱の製造においては、1枚いちまい収縮率の異なる経木の性質を見極めて同率の物を合板する目利きの技、木が育った環境によって生まれる「アテ」など木の癖を見抜き、曲がろうとする力を相殺し合える経木を選んで合板することで、折箱になった時の反りを抑えるスキルなど重要となる技術がいくつかあるが、同社では多くの職人を抱え、この技術を代々確実に継承していることが強みの1つだ。

 

また、折箱の折り目を付けるための刃物(V字彫刻刀のような形状)を研ぐ技術にも秀でており、正方形・長方形や円形といった定番の形以外にも、三角形など個性的な折箱も作ることが可能だというのも大きな特徴。

1つひとつの工程にかかる人件費は増すことからレギュラー商品としては扱っていないが、正三角形の折箱を可能にする同社ならではの技術を筆頭に、顧客のニーズに応じてさまざまな形の折箱を作りだすのに役立っている。

 

 

折箱市場縮小の中で

株式会社折勝商店 (20)
株式会社折勝商店 (15)さまざまな形状やカラー展開で、食品容器以外にも用途の幅を広げている折箱

だが、折箱業界も決して追い風ばかりではない。

戦後、全国に駅弁が普及するのと歩調を揃えて折箱の需要も増加し、1964年の東京オリンピックと共に東海道新幹線が開通すると、どんどん増える需要に対し供給が追いつかないほどだった時代も確かにあった。

 

しかし、同じ頃プラスチック容器が登場したことで状況は一変。それまで折箱が使われていた駅弁や食品のパッケージに発泡容器、紙箱、プラスチック製容器がどんどん進出し、安価で形が変えられ色も塗れる代替品に対して、折箱は割高で形は真四角か立方体だけ、木目しか柄がないということから需要は縮小。

廃業する折箱屋も相次いだ。

 

現在では、消費は多様化し環境を意識する企業も増えてきてはいるが、折箱業界全体が厳しい状況に置かれていることは間違いないと言えるだろう。

 

 

「他業種」と「海外」2つの挑戦

株式会社折勝商店 (21)折箱はそのままパンやケーキを焼くのにも使用できる

そんな環境の中で同社の取ってきた経営戦略は、文化や伝統は大切にしながらも、「まったく同じものを続けていくことは後退でしかない」ことを心に刻み、常に挑戦を続けるというものだ。

「半分は軸を据えて、引き継いできたことをそのまま真っ当にやっていくということが1つ。そしてもう半分は、どこかの部分で勝負したり、何かを変えながら革新を伝統に変えていくこと」が基本スタンスになっていると石山氏は話す。

 

この姿勢は2代目、3代目から脈々と受け継がれてきたもので、具体的には「ターゲットの変更」という形となり、従来駅弁や和食、弁当を作る企業が主要な顧客だったところ、2代目の時にはデパ地下のお惣菜や弁当のパッケージとして新たな市場を開拓。

3代目では、女性目線から優しい折箱を打ち出すなどの形で発揮されてきた。

 

石山氏の代では更に一歩進めて、化粧品やアパレルなど食品以外の業種・業態に向けてパッケージとして折箱の使用を提案するほか、和のテイストを取り入れたお菓子や手土産など「和」の要素を持つ日本の手作りの品々が海外に出て行く際、その商材を引きたて企業のブランディングの一助となるように折箱容器を広めていくことをターゲットに設定。海外へ進出する企業に向けてプロモーション活動を進めている。

 

 

日本の林業の守り手として

世界のどこにも類似の商品がなく、日本固有の文化と言える折箱。その伝統を継ぐものとして、石山氏には折箱を通して伝えたい3つのビジョンがあるという。

その1つ目は、日本にしかない折箱の良さを国内の人たちにもう一度わかってもらい、文化を次世代へきちんと引き継いでいくこと。

2つ目は、日本にしかない折箱と共に「気配り」や「思いやり」という日本人のベースとなっている良さを、海外に発信することだ。現在行われている新たな顧客層を切り拓こうという取り組みは、この2つを実現させるものでもある。

そして最後の1つとして、どうしても外せないのは林業と環境全体への配慮だ。

例えば折箱の材料となる択伐材は、老齢などでそのまま放っておくと森に負荷を与えてしまう木を選んで伐採したもの。ピアノやバイオリンの成型に使われるのと同レベルの品質を大切にしながら、林業の育成にも貢献している。

また、細すぎて利用できる部分が少ない、節が多くて加工が困難、製品化しても輸送や人件費などのコストに見合わないなどの問題から切り出された状態で放置されている間伐材の利用にも挑戦しており、きちんと利益が出る循環の仕組みを作ることを3つ目のビジョンとして掲げている。

 

「間伐材を使っていることが環境に配慮している企業としてのブランドにもつながるので、少し割高でもいいよと言ってくださる企業さんも中にはいらっしゃいます。その受け皿に向けて何を作るか?そのインフラをどういう風に整えるか?という逆算のスキームを作ろうというのが1つ。間伐材を使って折箱に関わる製品ができないかも考えているところです」と、日本の林業全体を睨んで、戦略を練る石山氏。

 

小さな折箱の1つひとつには、日本の文化・伝統や日本人の心、林業と生態系の未来がぎゅうっと詰まっているのだ。

 

 

オビ ヒューマンドキュメント

石山勝規(いしやま・かつのり)氏…1977年、北海道生まれ。株式会社折勝商店の本社・工場がある東京都文京区湯島で育ち、明治大学経営学部へ。在学中、2代目の父が倒れた際に同社に入り、経理部門を経験。その後大学に戻り、卒業後再入社。2011年、4代目として同社代表取締役に就任。現職。

株式会社折勝商店

〒113-0034 東京都文京区湯島2-7-4

TEL 03-3811-9760

http://www.orikatsu.jp

 

◆2015年10月号の記事より◆

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