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株式会社永田プロダクツ ‐ 成長への道しるべは一歩踏み出す勇気を持つこと

 

オビ 企業物語1 (2)

株式会社永田プロダクツ ‐ 成長への道しるべは一歩踏み出す勇気を持つこと

◆取材:綿抜幹夫

オビ ヒューマンドキュメント

株式会社永田プロダクツ 永田則男 (1)株式会社永田プロダクツ/代表取締役社長 永田則男

酒田で自動車解体業をはじめた父親の後を継ぎ、今や鉄などの素材や自動車の部品を国内販売するだけでなく、海外への輸出も実現し、カーリースまで事業を広げてきた永田則男氏。一度は大手企業に入社しながら、両親が二人三脚で営む事業を引き継いだ理由とは? 酒田をはじめ地方都市で伸び悩む中小企業へのメッセージとは?

 

解体からリサイクルの道へ

株式会社永田プロダクツは、山形県酒田市および山形市に拠点を置き、主に自動車の部品のリサイクル事業を行っている。もともとは永田則男社長のお父上が自宅で自動車の解体業をはじめたことがきっかけだった。永田社長は大学卒業後大手の山形日本電気(山形NEC)に入社。3年ほどサラリーマン生活を送っている。

「親父は自分の解体業を継がせる気はなかったのです。40年くらい前の解体屋といいますとスクラップ屋で、油だらけにはなりますし、3Kとか5Kとか言われていた時代ですね。親戚筋からもあまり良い目では見られていませんでしたし、『お前は地道にサラリーマンをやったほうがいい』と。商売は浮き沈みがあるので、そういう辛い目にも合わせたくないという親父の率直な意見ですね」

それでも自分で仕事を起こして商売している父親の背中を見て育ったせいか、サラリーマンになじめなかった。そうして、アルバイト同然で父親の会社に入ったが、実際仕事に関わってわかったことが二つあるという。

 

株式会社永田プロダクツ 永田則男 (4)同社倉庫。入庫した車から使える部品を丁寧に外し、きれいに磨いてキズやヘコミをチェック。チェックされた部品は1点1点コンピューターで管理・保管される。注文を受けた商品は全国へと発送される

「一つは解体業という仕事の実態。車を解体して鉄とアルミを売ってその目方で収益を得るわけで、この仕事も食いっぱぐれがないと言う打算的な考えも出てきました。もう一つは会社に入った時、親は親でどこか喜んでいるところもあったということです」

ただ、前途洋々だったわけではない。入社した当時に鉄の価格が暴落し、それまで目方で商売できていたのが、難しくなってきた。そこで思いついたのがパーツ販売だ。時代も味方についた。コンピューターで部品を売買する時代に変わってきつつあったため、全国ネットの組織(NGPグループ)に入って、うまく起動した。それが今から23年ほど前のことだ。

解体屋も淘汰される時代にリサイクルパーツの販売へと舵を切ったことで、生き残る道に進めたのだ。それでもさらに問題がある。まず大手企業に勤めていた目からみれば、始業時間だけとってみても就業規則などないに等しくすべてがアバウトに感じられた。

「何より実感したのが、汚れる仕事をしていると〝汚い〟という意識を忘れてしまうこと。その当時たった一人いた従業員が昼休みに銀行に行ってお金をおろして出てきたところで、銀行員に『油まみれの足でベタベタ汚してどうしてくれるんだ』と言われたらしいのです。われわれは普通だと思っていても、社会の感覚とは違うということにようやく気がつくわけですね」

 

社員を募集しても、面接に来たのに門から入って来られなくてそのまま帰られたり、せっかく若手が入社してきても親の反対にあって辞めていったとか。社員を募集して普通に入社でき、定着できるような会社づくりの必要性を感じて、工場も一新した。その頃から社員も少しずつ入るようになってきて、その2年後には山形に営業所を作ることができた。さらにその2年後には土地を買って工場を新設、矢継早に会社は大きくなって3年前に酒田の今の場所に本社ができた。現在は北浜に工場、山形と仙台に営業所もあり、社員は48人になった。

 

 

エンドユーザーへのサービス充実を計る

株式会社永田プロダクツ 永田則男 (5)作業場。部品が外された車は、人の手や機械を使い素材を分別する

永田プロダクツのように前向きな姿勢で事業を展開している企業は、いくら世の中が不景気だといっても、実際には業績を伸ばしている。

「ここ10年ほどは、素材+自動車のリサイクル部品の国内販売に加えて、海外への自動車のリサイクル部品の輸出に力を入れています。円安で大変でしょうと言われますが売値は日本円なので、逆に売りやすいですね。もう一つ車のリース事業も立ち上げましてこちらも順調です。1カ月1万5000円から借りられるというもので、車検も税金も全部こっち持ち。今、地元だけでも150台くらい貸しています。仙台でも展開していて、来年早々には山形市に営業所をオープンします」

 

この車のリース業は、当初の目論みでは出向で酒田にきたサラリーマンや学生たちをターゲットにしていたが、定年で車のローンが組めなくなった退職者や主婦にも需要が広がっている。レンタカーより格安なうえ、1カ月単位でも借りられることが効を奏した。地方で問題となっている雇用創出にも一石を投じたカタチだ。

「業態が変わろうとしている時に、今までやってきたことばかりにしがみついていると、じり貧です。とりあえずは新しいことにトライする。駄目なら辞めればいいことで、それよりも一歩踏み出す勇気が大切だと思います」

 

好奇心旺盛な性格によりさまざまなアイディアを考え出し、決めたら迷わず進む永田社長は、遅々として進まない行政の先を行く。たとえば、今回のさかた産業フェアで出品した製品・3次元画像計測による自動車部品再利用のための表面検査システム装置は、7年前から構想を練って福岡工業大学と共同開発した。

「最初の頃は『何をやってんだ』といろいろ批判もいただきましたが、ようやく発表するまでに至りました。新しい分野に挑戦していると、いろいろ人間関係も生まれてきますし、開発の途中でいろいろなヒントが生まれることもあります。新しい何かが必ず生まれるのです。やって無駄な事はないと思います」

 

今後、企業としては自動車業界に対し、車の新しい使い方の提案をしていく。ただしその視線は今までのようなBtoBではなくBtoCに向いている。

「車が電気自動車に変わってきて、素材もプラスチックやカーボンなどが使用されている。鉄で商売ができなくなっています。目方で商売していたのができなくなってきている。だからこそエンドユーザー向けのサービスを考えることが、将来を見据えた戦略ですね」

大手だけが旨味をさらって、中小企業にとってはまだまだ光の見える状態ではない昨今。業種によっては海外などの貿易で利点が見込めたり、アイディアと実行力で業績を伸ばすいい例を山形の地で見た。地域活性化のために、産業界のために永田社長率いる永田プロダクツのさらなる飛躍を期待しよう。
株式会社永田プロダクツ 永田則男 (2)
スポーツカー常設展示の正面ロビー
オビ ヒューマンドキュメント

永田則男(ながた・のりお)氏…1961年10月酒田市生まれ。東海大学工学部卒業後、山形日本電気(山形NEC)入社。3年後に有限会社永田商店に入社。1998年株式会社永田プロダクツに社名を変更するとともに、代表取締役社長に就任。

株式会社永田プロダクツ 永田則男 (3)同社外観

株式会社 永田プロダクツ

http://www.nagata-p.co.jp/

〈本 社〉〒998-0075山形県酒田市高砂字官林続10-11

℡0234-43-1272

〈山形パーツセンター〉〒990-0001 山形県山形市穂積97-1

℡023-626-1288

 

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