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ホテルリッチ&ガーデン酒田 – 倒産したホテル再建を引き受け開花した経営手腕

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ホテルリッチ&ガーデン酒田 – 倒産したホテル再建を引き受け開花した経営手腕

◆取材:綿抜幹夫 /文:渡辺友樹
オビ ヒューマンドキュメント

ホテルリッチ&ガーデン酒田01 ホテル外観。2014年10月23日に最上階LANDMARKが完成。 ホテルリッチ&ガーデン酒田02株式会社ホテルリッチ酒田 代表取締役 熊谷芳則(くまがい・よしのり)氏…山形県酒田市出身。専修大学経済学部卒業後、「きもの やまと」を展開する株式会社やまとに入社。1年後、体調を崩した父を助けるため株式会社御園入社。平成11年、株式会社ホテルリッチ酒田入社、代表取締役。現職。ホテルリッチ&ガーデン酒田03 1Fメインバンケットのスカンジナビアは市内最大の宴会場。 ホテルリッチ&ガーデン酒田04 2Fイベントスペースで行うRich Wedding。 ホテルリッチ&ガーデン酒田05 絶景の多目的イベントホールLANDMARK。

人口減が進む酒田市の活性化に向けて

家業を継ぎ、和食と着物販売を営む生活から一転、倒産したホテルの経営を億単位の負債ごと引き受け、見事再建させたのが、「ホテルリッチ&ガーデン酒田」の熊谷芳則社長だ。現在は酒田市の地域活性化にも尽力する同氏に聞いた。

倒産したホテルの経営を引き受ける

 40歳を過ぎてホテル経営に携わるようになった同氏。それまでは、家業を継いで仕出しや宴会料理の店「御園」を営んでいた。同氏の代になってから着物も扱うようになり、料理と着物の2点を事業とするこの会社の経営は現在も続けている。

 

 そんな同氏にホテル経営の話が持ち上がったのは平成9年のこと。「ホテルリッチ&ガーデン酒田」の前身となるホテルは、昭和53年に別の名前で開業するも、過大投資がたたって1年半で倒産し、会社更生法の適用を受けていた。このホテルの経営を、かねてより親交の深かった公認会計士から持ちかけられたのがきっかけという。着物販売業に将来への不安を感じていた同氏は、このホテルに当時でも80%を超える稼働率があり、周囲にホテルの数も多くなかったことから、負債を引き受けてでも採算が取れる可能性があると判断する。

 話を受けた平成9年の段階ではまずM&Aで株式を取得し、オブザーバーという立場で一切発言しないことを条件に月例会議に出席。ここで試算表など会社の内容を把握し、更生が解けた平成11年に入社、代表取締役に就任し、いよいよ再建に乗り出すこととなる。

 

 当時の同ホテルは、更生会社だったため設備への投資が全くなされていない状況で、初日の会議では従業員から「あれを直してくれ」「これを買ってくれ」と要望のオンパレードだったという。同氏は「できない言い訳にされても困るから」と、1年間をかけてすべての要望に対応。合わせて経営内容も見直して無駄を削り、1年目から利益を出すことに成功する。

 建て直しの機会を伺いつつも、「みすぼらしく、自分が客だったら泊まりたくないような」老朽化したホテルをその後7年間経営することになるが、この間も着実に利益を上げ続け、2度ほど決算賞与を出し、内部留保を蓄積することもできたという。

 

苦難の連続だった新ホテル建設

 やがて平成17年頃、いよいよ新ホテルの建設計画に着手するが、ここでも様々な手枷足枷が同氏を苦しめた。

 まずは、旧経営陣の残した借金が重くのしかかる。債権債務も含めて倒産会社の登記簿をそのまま引き継いでいたため、同氏の同ホテル経営はマイナス数億円からスタートしたわけだが、求償権を持つ前経営陣がこの負債をいまだに細々と払い続けているという。このため、資本が切り替わっても保証協会を利用できず、新ホテル建設にあたってもプロパー融資に頼らざるを得ない。融資を受けられる金融機関も限られるため、政府系金融機関である中小企業金融公庫(2008年に解散し、日本政策金融公庫に業務移管)から6割を、残りを荘内銀行から借り入れることでなんとか資金を調達したという。

 

 さらに、土地選びにも難航した。借金があるため、旧ホテルを取り壊してそこに建てる方法は、金融機関が認めてくれない。必然的に旧ホテルを営業しながら建設を進めるしかなく、近隣に土地を探していたところ、ちょうど駐車場として借りないかと言ってきた土地があり、そこの購入を計画する。首尾よく地主の快諾を得ることができたため、金融機関から土地購入資金を工面し、東京の設計事務所に設計を依頼する。ところがその矢先に当の地主から理由も告げられずに「ドタキャン」されてしまったのだ。同氏は「ショックで3日間は立ち直れませんでした」と振り返る。

 次に候補に挙がったのが現在の場所だが、当時は5軒の民家があった。地上げはせず、移転後も持ち出しがないように保証するとして移転交渉を進めるが、2軒が最後まで「終の住処だから動けない」と首を縦に振らない。交渉にあたっていた不動産業者も断念してしまうが、同氏は2軒を個別にホテルに招き、「移転しない場合にも、こういう形でホテルは建てる」というパターンを示した図面を見せながら、当地にこういうホテルが建つことは地域のためにも必要だと自ら説得し、ようやく承諾を得ることができたという。

