オビ 企業物語1 (2)

株式会社東京エージェント – 「印刷物の心の運び人」

◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹

堅実に、誠実に。徹底したリスク管理と地域社会への貢献で、企業価値の向上を目指す。

時事通信社は、新聞の購読率が過去最低の74%と発表した。IT化による印刷物市場の縮小も叫ばれている。しかし、新聞発送代行業を手がける株式会社東京エージェントの菖蒲亨社長は、「まったく心配していない」と語る。設立50年を迎えた昨年には本社新ビルも落成し、チャレンジを続ける同氏に聞いた。

 

株式会社東京エージェント01

株式会社東京エージェント 代表取締役 菖蒲 亨 (あやめ・とおる)氏…昭和37年、東京都練馬区出身。早稲田大学第一文学部ロシア文学専修卒業。産経新聞社への就職を経て、2007年に株式会社東京エージェント入社。代表取締役。

■先代による設立から同氏就任まで

同社の設立は昭和39年(1964年)。山形県寒河江市から大学入学に伴って上京した同氏の父が、石油関係の会社を脱サラして立ち上げた。設立のきっかけについて、同氏は「父は学生時代、新聞会に入っていたので、それも関係していると思います」と語る。当初の同社は、さまざまな業界紙やダイレクトメールの郵便発送代行を手がけていたという。具体的には、新聞に帯封をしトラックで郵便局から全国へと発送する仕事で、鉄道発送(特運)業務など販売ルートも積極的に開拓していった。現在では当たり前となっている、全国紙や地方紙の販売店を通して取引先業界新聞を配達する販売直送のシステムを同社が作ったという。

同社設立から遡ること2年、昭和37年(1962年)に生まれた同氏は、現在53歳。今から8年前、平成19年(2007年)に創業社長である父を継いで二代目社長に就任した。早稲田大学第一文学部ロシア文学専修を卒業後、少年時代からの経験を活かして道場で子どもたちに剣道を教えていたという。こうした時期を経た後、一時は同社に入社するものの、別の会社で働きたい気持ちから退社、平成元年(1989年)に産経新聞社に就職する。販売部門で販売店回りの業務に就いていた同氏は、業種・職種こそ遠くない道に進んだとはいえ「父の会社を継ぐつもりはなく、定年まで産経新聞社にいるつもりでした」と打ち明ける。同社は弟が手伝っていたが、「業績が思わしくないからお前も手伝えと父に言われて、呼び出されて」、19年間勤めた前職を退社し、ふたたび同社に関わるようになったという。

 

株式会社東京エージェント02創業以来、一貫して発送代行業を継続している同社。どれだけ時代が移り変わろうとも、「仕事は昔から何も変わっていません」と、菖蒲社長は誇らしげに語る(写真は現場印刷工場での作業風景)

■創業から変わらぬ業務内容で半世紀

現在の同社は、設立時の主力だった業界紙ではなく、一般紙を主に手がけている。業界紙についても、一紙は現在も扱っているが、一般紙は朝刊は産経新聞を、夕刊は産経に限らずいわゆる「ちょうまいよみ(朝毎読。朝日・毎日・読売の頭文字を取ってこう呼ぶ)」に加え、日経、東京新聞と大手全紙を発送している。さらに夕刊フジなどの娯楽紙も扱っているという。これらの新聞を当時と同じようにトラックに積んで発送し、駅の売店に配置したり、渋谷ヒカリエなどの施設で販売支援したりもしている。同氏は「仕事は昔から何も変わっていません」と、移ろい続ける社会の中にあって、創業以来の発送代行業を一貫して継続していることを誇らしく語ってくれた。

もうひとつの変化として、新聞以外に書籍を手がけるようになったことが挙げられる。紙媒体の発送にこだわり、平成26年(2014年)12月には河出書房から復刻されたばかりの「〝元祖〟が語る自分史のすべて(色川大吉著)」を扱った。これらの書籍を倉庫に保管しておき、購入の申し込みがあったときに同社が発送する仕組みだ。また、JC関係の会報誌など、刊行物の発送を行っていたこともあるという。

 

■東日本大震災で効果を発揮したリスク管理戦略

同氏は、かねてより首都直下型地震がいつ発生してもおかしくないことを念頭に置いた社内体制を構築していた。築地本社と大塚事業所(豊島区)の2カ所の拠点に社内寮を完備しているほか、徒歩通勤が可能なことを採用の条件と定めているのだ。社の基本方針として「安心・安全」を掲げ、安全への取り組みや首都圏直下型地震への備えについて明記していることからも分かるように、「BCP(事業継続計画)」という言葉が社会に浸透する以前から、同社の付加価値を高める目的を兼ねてリスク管理に取り組んできた。この戦略は、平成23年(2011年)に発生した東日本大震災の非常時に効果を発揮した。同社では東日本大震災時、社員は1人も欠勤せず、トラックも1台も欠車せずに、平常通りの業務を遂行できたのだ。まさに「備えあれば憂いなし」である。あの震災時に、情報の有難さが身に沁みた読者も多いだろう。メディアに携わる事業者としての面目躍如と言えよう。

 

■本社新ビル完成

平成26年(2014年)1月に設立50周年を迎えた同社だが、同年3月には中央区築地に12階建ての本社新ビルが完成。以来、心機一転の気持ちで業務に臨んでいる。新ビル建設は旧事業所の老朽化によるBCP(事業継続計画)対応が直接の理由だが、これを機に別会社「株式会社あやめビル」を立ち上げてビル管理事業に乗り出している。7階の2部屋を同社がオフィスとドライバーの休憩・仮眠スペースとして使用し、1部屋を社長室・応接室に、残りの14部屋を賃貸に充てているという。ビル管理という新事業へのチャレンジに限らず、本業についてもメリットは多い。東京メトロの築地駅や新富町駅からほど近い新ビルの立地は商談や打ち合わせに便利な上、好立地を活かした新規顧客の掘り起こしや人材発掘にも効果を期待しているという。

 

■IT化による紙の駆逐はまったく心配していない

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設立から半世紀の節目を越えてなお、当時と変わらぬ仕事を続ける同社だが、今後も基本的な業務内容を変えるつもりはないという。IT化社会の到来に伴って縮小が叫ばれる紙媒体についても、同氏は将来をまったく心配していない。「電子新聞や電子書籍が、紙の新聞や紙の書籍に完全に取って代わることはないと思っています」とした上で、ITを否定もせず「便利なものはうまく活用すればいい」という考え方だ。ウェブサイトやメールマガジン、ブログなど、紙メディアの効果を上げるためのツールとして積極的に活用していくという。同氏は「ITはIT、紙は紙として、お互いにお互いを補完し発展させながら、住み分けし共存していけばいいと思います。ITと紙メディアとの相乗効果に期待しています」と語る。

とはいえ、紙媒体の縮小が進むのはまぎれもない事実。だからこそ、同社としては紙の印刷にいっそう特化し、絞り込むことで事業を継続していくという。「ただ、そのために何をどう使うかはいろいろと考えています」と語る同氏。ビジネス手腕の見せどころだ。

 

■堅実・誠実に社会貢献をし、次世代に繋ぐ

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 同社を託す三代目については、「選択肢の幅を狭めていない」という。同氏には娘が一人おり、彼女が希望すればバトンを渡せる準備をしつつ、二人の甥のどちらかが手を挙げればそれも歓迎するほか、三人とも別の仕事を選んだ場合は、プロパーの社員が継ぐ選択肢も視野に入れて社員教育をしているという。さらに、外部からの後継者招聘についても、現在は考えていないが、相応しい人物がいれば検討する可能性を排除していない。

社として重視しているのは地域貢献や環境への配慮だ。「印刷物の心の運び人」「荷主に選ばれる会社」をモットーとし、前述のリスク管理に加え、Gマーク(安全性優良事業所認定)の取得や、エコドライブ活動の推進、事故防止の徹底などに積極的に取り組み、企業価値の向上に努めている。平成25年(2013年)には関東交通共済の「平成24年事故防止優良組合員表彰」や東京都トラック協会グリーン・エコプロジェクト(環境対策)の「GEP功労賞」、同じく東京都から二酸化炭素や窒素酸化物等削減への取り組みについて「1星(星ひとつ)」の評価を得るなど、優良企業として表彰や受賞も相次いでいる。こうして社会からの要請に応えつつ、次世代でのさらなる発展が可能な社内体質や業態、仕組み、体制を総合的に整えていくことが、二代目社長としての自身の役目と捉えているという。これらを誠実に行っていくことが、延いては地域や社会への貢献に繋がるというのが同氏の考えだ。

 

株式会社東京エージェント05クライアントからの信頼が篤い同社の財産は「人」。菖蒲社長は取材中、従業員たちへの労いや感謝の言葉を度々口にしていた(写真は現場印刷工場での作業風景)

■従業員への感謝

 無事故での安全運転で発送業務にあたるドライバーをはじめ、同氏の経営哲学を理解して業務にあたる従業員たちの存在は、クライアントからの信頼が篤い同社の何よりの財産だ。「従業員に問題点や課題はなく、現状を守ってくれればいい」とし、「彼らは本当によくやってくれています」と労う。新ビルでの業務拡大によって、「昇給の約束をできるだけ早く果たしたい」と意欲をみせる。「従業員を裏切ることはしたくない」と経営者としての矜持を覗かせ、「当たり前のことを当たり前にやるだけ」と語る言葉に決意が滲む。

「新聞社に勤めているときもそれなりにやってきましたし、今は背負うものがもっと大きくなりました」と語る同氏。現在、同社はグループ全体で60名の規模だ。「この人に出会えて良かったと言ってもらえるような、そういう人物として死んでいければいい」と語るその人生は、まだまだ途中である。

オビ ヒューマンドキュメント

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●株式会社東京エージェント

〈本社〉〒104-0045 東京都中央区築地2-12-2-702

TEL 03-5565-2831

 

●株式会社あやめ運輸/株式会社あやめビル

〒170-0005 東京都豊島区南大塚1-14-12

TEL 03-3947-2489

 

2015年2月号の記事より
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