 

新ホテルの特色

 こうして産みの苦しみを味わった新ホテルだったが、平成18年にグランドオープンとなった。旧ホテルは自分で建てたものではなかったこともあり、新ホテルには同氏の思い入れが詰まっている。

 

 まずは全体のコンセプトについて、建て替え当時、都会ではニューヨークスタイルのホテルがブームだったというが、「酒田でニューヨークはないだろう」と、1年の半分が寒いなど環境が似ている「北欧テイスト」をテーマに据え、設計士とともにフィンランドやデンマークへ視察に行った。北欧諸国は国民幸福度が高いことも、モデルにした理由だという。様々な人がそれぞれの目的で集まるコミュニティーホテルを目指したという同氏は「単なるビジネスホテルではなく、食事を楽しみに来たり、音楽の演奏を楽しみながら食事をしたり、そういうホテルにできればいいなという思いで建て始めました」と語る。

 各部屋についても、「部屋が狭くて暗く、バスルームも段差が高かった旧ホテルとは逆のものを作りたかった」という同氏。広くとったバスルームはユニットバスではなくすべてタイル張りで、さらに段差のないフラットな作りにすることで車椅子でも入れるバリアフリーな環境を実現した。また、シングルルームにも140cmと幅の広いベッドを入れ、「安眠できる部屋づくり」を目指したという。

 

 建設から8年目の平成26年には、最上階である10階に眺望の良さを活かしたパーティールームを新設し、10月から稼働を開始している。実は旧ホテルの最上階にはレストランがあったが、新ホテルの最上階にはレストランをあえて設けていなかった。なぜ展望レストランを作らないのかと言われることも多いというが、同氏は「そういう人が月に1回食事に来るかというとそんなことはなくて、せいぜい年に1度来るかどうかです。ビルやホテルの最上階のレストランというものは、そう利用率の高いものではないんです。収益が出なければやる意味はないですから」と語る。

最上階は「(建設から)7~8年経って、(新築ホテルの)魅力が薄くなってきたときに新たな投資ができるように」開けておいたという。パーティールーム開設にあたっては、行政に経営革新計画を申請し、ものづくり補助金の給付を受けることになった。ものづくり補助金はこれまで製造業のみを対象とした施策だったが、2014年からはサービス業も対象となり、金融機関の勧めもあってチャレンジしたという。

 予約専用のパーティールームには、常設レストランはもちろん厨房も作っておらず、料理を出す場合にはメインの厨房で作ったものを、温かいものはホットワゴン、冷たいものはコールドワゴンに入れて、エレベーターで上げている。新ホテルの厨房は、和洋中すべてに対応できる厨房が1カ所のみだ。

というのも、旧ホテルには1階に和食レストラン、2階に宴会場、そして最上階レストランと3カ所の厨房があり、運用費など様々な面で無駄があったという。新ホテルでは厨房を1カ所にまとめて効率化、さらに火を使わないオール電化にすることで、安全面や従業員の労働環境も改善している。

 

酒田市の活性化に向けて

 逆境尽くしで始まったホテル経営だが、順調に成果を挙げている同氏。地域にシティホテルらしいシティホテルがなかったことや、従業員の雇用を守ることへの使命感もその原動力となっているという。

 酒田市の人口は、2013年に11万人、2014年には10万人と推移しており、2040年には7万人台になると言われている。人口減は日本全体が直面している問題だが、全国の10万人規模の都市の中で酒田市の人口減少率は5位、鶴岡市が10位と、山形県から2都市がランクインしているという。同氏もこの状況を危惧しており、「今後は交流人口や移動人口を増やさないと成り立っていかない」と語る。

「酒田の土地柄として、子どもが就職できずに家にいても、食べさせていけるような最低限の環境がある。冒険もせず、何もしなくてもなんとか生きていけるだろうという甘い考えの人が多いように思います。しかし、このままではいずれ酒田全体が茹で蛙になってしまう」と危機感を滲ませる。

手をこまねいてはいられないと現在同氏が取り組もうとしているのは、外国人旅行客の誘致だ。羽田空港が国際化したこともあり、アジアの国から旅行客を連れてきたいと語り、「外国人を酒田に呼び込めるように、官民を挙げて誘致していく必要がある」と訴える。同氏としては、外国人をメインターゲットにしたホテルを新たに建設することも視野に入れているという。

今後は「和」のテイストに焦点を当て、こうした外国人観光客に加えて、既存の国内からの旅行客も合わせて、和食によるもてなしに力を入れようとしている。

 ホテル経営に才覚を表した同氏は「これからは他の都市と差別化できるような都市を作っていかないといけない」と、地元地域活性化への大きな抱負を語ってくれた。

 

オビ ヒューマンドキュメント

ホテルリッチ&ガーデン酒田(株式会社ホテルリッチ酒田)

〒998-0834 山形県酒田市若竹町1-1-1

TEL 0234-26-1111

http://www.richgarden.co.jp/

株式会社御園

〒998-0031 山形県酒田市浜田1-8-25

TEL 0234-22-3734

http://www.misono-ryouri.com

 

2015年1月号の記事より
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